きみは
カッパ
ペット







 いつも不機嫌でカタブツで、亡き師匠と形見の経文、そして下された使命のことしか考えてないと思われがちな玄奘三蔵法師。

 だがもちろん、彼だって人並みに人間であるので。

 思考のすべてそれで埋まっているわけではない (しかし大部分は使っていたが)。


 そう、人並みに趣味だってある。




第一話 ペット誕生






「キュウリだ。好物だろう」
 偉そうに、重大なことを発表するように もったいぶった口調で。

 三蔵がそう言い出した時、悟浄はかなり仰天した。





 雲の間に三日月の出ていた夜のこと。

 投宿した宿で、ツインがふたつとれた。
部屋わりで たまたま悟浄と三蔵が一緒だった。そこまではいつもと変わらなかったのだが・・・・・・・・。
シャワーを浴びて出てきた悟浄にむかって、相部屋の三蔵が突然そう話しかけたのだ。


 右手には当然、丸のままのキュウリを持っていた。



「・・・・・・」

 ―――― 三蔵サマとキュウリ。


 フシギな取り合わせだ。というか セリフもフシギ極まりない。


 軽口はお手のもののはずの悟浄だったが、意表をつかれまくってしまったため言葉がでない。数メートル前にいる美貌の高僧を ぽけっと眺めてしまう。

 ベッドに腰かけた三蔵はちょっと眉をしかめると、手荷物をガサゴソやりだし、
「あと2本も買ってきてやったぞ」
 と さらに謎の言葉を吐いた。


「・・・・・・・」
 やはり無言の悟浄。

 彼自身は、目の前の有名な お坊さんを怒らせたくなかったし、惚れてるかも・・・と自覚してきたところだったので できれば好感度をあげておきたいという野心がある。せっかく相部屋になれたのだし。
 だからヘタな返答をして機嫌をそこねたくなくて悩んでしまったのだが、ワケがわからない状況は変わらない。



 ―――― どうも、三蔵はキュウリを計3本持ってるらしい。

 彼の知りえた事実はそれだった。


(なんでそんなん持ってんだろ)

 首をかしげたくなるが、その答えもすぐ分かった。三蔵はそれを差し出してきている。


(俺に・・・くれてんだよな)

 そういえば。


(『好物だろう』とか言ってたじゃねーかッ)

 本人に言わせれば別に好物じゃない。そんなこと誰かに話した覚えもないのだが。



「ア、アリガトウ・・・
ゴザイマス
 断るよりこうした方がいいだろう、と判断した悟浄はギクシャクと礼を言い、湯上がりでポカポカしている腕でキュウリを受け取った。

(キュウリだよな・・・)
 手触りや見た目はまんまキュウリだった。買ってきたばかりらしく、新鮮なものに見える。生のキュウリをまじまじ観察したのは初めてだったが。

(で、これどーすんだ?)

 受け取ったものの、処置に困る悟浄。好物と言っていたということは、食べなきゃいけないのだろうか。しかし、なぜ三蔵が (もう夕食も済んでるのに) 悟浄に食べ物を与える必要があるのだろう。

 つい、妖怪たちの罠か?、とまで思考が飛びそうになった、が。



「行儀が悪い」
 目の前の三蔵がムッとした目でこちらを見上げてきた。

「えっ」
 うろたえる悟浄にかまわず、三蔵は右足でトンと床を鳴らし、

「おすわり」
 先ほどと同じく、大真面目に告げた。

「・・・・・・・ハァ」
 機嫌が悪くなっている ひとつ年上の旅のリーダーを刺激したくなくて、また言うとおりに隣のベッドに腰を下ろす (まさか床にひざまずけというつもりでもないだろう。さすがにそれはイヤだ)。


 どこにでもある宿なので、ツインの間取りもいたってフツウだった。部屋の壁際に、シングルのベッドがふたつ仲良く平行に並んでいるのだ。ひとつは三蔵が既に腰をおろしている。
 よって、それぞれベッドに座って向かい合うカッコウになった。
友達ならこうしてオシャベリでもしてのどかな時間をすごすのだろうが、フレンドリーに遠い三蔵がそれを望むとも思えず、また自分は片手にキュウリを持ってるしで、悟浄はやはりサッパリな気分である。


「ヨシ、食っていいぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ」

「行儀が悪い」
「エッ・・・・・・・・・あ!、イタダキマス!」
「ヨシ」


 許しが出て、キュウリを食べ始める悟浄(別に食べたくなかったが。湯上がりはビールの方が数百倍ありがたい)。


 食べてる間の時間を有効に使って、状況を把握しなければと焦るが、いっこうに謎だ。

 頭をよぎるのは、室温で何の薬味もつけていないキュウリはあまりおいしくない。塩でもミソでもあればなあとか、つけものだったらなあとか、そもそもなんでキュウリなんだろ?、今 旬でもないし・・・とか、どうでもいいことばかりである。





 しかし、謎はアッサリ解けた。



 お行儀よく「ゴチソウサマデシタ」と頭を下げた悟浄を満足そうに見つめ、悟浄が惚れてるかも・・な想い人がさわやかに宣言してくださったからだ。


「いい子だ。お前は今日から俺のペットだぞ」



「――――――――は?」












 いつも不機嫌でカタブツで、亡き師匠と形見の経文、そして下された使命のことしか考えてねーんじゃねーの?、というのが悟浄の玄奘三蔵法師評だったのだが。


 そうでもないんだと知った、記念すべき日であった。



 まあ確かに、彼だって人並みに人間であるので (妖怪の自分達と遜色ない暴力的な存在だが)。

 思考のすべてそれで埋まっているわけではない、というのは分かる。


 そう、人並みに趣味だってある―――― らしい。





 それはどうも・・・・・。




「ペット・・・」

 の飼育。





 らしく、

 そして、






「俺・・・・・・・?」


 が 栄えあるペットに選ばれた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・らしい。












第一話 ペット誕生
END
























第ニ話 黒い罠





「僕、心配だったんですよね三蔵が。そりゃ飲む打つ買う・・はしてないか、飲む打つはやってますけどソレ趣味ってほどじゃないし。娯楽もキライだし。道楽のひとつでもないと、年取ってからボケちゃうんじゃないかと思ったら、心配で心配で・・・」

 玄奘三蔵法師に趣味の提案をした張本人・猪八戒氏は語る。


「・・・・・・・・・」
 いつもより おいしくないハイライトをくわえたまま、静聴している悟浄。二本の触覚がピクピクいってるのは、怒りのせいなのか (間違いなくそうである)。


「園芸とかいいんじゃないかと思ったんですけど、旅してますしね。落ち着いて絵とか文とか書いてる時間もないし。メンド臭がりだからスポーツとかダンスとかもってのほかでしょうし」

 ああでも社交ダンスなんかしてる三蔵、ステキでしょうねぇ・・・v

 なんて脱線し始めたのん気なお兄さんに、咳払いすることで先をうながす悟浄。


「・・まあともあれ、趣味を持つことを勧めたわけです。そうしたら三蔵が『じゃあお前の趣味はなんだ?』と僕に興味を持っているとしか思えない質問をしてきたんですよ!!。僕のプロフィールならすべて・・そう、ホクロの数まで教えてさしあげるというのに!!」

 ここで、ホクロの数なんか知ってんの?、とかそんなん自分で数えらんねぇだろ!、とか つっこんではいけないのを悟浄はよく知っている。ダテに三年も一緒に暮らしていたわけではないのだ。

 つっこんだとたん、「そうです!!、三蔵に数えてもらうっきゃありません!! さんぞーーーっ」となるに決まっているからである。

 このどこかおかしい男の趣味は、三蔵のストーカーと、自分を不幸にして喜ぶこと、と悟浄には思えた。多趣味でけっこうなことである。



 そして、三蔵の先日の奇行(そうとしか見えない) も、この元同居人が己を不幸にするためにそそのかしたことだと、直感で理解していたのである。そしてそれは外していないのだ。




(しかし、なんで八戒は俺に災難をふりかけて喜んでるんだろう・・・)

 今さらといえば今さらだが、ちょっとだけ気になる。



 自分はもともとは八戒の恩人のはずなのに。
雨の中 重体の彼を拾い、家に住まわせ、指名手配犯と知ってからもかくまった。崇めろとは言わないが、こんな扱いを受ける覚えはない――――今さらだけど。

 今までも、三蔵に「悟浄って××なんですよ」と告げ口されたり、「あ、今ここのトイレ清掃中ですから下に行ってください」とウソを教えられてわざわざ遠回りさせられたり、食事中に食欲のなくなるいやーな話をされたり、いろいろ、いろいろとされてきた。ホントにカチンとくるものから、なんでそんなしょーもない嫌がらせを・・・とあきれたくなるような些細なことまで、いろいろと。



(実は嫌われてるのか?)

 三年同居しといて嫌われてるもないだろうが、そんな気もしてきた。



「・・・・・・あの、さ。俺を困らせて楽しーの?」
 おそるおそる聞いてみる。と、
「ええv
 にっこりと優しそうな(あくまで「そうな」である)笑顔。

「・・・・・。・・・・・・・・・・俺のコト嫌いだったりする?」
「イイエ
v。でもめそめそしてる悟浄はもっとスキです」

「めそめそ・・・・・・」
 なんで恩人であり、同居人でもあった自分をめそめそさせたいんだ・・・?!。


 三年も一緒に生活してたというのに、まったく得体の知れない存在っていうのはどういうことなんだ・・・・と うすら寒いものが彼の背をかけあがった。

 が、負け犬根性が染み付いている悟浄に、それについて抗議などできるはずもなかった。










 八戒との実のあまりない対話で分かったことを頭の中でまとめてみる。


 カタブツな三蔵を心配し、なにか趣味を・・と提案した八戒。
手近な趣味として彼が提案したのは、ペットを飼うことだった。

(この辺りは悟浄の推理だが、「じゃあお前の趣味はなんだ?」と質問した三蔵に、八戒が『ジープの世話』だとかブナンに答えたからだと思われる。八戒は三蔵の前では猫の皮をかぶっていて、ヘンタイであるという正体を隠していたからだ。早くバレちまえと内心願っているがその気配はない。ついでに報復が怖いのでチクってバラす勇気もない)。


 八戒の言葉を素直に聞く悪癖のある三蔵は、今回も素直に「じゃあしてみるか」と思い立った。

 が、ジープは既に八戒のものだし、危険で困難な旅の最中であまりに弱いものやデカイものを飼うわけにもいかない。困った。


 そこでまた余計な提案をしたのが八戒だ。どう言いくるめたのか、八戒が巧みなのか三蔵が実はアホなのかは悟浄に知りようもないが、



「悟浄はカッパなんですよ。だからペットに最適です」



 という言い分が通ってしまった。



 そして、前述の、<キュウリやる事件> <今日から俺のペットだぞ事件>へと続いてしまったのである。











第ニ話 黒い罠
END































第三話 お会計はレジで





 八戒のペットであるジープの休養ということで、宿には二日滞在することになった。部屋割りも当然変更はない。いつもなら三蔵と同室だと、なんだかトクした気分になる悟浄だが、今回はそうも言っていられない事態である。



 自分はカッパということになっている

 自分は三蔵のペットということになっている。



 カッパじゃなくて、人間と妖怪のハーフだったはずで、ペットじゃなくて旅の仲間だったはず・・・・・・・・・・・・・なのに。

 大げさにいえば人権やアイデンティティに関わる問題だ。
さほどプライドは高くない悟浄なので、そうも重くはとらえなかったものの、「俺ってなんなんだろ・・・」とちょこっとロンリーになった。ついでに、朝食の後 八戒とふたりで会話した時の「めそめそしてる悟浄はもっとスキです」発言にも ちょこっとヘコんでいた。


 ―――― 仲間のひとりにペット扱いされ、仲間のひとりに理不尽にいじめられている。



 ―――― 俺って・・・・


 部屋のベッドの上に体育座りし、どよーん、となりかけた時。


 ガチャ

 カギをかけていない宿屋の安普請なドアが空いた。

 入ってきたのは世界の平和を守るため旅をする戦うお坊さん・・・悟浄にとっては旅の連れ・・・のはずだった・・・、現・飼い主サンの姿だった。


 昼前なので、明るい日差しが窓から入ってくる。
その光を受けた金色の髪は、色をなくしているみたいに透明にすけていた。

 動作のたびにチラチラと揺れている細い金の糸。
以前八戒は月明かりの下で見るときれいだ、と言っていたが、悟浄はやはり太陽の下にいる三蔵の方が好きだった。

「おとなしくしてたか?」
 おとなしくってなんだそりゃ・・・と脱力したくなった悟浄だが、そういえば朝食後自分が八戒とモメていた間三蔵の姿が見えなかったと思い出す。
 三蔵は片手に紙袋をかかえていて、買物帰りのようだ。彼が自分の足でそうするのはとても珍しい。

「おとなしくしてた」
 ついそう答えると、

「ご褒美だ」
 と言って三蔵がくれるのが何か、もう分かってしまうのが悲しいが。


 悟浄は素直に差し出されたキュウリを受け取った。朝も、先に起きて三蔵を起こしてやった時にもらったので、これが三本目だ。

(もうミソとか持ち歩くべきなんかな・・・)

 負け犬根性が染み付きすぎの悟浄は、後ろ向きに前向きなことを考えてしまった。やはり室温のキュウリはあまりおいしく感じられないが、礼を言ってお行儀よく食べた。

 ヨシヨシ、という様子でそれを見ている三蔵。

 機嫌は悪くない。


 自分と一緒にいて、こんなに機嫌が低下しない三蔵というのは珍しい。いや、初めてだ。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 八戒にそそのかされた三蔵の命じるまま、悟浄は『ペットのカッパ』になった。
それ自体は とっっっっても複雑だが、結果として三蔵は機嫌よく自分をそばにおいている。
 自分も、されたことはキュウリを食べさせられたことぐらいで、肉体的につらいこととかはされていない。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・別に損してねぇかな?)

 ペットになったことのプラスマイナスを考えてみる。


 マイナスは・・・自分のプライドが傷ついたこと。
冷たく自己中・破壊的な生臭坊主になぜか好意を持ち始めてしまった昨今なので、本来狙ってるのは『コイビト』、最低でも『セックスフレンド』だ。なのに『ペット』では格落ちもいいところだチクショー、ということ。


 が、もとが旅の仲間というよりお供というより『下僕』であるので、『下僕』と『ペット』なら『ペット』のが上かも、という気もする。


(・・・・・・・・・あ!)

 それに。
三蔵にはすでにペット第一号がいたではないか。

 今朝も朝食を軽く十人前は食べていた猿。

 確か五年前に山で拾って(野猿だったんだろう、と悟浄は思った)、以来ずっと一緒にいたと その猿・・・もとい、悟空に聞いたから、三蔵はそれなりに真面目にペットを育てているのだ。悟空は さほど飢えもグレもせず成長している。三蔵も悟空にだけは甘いところを見せたりする(ここは重要だ、と悟浄は思った)。

 現に、ペットになって、悟浄も好物(ではないけど) を与えてもらったし。

 これはひょっとすると・・・


(・・・・・・・・・・ペット、得??)


 チーン、とお会計の音がなった。






 得、かもしれない。
得っぽい。いや、得なハズ!!。



「ゴチソウサマデシタ」
 行儀よくあいさつしてみる。ご主人様が満足げにうなずいた。


 うまくいきそうだ、と彼は確信した・・・・・・・・・・・・・・・・・が。








 しかし、悟浄はこのとき、事態を甘くみていた・・・・・・・・・・と後に反省することになる。









第三話 お会計はレジで
END

























第4話 玄奘悟浄ちゃん



 『玄奘悟浄ちゃん』

と。



 その金属のプレートには書いてあった。

 プレートにはすみに丸い通し穴があけられており、そこにリングがはまっている。そのリングは首輪につながっていた。
 簡単にいうと、タグつきの首輪である。

 三蔵が持っていた紙袋から取り出したものがコレだった。




(俺、『沙』悟浄なんだケド・・・・・・・・)

 結婚も婿入りもしていない。養子に行ったわけでもない身空で、苗字が変わるというのはフツウはありえない。



 しかしありうるのだ。


 彼は今ペットだった。







 悟浄は知らなかったが、動物病院やペット関連施設は、動物の名前の前に飼い主の苗字をつける風習がある。「ポチ」という犬は複数いるだろうが、「鈴木ポチ」「山村ポチ」なら間違うことがないからだ。
 病院でもらう薬の袋の名前欄にもそう書いてあったりする。便宜上のものだが、大事な家族の一員ですよという意味もこめられているのだろう。



 世界でたった数人の高僧のひとり・玄奘三蔵法師はわざわざ特注で、そんな首輪を作ってきたらしい。意外にヒマな高僧だ。



 それが、『玄奘悟浄ちゃん』首輪である。



「しかし『げんじょうごじょう』って・・・語呂いいんだか悪いんだか・・・」
 お笑いコンビの名前みたいだ・・・とあさってなことを考えてみたが、悟浄の悪い予感は消えなかった。
 そう、首輪は誰かの首にはまってるから首輪なのだ。誰かとはもちろん、この部屋にいるふたりのうちのひとり・・・つーか、ぶっちゃけ自分であった。


 さすがに首輪はどうだろう・・・と両手に丈夫そうな皮の首輪を持ったまま逡巡している悟浄に、飼い主は実に冷たい視線をそそいだ。

「嬉しくないのか?」
「嬉しいですっっ マジホントっっ」

 ここでつっぱねられないのが惚れた弱みなのかへたれ負け犬なのか。


 喜んだペットに三蔵は満足そうにひとつうなずくと、
「カッパは手先が器用じゃないんだな」とかなんとかつぶやいて、悟浄の手から首輪を取り上げた。そして「おすわり」と高圧的に指示をする。

 元からベッドに座っていたのでそのままだが、なんとなく居住まいを正して正座してみた。
 立ってそんな悟浄を見下ろしている三蔵は、それにも機嫌をよくしたらしい。薄い唇を笑みの形にしてみせた。

 そして、悟浄のベッドに片足を乗りあげた。
驚くほどの至近距離で向かい合う。

「髪。ジャマだから上げろ」

「・・・っ」
 間近でささやかれて思わず心臓がハネたのは仕方がないことだったろう。接近嫌いの三蔵が、自分からこんなに近づいてくることなど今までなかった。

 あわてて片手で肩に届く長さの赤い髪をまとめた。後頭部に当てて押さえておく。
すると、すっきりした首周りのラインを包むように三蔵の白い手が近づいてくる。
このまま、首を絞められても抵抗できない体勢だった。

 キスできるほどの距離に、整った相手の顔がある。目線は首元に落とされていて、勝気な紫色の瞳はこちらに向けられていない。
 抱擁でなく、手先が不器用な(そんなこともないのだが) 自分にかわり、飼い主自ら首輪をつけているのだとは分かったが、止める言葉がでなかった。

 三蔵の温度の低い指先が時折のどをかすめる。
長めの金の前髪がすぐそばの自分の鼻先にかかる。
首輪につけられたタグがカチャリと金属音をたてる。



「・・・・・・・・」

 ひどくドキドキした。




 ―――― やっぱり、好きなのかな、俺――――




 首に残る窮屈な感触とひきかえに、手が、三蔵がはなれたことが残念でたまらない。


 近づかれただけで、少し触れただけでこんなに狼狽したのは初めてで。
彼が、特別だと認識せずにいられない。









 こうして、沙悟浄は正式に三蔵のペットとなり。


 名前は玄奘悟浄となった。








第四話 玄奘悟浄ちゃん
END
























第5話 留守のあいだ





 『シュウエイ』、と三蔵が呼んだ僧形の男。


 それは、過去の知り合いだったのだそうだ。

 ―――― 三蔵が三蔵になる前。

 悟浄にとって遠すぎて、まるで想像がつかない。初めて会った時には既に三蔵は三蔵で、それ以外ではなかったからだ。

 どんな知り合いで、どれくらいの付き合いで、どのくらい・・想いあっていたのかとか。聞ける雰囲気ではなかった。悟空ですら。


 ペット騒動があって、ヘンな状態ではあったもののなんだか三蔵が近くなったような気がしていた悟浄だったが、この件はこたえた。三蔵のことを知らないという その事実がこたえた。


「・・・・・・・・・・俺ってけっこストーカー気質なのね・・・」
 誰もいない廊下でついひとりごと。
目の前をハイライトの薄い煙がのぼっていく。ハイライトは好きじゃないと言った人物は、悟浄の現在の飼い主は、もうここにいない。

 満身創痍の身体をひきずって、
行ったのだろう、決着をつけに。



 送り出したのは自分なのに。真っ先に後悔したのも自分だ。
背中を預けているトビラの向こうにいた三蔵が出ていくのを止めなかった。それは間違ってはいないはずだけど。



三蔵の過去とか。
腹のキズとか。
六道という男とか。
一瞬光ったあの数珠とか。


 そういうものが。頭から離れない。



「・・・・・・・・・・・執着ってこういうことか?」

 三蔵は今目の前にいないのに、こんなに考えてしまうのは。
もちろん、思考のすべてが三蔵なわけじゃない。腹へったとか、タバコの灰どうしようとか、八戒や悟空がどうしてるかなとか、思考はそれる。でも戻る。

 頭にこびりつくそれ。
執着というもの、だろうか。


「・・・・・・・・・しっかし、なんで三蔵なんだか」

 それがどうにも。
いくら美貌の持ち主とはいえ、自分は女性オンリーだったはずなのだが。





 扉を開けてみた。
一応見張りをおおせつかってるから扉の前にずっと居座ってたのだが、その必要がないのは自分が一番わかっている。
 年代物の木の扉を開くと、やはりそこには誰もいなかった。


 が、

「・・・・・・・・・・・・・・」

 三蔵がいたベッドのわきの小さいテーブルになにかが置いてある。
それが遠目にもなにか分かった。だって最近見慣れてたから。





「・・・・・・・・・・・お利口にして待ってろよ、ってコト?」


 皿の上にちょこんと乗ったキュウリ。
悟浄の好物だ(誓ってそうじゃないがもうどうでもいい)。


 本当は止めたかったけど、今も後悔してるけど、でもそれでも三蔵を行かせた、その自分の決断が誉められた気がした。三蔵にそんな気はないだろうが。


 三蔵の過去に、自分はかけらも存在していない。
六道ってヤツも、数珠も、幼かった三蔵の師であったという「三蔵法師」のことも。何も知らない。教えてもらっていない。三蔵はそういったことを自分の中で処理しようとするタチのようだし、しいて相談するなら八戒を選ぶだろうから。

 三蔵の過去に、自分はかけらも存在していない。
でも、現在には間違いなくいるらしい。三蔵の中に。


 キュウリが好物のペットとして。




 思わず笑いがこみあげた。

「・・・・・・・・お利口にしてるから。早く帰ってこいよ、ご主人サマ」




第五話 留守のあいだ
END













第六話
黒い罠〜再び〜へ







世間はリロードだというのに今さら六道さんネタ。
次回からやっと本道に。黒い罠再び。
By 伊田くると

さつき様、キリリクお待たせいたしました!
相手は誰でも、ということだったので、53にしてみました。




悟浄「なんかヤな予感が・・・」
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