それは多分、口説き文句で 〜後編〜
「どーりで。SPもいねーでひとりでいるのはヘンだなーと思ってたんだよ」
本当にそう思っていたのかどうかは知らないが、城之内はうんうんと深くうなずいた。
さすがに堂の入ったトリ頭だ。さきほどのモクバとのやりとりは忘れているらしい。
なにも含んでいない いつもの調子のコイツが少々うらやましいほどだ。
俺の登場で最初はムッとしたカオをしていたが、モクバの手前か、今日は好戦的ではない城之内。
こいつが反抗的でないと、こちらも応戦できない。
俺にはやましい所などないはずなのに なんとなく気まずい。調子が狂いっぱなしだ。
「兄さまっ、電話終わったの?」
「ああ。問題ない」
モクバがホッとした笑顔を見せた。
本当はだいぶ前から終わっていたのだが、木の陰で立ち聞きしていたとは口が裂けてもいえない。
立ち聞きなんて言葉は、この海馬瀬人には似合わん!!!。
キャラクターに合わない行動をしてしまった・・・。
「ふーん。兄弟仲良く散歩かあ、いーじゃん」
な?、と城之内が優しく見下ろしたのは俺でなくモクバだ。意図的にムシされてると思うのは うがちすぎだろうか。
モクバもうなずく。
「すごい久しぶりなんだぜ!!」
ずいぶんなついている。
モクバはひとみしりが激しい方だが、精神年齢が近いのだろう。納得だ。
「そっか。んじゃオレはジャマしねーうちに退散するわ」
俺が登場したために居心地悪くなったらしく、城之内は突然に帰ろうとする。
長くカオも見たくないほど俺は嫌われているらしい。
「えー?!、城之内、約束はどーしたんだよ」
不満そうに頬をふくらまし、背を向けかけた城之内に投げられるモクバの声。
ビクっ
俺と城之内 (こいつも完全には忘れていなかったらしい) が同時に固まる。
ま、まさか・・・。
「なんか食わしてくれるって言ったじゃん」
―――― そっちのほうか・・・・。
二人同時に胸をなでおろした。
―――― 心臓に悪い・・・。
久しぶりの空いた時間を、心静かにのんびり過ごすはずだったのに、どうしてこんなコトに・・・。
四人がけほどの大きさのベンチに、モクバを挟んで三人座る。
城之内はバッグから山ほど弁当を取り出した。
賞味期限がかなりあやしいが・・・。
というか、コンビニ弁当など海馬家に養子になってから食べたことなどなかったので非常にめずらしい。ぽんぽんと並べられていく包みを思わず目で追ってしまう。
―――― しかし、休日にもバイトのかけもちをしてるのか、この男は。
コイツは自分の家庭の事情を知られたくないようだったが、本人から聞かなくとも既に情報は得ている (あんな思わせぶりなところで言葉を止められて、調べずにいられようか)。
ペガサスの件での賞金は、遊戯からまるまる譲りうけて妹の手術費用に回したが、その後の入院費や借金などで使い果たしてしまったらしく、勤労生活は変わらない。
実際にどのくらいの水準の生活をしているのかは分からないが、そう楽なものではないだろう。
モクバごしに城之内に目をやる。
白いカッターシャツのソデからのぞく腕は細い。
ジーンズの足も。
粗暴なタイドと単細胞な元気さから想像しにくいが、体型だけみれば非常にキャシャだ。
こんな身体で、学校とバイトの両立をし、家計を支えているのか・・・。
俺に ひと声お願いでもすれば、そんな生活からすぐに解放させてやるものを・・・。
「あんだよ?。カルビ丼食いてーの?」
俺がじっと見ていたことに気付いた城之内が、あいかわらず的外れなことを聞いてきた。
城之内の手にしていた弁当を欲しがっていると思ったらしい。ふざけている。
毒々しい色の肉は、味もどぎつそうで食欲など起こらない (だいたい、カルビはあんな色じゃないだろう)。
珍しがったモクバはいろいろと手をつけているが。
「俺はいらん」
「あ、そ」
「あー、それ欲しい!、城之内」
俺がぷいとカオを背けたのと反対に、モクバが城之内のわりばしにつままれた肉をせがんだ。
笑った城之内がモクバの口にハシを持っていってやる。
もぐもぐと嬉しげに頬張るモクバ。
「お前の弟とは思えねーな?。ホント」
ほとんど俺をムシしていた城之内が、モクバから俺にやっと目をうつした。
モクバに食わせていたハシを今度は自分の口に運んでいる。
「・・・・・・・・」
「なんだよ?」
城之内が不審げに眉をしかめて俺をにらむ。
「・・・・・・・・なんでもない」
―――― いや、なんでもあるぞ!!?。何を考えてるんだ俺は?!。
たまの休息でちょっと魔が差したのか?!!。
弟がうらやましいとか、ひょっとして、『食べたい』と言っていればアレをやってくれたのか?、とか、何を考えてる海馬瀬人!!!!。
これでは、いつもヤツを物欲しげに見ている武藤遊戯と変わりない!!。
いや、俺はあんなヘンタイではない!!!。
断じてだ!!!。
「だいじょーぶかよ?、お前」
衝撃のあまり黙りこんだ俺を、ますます不審げに城之内が覗き込む。
あやしい人物を見る目だ。
シャクなことに、『心配』という感情は微塵もない。
「兄さま?、やっぱ疲れてるの?」
鮮やかすぎる黄色のタクアン (なんでそんなもの平気で食えるんだ弟よ・・・)をかじったモクバが俺を見上げた。
弟にまで心配はかけられない。
俺が否定のセリフを口にだそうとするより先に、モクバが名案を思いついたカオで、
「そーだ!!。城之内!!、兄さまにもやってあげてよ!!」
・・・・・・なんだと?!
やってあげる?。
なにをしてくれるというんだ?。
って、俺はまたナニを考えてるッ!!。
モクバが言ってるのはひとつだ、そう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
モクバを挟んで並んだ、俺と城之内は。
吸い寄せられるように互いのカオを見た。
険悪な雰囲気を介さずに、こんなに間近で見つめ合ったのは初めてのことで。
――――言葉を、失ってしまう。
俺より先に持ち直したのは城之内だった。
「あー、モクバ、やっぱソレはさぁ・・・えーっと、ちょっと・・・」
ふいっと俺から視線をそらし、焦った笑みをはりつかせて弟の方を向いている。
モクバはかまわずに俺を見上げた。
「な?。兄サマもやって欲しいよな?」
「・・・・・・・・・・・・」
否定したい。
しかし、それでは立ち聞きがバレる。
だからといって「何を?」と聞き返すのもアホらしい。
肯定?。死んでもできるか!!。
八方塞がりで、結局黙るしかない俺。
そんな俺を一瞥してから、城之内が笑ってモクバを見た。いい案を思いついた様子だ。
「あのさぁモクバ、お前はオレより年下だけどさー。あーゆーのって、フツータメには やんねぇんだよ」
理屈で説得する気らしい。
犬にしては頭がまわるようだ。
「それに海馬ってオレよりちょーーーーーーーっっっっとだけ背高いしさ」
きちんと並んだことはないが、確かに俺の方が若干高い。頭をなでるという行為は自分より背の高い者にすることでもない、というのもまぁうなずける。
(自分の方が低いことがくやしそうな顔をした)城之内の言葉に、モクバはふんふんとうなずいている。
「そっかー。兄サマとオレは違うってことなんだなー」
「そーそー」
いい展開にもっていけそうだな!!。
俺も内心胸をなでおろした。
―――― が、そうは問屋が卸さないのが世の中らしい。
モクバは、相変わらず邪気のない笑顔で俺を見返した。
「じゃあ兄サマはなんなら喜んでくれんの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
―――― そうきたか。
モクバはどうしても城之内に俺の疲れを『癒して』欲しいらしい。
今ここでヤツと別れて仕事でもするのがもっとも精神安定上疲れが癒えるのだが・・・。
その答えでは納得してもらえなそうだ。
「城之内になにしてもらったら嬉しい?」
言葉を変えて質問される。悪意のない善意ほど厄介なものはない。
モクバの向こうの城之内が眉をひそめたのが分かった。
俺たちの仲の悪さを考えたら、仕方がないが。
「・・・」
俺はため息をついた。
とりあえず、何か答えなければならない。
―――― 城之内にしてもらいたいこと?。
さっき、モクバが同じハシで食べさせてもらっていたが―――――ダメだっ!!!、そんなコト言ったらヘンタイ扱いされること山の如しだ!!!。
―――― デュエル?。
いや、こいつと戦ってもな。
キャンキャンうるさいし、戦略もなってないしな。最近はマシになったようだが、俺の相手ではない。
まいった。
思い浮かばない。
そういえば、こいつに何かを望んだことなどないのだ。
いや、親を失ってから、『海馬』になってから、他人に強く何かを求めたこと自体 ないのだと気付く。
―――― 自分のために、何かをして欲しいとか。
そんな無償の行為など他人が与えてくれるはずはないと。
最初からあきらめていたのか。
「別に何もしなくていい」
そう言った俺の顔を。
城之内は、少し目をみはって見返した。
俺の言葉に怒ったのかと思ったが。
そんな感情は感じられなかった。
なのに。
―――― なんでこいつは、俺を見てる?。
ふいに城之内はカバンからサイフを取り出し、ひょいとモクバに渡した。
「な、悪ィけどジュース買ってきてくんねー?。なんでもいーからさ。お前もノドかわいたろ?」
「ジュース?」
オレが使い走りかよ?、などと最初ゴネていたモクバだが、自販機は見えるくらい近くにある。
モクバの手には大きくみえるサイフを受け取って、とたとたと走っていった。
「―――― 知んなかった」
その後ろ姿から俺に視線を向け、城之内は口を切った。
モクバをわざと遠ざけたらしい。
俺に、こいつが話があるというのか?。
「なにをだ」
「そんなカオ、するんだな」
だからどんなカオだ。
ワケがわからず苛立ちを覚える。
城之内の視線は射すくめるというほど強くはないが、見つめられると息苦しい。
「オレの妹の静香がよくそんなカオしたな、と思って」
少し声のトーンがさがった。
「・・・・・」
その名前は知っている。
目の見えなかった娘だ。
一応、申し訳程度の面識はある。薄い色の髪と目は城之内によく似通っていた。
―――― あの娘と同じ表情・・・・・?。
俺の心を読み取ったようなタイミングで、城之内が言葉をついだ。
「何も欲しがってねえカオ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あきらめてるカオ、だ」
「オレはあきらめてなかったから。あいつの目を治すからって、いつも言ってた。静香はその頃 えっと・・・八歳くらいか?。でもコドモでも、やっぱ分かるだろ?。金ないし、手術なんてムリ、とかさ。離婚決まって離れ離れになった時も、いつでも会いに行くって言うオレに、笑いながらそんなカオしてた」
城之内の声は穏やかだった。俺は何も言葉を挟めない。
ただ、じっと城之内の横顔をみつめた。
目の前の男の真意がつかめない。
―――― なぜこいつは俺に、そんなコトをベラベラしゃべっているんだろう。
俺に立ち入られたくないと、強く拒絶していたくせに。
こんなヤツに言うな、とかなんとか。
そこは、お前の触れられたくない場所だったハズだ。
その娘のことも。お前の弱みも。戦っていた理由も。
なぜだ?
突然手のひらを返したように。
「ホントは俺も分かってた。静香の手術にかかる金なんて、あの頃の俺じゃどーすることもできないって。でも、治したいってキモチはじゅーぶんすぎるホドでさ。だから、静香のそんなカオみるたび すげー悲しかったぜ。分かる?」
最後の言葉と一緒に、城之内は俺に目を向けた。
俺はずっと城之内を注視していたせいで、かっちり目が合う。
「お前は知らねぇだろ」
「・・・・・・・・」
「お前が望んでなくても、望んでるヤツがいて。お前がそんなカオしたら、傷つくヤツもいる」
トン、と城之内の右腕が俺の胸を叩いた。
俺の注意を向けさせるように。
「少しは欲張れよな」
すぐに手は離れたが、感触だけが強く残る。
そこだけ、熱いみたいに。
「お前に対しても、欲張っていいのか・・・?」
―――― 城之内の言葉は、『ヤツから妹へ』の言葉だ。
全てをあきらめていた妹に、伝えたかった言葉だ。
もう今では、城之内の手で勇気を与えられた今では、言わなくてもいいセリフだろうが。
それを俺に言い聞かせたのは、俺への優しさというよりはモクバを思ってのことだと推察できる。
俺に欲張れというのは、『俺からモクバへ』、という比喩のはずだ。
城之内の思考など十分に分かっていたが、それでも衝動的に口をついてでた言葉に、俺は自分で動揺した。
俺が?。
他人に対してなにかを求めるのか?。
なぜそんなことを、しかも城之内に言っている?。
俺の内心などまるで知らぬ顔で、城之内は面食らいもせずニカッと笑った。
「いいぜ?。お前にはDEATH-T2の恨みがあるけどなー。この前の貸しでチャラにしてやるよ!」
そのかわり、もう負け犬とか凡骨とか言うなよな!!、と威勢良く文句を言うこの男は、一体俺のなんなのだろうとぼんやり考える。
お前のことなど、興味はない。
バカにしか見えん。事実大バカなのだと知っている。
―――― お前に対して、俺はなにを欲張りたいと思ったんだろう。
整合性がないのは嫌いだ。
自分の発言のイミが分からないなんて、こんなバカなことがあっていいのだろうか。
城之内が俺からすっと目をそらした。
それだけで、心のどこかが面白くないと感じてしまう。
「ほい、ごくろーさん」
城之内は、近づいてきたモクバに声をかけている。
サイフと一緒にジュースを渡すモクバをもう一度ねぎらって、城之内はまた俺に向き直ってウーロン茶のカンを渡した。
なんとなく受け取る。
モクバはさっそくプルトップを開けてジュースを飲んでいた。
突然、
「おっと。そろそろバイトだ。じゃあな!!」
左手首の時計を見やって、城之内は立ち上がった。
本当に時間ギリギリなのか、なんの余韻もなく手を振って去っていこうとする。
「おう !、またなー!」
まだジュースを飲み終わっていないモクバも手を振った。
ここは「じゃあな」くらい言っておいた方がいいんだろうか。俺の場合、イヤミな捨て台詞でも吐いた方が似合いな気もしたが、モクバが怒りそうだしな。
背を向けた後、一瞬城之内が振り返って俺を見た。俺もヤツを見ていたから、また視線があう。
そこでふと、なぜ先刻 DEATH-Tのことを話題に上げた時、ヤツがわざわざ『2』と限定したのか気になった。
もっともヒドイ経験をしたのは、そこではないはずだ。
しかし ―――― すぐに思い当たって、俺は笑った。
「―――― 城之内。今度海馬コーポレーションが新しいゲームパークを作る。オープン前に業者のみのPRイベントをやるから試乗できるぞ。お前もこい」
モクバがパッと顔を輝かせて俺を見上げた。俺が城之内に何かを求めたのがよほど嬉しいらしい。
「―――― ゲーム??」
城之内は驚いてきょとんと動きを止めた。
が、それからモクバに見せたような笑顔を俺に向けた。
「いーぜ!」
そして今度こそ背を向けて公園を駆けていく。
後ろ姿が見えなくなった頃、モクバが俺に尋ねた。
「兄サマは、城之内に頭をなでてもらうより、一緒に遊びたいの?」
まだなでさせたがってるのか、コイツは。
少しあきれたが、俺はうなずく。
「まああの馬鹿は見てて飽きんからな」
それに。
あいつは知らずに承諾していたが。
今度のゲームパークは獏良了のオカルトデッキも真っ青の、ゴーストパークなのだ。
つまり、オバケヤシキがメインのアトラクション。
『DEATH-T2』が嫌いということは、あいつは怖がりに違いない。
「ふーん。ま、いっか。兄サマ楽しそうだし」
モクバが笑う。
「まぁな」
―――― 今日はせっかくの休みだったのに、
慌しい休日だった。
しかし収穫もあったからよしとしよう。
城之内。
欲張っていいと言ったのはお前だ。
俺の少ない自由時間に、余さずつきあってもらうからな。
END
城之内 「いやー、あいつの頭なんてなでたら末代まで呪われそーだぜ・・・助かった・・・」
闇遊戯 「あいつのをなでるくらいならオレをなでた方がいい。むしろなでてくれ!!」
城之内 「―――― お前だと手が痛そうで それはそれでヤだ・・・」 もっとちゃんと口説いてくださいよ・・・社長・・・(笑)。
いいかげんなれ初めばっかやってないで先すすめってカンジですね。
By. 伊田くると
こんなですが信条くりんサマ、よろしかったらもらって下さいv。
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