もし キミが
『コイビト』
だったら うれしい
だとしたら嬉しい
〜前編〜
インターホンが鳴った。多少耳障りな機械音が部屋中に響く。
相手が誰かは分かっていた。
別に超能力でもなんでもない。ついさっき、マンションに向かって早足で歩いてくる姿が窓から見えていたのだ。きっと彼だ。
だるい身体を起こしてベッドから身を起こす。外気に触れた肌が熱い。四肢の感覚が鈍かった。
急に体勢を変えたことで治まりかけていた頭痛が またぶり返す。
思わずこめかみを手で押さえたが、頭が痛いのは分かるものの具体的にどこが痛いかは分からなかった。まあ、押さえたところで治るものでもない。
ドアの向こうの相手は短気。かなり短気。それはよく知っている。
だからできるだけ急いで玄関に向かって、ふたつあるうちのひとつ、施錠してあった鍵を外した。
オフホワイトの冷たい鉄の扉を開くと、やはり案の定、三蔵が立っていた。
自分の部屋には寄らずに、まっすぐ俺のところに来たらしい。右手に厚いバインダーを数冊と、これまた重そうな辞書を挟んでいた。大学帰りなんだろう。
彼の専攻は法学だから荷物が多くなるのは仕方ないが、俺が一緒だったら持つのを手伝ってやれたのに と悔しいような感覚がよぎる。
いつもそう思うだけで、「少し手伝う」なんて気安く声などかけられないのだが。
「風邪ひいてるらしいな」
アイサツもなしに、三蔵は俺をちらりと一瞥してそう言った。
俺の様子を見て言ったというより、前もって知っていた、という風に見える。
体調が良くなくて今日学校を休んだのは事実だから俺はうなずいた。
「ああ、でももう大分いいんだ。あがってくか?」
風邪がうつるかな?、と気づいて付け加えたら、
「風邪なんざひかねぇよ」
相変わらずのふてぶてしい口調が返ってくる。
そのまま三蔵はハーフブーツをぬいで、勝手知ったる様子で部屋にあがりこんだ。
当たり前だ。間取りは三蔵の部屋とまるで同じだからな。
それに。
――― 部屋にあがるのも初めてじゃない。
そう思うと、頭痛が少しやわらいで 幸せな気持ちになった。
三蔵を初めて見たのは、去年の四月。
志望の大学に合格して、何よりの希望だった上京先、ひとり暮らしをするマンションで、だ。
その日は引越し当日だった。
頼んだ引越屋より、俺を乗せたハイヤーの方が先にマンションについた。大家に早速カギを借り、自分の新しい住居に向かう。
――― 実家を出るのは高校時代からの夢だった。
旧家という言葉から連想する、そのマイナス面だけを脈々と受け継いでいる我が家が俺は大嫌いだった。嫌悪しつつ、諾々と従うしかない自分も嫌いだったが。
だから、そこから逃げ出すのをずっと待っていたのだ。
ひとり暮らしに反対する者も多かったが、妹の助力もあって なんとか説き伏せるのに成功した。
そう昔ではないが、少しなつかしく思い返しつつエレベーターから降りる。
廊下から一列に、同じ扉が整然と連なっていた。
706号室っていってたな・・・と大家の言を確認し、右から1、2・・・と数えて目指す扉にたどりつく。
が、いくら鍵穴にキーを刺そうとしても、冷たい金属の抵抗が返ってくるばかり。
カギが間違ってるのか?、と不安になりながらも、躍起になってカギをひっくり返してみたりするが、手ごたえはない。
やり方が悪いのだろうか?。
正直に言うと、カギを持ち歩く生活をしたことがないので使い方もよく分からないのだ。
そこに、
「何してんだ」
実に無感情な、抑揚のない声がかかった。
まるで足音がしなかったので気づかなかったが、いつの間にか、俺の三メートル先に男がひとり立っている。
目をひいたのは、濃い色の金の髪。
無造作に後ろでくくっているが、こぼれた髪の房ひとつひとつが発光してると思えるほどで言葉を失ってしまう。派手だ。
「・・・・・・」
「空き巣・・・にも見えねぇがな。まあ盗むものなんかないから かまわないが」
意味不明なことを言い、男はくわえていたタバコに火をつけた。
薄く煙がマンションの天井に上がっていくのを無意識に目で追ううち、ようやく俺は我に返る。
「泥棒じゃない。この部屋に入居する者だ。カギが合わなくて・・・」
あわてて言い訳をした。きっと、この金髪は俺を誤解していると思ったからだ。
確かに、見たことのない男が真っ昼間からドアをガタガタやってたら怪しいこと この上ない。
金髪男はかすかに眉をひそめて、今度ははっきりと俺を見やった。
目が合うと、そいつが珍しい色の眼をしているのに気づく。黒に近いが、はっきり紫色だ。
――― !・・・。
なぜか心臓が鳴った。
そんな俺にかまわず、金髪男はため息をつくのと一緒に煙を吐いた。
容貌に似合わない乱雑な仕草で後頭部をかく。その顔には、『メンドくせぇ』と分かりやすく書いてあった。
「間違えてんな。そこは俺の部屋だ。705」
「え」
簡潔なセリフにギョッとする。
俺の部屋番号は706だった。キーホルダーに印字されている文字も当然同じ。
部屋をひとつ間違えていたらしい。
赤面していくのが分かった。
よくよく見れば、ドアの横のプレートには、きっちり『705』とかかれている。
間違える方がどうかしている。よほど浮かれていたせいか。
慌てている俺が滑稽なのか、終始無表情の仏頂面 (仏頂面で無表情というのもヘンだが、そんな感じなのだ) だった金髪男はふっと笑った。
「まあ、俺もネームプレートつけてねぇからな」
?。
よく分からないが、この言葉は俺をフォローしてくれているらしい。
「ネームプレート?」
「・・・・・表札だ。部屋番号の下が空白だろ。そこに名前を入れとくんだよ」
言われてみると、確かにプレートは二段になっていて、そこは何もかかれていなかった。
「・・・なるほど。これで誰の家か分かるわけだな」
納得してうなずいた。そんな仕組みだったとは知らなかった。
すると、今度は男は はっきりと笑った。おかしげに目を細めて。
――― なんだ?。変なこと言ったか?。
また不安になっていると、笑うのをやめた金髪男は、
「世間知らずのボンボンみたいだな、お前」
肩をすくめて、ジーンズのポケットからキーを取り出し、俺の目の前のドアに差し込んだ。今度はかっちりとカギが回り、ドアが開く。
「お前の部屋は隣だ」
「もう間違えるなよ」
そして、あっさりとドアが閉められた。
俺が自分の部屋と勘違いしていた『隣人』の名前を知ったのは、それから数日後。
その『隣人』が俺と同い年で、四月から同じ大学に通う、ということを知ったのは それからまた数日後。
初めての自活・団体生活に失敗の多い俺に、あきれ顔で、でもきちんと手助けしてくれる『隣人』と、じょじょに、本当に少しずつ親しくなって。
その好意が、俺の中で恋愛感情にまで発展して。
――― 今にいたる。
三蔵はなぜか不機嫌らしい。
いつだって不機嫌に見える表情で、そのせいで近寄りがたいと思われている三蔵だが、実際に不機嫌かそうでないかは ある程度つきあっていると分かるものだ。
が、部屋に入って、そのままソファに座って足を組んだまま黙っている様子は どう見ても前者だった。
何か飲み物でも出そうかとキッチンに行こうとすると、
「病人は寝てろ」
と冷たく言い渡される。
おとなしくベッドに戻った。
三蔵を前に本当に寝るわけにもいかないので上体を起こして座る。ソファはベッドから近い位置にあるので会話に不便ではない。
まだ熱はひいていないはずだが体温計がないので分からない。薬も飲んでいない。なぜならないからだ。
若い男のひとり暮らしの部屋に、そんなにきちんと医療道具があるわけもない。わりと俺は丈夫な方だし。体調を崩したのも ずいぶんひさしぶりだった。
頭痛もがまんできないほどじゃない。三蔵が来てくれただけで嬉しくて、ともすれば不調も忘れてしまいそうだ。
――― お互い意地っぱりなのか、いや、俺の場合は踏ん切りがつかないだけなのだが、用もないのに互いの家を行き来することはできなかった。隣に住んでいるというのに。
俺は三蔵が好きだし、三蔵も多分俺の想う何十分の一かは俺を憎からず想ってくれているはず・・・とは思う。
本当に嫌われてたら、悪口雑言吐きつつも俺の尻拭いや面倒をみてくれたりはしないだろう。
とは思うが・・・一歩踏み出す勇気はどうしても持てなかった。
そんなわけで、ゼミが一緒の八百鼡や独角らには いつも「まだるっこしい」と冷やかされてばかりなのだが、どうにも俺は不器用で臆病で、自分からはあまり動けないし (かといって三蔵が動いてくれるということもないし)。
結果、俺たちは会って一年半にもなるのに、未だに ただの『同じ大学に通う隣人』でしかなかった。
が、今のままでも十分幸せという気もする。
三蔵が俺のそばにいてくれる、この時間だけで ぜいたくしている気分になる。
実家と比べたら百分の一ほどの、狭いマンションの一室。
でもここは、今の日本で一番幸せな場所に違いない、と考えられるほど。
そんなことを思っている俺をよそに、三蔵はふいにソファのわきに無造作に投げていたバインダーのひとつを手にとった。
勉強でも始める気なのか (それも変わってる気がするが)、不思議に感じて見守っていると、厚いバインダーに挟まっていたのは書類だけではなかったらしく、三蔵は何かをとって俺に投げつける。
「わ」
反射的に右手でキャッチした。
重さはあまりない。手のひらサイズの紙袋だった。
薄い黄色の包装紙で作られた袋。かさつく音がしたことから、中に何か入っているようだ。
「これは?」
開けていいものか、尋ねるとやはり不機嫌そうな顔で三蔵は目をそらす。
「風邪薬だそうだ。お前のクラスメートから預かった」
――― クラスメートというと・・・。
八百鼡の顔が浮かんだ。
大手薬屋の娘なのだ。そういえば必修の二限を休んだのを心配して電話をくれた時、「風邪をひいたみたいだ」と彼女に言ったのを思い出した。
――― それで三蔵が来てくれたのか・・・。
やっぱり用事がないと会いに来てくれないんだな、と確認すると少し寂しい気もしたが。
大学から俺の住むマンションは近い。八百鼡が直接届けに来るよりも、他学部の三蔵を探す方がよほどめんどうなハズなのに。
わざわざ三蔵が来てくれるよう仕向けてくれたクラスメートに感謝した。
独角と違ってマジメな彼女は、マジメに俺の事を応援してくれている。風邪が治ったら礼を言わないと。
「嬉しそうだな」
ほんわか気分で紙袋を手にしていた俺に、金属的な冷たい声がかかった。
ぎょっとして視線を三蔵に戻す。
さっきより、なぜかさらに不機嫌そうな三蔵。乱暴な仕草で組んだ足を組みかえていた。
――― なんだ?。よく分からないが、かなり怒ってるんじゃないか?。
さっきも不機嫌だとは思ったが、なにがカンにさわったのか、今やはっきりと怒っていた。
危険を知らせる警鐘が頭の中に鳴る。
が、ストレートに「怒ってるのか?」などと聞こうものなら怒りがさらにアップするのは間違いない。
――― どーしよ・・・。
気まずい空間に、紙袋を手にしたまま困っていると、薬を渡した三蔵は「用は済んだ」とばかりにあっさりときびすを返し、
「お大事に」
無感情な声で一応見舞いらしい ひと言を寄越し、出て行ってしまった。
最遊記キャラの名前で日本現代ものってムリがあって笑える・・・(笑)。
三蔵はぎりぎりオーケーとしても、紅孩児・独角・八百鼡って!!。
さらに、悟空もまぁアリだと思うけど、ドラゴンボ●ルファンの親がつけた名前って思われそうだ・・・。
伊田くると
水無月サマのリクSSですー。すんごい遅くなってしまってスミマセンーっっっ。
そして紅孩児情けなくてスミマセンーっっ。
八戒 「ちなみに、話の中で紅孩児が部屋数を間違えてますけど、あれはエレベーターすぐ近くにある、非常階段へ続く扉も入れて数えてたので一個ズレちゃったんですね」
悟浄 「・・・・・バカだな・・・」
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