それは多分、口説き文句で
〜前編〜



 珍しく時間がとれたある日、俺は弟のモクバを連れて街を散歩に出ていた。


 自分で言うのもなんだが俺は多忙だ。
多忙極まる。

 あんなに仕事が忙しいのに、なんで高校生までやってるのか謎だと周囲にささやかれ続けているほどだ (「もっと謎なのは服のセンスだ」、とも言われているらしいがヒトの趣味に口を出すなと言いたい。殺されたいようだな、その無礼者は)。



 ともあれ、休日の昼間に時間がとれたなど 実に 2ヶ月ぶりのことだった。

 空いた時間の過ごし方もいろいろあるが、やはりここは弟のために使ってやるべきだろう。
 あいつも小学生ながらに責任ある立場を奴なりに頑張っているし、俺と一緒にいたいと常日頃 願っているのも知っている。


 そして現在、弟がどれだけ喜んでいるかは、飛び跳ねるような歩調と 向けられる笑顔から十分に伝わってきた。






 ヒトの多い場所を避け、のどかな住宅街を 特に行き先を決めないまま歩いていた所に、コートのポケットの中の携帯が鳴った。
 自由時間とはいえ、不測の事態が起きた時用に持ってきていたものだ。

 ちょうど公園についたところだったので、俺はモクバに ちょっとそこで遊んでいろとうながした。
 場合によっては この時間がもう終わってしまうかも、と悟ったモクバが一瞬悲しそうな目をしたが、すぐに笑ってうなずくと聞き分けよく公園へと走っていく。

 以前ペガサスによって買収されかけた過去があるせいか、弟は会社での俺の立場を優先しなければと強く考えている様子だ。
 それが、時折あわれに見えてならない。
普通あのトシの子供なら、考えずにいてよいことだろう。



 そう言ってやりたいが・・・。
うまい言葉がみつからない。







 電話は、少しの業務上のトラブルについてだった。
俺が出向かなくとも指示しただけで済む内容だったことに少し安堵する。

 短い時間とはいえ、やはり今日は弟を喜ばせてやりたい。
―――― 今となっては唯一の肉親だ。



 電話を切り、またポケットにつっこんでからモクバのいる公園へと足を向けた。
児童公園だが、常緑の木々が多く植えられているため視界が悪い。
敷地も都市部にしては広いので、すぐには見つけられなさそうだ。

 と思ったが、入り口から数歩足を踏み入れたところでモクバの笑い声が聞こえてきた。
 そちらに目をやる。


 ブランコに楽しそうに乗っているモクバ。
そして、その背を強く押してやっているのは――――。




「・・・・・・・城之内・・・」


 めったに足を運ばない学校のクラスメイト。
俺が認めたデュエリスト――― 武藤遊戯――― の親友。
やたらと騒々しい、俺につっかかってくる男。


 城之内克也だった。




「な?、ブランコってのは勢いよくいかなきゃダメなんだぜー。面白いだろ?」
「おぅ !!」

 高くあがるブランコに、少し怖そうに、しかしワクワクと嬉しげに頬を紅潮させている弟に、城之内は人好きのする笑顔を浮かべている。
 そして、モクバの屈託ない笑い声もずいぶん久しく聞いていなかった、と思う。



 なんとなく出ていく気がおきず、そんな様子を俺はみていた。
ハタから見たら、この俺より よほど『兄弟』に見える気がする。

 一緒にいてやりたいと思っても、俺はなにをしたら弟が喜ぶかも分からないのだ。





「オレもゲームは好きだけどよー、ちゃんと外でも遊ばなきゃな!!。強くなれないぜ!!」
 モクバの隣のブランコに乗った城之内は、さっそく勢いよくブランコをこぎ始めた。

「分かってるけど・・・オレだって忙しいんだぞ!!。SPもうるさいし・・・」
「あーそっか、お前、副社長だもんなぁー。よくわかんねぇけど。大変なのか?」
「・・・兄さまに比べたらなんでもないけど・・・・」
 モクバはブランコをこぐのをやめ、少しうつむいた。

「・・・」
 城之内はそんなモクバを見下ろし、何を思ったか、ひょいと軽々ブランコから飛び降りた。運動神経が優れているので まるで危なげのない動作だ。

 小さなモクバの前に、城之内は目線をあわせるためにしゃがむ。
そして、いきなりゴン、と額と額をぶつけた。
つまり、頭突きした。


 ―――― な、何をしている?!。

 思わずキスしたのかと思ってその場から飛び出しそうになったが (もちろん弟が心配なのだ !。決まっているだろう !)。


「いてっ」
 すぐに合わされた額は離された。
驚いたようなカオでぶつけられた額に手をやっているモクバ。

 何すんだよ!!、と当然の文句を言うモクバのおさまりの悪い黒い髪を、城之内はよしよしとなでる。伸ばされた手は意外と白い。


「アホだなーお前。比べなくていーだろが そんなん。がんばってんだろお前。ごくろーさん」
「・・・・・・・」


 モクバは文句の言葉を失って城之内をみつめている。
そのカオが、はっきりと赤くなった。

 城之内はまるで気付いてないらしく、なおも少し乱暴に頭をなでてやりながら、
「誰かにそー言ってもらうと、ちょっと疲れふっとぶ気がしねえ?」
 いたずらっぽく笑う。

「う・・・うん・・・」
 モクバがうなずく。

「でも、そう言ってくれる人、いないよ」
「あ?、海馬は?」




「・・・・・・」
 城之内から俺の名前が出たことに少し驚く。

 そして、その当たり前のセリフが少し痛い。
城之内の言葉には非難の意思は込められていなかったようだが・・・。


 ―――― そう感じてしまうのは、俺の負い目か。



「兄さまとはあんまり会えないし・・・兄さまのが疲れてるもん」
 そみしげなモクバの声。聞き取りにくいほど小さい。

「かー、お前聞き分けいーなあ!?、ガキってのはもっとこーワガママなもんだろ?」
 城之内が大げさな仕草で肩をすくめた。

 それには同感だ。
最近は特に聞き分けがいいと思う。
 扱いやすいといえばそうだが、そうならざるをえない環境においているのだと思うと――――・・・。


「ま、いーや。じゃオレが言ってやるよ!!。がんばったなモクバ!!!」
「・・・・・・・・・おぅ !」
 モクバが笑った。







「なあ、城之内」
「あ?」
 またモクバの後ろにまわってブランコを押してやっていた城之内に弟が話しかけた。

「頼み、あるんだけど」
「なんだ?、なんでもやってやるぜ?」
 ムダに気前よく城之内がうけおっている。

 モクバがなにを言い出す気か知らないが、そう安請け合いする辺りがバカだと改めて思う。



 しかし、モクバの言葉に驚いたのは城之内だけではなかった。



「さっきの、兄さまにもやってあげてくれるか?」
「――― は?」


 城之内がキョトンと目を丸くした。
「さっきのって・・・・・?」

「城之内にそう言ってもらって、オレ元気でたからさ!!。兄さまはもっと疲れてるから、元気だしてあげて欲しいんだ!!」


「・・・・・・・・!!」
 イミがハッキリわかって、今度は城之内は絶句した。
遠目にその様子をうかがっていた俺も同様だった。




 ―――― なっ何を言い出すんだ弟よ!!!。



 
『頭をなでて褒めてもらうこと』



 この俺が!!!。

 そんなことを!!!。

 あまつさえ
城之内に!!!?。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 視界がかすむ。
ショックのあまりの貧血か?!。
近くにあった木によりかかって調子をととのえる。





「うーん・・・確かにあいつも疲れてんだろーけどさあ。オレにそんなことされても喜ばないと思うぜ?」
 ひきつった苦笑いの城之内。


 よく分かっている。喜ぶものか。
そんな屈辱を受けるくらいならブルーアイズを破り捨てる方がマシだ。
 ――― いや!!、やっぱりそんなことは出来ないから・・・・・えーと、そうだ !、ジュラルミンケースの角で殴られた方がマシだ!!。
 自分でやっててなんだが、アレは痛い!!!(・・・と思う)。



「そうかなあ?。オレは嬉しかったけど」
 なおもあきらめないモクバ。
兄の心の声はサッパリ届いていないらしい。肉親の絆など、しょせんアテにはならないものなのか。



「・・・・・・あー・・・でもなぁ」
 困ったカオの城之内。
イヤだ、のひと言で済むだろうが !。早く言え !!とハタから叱咤する俺だが、ヤツにそうする気配はない。
 なぜかモクバに優しくしてやりたいようだ。そのため冷たく断れないらしい。惰弱な !、優柔不断にもホドがある !!。


 窮した末、いいわけの口調で、
「いやー、だってオレ、アイツに嫌われてるしよ」
と、モクバを説得にかかっている。




 ―――― それはズルいぞ城之内!!。
これでは、断ったのが俺のせいに聞こえるじゃないか。


 お前だって俺を嫌ってるだろう。

 いや、お前の方が
より!!!、俺を嫌ってるだろう !!。

 『DEATH-T』でちょっと
殺しかけたのを根にもってるし、俺が寝ずに開発した決闘盤(デュエルディスク)を、カップ焼きそば と侮辱した。

 まだ市場に出回っていない試作品を、真っ先に使わせてやったというのに!!!。


 加えて、俺と遊戯のバトルでは いつだって遊戯しか応援してなかった!!!。

 ペガサス城前でのデュエルで、
狂言自殺(いや、そこまで確信犯に狂言だったワケでもないが・・・)寸前の俺の身をちっとも心配してなかった!!!。


 バトル・シティでは狙われたお前のために奔走したし、イヤイヤ遊戯とタッグだって組んだ!。

 ドミノ埠頭で最終的にお前の生命を救ったのはこの海馬瀬人だというのに、こいつは遊戯しか気にしてなかった!!!。



 ―――― 数々のウラミがよみがえる。



 ――――――― ひょっとして、俺も根にもつタイプなのか?。







「・・・・兄さまの考えはオレにはわかんないけど・・・」
 ブランコをとめ、モクバは城之内をふりかえり、城之内を上から下までじっと見た。

 そして、やけに確信ありげに笑う。

「兄さま、ホントに嫌いな人とはかかわんないんだぜぃ?」

「・・・・・・・・・」

 その言葉に、城之内がふいをつかれたように押し黙る。一瞬驚いて目をみはった後、何か言いかけてまたその唇を閉じた。


 ふだんのチャラけた表情が消えると、意外なほど端整な容貌の持ち主だと気付く。
 モクバを見る薄い茶色の瞳は、なにを考えているのか まるで読めない。



 ―――― なぜか、落ち着かない気分になる。




 しばらくして、城之内は頬を指でかきつつ うなずいた。
「わーったよ!、でもアイツがいいって言ったらな !!」
あきらかに、根負けの表情。


 モクバが顔を輝かせる。
約束だからな!!、と念を押したのに、城之内は優しげな苦笑でうなずいた。
妹がいるとは知っているが、年下にはずいぶんと甘い男らしい。



 大体にして、俺もお前を殺しかけたが、モクバだって同様だというのに、なんだそのタイドの違いは!!。

 毒入りお子様ランチを食わされたウラミなど、そのトリ頭はもう忘れてしまっているのか?。


 まあそれはともかく。





 ―――― まいった。
これでは、本当に出ていけない。


 城之内がいる今、のこのこ出て行ったら、さっそく例の・・・・をやられるかも知れない。死んでもごめんだ。
 これは、とりあえず城之内がいなくなるのを待つしかないか。
しかしアイツはなんでこんな時間に こんな所にいるんだ?。



「そーだ!!、モクバ、ハラへってねぇ?。オレさ、バイト先で弁当いっぱいもらってさー、次のバイトまで時間あるから ここで食ってこうと思って。お前つきあえよ」
 城之内が明るく言い放ち、モクバの手をとって歩き出す。
マズイことに、俺の方に。



 城之内の目指す先が分かった。

 公園の入り口近くにあるベンチだ。その上に無造作に置いてある青のカバンは、間違いなくヤツのものだ・・・。


 なんてコトを分析している間もなく、




「海馬!!!」
「あ、兄さまっ」




 俺はあっさり見つかった。




つづく


またもヘタレ海馬の予感!!
てか既にヘタれてます!!。
カッコいいトコまるでないまま後編へ続きます・・・

By.伊田くると



杏子 「勤労といえば城之内だけど、私も土日と放課後はけっこうバイト入れてるのよ、アメリカへの資金のために!!」
本田 「あ、夢忘れてなかったのか・・・」



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