―――― やられた。



 あと一球あったらしのげてた。絶対勝ててた。
と言っても、そんなん負けたヤツのカッコ悪い言い訳だから口にできない。

 5球の間に攻め落とすってのが俺の側のルールで、それを防ぐのが菊丸センパイのルール。



 そんな特殊ルール。俺と菊丸センパイの初めての対戦だ。






視力論.2



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まずい。


 予想以上にまずい。


 とりあえず、今までの人生で一番マズイ。


 野菜汁って名前だけど、野菜以外のものがたくさんぶっこまれてる気がする。むしろメインは野菜じゃない気がする。








 さっきの練習で負けたヤツには、この乾センパイが作ったという (それだけでアヤシイ要素満載だ)野菜汁を飲む、という悲惨な罰ゲームが待っていた。まさか自分が飲むことになるとは思わなかったけど。

 海堂センパイと大石副部長が既に犠牲になっている(もうひとり、不二センパイも飲んでたが なんだかアッサリ飲んでたので犠牲じゃなさそうだ。やっぱりこの人はワケが分からない。味覚もフツウじゃないらしい)。




「・・・・・・・・・・・」

 いや。
ちびちびと小分けにして飲むから、余計味を感じてしまうんだ。
ここは思い切って一気でいくべきか。

 透明なコップの中にはいまいましいことにまだ半分以上ヘドロのような液体がうごめいている。これを片付けない限り、部活に出れない。

 みんなもう練習を再開してるから、俺だけ取り残されてしまっている。とはいえ、まわりの連中もおもしろそーに俺を観察してるので、こっそり捨てることもできないだろう。


 ――――よし !。


 覚悟を決めて一気にコップを傾け、野菜(?)汁を飲み干す。できるだけ舌で触れないようにして味を感じないよう努力しつつ。でもノドごしも最悪だ。

 まわりから「おおっ」というどよめきと拍手があがったのがなんだか遠くに感じる。気づけば、俺はコップを放り出して校庭端の水道へとマジダッシュしていた。











 ―――― ひどいメにあった。


 日本の部活動ってのは変わってると聞いてはいたが、こんなおかしな特訓があるなんて。

 水道でとにかく口内に残る野菜(じゃない絶対)汁をすすいで、ようやく人心地ついた。



 そこに、

「もーへーき?」
 俺と対照的にのん気に間のびした声がかかった。


 蛇口をしめ、袖で口元をぬぐいつつ顔を上げる。
声でわかったが、隣に立っていたのは先刻の俺の対戦相手だった。



 ―――― 菊丸センパイ。



 あんたのせいでこんなに苦しんでんだよ。

 なんだか理不尽な怒りがこみあげたが、菊丸センパイはやけに楽しそうに俺を見下ろし、
「どうだった?、どうだった?、やっぱ激マズ?」
 早く答えろとせかしてくる。

「大石は『ヒツゼツにツクシガタイ』味って言ってたけど、そんな味?」
 『ヒツゼツにツクシガタイ』のイミが分からない。多分菊丸センパイも分かってないようで、イントネーションがギクシャクしている。

「とりあえずマズイっす」
 答えると、なんだかつまらなそうな顔をされた。
どんなリアクションを求めてたんだろう。なんとなく気になる。

 が、菊丸センパイはあっさりと話題を変えた。そういえば、練習中だというのになんでこんな所にいるんだろうか。それも気になったが向こうのセリフにそれどころじゃなくなった。

「さっきの、おチビちゃんの負けだったからひとつ言うこと聞いてくれる?、ってか聞いて」
「なんスかその押しの強さ」
 最初は尋ねてたのが最後強制になっている。

「だって絶対そーさせるつもりだし」
 あっけらかんとさらに押しの強いセリフが返ってきた。



 ―――― なんなんだ。

 勝負に負けたほうが野菜(じゃないんだって絶対)汁を飲むのは約束したけど。
 言うこと聞くなんてのは一言も交わしてない。
なのに当然、ってな口調で、俺が「イヤ」なんて言ったら「ケチ」と非難されそうだ。




 あきれたい。


 でもそんなトコも。


 このヒトらしい、と思ってしまう――――。











 入部していくらかたって、さすがの俺もほとんどの部員の顔と名前が分かるようになってきた。これはけっこー俺にしちゃすごい方。クラスメイトなんて、いまだに数人しか把握してなかったりするし。

 まあ、テニス部員(特にレギュラー陣)が個性派ぞろいで、覚えたくなくても印象に残ってしまうような人たちだったのもあるが。


 あの日、ただ「目がいい」ということしか知らなかった菊丸センパイのことも、いろいろ分かってきた。



三年で、レギュラーなこと。
大石センパイと組んで、ダブルスの名プレイヤーなこと。
目の良さをいかした、素早いアクロバティックなプレイスタイルなこと。
この部の特徴でもある、負けず嫌いな性格なこと。
なんか口調が猫っぽくて変なこと。



それから――――――――










 なんて、過去(というほどでもない程度の過去)を思い返してる間もなく、菊丸センパイは言葉を継いだ。

「ま、教えて欲しいだけなんだけど。おチビちゃん、手塚と試合やったってホント?」

「・・・・・」

 意外な質問に、思わず目を見張った。


 なんでここに部長が出てくるんだ?。てっきり、パシリになれとかジュースおごれとか、そんな他愛もない(このヒトがよくする)ことだと思ってたのに。

 悔しいが俺より背の高い菊丸センパイの表情をうかがう。いつもの軽いカンジだけど、その目だけはなぜか真剣さが隠れていた。




 ―――― 菊丸センパイが言ってるのは、数日前の、俺と部長の非公式な試合のことだろう。

 部活ではないから、知っているヒトはいないはず。ああ、菊丸センパイと仲のいい大石副部長がその場にいたけど・・・。

 彼から聞いたのかと尋ねると、違うと返ってきた。
当の手塚部長がペラペラ外に話すとも思えない。



「不二がそんなこと言ってたから。ホントかなーと思って」
 持っているラケットをなんとなくというカンジで回して遊びつつ、センパイは視線をそらす。


 ―――― なら、なんで俺に聞くんすか?。

 部長に聞いた方が早いのに。

と ノドまで出かかったがやめにした。理由は俺も知ってるし。



「負けた?」

 ―――― 失礼な聞き方っスね。まあ事実だからしょうがない。

 軽くうなずいて見せると、菊丸センパイは納得したみたいな、悔しいみたいな複雑な表情した。


「そっか。ごシューショーサマ」
 またイミの分からない単語だ。ご苦労サマ、ってことか?、なんとなく解釈してみた。


「ほんじゃま、コートにもどろか。サボってると大石うるさいし」
 菊丸センパイはもう興味ありません、ってな態度を見せ、あっさり俺に背を向けた。



 帽子をかぶりなおし、俺はため息。










 ―――― あの日、ただ「目がいい」ということしか知らなかった菊丸センパイのことも、いろいろ分かってきた。


三年で、レギュラーなこと。
大石センパイと組んで、ダブルスの名プレイヤーなこと。
目の良さをいかした、素早いアクロバティックなプレイスタイルなこと。
この部の特徴でもある、負けず嫌いな性格なこと。
なんか口調が猫っぽくて変なこと。




それから――――






 手塚部長が苦手なこと。













つづく



 

ビミョーにかすかにわずかに塚菊。

なつかしい野菜汁・・・(笑)。
レギュラーになったら忙しくて作ってないみたいですね乾くん。
By.伊田くると

不二 「けっこうおいしいのに」
乾 「そうか(・・・・・・なんか物足りない)」
大石&海堂 「・・・・(化物・・・)」
モドル

02 9 16