達哉直伝!!
お見合いしましょ★3




 達哉は黙り込んだ。


 赤の濃く入った茶色の瞳を少し見開いて、僕と嵯峨、そして僕がしがみついた嵯峨の腕を順に見やっている。



 嵯峨も黙った。
唖然、と、普段のシニカルな雰囲気がふっとんだ素のカオで僕を見下ろしている。






 ―――――― 空気が重い。



 しばらく固まっていた達哉が口を開いたのは、沈黙から どのくらいたった後だったろうか。





「・・・・・・・・・・兄さん」
「な、なんだ?」

 弟の声は沈んでいる。


「見合いをあんなに拒んだのは、パオフゥさんのためなんだね?」
「そ、そうだ」

 良かった。納得してくれそうだ。
僕はホッとしてあいづちを打った。
昔から強情だが、話せば分かってくれる子なのだ。



「見合いィ?!」
 まだ僕にしがみつかれたままの嵯峨が珍しい驚きの声をあげるが、僕はかまわず、

「だから、ごめんな、達哉」
 弟の心配だけは嬉しかったから、きちんと謝罪する。


 それに対しては何も答えず、達哉はゆっくりと僕と嵯峨の方へ歩み寄ってきた。
 そして、嵯峨の左腕をつかんだ僕の腕をはずさせ、ニッコリと笑った。

「俺こそごめん・・・兄さん。それじゃ兄さんが逃げようとするのも仕方ないな」

「達哉・・・・・・!!!」


 ――― 助かった・・・・・。


 心の底から安堵する。
ようやく悪夢から逃れられたらしい。この気分は、サスペンス映画で犯人がつかまったラストの予定調和のように僕をホッとさせた。


 しかし、次の瞬間、風もないのに空気がふるえた。強い圧で髪が揺れる。



 ―――え・・・これって・・・。




「来い!!!、ペルソナーっ!!!」

「おわっ!!!」


 意思を持つ巨大な熱の塊が、嵯峨めがけ襲いかかる。

 ――― これって・・・ノヴァサイザー・・・?!。


 やっと気づく。この異常事態に。
悪夢は終わっていなかったようだ。


「さっ嵯峨っ!!!!」
 慌てて駆け寄ろうとした僕のネクタイを達哉が思い切りひっぱって制止した。
「危ない」

「危ないってお前、お前が・・・っ」

「そーだっ!、いきなり何しやがるっ、死ぬじゃねぇかっ!!」
 からくも奇襲から逃れた嵯峨が、かなり怒った声(当たり前だが)で怒鳴った。


 ―――よ・・・良かった無事で・・・。






「恋人がいたままじゃ、兄さん見合いしてくれないからな」
 達哉はこともなげにそう言い放ち、嵯峨を睨んだ。
「前からあんたは怪しいって思ってたんだ・・・。俺の目を盗んで、よくも兄さんを傷モノにしてくれたな・・・!!」


 ――― 怒ってる・・・。


 口調は静かなままだけど、ペルソナの共鳴で分かった。




 弟ながら・・・怖い。

・・・・・・・・・・・・マジで。







 とにかく、僕が思いついたアイデアは見事にコトを悪いほうへと転がしてしまったらしい・・・、心底後悔する。


 ――― そ、そうか、ここにいない人の名前をあげとくべきだったんだ。天野くんとか・・・。

 と、今さらになって気付くがもう遅い。




「あ・・・あの、達哉、さっきのは・・・」
 ウソなんだ、誤解なんだぞ?、と続けようとした時―――。


 前触れもなく、達哉がばたっと倒れる。

「達哉っ?!!」
 地に伏して、そのまま動かない。

 気づくと、隣でペルソナが発動していた。
「嵯峨ッ?!、何を・・・っ」
「いいから行くぞ!!」

「あいつ魔法防御高いからすぐに目覚ますぞ!」
 その言葉で、嵯峨が何をしたのか分かった。ドルミナー(催眠魔法)をかけたらしい。
 達哉は運も強いから、魔法が効いたのはまさに僥倖だろう。


 道に倒れたままの弟が気がかりといったら気がかりだが、今回は僕の人生がかかっている。

 僕は嵯峨と一緒に走り出した。

















「――― というワケなんだ。すまない、嵯峨」
 あらかた事情を説明し終わったところで、僕は目の前の男に頭を下げた。


 見合いを断るダシにされて、そのせいで(容赦なく理不尽に)攻撃されたのだから ひどい被害者だ。

 しかし、嵯峨は軽く舌打ちをしただけで怒ってはいないようだった。
出会った頃だったら、もっと違う反応が返ってきたと思う。






 場所は葛葉探偵事務所の応接室。
逃げ場所にと、ここへ連れてきたのは嵯峨だった。

 確かにここなら、たとえ達哉にみつかっても手荒なことはされないだろうとは思うが・・・。
 さきほどの場所からも近い。見つかりやすすぎる気がして、僕は不安だった。


 そう訴えると、
「ずっと逃げてもしょーがないだろ」
 まだ背の高いタバコをつぶしながら、嵯峨。


 ――― それもそうだ。


「思い込んだら一直線だからな、アイツは」
 聞くともなしに聞いていたらしい、轟所長がやけに達哉を理解している声音でつぶやいた。当たっている。

「そうなんですか?。すごくクールに見えますけど」
 コーヒーを出してくれたお盆を抱えた助手のたまき君が意外そうに目を丸くする。




 ――― 思い込んだら・・・か。


 僕を幸せにするためだと言っていた。


 ――― 心がすさむような戦いの連続で、あんなに重い使命を持っているのに、達哉は、僕のことをずっと考えてくれてたんだな・・・。


 温かい湯気をたてるコーヒーをひとくち、すすって考える。


 たまき君が言った通り、達哉は一見冷静で感情の読めないクールさを持っているが、実際はそうでもない。
 こうと決めたら道を変えない頑固さと、突っ走る情熱を持っている。

 だからこそ、柔軟な思考と視野を持つ天野くんとは『向こう側』の世界でも良いパートナーだったんだろう。




 ―――『向こう側』・・・。



 ―――『向こう側』に帰ると言っていた・・・。





「!」
 ハッとする。
今になってその意味を実感して、僕はショックを受けた。


 達哉が見合いとか言い出して、そっちの衝撃で考えられなくなっていたが・・・。


 達哉は、確かに別れの言葉を告げていた。



 ――― だからこそ、帰る前に僕を幸せにするのだと―――。








「周防?」
 嵯峨がサングラスの奥の目を僕に向けた。僕が急に立ち上がったからだ。


「嵯峨、僕はやっぱり達哉に会ってくる !」
 ドアに向かいながら早口で伝える。むしょうに気が急いていた。





 ――― まだあの場所にいるだろうか。


 安ドアのノブに手をかける。
すると、僕が力を込めるより先にドアが開いた。



 目の前にいたのは。






「――― 達哉・・・・・・・」





 たった今、会いたいと願った人物だった。










つづく


 なんか嵯峨さんフビン・・・。
この兄弟に関わるとロクなことがないらしい。
By.イダクルト


嵯峨 「ヤケドした・・・・達哉のヤロウ・・・(怒)」
克哉 「弟がすまない、嵯峨」
嵯峨 「お前に謝られると それはそれでムカつく・・・」
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2001・12・7