きみは
カッパ
ペット





第六話 黒い罠 〜再び〜







 めそめそ泣きっツラが見られると思ったのに、意外に快適なペット生活を楽しんでいるカッパが気に食わない人物がいた。


 ―――― もちろん彼だ。


 彼の外面のみを知る人間は、シンデレラのキャストに彼をあてはめるなら、「魔法使い」や「王子様」役を推すだろうが、実際はまり役になるのはシンデレラの継母&意地悪姉さんズである・・・そんな猪八戒氏。

 彼は、ペット扱いされ足蹴にされいたぶられ、スンスン泣いている悟浄が見たかった。
最近悟浄が分もわきまえず三蔵に好意を持ち始めたのを知り、身分の差を教えてあげようという彼いわく親切心もあった。
 玄奘三蔵は順当な運命にのっとり猪八戒のものとなるのである。旅の終わった暁にはと もう式場も予約している(もちろん三蔵はあずかり知らないことであったが)。

 元同居人の心の傷を浅くするためにも、早めに失恋させてあげた方がいいのだ。


 ちなみに、元気はつらつ悟浄より めそめそ悟浄が好きなのに深い意味はない。根っからいじめっ子なだけである。






 しかし、いささかの誤算があった。


 ひとつは、飼い主がこの図体のでかいペットを驚くほど気に入ったことだ。


 三蔵には軽い催眠暗示をかけて、ペットを飼いたい気にさせること、悟浄はカッパだからペットであると思い込ませたが、自前の首輪まで作ってやるほど かわいがるとは予想外だった。

 キュウリもせっせと与えているらしい。(一緒に暮らしていたので、悟浄が別にキュウリ好きでないのは承知だが知ったことではない)。



 そしてふたつめに、ペット自身がこの関係を気に入っているということだ。


「なんてプライドのない人なんでしょう・・・」

 それも前から知ってたが、想像以上にプライドのかけらもなかったらしい。
早めにキレて三蔵に怒られてヘコむがいい、と思ってたのに、あっさり服従の姿勢を見せているのだ。首輪までして、お行儀よく。キュウリもマイ味噌のチューブで味をつけ残さず食べている。




 そして今も、ジープの後部座席に飼い主とペットは並んで座っている。
以前は助手席が三蔵の愛の指定席だったのに。




「次の街につくまで、もうキュウリがないんだ。ガマンしろよ」
「ダイジョブ。俺、なくてもガマンできるし」

 別に好物じゃないからキュウリの有無など悟浄には痛くもかゆくもない。
のに、三蔵はけなげなペットに同情したらしく、

「いい子だな」

 トン、と悟浄の頭をなでた。



 ムッカーーーーッ!!!

 そんなほんわかとした背後の様子に、ドス黒い波動砲でもブチかましたい気分になる八戒氏。


(なんなんでしょう・・・催眠暗示が効きすぎちゃったんでしょうか?。悟空のことだってあんなにかわいがってないのに!!)



 助手席の悟空も悟空で、なんだか見てはいけないおそろしいものが繰り広げられている後部座席におびえている。三蔵をとられた!!という嫉妬よりは三蔵が壊れた!!と心配しているのだ。こちらもけなげなペットであった。


 悟浄をめそめそさせるはずが、頭をなでられたカッパはそれはもう幸せそうで。
三蔵は三蔵で長い悟浄の髪の感触が思いのほか気に入ったらしく、手をはずさずなで続けている。
 ネコかなにかだったら とても微笑ましいペットと飼い主の図だが・・・

 このペットは、飼い主より背が高く、飼い主より性欲があり、なにより飼い主に身分不相応に横恋慕 (なぜ横恋慕かというと三蔵は八戒のものであると八戒はかたく信じていたので)するふとどきな間男である。


(ここで暗示を解いて関係を解消させる・・・・のが手軽なんですけど、それってちょっとシャクにさわりますね・・・)

 「計算が違った!」とあわてて手をひくなんてプライドにさわる (悟浄と違い、同居人のこちらはヘンにプライドが高かった)。しかも悟浄ごときに負けるなんてこの世界開闢以来あってはいけないことだ (恩人のはずの同居人はかなり低い所にランクづけされてるらしい)。



 ―――― 暗示はしばらく解かないでおこう。でも、嫌がらせの五つや六つしなければ・・・・・・・・


 八戒はほぼすべての神経を後ろのふたりに集中しつつ頭の中で算段を組み、残りの0.1%ほどの集中力を運転に注いでいた。


 もちろん、それがいけなかったのである。


 いつの間にか、八戒は右に曲がるべき街道をひとつずれてしまっていた。道なりに進んでしまって、分かれ道を見落としてしまったのだ。ちょっと失策だった。

 こちらを進むと川沿いの街道に出る。少し遠回りになり足場が悪くなる、が それだけだ。わざわざ戻ることはないだろう。


 いや、むしろ。


 この近辺の川はとても流れが速い。川幅も広い。水害に まま みまわれる地帯である。現に、ジープの左方に音をたてて流れる水のラインが見えてきた。


(・・・・・・・・・・これは、よさそうですねぇ・・・)


 後ろにいる幸せオーラ全開の男には、やはりめそめそ顔が似合うのに、と強く思いつつ、八戒はおそるべきスピードで同居人をおとしいれるプランをくみたて、

 なんの躊躇も良心の呵責もなくそれを実行した。








「わぁっ」
「おわっ」
「・・・っ?!」



 
どっぽーーーーーーん









 さまざまな声・音が同時に上がった。

 トラブルには慣れっこの一行なので持ち直すのは早い。
三蔵と悟空は、車が悪路にひっかかり、車体が浮くほど大きく揺れたのだとすぐ気づいた。


 そして、ひとりいなくなっていることも。


「悟浄っっ」
 三蔵が彼らしくなく焦った声を出す。

 そう、あの

 どっぽーーーーーーん

 である。あれは・・・・



「悟浄、川おちちゃったっ!!!」
 悟空、正解。



 車を降り、左手にごうごう流れる川に走り寄る。さっきまでほんの少し見えていた赤い髪の色も、今では判別できないほど遠くまで流されてしまったらしい。

「悟浄・・・・・・・・」
 姿の見えないペット。三蔵は返事がないのを承知でその名をつぶやいた。

 悟空も「どうしよう!! 悟浄泳げるんだっけ?!!」とあわてふためいている。



 そんな中、ひとり いつもと同じ落ち着きを保った人物がいた。
いつも通りどころか、注意して観察すれば彼が楽しそうですらあることが分かるだろう。計画が見事に運び、猪八戒は上機嫌であった。

 そう。
わざと車体を振るように乱暴な運転をして悟浄を川へ落としたのだ。

 なぜ元同居人であり命の恩人にそんな気になれるのか、聞いてみたいものである。まあ、八戒は悟浄が泳げることも、生き汚いことも知っていたのだが・・・・。



 事態に動揺を隠せないふたりに、八戒は静かに歩み寄り、穏やかな声をだした。
「大丈夫ですよ三蔵。悟浄がいいペットであれば きっとすぐに帰ってくるはずです」

「 「・・・・?」 」

 やっと川から八戒に視線を向ける二人。二人とも意味が分からない。
八戒は朗々と言葉を続ける。

「主のもとに帰ろうとする性質を、帰主本能といいます。だから悟浄が落ちこぼれのダメなカッパでなければ、きっとすぐに戻ってくるはずです」

「 「・・・・・」 」


「それに、『カッパの川流れ』といいまして。カッパは川におち、流されて修行するという一族のしきたりがあるんですよ。彼にもそのときが来たのかもしれません」

「て八戒、悟浄はべつにカッパじゃないんじゃ・・・」
 あまりにもな論調に、つい悟空がツッコミを入れる。

 が、

「悟浄・・・っ。立派な河童になれよ・・・っ」

「えっ、さ、三蔵・・・」

 催眠はやはりよくきいていた。
悟空は愕然として三蔵を見上げる。
いつもなら冷静に(時に非情に)判断を下すリーダーのこのていたらく。
 三蔵は『カッパの川流れ』のコトワザのホントの意味も知っているはずなのに、八戒のインチキ説を頭から信じてしまっていた。



 悟空は悟浄も心配だが目の前のお坊さんの頭もちょっと心配になり。


 三蔵はそんな下僕の同情に似た視線にも気づかず、カッパな悟浄の修行の旅に思いをはせている。






 そしてすべての元凶である男・八戒氏は。

 ためしにやってみたのに、催眠術の才能あるのかなぁ僕、とあいかわらずのうねる急流を眺めつつ、やはり相棒の心配など これっぱかりもしていなかったのである。














第六話 黒い罠 〜再び〜
END






















第7話 ご主人にあいたい




 結局。
それはそれは困難な道のりを経て、悟浄は帰ってきた。

 がんばった。痛みに耐えてよくがんばった!!と自分を誉めたい気持ちいっぱいである。

 どんな苦難が待っていたかは筆舌に尽くしがたく、また時間もかかるので途中経過はアッサリ割愛させていただこう。






 そんなわけで帰還の前日。
悟浄は近道だと教えてもらった山道をせっせと進んでいた。肩に軽い荷物をかつぎ、タバコを吸いながら。

 いろいろ、いろいろあったが、悟浄は三蔵たちと合流すべく、けわしく細い、道ともいえない道を行く。彼自身、なんでそこまでして三蔵のもとに戻りたいと思ったのか、途中で分からなくなったこともある。

 だって、溺れて流され、救助されて・・・の一連の出来事の中には、自分に親切にしてくれた人や、好意を寄せてくれた娘もいたのだ。あののどかで優しい心にあふれた村でこのまま暮らしていく・・・そんな選択肢もあったのだ。そうすれば自分のキモチも洗われて まっとうに人生が送れたはずだった。



 それでも、『帰んなくちゃ』という想いは強かった。

 別れ別れになった時、自分の名を呼んだ三蔵の動揺した声が耳からはなれなかったからだ。



「・・・・・三蔵・・・」

 ホントに好きみたいなのだ。



 ペットという関係はアレだけど、そのせいで一緒にいる時間が増えて、触れる時間も段違いに増えて、気持ちは加速していた。

 首には、もう慣れてきゅうくつさもあまり感じなくなった首輪がある。
看病してくれた娘が「それなぁに?、アクセサリー?」と尋ねて触れようとした時、反射的に手を払ってしまった。悪いことをしたとは思うが、やはり触って欲しくないと感じる。三蔵が、彼のために用意してくれたものだったから。






 おととい寄った街では、妖怪退治をしてくれた三蔵法師一行のウワサが聞けたから、だいぶ近い。この獣道を通っていけば、ジープで正規の街道を通っている彼らに追いつけるだろう。

 個々に目立つ連中でよかった、と悟浄はつくづく思う。人々に残る印象が (良しにつけ悪しきにつけ) 強いので、足取りをたどること自体はそう困難ではないのだ。フツウの人探しならこうはいかないだろう。

 三蔵はまず容姿がめだつし、実は偉いヒトなので街に寄って正体がばれると賓客扱いだ。八戒は人前では常識人ぶってるがキューキュー鳴くヘンな珍獣を飼ってて周りの目に留まるし、悟空はなんたって食堂で伝説に残るほど食っている。道中妖怪退治もしてるからヒーロー的存在でもあった。





 そんなワケで。

 ついに悟浄は、三蔵一行が投宿している店に たどりついたのである。








 みんなどれほど自分を心配しただろう。そして、喜んでくれるだろう。
悟浄は、期待に胸を膨らませ (しばらく会っていない間に仲間たちの性格を少々美化してしまっていたらしい)、扉を開き、



 そして。



「なんだ。帰ってきちゃったんですか」





 感激のカケラもない声に迎えいれられた。
食堂のテーブルにつき、ひとり優雅にお茶をしていた猪八戒氏である。


「・・・・・・・・・・・あ、ハイ」
 悪くもないのに、悟浄はつい侘びのように会釈してしまう。後輩が怖いセンパイにでくわしたとき ついしてしまう仕草である。ふたりの力関係をよく物語っていた。


「えーと、そうですね・・・帰って早々、悪いニュースなんですけど」

 その前に、自分の帰還は大ニュースで良いニュースではないのだろうか。悟浄はツッコミたかったが、「いいえ別に?」とでも返されたらやりきれないのでやめた。なんだかかわいそうである。


 それはともあれ、悪いニュースとは?。


 また意地悪されるんだろうか・・・悟浄は身構える。

 しかし、構えた意味もなくなるほどのショックが次には襲い掛かってきたのだった。








「えーと。いろいろありまして。三蔵、あなたのことキレイさっぱり忘れちゃったんですよ」



「――――――――へ?」






第7話 ご主人にあいたい
END
















第8話 君の名は




 悟浄は初めて知った。

 三蔵が悟浄を突然ペット扱いしたのが、催眠術の効果だったということに。


 八戒がそそのかしたことだとは承知していたが、そんな心理操作をしていたなんて。言われれば納得がいく部分も多いが、倫理的にそういうことを仲間にするというのはどうなんだろう、と首をかしげてしまう。
 三蔵は強い意志を持ってるわりに根が単純なのか 術にかかりやすいのだそうだ。そういえば、よく戦闘でもうっかり敵の罠にハマったりしているが。


 そんなこんなで八戒の術によって三蔵と悟浄のいびつな主従関係は作られたのだが、八戒は そろそろ解こうかなと先日思い至ったのだという。

「もうあなたもいなくなりましたし。悟空が不気味がるので」
 もういなくなったって、帰ってきてんだろーがっ!!と過去の人にされそうになった悟浄はキレるが、もちろん とりあってもらえなかった。




 で、(本人にナイショでかけていた)催眠術を (やはり勝手に) 解いたのだが。


 悟浄はペットではない、忘れなさいという暗示をかけたのに。


「手違いなのか神のイタズラか。『悟浄』という存在すべてを忘れてしまったんです」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そりゃ神サマには自分も会ったことがあるので。
こういう迷惑なイタズラをやりそうなヤツだ、という印象はあるが。

 この場合はカミサマでなく、またも八戒の策略ではないかと疑ってしまう悟浄である。あまりに信用できない。おとしいれられ続けている (川に落ちた一件も、悟浄は野生のカン (または慣れ)で八戒のしわざだと察知していた)。



 ふたりの間に友情はあるのだろうか。










 結局、悟浄の帰還を手放しで喜んでくれたのは年少のサルくんだけだった。
やっとほんわか気分になれた悟浄だが、悟空はコドモらしい くりっとした目を気まずげに伏せ、
「八戒から聞いてると思うけど・・・三蔵、忘れちゃったんだ」
 スネたようにつぶやく。

 情にあつい悟空にとっては仲間を忘れるなんて、やりきれないものがあるのだろう。もしその立場が自分だったら、と つい仮定してしまうのかもしれない。しかもその相手はよりによって三蔵なのだ。


 悟空がふたつ隣の閉められた扉の先を見つめる。そこが三蔵の部屋なのだと悟浄は気づく。

 三蔵がいる。
会って、どう言えばいいんだろう。


「・・・・」
 思わず肩に力が入る。緊張していた。
まさか、苦節の末たどりついたご主人が自分を忘れているなんて。
ペットとしては怒りたいところだ。
薄情すぎる。

 でも、すべて三蔵に責任はない (全責任はもちろん緑の服着たアイツにあるが、誰も怖くて責められない)。


「・・・会ってみるわ、トリアエズ」
 軽く言ったつもりだったのに、出てきた声は緊張を隠せていなかった。
悟空がうなずいた。珍しい金色の目にはまっすぐな激励の思いがこめられている。正直、勇気づけられた。




 ―――― 俺の顔を見れば思い出すかも。

 つとめて前向きに考えてみつつ、悟浄はゆっくりと扉をノックした。
部屋の向こうにいる人間は、声を出すのも億劫と考えている時があるが、今日はそうでなかったらしく、「なんだ」と低い甘い声が返ってくる。

 三蔵の声だ。
知らず、心臓が騒がしくなった。


 日中で鍵のかかっていない扉を押し開けた。


 ベッドに浅く腰かけ、新聞を両手に持ちタバコをくわえたスタイルの三蔵が目を上げた。


 自分を見ている。




 ――――忘れたなんて。

 冗談じゃ、ないのか?。



 新聞を読む時にはメガネをかけるのも、くつろいでる時には法衣の上を脱ぐのもいつもの三蔵で、見慣れたその姿に悟浄は懐かしさというだけでは足りない思いを感じた。そして、目の前の人物が自分を忘れたなんて、仲間の言ったオフザケだったのかと安堵し、拍子抜けしそうになった。








「・・・・・・・・・・・貴様、誰だ?。妖怪だな」


 向けられた銃口と、その言葉を聞くまでは。








第8話 君の名は
END












第9話 君の名は
〜悪知恵編〜





 仲間の一人を忘れてしまっているというのはマズイ。

 ので、早く思い出してもらわないと。



 当たり前だが一行はそう結論を出した。


 悟空の、
「一緒にいればそのうち思いだすんじゃん?」

 という画期的な提案 (というかそれしか出なかった)に従う形で、悟浄は三蔵に優先的に近づく権利を得た。


 ちなみに、
「悟浄を思い出せ」
という催眠暗示はかけられないのだそうだ。
 忘れろと言ったり思い出せと言ったり、相反する暗示を何度もかけるのは 脳に負担をかけすぎてしまうらしい。


 ―――― なら最初から暗示なんかかけなきゃいいじゃねーかッ!!!。

 悟浄は毒づきたい気分になったが、すぎたことを言っても始まらない。いや、少しだけ恨めしそうに八戒を睨んでみたのだが、

「あなたもペット生活を満喫したでしょ。感謝されこそすれ文句を言われる筋はありませんよ」
 と けんもほろろであった。

 口でも頭の回転でも勝てないのである (戦ったことはまだないけど勝てる気がしない)。




 ともあれ、ご主人とペット、の関係は三蔵法師と得体のしれないヤツ、というまたも微妙なものになっていた。









「・・・・・・」
「・・・・・・」

 八戒と悟空が出て行き、部屋にふたりになると、とたんに沈黙がおりた。

 夕食までは自由時間。夕食まではふたりきりだ。
悟浄はそう考え、落ち着かねーと、と自分を叱咤した。



 ベッドに腰かけている三蔵は不機嫌そうに本のページを繰っている。
宿から借りたものらしい。
 読書に集中しているようで、でも周囲に薄く気をはっているのが分かる。悟浄はそれに悲しいというよりは苛立ちを覚えた。

 八戒と悟空のとりなしで、三蔵はとりあえず悟浄を『仲間のひとり』と理解している。

 理屈でそう理解はしている。それだけだ。
三蔵は―――― 本人にもどうしようもないのだろうが―――― 悟浄を警戒していた。



 ―――― 会ったばかりの頃は やはりこんな対応だった気がする。

 腕を枕にベッドに寝ころがった悟浄はぼんやりと思い出した。
敵と認識されてはいないが、信用はされてない。
そんな警戒だった。

 八戒の件を通して、それから数年つかずはなれずなつきあいがあって、そして現在は旅を共にしている。
 その時間の中で、自分はゆっくりと三蔵の近くに触れることを許されていたらしい。


 数年の時をさかのぼってしまったようだ。
出会った頃のふたりのような、ギクシャクとした空気。



 くわえたハイライトの煙が天井へと上がっていく。
それを眺めつつ、悟浄は声をかけてみた。
黙っていると、ますます暗くなりそうだから。

「なぁ」

「・・・・・」
 返事はない。が、注意をさらにこちらに向けたのが分かった。


「自己紹介、しよっか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いらん。サルから聞いてる」

 返事が返ったことにホッとする。
仲間を忘れた三蔵に、悟空や八戒がいろいろと話をしたというのは悟浄も聞いていた。
 きっと女好きだとか好き勝手言われたんだろう。




「好物がキュウリなことは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞いてねえな」

 別にキュウリじゃないのだが。
でも、三蔵はそう思っていたはずなのだ。

 本当に自分を忘れているのだと実感する。


「じゃあ聞いてよ。俺のこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言なのは拒絶か了承か。

 悟浄はベッドから起き上がった。
動作に反応した三蔵が警戒の気を強めたのに気づいたが、気にしないふりをする。
 三蔵の隣に腰かけた。上等でないベッドは二人分の負荷を受けて苦しそうに沈む。

 近づいた距離に三蔵は眉をひそめたが、これも気にしないことにする。


 ベッドに並んで座り、悟浄は自分の生まれだとかシュミだとか、つらつらと話し始めた。
 三蔵は眼鏡をかけ本に目を落としつつ、聞いてるのかそうでないのか分からない様子で、しかしそれを打ち切ろうとはしない。

 忘れてしまったということに、三蔵も何か・・・罪悪感ほど大きくはないにしても、何か感じるところがあるらしい。



「女好きとかって悟空は言ったかも知んねぇけど、実は純情なんだぜ。好きになったら一直線つーか」
 やはり悟空&八戒は自分を「女好きのバカ」といった説明をしていたのが判明したので、悟浄は懸命に己をフォローしていた。

 信じてもらえないかと思ったのだが (いつもの三蔵にそう言ったとしても信じるはずがない)、三蔵は「へぇ」といった顔をした。疑っている様子はない。



「・・・・・・・??」
 ―――― あれ。信じてくれてる?


 意外だ。

 が、その理由に気づいた。



 川に流されやっとのことで帰ってきてから、悟浄は三蔵のことで いっぱいいっぱいで、恒例のナンパをしていない。それどころじゃなかったからだ。
 それ以前の自分の清廉潔白にほど遠い行いも三蔵は忘れている。

 悟浄の発言を疑う根拠を持ってないわけだ。



 ――――・・・・・それって・・・。


 ヘコんでいた気分が、浮上するきっかけをつかんだ気がした瞬間だった。


 黙り込んだ悟浄を、話は終わったのか?、という風に三蔵が一瞥した。
『見知らぬ男』への警戒は解かれていないが、とりたてて悪感情を持たれていないのは分かる。


「・・・・・」

 好きになったら一直線だ、と三蔵に伝えたのは嘘ではない。
本気の相手がいなかったからこその過去の乱れた生活があった。本気で好きな相手ができて、思いが通じたら、決して自分は浮気なんかしない、よそ見をしないという自信がある。


 でもいくらそう言っても、訴えても、三蔵は信じないだろう。
過去の自分を知っている三蔵だったら。


 まだする勇気はなかったが、告白したとしても本気と とらえてもらえない気がしていた。




 ―――― でも、今なら・・・・・。



 三蔵に過去の自分の姿はない。
ペットとして近くで接していたあの時間を忘れられたのはショックだったが、それ以前の自分も知らないのだ。




「・・・・」
 これは、好機かもしれない。



 偶然と不運と、あの黒幕肌な親友の策略がもたらした、チャンス。




 自分にとって悪くない、いや自分に都合のいい新しい関係を始める、チャンスかもしれない。





 元同居人ほど頭の回転はよくなかったが、悟浄は知恵熱がでるほどに今後の方策を練った。練りまくった。






 そんな様子を、

―――― なんかヘンなヤツだな・・・ホントにこんなん仲間だったか・・?

 と 胡乱な目で三蔵が眺めていたのには気づかずに。







第9話 君の名は
〜悪知恵編〜

END








この話の三蔵一行は経典とか牛魔王のこととか何も考えてないカンジ・・・。
By 伊田くると



八戒「悟浄のくせにナマイキなんですよね」
悟空「えっと・・・親友・・・なんだよな? ふたりって」
八戒「そうですけど?」
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「河童の川流れ」→その道の達人でも失敗することがあるということ。
「猿も木から落ちる」「弘法も筆の誤り」と同意。



04 1 25〜06 5/1