決して甘くはないコースに打ち込まれたボレーを。
簡単に捉えて、スイートスポットで返した。



相手はそれに届かず、いい勝負だった打ち合いがその一打で終わる。



悔しげな相手に、そいつはにまっと笑って見せた。
口の両端をきゅっと上げるカンジがなんだか猫に似ている。家にいるヒマラヤンを思い出した。


ケラケラと笑いながら、愉快そうに利き腕の上でラケットをリズムよく回している。クセらしい。
練習相手に向かって何か言っていたが、そんなもの耳に入らないくらい、はたで見ていた俺は驚いていた。





―――― あのヒト、見えてるのか・・・。



尋常じゃない反応速度。


あれは、相手のラケットの振り、足位置からの予測じゃなくて。
ましてや根拠のないカンでもなく。




そいつには、はっきりボールの軌跡が見えていた。







 ――――すごい。



 悔しいけど、そう思った。










視力論.1





「うん。動体視力ならエージが一番かな」


 シューズの紐を直してた手も止めて、『そのヒト』を見たまま かたまっていた俺に、ふいに上から楽しげな声がかけられた。


 ―――― 動体視力・・・?。

 俺の心のうちを読み取ったようなセリフに驚いて顔を上げる。
ボーっとしてたつもりはないのに、いつの間に近づいたのか、声の主はすぐ隣に立って俺を見下ろしていた。


 知らない顔だ。
といっても、知ってるやつなんてほとんどいないが。




「すごいでしょ、彼」
 俺と目を合わせると、やけに薄い色の瞳を細めて、ニッコリ笑ってそう言う。
自分のことじゃないのに自慢げだ。


 ――――『彼』というのは、俺が見てたヒトのことなんだろう。


 その言葉から、俺の視線の先も思考もあっさり見通されていたようだと気づく。そんなにカオに出るタイプじゃないと思うんだけど、俺。このヒトが鋭いんだろうか。


 確かに俺もそいつの抜きん出た視力に『すごい』と思ったけど、驚いて見とれてもしまったけど、あまり褒めるのも違う気がして、

「そーっスね」
 小さくうなずいて見せた。

 紐を結び直してようやく立ち上がる。



 何がおかしいのか、目の前のそのヒトはまた笑った。俺より拳ひとつほど背が高いが、ほっそりしていて実際より低く見える。
 レギュラー限定のジャージを着てるから、多分三年。
カオも分からないから当然名前も覚えていない。ヒトの名前を覚えるのは苦手なんだよな。



 そう思った時、


「フジーっ。打ち合いしよーよーっ」


 コートから大声。

「いいよ」
 と答えたのが俺の横のそいつだった。俺に話しかけてきたこの細身のヒトはフジというらしい。

 対して、なにもそこまでという大声で呼びかけたのは、さっき俺がプレイを見て「すごい」と思ってしまったヤツだ。
 『エージ』と、『フジ』先輩は呼んでいた。



 ――――目の前の、ちょっと変わった雰囲気のヒトが『フジ』で、あっちの目のいいヒトが『エージ』ね。

 なんとなく頭の中で復唱してみる。


 ヒトの名前を覚えるのは苦手だが、それは最初から覚える気がないのが多分に原因だ。けど、ほぼ無意識に覚えようとしている自分に気がついて なんだか気恥ずかしくなった。
 とりわけ記憶しておく必要もないのに。



 ――――エージ、は名前だよな。苗字はなんだろ。

 気になった。
どうかしてる。







「あ、言い忘れてた」
 ラケットを手にして、『エージ』のそばに歩きかけた所で、『フジ』先輩はおもむろに振り返った。



「『キクマルエージ』っていうんだよ」
 穏やかそうに、でもどこか楽しんでそうな笑みを浮かべて コートの向こうにいる『エージ』を指差す。


「?!」

 「そーっスか」「どうも」「別に聞いてないんですけど」と、頭の中でどう返そうか迷ってる間に、『フジ』先輩はあっさり背を向けた。俺の返事を待つ気は もとからなかったようだ。


 またしても頭の中をのぞかれたようで、悔しいようなムカつくような。


 とりあえず、あの『フジ』ってヒトはちょっと苦手だ・・・、と感じた初対面の印象は間違ってはいなかった。











 ―――― それは。

 遠征から(桃センパイのぞく) レギュラー陣が帰還し、練習に参加して2日目のことだ。







 彼らの名前が俺の中でまだカタカナだった時。

 菊丸先輩の動体視力の良さに、初めて驚いた時。






つづく



 
不二さんエスパー(笑)。

最初に打ち合いしてるのが菊と誰かレギュラー。コートの外で話してるのがリョーマと不二くんです。

キリリクしてくださった実紗姫様、おまたせしましたーv。
By.伊田くると



不二 「さっき一年生にエージの自慢してきたよvv」
三年レギュラーズ 「そうか・・・(・・・・・・嬉しそうだな)」
モドル

02 7 10