もう会えないけど、いつでも想ってる。
メッセージ
それだけは本当だから。
「・・・なんだ、これ・・・」
白い事務封筒。
目の高さにもってきて、思わずひとりごと。
切手もない、宛名もない、差出人の名前さえないまっさらな封筒が、辞典のページにひっそりと挟まっていた。
俺がそれを見つけたのは まったくの偶然だった。
明日提出の英語の課題をやらなくちゃいけないのに、学校に辞書を置きっぱなしにしていたことに気づいたのは、もう帰宅した後。
――― まいったな・・・・。
いまさら学校に戻るほどの気力はない。それなら課題をサボる方をえらぶ。
しかし、ちょっと考えて、兄貴の部屋をのぞいてみることにした。
もう学生じゃないから英和辞典なんかないだろう、とは思ったのだが。
二階に上がり、俺の部屋の隣にある兄の私室へ向かう。
玄関に車はなかった。兄は当然留守だ。
兄貴の部屋は想像どおり、とても整然としていた。俺の部屋と同じ間取りとは思えない。
互いの部屋に入り浸るほど仲のいい兄弟じゃないので、見慣れない室内を ついしげしげと観察してしまう。
ぶ厚い書類ケースが置かれてる机。朝は忙しいだろうに、きちんとベッドメイクしてあるシングルベッド。枕もとの目覚まし。
ちょっと型遅れになってきてるデスクトップのパソコン。オーディオに、壁にたてかけてあるギター。
音楽好きなんだよな、俺がその影響でギター始めたぐらいだし。
部屋の住人はいないけど、兄貴の部屋、というカンジがする。
「・・・・」
いくらなんでもこりゃノゾキだな、と自分につっこんで俺は観察をやめ、本棚に向かった。
刑法だの、法律関係の本・ファイルがメインのようだ。きちんと背表紙の高さに合わせて並べている辺り、神経質さがうかがえる。
下の段には、ちょっと予想していたが、ひっそりネコ関係の雑誌や写真集。
アレルギーのくせに、なんなんだかな。
そしてその横に、各種の辞書が並べられていた。
お、ホントにあった。
国語・・・古語・・・和英・・・順に見ていって、目指す英和辞典を手にとる。
ケースを外し、なにげなくぱらっとページをめくったとき、蝶のように、白い封筒が床に舞った。
「・・・なんだ、これ・・・」
白い事務封筒。
辞書に挟まれていたため、キレイにまっすぐのままの封筒。
手にとると、それが封筒ではなく、中身の入った『手紙』なことがすぐ分かった。
未開封だ。
開け口に一か所だけ、軽くのりづけしてある。
それが開かれた形跡はない。
あまりにも そこらで十把ひとからげで売られている封筒なので、ラブレターとかじゃないよな、と憶測する。
―――兄貴が書いたもの・・・かな?。
なんかの連絡の手紙で、出し忘れてそのままとか・・・。
いや、俺じゃあるまいし、そんないい加減なことはないよな。
兄貴が誰かから受け取ったものだろうか。
消印もないから、手渡しで。
うーん、だったら開封もせずこんなトコにしまうわけないか。
「・・・・・・」
こんなトコ?。
そうだ、こんなトコに・・・まるで隠してあったみたいだ。
手紙を凝視する。
なんだ・・・この気分、このキモチ。
兄貴を思うとき、いつもヘンな胸騒ぎがする。
不安と疑念のまじった、よく分からない感情。
――― だから苦手なんだ。つい避けてしまう。
『この手紙見つけたんだけど』
兄貴が帰宅した時に軽く切り出せばいいんだ。それはよく分かってる。それがいわゆるフツーの兄弟の会話だろう。
なのに俺は・・・・・・。
ビリッ
「・・っ!!」
気づくと、事務封筒の先は三センチほどやぶれていた。
考えもまとまらないまま、開けてしまったのだ。
後悔がよぎる。当然だ。あきらかに自分に関係のない手紙を開封してしまったんだから。
切り口から、これまた飾り気のない白いビンセンがのぞいている。
「・・・・・・」
それを見た時、後悔の念がとんでいったのが分かった。なにかの衝動に耐え切れず、俺は封を完全に切って、乱暴にビンセンを開いた。
周防克哉へ
この手紙をあんたが見つけてくれる頃、俺はこの世界には いないと思う。
理由は・・・もう知ってると思うけど。
いつ これを読んでるかは分からないけど、けっこう後かもしれないな。
辞典なんて めったに開かないだろうし。
逆にネコの本とかだったらすぐ見つかりすぎるよな、そう考えたらおかしかった。
ひょっとしたら、ずっと見つからないままかもしれないけど、それでもいい。
あんたも知ってる通り、俺は口下手だから、あんたを前にすると反抗的な態度しかとれなくなる。
そのたびに、あんたが困ったり、悲しそうにするのがイヤで、目をそむけてしまっていた。
本当に言いたいことはそうじゃなかったんだ。
パオフゥさんはそれがわかってて いつもからかわれたけど、肝心のあんたは気づいてなかったから、こうして手紙を書くことにした。
つまり・・・
俺はあんたのこと、嫌ってなんかいない。
あんたの弟と同じくらい 俺のことを愛してくれたあんたのことを、俺も大事に思ってる。
これも『罰』なんだ、と最近思う。
あんたと一緒に生きていけないこと。
こちら側も、むこう側も、俺が生きるということはすべて『罰』なんだ。
あんたのことは忘れない。
みんなのことも忘れない。
大好きだ。
あんたが俺を思うより、ずっと俺はあんたに依存してる。
もう会えないけど、いつでも想ってる。
あんたが幸せであることを、いつでも祈ってる。
それだけは本当だから。
それじゃ。
達哉によろしく。
T
「ただいま」
靴を脱ぎ、コートのボタンを外しながら兄貴が居間にやってきた。
いつもなら 母さんが『おかえり』と明るい声を返すのだが、昨日からしばらく、実家の方に帰っている。
親戚に生まれた赤ん坊の面倒をみてやるためだ。新婚夫婦はのんきに旅行に行くらしい。
父親は現在地方に単身赴任中。
そんなワケで、我が家は兄弟ふたりだけだった。
今日は特に事件も起こらなかったらしく、兄貴は定時に帰ってきた。
もっと遅ければいいのに。
いや、帰ってこなければいい。
顔を合わせたくない。
「・・・・・・ああ」
『ただいま』に対し、兄貴に目も向けず、俺は低く言葉を返した。
きっと今、兄貴は少し悲しそうな、困った顔をしてる。
見なくても分かった。
あんたが嫌いなんじゃない、うとましいわけじゃない。
なんて言えばいいか分からないだけなんだ。
でも、きっと『返事を返すだけマシになった』と、前向きにとらえ直しているだろう。兄は、少し考え方が変わったと思う。
――― それはいつからだ・・・・?。
それは・・・。
「・・・・・・」
その答えはすぐに分かったけど、俺はむりやり思考を停止した。
考えたくない・・・。
時刻は8時過ぎ。
「達哉、もう夕飯食べたか?」
いったん自室に行って、スーツからゆったりした綿シャツとパンツに着替え、メガネも家用の度のゆるいものに換えた兄貴が、また居間に戻ってくる。
そのままの足でキッチンに向かい、冷蔵庫をバタバタやっている。買ってきた食材をしまっているのだろう。
居間のソファに、なにをするでもなく座っていた俺は、そんな兄の後ろ姿をみつめた。
「食ってない」
また無愛想に答える。
「そうか。じゃ、急いでなんか作るな」
兄貴が急に振り向いた。
もちろんばっちりと視線がかちあう。
「!」
思わず硬直した俺に、なにか不審なものを感じたのか、兄が近づいてきた。
「達哉?」
具合でも悪いのか?、とソファまで寄ってきて、俺の顔をのぞきこむ。
薄い茶色の瞳が近い。
まただ、またヘンな感覚に襲われる。
思わず、額に触れようとした兄貴の白い手を、強く払った。
「なんでもない!」
「・・・・・・達哉?、なんでもないって顔じゃ」
「いいからほっといてくれ!」
ソファから起き上がり、俺は制止の声も聞かずにそのまま玄関に向かった。
バイクのキーだけをひっつかみ、コートも着ないまま家を飛び出す。
「達哉っ」
違うのに。
そんな声が聞きたいんじゃないのに。
あんなことが言いたいんじゃないのに。
バイクを走らせているうちに、いつのまにか青葉区まで足を伸ばしていたようだ。
俺のような学生には、遊び場というと夢崎区の方がなじみ深いのだが。
しかし、薄着で飛ばしていたせいで、身体はかなり冷え切っていた。
駐禁を取られないような場所にバイクを止めると、俺は青葉通りを歩くことにした。
どうせ行く場所なんてないのだ。
兄貴から離れられればいい。
9時を少しまわった頃合で、ストリートは会社帰りのサラリーマンやらで混んでいる。
人ごみというのはそれだけで温かい。感覚のなくなっていた指がしだいにほぐれてきた。
動揺していた頭も沈静化する。
―――・・・帰りたくないな・・・。
言いたいことがたくさんある。
言えないことがたくさんある。
聞きたいこともたくさんある。
聞けないこともたくさんある。
結局、全部言えずに黙るしかない。
俺はいつもそうだった。
何も分からないんだ。
俺は何も知らない。
なのに、心のどこかで警告音が聞こえる。
ずっと言いたかったセリフが頭をまわっている。
それを言うなと、口に出すなと警告している。
―――兄貴・・・・・・。
『あいつは、誰だ?』
「ねぇパオ、あんたは?」
「興味ねぇな。ふたりで行けよ。俺は飲みながら待ってるぜ」
「はー、またソレぇ?!。あんたってほんと酒ばっかじゃないのよぅ」
「まぁまぁ、パオフゥらしいじゃない。じゃ待っててね。私たちも終わったらそっちに行くから。パラベラムでいいのよね?」
「ああ」
「!?」
行き先なく歩いていた雑踏の中に、ふと こまぎれに聞こえてきた会話。
明るい女の声ふたつと、低く渋い男の声。
その中に、俺の琴線にひびく単語があった。
――――パオフゥ――――
聞きなれない単語。
でも、それは・・・。
―――― 『パオフゥさんはそれがわかってて いつもからかわれたけど、』――――
――――パオフゥ・・・
「・・っ」
あわてて周囲を見回したが、誰が会話していたのか、誰が『パオフゥ』だったのかは分からなかった。
チッと舌打ちひとつ。
「『パラベラム』って言ってたな・・・・・」
この青葉通り沿いにある店だ。
名前だけは知っている。
「・・・・・・」
ジーンズのポケットにつっこんだ手紙を取り出す。あんなにまっすぐだったのに、乱暴に扱ったせいで、だいぶよれてしまっている。
どこに隠せばいいのか分からなくて、つい持ち歩いていた。
それをまた戻し、俺は『パラベラム』へ足早に向かった。
『パラベラム』は落ち着いた雰囲気のバーだ。
値段は少し高めだけど、オリジナルのカクテルも作ってくれるし、バーテンがシブイとか、女に人気のあるスポットで知られている。
俺は訪れるのは初めてだった。酒は別に好きじゃない。
『パオフゥ』はどこにいるんだろう・・・、俺は周囲を見回しながら奥へと進む。
ムードある店内だが、さほど広くはない。客層はやはり社会人が多く、高校生の溜まり場とは一線を画していた。
さいわい私服だし、俺は身長もあるから未成年だとつかまることはなさそうだった。
「!!」
一番奥のテーブルに、ひとりの男が座っていた。四人がけの席を占領している。
こいつだ、と思った。
確信だった。
理由はないが、外す気がしない。
派手な金色のスーツ。座っているので見えないが、かなりの長髪。殺し屋を彷彿とさせる皮の黒手袋をした手には、新型のシルバーの携帯を持っている。通話中らしい。
俺はそいつに近寄って行った。
まだ距離はたっぷりあるのに、男は俺に気づいたかのようなタイミングで顔を上げた。黒いサングラスの中の、鋭い瞳がはっきりと俺を射抜いた。
「・・・・・・ま、俺がメンドウみてやるよ。心配すんな」
俺を見たまま、電話の相手にそう言って男は携帯を置いた。
最後の言葉は俺の耳にも入ってきた。
「よぉ」
右手に挟んでいたタバコをひらひらと振ってよこす。なれなれしいタイドだ。なんとなく敵愾心を覚えた。
――― みるからにあやしげな男。
俺はヤツのいるテーブルに手をつき、尋ねた。
「・・・あんたがパオフゥか?」
「そうだ」
男は俺を警戒する様子なく肯定した。
そして、座れ、と空いた座席をタバコで指した。いわれたとおりにすると、男――パオフゥ――はニヤニヤと笑う。
「あんまりモタモタしてっと女達が帰ってきちまうんでな。ま、連中の買い物は長ェからモンダイねぇか」
「・・・?」
女というのは俺がもれ聞いた会話の声のことだろう。ヤツの恋人だろうか。興味はなかった。
「『ハジメマシテ』・・・・・だな、周防達哉」
備え付けの灰皿に、まだ背の高いタバコをつぶすと、男は指を組み、そうアイサツした。
『ハジメマシテ』・・・・やけにひっかかる言葉だ。
この男とは確かに初対面だった。
しかし俺は・・・この斜に構えた笑みを見たことがあった気がした。
・・・・・・・・・・・夢の中で。
俺をとらえて離さない、夢の中で。
「なんで俺のことを知っている?」
「おまえの兄貴の知り合いだからな」
なんなく答え、パオフゥはおかしそうに笑う。
兄貴の知り合いなのは知っている。『手紙』からそう推察できた。
堅物の警察官である兄貴が、こんな得体の知れない男とつきあいがあるというのはかなり意外ではあったが。
この男は、知っているんだろうか。
聞きたかったこと。
でも聞けなかったこと。
聞くなと、頭のどこかが警告を発していたこと。
兄貴にはどうしても言えなかった。
どうしても聞けなかった。
だけど―――・・・。
覚悟を決めて、俺はゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・俺は、ひとりの男を捜している。そいつについて、教えてくれ」
『あいつは、誰だ?』
俺と・・・・そして兄貴をとらえて離さない。
俺の知らない、けど知ってるはずの男。
『あいつは、誰だ?』
next
克哉 「達哉ーっ!!、どこ行ったんだあっ」
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やりたかった『罰』世界の達哉→克哉ストーリーですv。
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ペルソナ使いは引き合うから会えたんです!!と主張。
イダクルト
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