ヘンだと、思ってたんだ。
おかしいと、思ってたんだ。


今日の『手紙』を見て、疑惑がはっきりと形を持った。



 『あいつは誰だ?』





『あいつは誰だ?』




メッセージ 2






『俺の大事なものを奪った男








 この男は、知っているんだろうか。



「・・・・・・俺は、ひとりの男を捜している。そいつについて、教えてくれ」

























 疑惑の発端は、おそらくすべての始まりからだった。
俺が、目覚めた時の。



 ――――――泣いてる・・・。


 よくみる夢だ。

 おきると、たいていどんな内容だったか、なんて忘れてしまうけど・・・。

 このシーンはよく覚えている。

 泣いてる・・・。



 違うんだ、あんたが悪いんじゃないだろ?。
あんたが止めたのに、俺は薄着のまま外で遊んでて。
 それで風邪ひいたんなら、自業自得ってヤツで。

 なのにあんたは責任を感じてる。
それで泣いてるのか・・・。

 俺のこと、心配して泣いてるんだ・・・・。



・・・イツデモ アンタヲ オモッテル





 目がさめた時、確かに俺のそばには兄貴がいた。
けど、当たり前、というか―――泣いてはいなかった。

 そうだ、だってあれはずっと昔の話だ。風邪をひいた俺のそばで、ごめんと謝って泣いていた。悪かったのは俺なのに。



 開いた目に最初に映ったのは、見慣れた天井だった。俺の部屋だ。パイプベッドに横になっている。
 頭がハッキリしない。まだ夢の世界にいるような心地。
身体のふしぶしが痛む。身体の上に石の重しをのせられているのかと思うほどだ。

 動けない。
動かせない。




 ――― これは本当に俺の身体なのか?。







「・・・・・・達哉・・・」
 ひどくつらそうな顔をして、兄貴はじっと俺を見た。


 俺が俺なのを疑うように、じっと。
俺の中の何かを探すように、じっと。


「?」
 俺が当惑して見返すと、
兄貴は視線を外してうつむいた。



「・・・・・・『達哉』・・・、・・・・・・」



 眼鏡越しに、泣き出しそうな瞳がうつった。













 世界は大きく変わっていた。

 バイクで事故って、俺は長いこと昏睡状態だったと聞かされた。
事故のことは覚えていない。

 記憶がハッキリしないのも、昏睡が続いたのも、頭を打ったせいらしい。
 身体にはいくつか覚えのないキズが残っていた。
それも事故の際のものだと兄貴は説明した。


 俺が眠っていた間に、とても信じられない事態になっていたようだ。
何度聞いても全然信じられなかったから、これも夢なのかな、と考えたりしてしまった。


 でも、周囲の変遷も俺にはあまり関係がなかった。
もともと俺と社会は希薄なつながりしか持っていなかったのだ。

 俺にとって大きな変化は、兄の存在だった。



 眠りから覚めて、俺がまず接したのが兄だった。
目を覚ますまで、献身的に看病してくれていたようだ。

 兄貴は 『優しくなっていた』。
ヘンな言い方だと思う。でもそれが一番しっくりいった。

 小言ばかり言って俺を閉口させていたのに、今ではよく笑う。
俺の部屋の窓からのぞく塀に、ネコがふらりとやってきた時の嬉しげな表情。俺はネコなどそっちのけで兄を凝視してしまった。


 俺には決して見せなかった側面。
弟の前では、家を守る長男で、四角四面の警察官だったのに。


 急に、ムリからに変えたという印象がまるでないのも変だった。
ごく自然に、彼は変わっていた。




 俺が眠っていた間に、彼は大きく変わっていた。



 兄の変化は、正直いって嬉しかった。
俺のことを心配して ずっとそばで看病してくれたのも、気恥ずかくてタイドには出せなかったが嬉しいし、感謝もした。
 小言もへって、軽口も出るようになった。
俺が口を開くと、楽しそうに笑った。



 けど。
それとは対照的に、不自然なことも増えた。
 俺が言わなかった、見せなかった『俺』のことを知っていた。









 俺が意識不明だった間、学校には休学願いが出されていたので、体調が戻った頃、保護者の兄貴と復学の報告をしに七姉妹学園に行った日のことだ。
 (学校自体が現在休校状態で、登校は新学期からになることになったが)、つつがなく事務処理は済み、帰りに寄り道をすることになった。

 今までの俺と兄貴からは考えられないんだけどね。
バイク事故からこっち、兄弟関係は良好だった。


 夢崎区のピースダイナーで軽食をとることになった時、兄貴は言った。
「達哉はまたビックピースバーガーか?」
「・・・・・・・・・・。・・・ああ」

 なぜ、その時問い返さなかったんだろう。



――― あんたとここに来たことなんてないじゃないか。

 俺がよく頼むバーガーを、なんで知ってる?。




 似たようなことが何度かあった。
そのたび、聞きたくて、でもなぜか口をふさいでしまっていた。





 それはまるで雨水のように心に重く降って、底にたまってきて。

 あんなに友好的に話せてたのに、俺はまた兄貴が苦手になっていた。
避けるようになっていた。


 そのくせ、何よりも気になってしょうがない。
兄貴のことを考えると、自分が自分でなくなるような、ヘンな気持ちになった。



 ぼんやりと不安と疑念が生まれ、それをもてあましていた。
それから数日後のことだった。







 車内に兄貴の携帯の着信音が鳴った。
雨の中、俺を迎えに来てくれた夜。

 兄貴は携帯を取り出し、コール3回で出た。
声の様子から、警察関係でないのはすぐに分かった。ひどくくだけた調子。

 電話が鳴ったのは、ちょうど自宅についた時だった。
外の雨のせいもあり、エンジンを切って、兄貴はそのまま車内で会話することにしたらしい。


「ああ。久しぶりだな、嵯峨。・・・元気だよ、ああ、達哉も。今後ろで眠ってる」
 電話からの声に、兄貴が答えた。
俺は眠ってはいなかった。
 兄貴とうまく話せなくなっていたから、ふたりでいるのが気まずくて、ずっと寝たふりをしていたのだ。

 気づかずに兄は話し続ける。
物音のせいで起きたフリをするのが自然だろうか、と ふと思ったが、そのまま声を聞いていたい欲求が生まれた。

 兄貴の声は好きだ。
耳ざわりの良い甘い声音。
小言でなく、優しい声ならなおさらだった。


 嵯峨、という人物を俺は知らなかったが、かなり兄と親しい人間らしい。
ふたりは今度飲みに行こう、などと雑談している。




「・・・・・・・・」
 ふいに兄貴が押し黙った。
携帯の向こうで、嵯峨が何かをしゃべっている。
 兄貴は運転席、俺は左側の後部座席に座っていたので、嵯峨の声は全然聞こえなかった。


「――― そんな心配はいらないよ、うまくやっていけるさ。気にしていてくれたのか」
 しばらくして、兄貴が静かに答えた。目を閉じている俺には、その表情はうかがえない。密室の車内で、声だけが響く。




 とても、悲しそうな。




「会いたいよ、そりゃね。・・・・・・・・・・・・今でも、というか、一生そう思い続けるだろうな」




 せつなそうな、声。




「僕の心の半分は、あの時あいつと一緒に『向こう』に行ったんだ」





 ――― あいつ?。





























「・・・・・・俺は、ひとりの男を捜している。そいつについて、教えてくれ」



「・・・・・・」
 パオフゥは、じっと、全てを見透かそうとする目で俺を見返した。狡猾というより、老獪な目だ。油断できない相手だと気を引きしめる。



「・・・男、ね。世界の半分は男だ。そいつの特徴は?」
「・・・・・・名前の・・・苗字かも知れないが、頭文字が『T』の男だ。兄貴の知り合いで、今は兄貴の近くにはいない。俺のことも知っている」

 パオフゥは言葉を挟まない。
カラになったグラスを指ではじきながら、やる気なさそうに耳を傾けている。


 手紙の最後、ビンセンの隅に乱暴に書かれた『T』。

思えば俺は、『あいつ』の名前すら知らないのだ。


「兄貴と共通の知り合いで、『嵯峨』という人間が関係していると思う。俺はここ一ヶ月の間、事故の後遺症で眠っていたんだが、多分その間に兄貴と会っていたんだと思う。あとは・・・分からない」

「ずいぶん漠然としたヤロウだな。顔形は分からねェのか?」
 顔などわかるはずがない。その男は実体もなく、俺に強い不安を抱かせた。


「ふぅん・・・ほかに知ってることはあるか?」


「―――― そいつは・・・・兄貴のことを強く想っている。あと・・・」


 俺は思わず言いよどんだ。
口にしてしまっていいものか。






「・・・俺に似てる」






「――――・・・」
 パオフゥが目を見開いたのが分かった。





 手紙の文面を見て、そう思ったのだ。
まるで、俺が兄貴にあてた手紙のようだと。

 字まで似ていた。
一瞬、俺が書いたものかと錯覚するほどに。


 そして分かった。
こいつが 兄貴の心の半分を持っていった男だと。
あの日電話で話していた、『あいつ』なんだと。




「・・・そんな、泣きそうな顔すんな」
 パオフゥは苦笑してみせた。先刻と違い、ひとをバカにした空気は消えた。
情けない表情を見せたつもりはなかったが、確かに泣きたい気分だった。




 俺が寝てる間に、兄貴は変わった。
優しく、柔らかくなった。


 変わったのは、『あいつ』のせい。



 俺が寝てる間に、兄貴の心まで奪っていった。










「何から話すかな・・・」
 新たにタバコを取り出し、パオフゥはくわえた。そしていくらか逡巡した後、ゆっくりと口を開く。

「確かにその男はいた。お前さんが意識を失ってた時に、周防・・・おまえの兄貴だな、に会ったんだ。まーいろいろあったんだが・・・ほら、この街に起こったことは知ってるだろ?、お前さんは寝てたみたいだけどな。そのごたごたを通じて、な。でも結局そいつはいなくなった。死んだのとは少し違うが、永久に戻ることはない。周防が生きてるうちに、あいつと会うことはないだろう」


「・・・・・・なんて名前?」


「お前さんと同じだ。タツヤ、だよ」
「・・・・・・・・・・」


「兄貴はそいつが好きだったのか?」
「そりゃ、な。大事にしてたぜ。むこうは不器用で、素直じゃなかったが」


「・・・・・」
 手紙でもそういっていた。
本当の気持ちが言えなかったと。

「誤解ないよーに言っとくと、周防のは、まァ恋愛感情じゃなかったな。兄弟愛てのが近いか。あいつは・・・タツヤの方は、それだけじゃなかったように見えたがな」


 そうか・・・。



 ―――・・・なにからなにまで似てるんだな。






「どうしてそんなに『タツヤ』を気にするんだ?」
 パオフゥは尋ねた。

 この男は、その答えを知っていて質問している。
嫌な男だ。『タツヤ』もそう思ったのだろうか。

 押し黙る俺に、パオフゥは口元だけで笑った。『オトナ』がよく見せる笑い方だ。

「ほんとはお前さんは、嫉妬するスジじゃねぇんだぞ」
「・・・・なんでだ?」


 パオフゥは答えず、左手を後方に向けた。
バーの入り口。


 それを見て、俺は思わず立ち上がった。







「兄貴・・・!」


 息をきらせて、家にいたそのままの薄着で、兄貴がそこにいた。
すぐに俺に気づき、こちらに向かってくる。



 パオフゥがにやりと笑った。
「な?。残った半分の心は、お前さんのモンなんだから」

「・・・・・・・・・・」




「達哉っ!!」
 駆け寄ってきた兄貴が、俺の両肩をつかんだ。
服の上からも、兄貴の身体が冷え切っているのが分かる。
 そのままホッとため息をつき、うつむいた。
「心配したんだぞ・・・お前の様子がおかしくて・・・なにかあったんじゃないかって・・・」



「―――・・・・・・ごめん」

 素直に謝罪の言葉が出た。


「いろいろ、ごめん・・・」


「・・・達哉・・・?」



 兄貴が顔を上げる。そこに、パオフゥが口をはさんだ。

「俺にゃアイサツなしかい、周防」
 兄貴はさっぱり隣の男を失念していたらしい。
ぱっと俺の肩から手を離し、あわてた様子で、
「ああ、すまなかったな、嵯峨。世話になった」


 ――― 嵯峨・・・?。


 俺の視線に気づいたパオフゥがイタズラっぽく唇を歪めて見せた。
「ま、俺のことをそう呼ぶヤツもいる。こいつだけだが」

 あの時の電話の相手はパオフゥだったのか・・・。
道理で、『心の半分』の言葉を知っていたワケだ。


「ったく、迷惑キョーダイだな。揃ってそんなカッコでよ」



 確かに、だ。
こんな薄着で外出する季節感のないヤツはいないだろう。
 俺たちは思わず顔を見合わせた。

 ホレ、とパオフゥが兄貴に椅子にかけてあったコートを投げつける。
「貸してやる。一着しかねェが」
「すまん」
 当然のように受け取ると、兄貴は当然のようにそれを俺にはおらせた。

 愉快げに目を細めたパオフゥが、俺を見上げて
「な?」
 と言いたげな表情。


 断るタイミングを逃した俺は、赤面したのを気づかれないよう、そっぽをむいた。






 バイクはこのまま置いて、俺は兄貴の車で帰ることにした。
兄貴はがんとして、借りたコートを俺に着せたがったけど、店を出てちょっとたってから、兄貴に渡した。そもそもパオフゥは兄貴に貸したんだし。
「交代」


 結局、駐車場までかわりばんこでコートのやりとりをするという、アホな事態になってしまった。
「コドモの頃みたいだな」
 運転席に乗り込む前に俺にコートを預け、ステアリングをにぎった兄貴がふと笑う。
 冷え切っていた車内に、だんだんと暖房がききはじめる。



 ――― そういや、そんなこともあった。

 縁日で買ったりんご飴とあんず飴。
りんご飴が食べたくて買ったのに、隣で兄貴が食べてるあんず飴が欲しくてしょうがない。
 兄貴はそれに気づくと、はい、とすぐ渡してくれた。
二本同時には食べられないので、りんご飴をかわりに渡す。

 あれはいくつぐらいの時だっけ?。
今考えれば間接キ・・・。





「達哉?」
 兄貴が不思議そうに助手席の俺を見やる。

「顔、赤いぞ、やはり風邪を・・・」
「・・・違う」


 ――― 何考えてるんだ俺は。

 それに、兄弟なんだから今までにもそんな機会はたくさんあったのに。いまさら照れるなよ。


「でも今日、様子が変だったじゃないか」
「それは・・・・・・」


 それは・・・、





嫉妬していたからだ。



 やっと分かった。
目覚めてからの、不安、疑念、不快な気持ち。
 兄貴が俺を見てない、不安。
俺が知らない何かの存在への疑惑。
兄貴の心が奪われるという、危機感と不快感。


 全部、コドモじみた嫉妬と独占欲だ・・・・・・。


 ――― 今でも嫉妬してる。


 『タツヤ』って、どんなヤツ?。



 俺と同じ名前の男と、何を話した?、
そいつのせいで変わったのか?、
俺がいない間に、心までそいつにやってしまったんだろう?。


 聞きたい言葉がたまっていく。






「どうして嵯峨に会いに行ったりなんかしたんだ?・・・・・・・・・・『知らない相手』だろう?」
 不自然に間があいた。
兄貴はすっと俺から目をそらし、前方に戻す。自宅へと向かう道はシンとしていて、ヒトも車も姿がない。

「知らない相手だ」
 どこかで会った気もしたんだけど・・・。あんなヘンなヤツ、忘れるハズないしな。

「嵯峨となにを話したんだ?」


「『タツヤ』のこと」
「!」

 兄貴の身体が はためにハッキリ分かるほど硬直した。
ハンドルを持つ手が小刻みに揺れる。


「・・・・車とめたら?」
 俺の言葉に兄貴はうなずきもせず、路肩に寄せてギアチェンジした。
窓の外に流れていた光景が静止する。
運転していられる状態ではやはりないらしい。



「どうして・・・嵯峨のヤツ、何を考えてるんだ・・・?」
 シートベルトはしたまま、兄貴は愕然とした表情で俺に向き直った。
そこまで動転することなのだろうか。


「俺が聞いたんだ」
 パオフゥは聞いたことに答えただけだ。

 兄貴はつらそうに俺を見つめている。言葉がみつからない様子だ。

 そんなに・・・。


「そんなに、好きなのか・・・・・・?」


 俺の声はきっと情けなかったと思う。
唯一の救いは、兄貴がそれに気付いてないってことだけだ。





「・・・・・・・・好きだよ」


 兄貴は静かな声で答えた。
嘘をつく気はないようだ。

 やっぱり・・・。
知ってはいたのに、胸が痛む。


「向こうは、そうじゃなかったと思うけどな。僕は好意を伝えるのが苦手なんだ」
 兄貴は苦笑した。

 そっか・・・。やっぱり分かってないんだ。
パオフゥの言っていた通り。

 そして、『あいつ』の手紙の通り。



 ――― 好意を伝えるのが苦手なのは、あんただけじゃないんだよ。



 ポケットに、手紙の感触がある。
これを渡せば、兄貴は『あいつ』が残していった気持ちに気付くんだろう。
 『あいつ』が伝えたかった想いが込められた手紙。


 ――― これを渡したら・・・。



「・・・・・・・・」
 そう考えてゾッとした。


 もしこれを渡したら、兄貴は完全に『あいつ』のものになってしまうんじゃないのか。
 俺のことを置いて、『あいつ』の所に行ってしまうんじゃないのか?。



 パオフゥは、もうふたりは会うことはないと言った。
そんなの言い切れるのか?。


 この手紙を見たら、兄貴は・・・。





「達哉?」
 黙りこくった俺に、兄貴が声をかけた。

「・・・なんでもない。・・・もういい。聞きたくない」
「そっか、―――――お前は知らない相手だもんな」


 そんなになつかしそうに、『あいつ』の話をしないでくれ。



 なつかしそうに、でもさびしそうに、笑わないで。






 気付くと俺は、兄貴のシャツを乱暴に自分の側にひっぱり、近づいた唇をふさいでいた。
 逃げようとするあごを指で捕まえて、はなさない。


「・・・・・・っ。やめっ・・・っ!」

 兄貴が強く俺の身体を押し返す。
狭い車内でもみあうわけにもいかず、抵抗が激しくなった頃、俺は自分から離れてやった。


「なっ・・・達哉、・・・」
 兄貴は状況が把握できていないようで、俺の名前を読んだ後絶句した。

 怒っていいのか、しかるべきか、逃げるべきか、何がどうしたか、処理できないのだろう。
 当然だ、実の弟に迫られたのだから。


 そんな兄貴の狼狽を、じっと観察している自分がいる。
アンタには理解不能な今の行為も、俺にはカンタンに言葉で説明できるんだ。




「俺のこと見てて」



「―――――― 達哉・・・」



「俺のことだけ見ててくれ」



 運転席側のドアぎりぎりに身体を押し付け、俺から離れていた兄貴が、俺をじっと見返した。
 硬直していた身体から、少し力が抜けたのが分かる。

 兄貴の薄い茶色の虹彩に、俺が映っていた。



「・・・・・見てるよ」



「嘘だ!」



「嘘じゃない。今僕がみてるのは、お前だよ、達哉」



「いつも『タツヤ』のこと、考えてるんだろう?」



 俺を見て、そいつを思い出してるんだろう?。
俺とそいつを混同した言動。

 心の半分なんて、ウソだ。
兄貴は、あいつのことしか考えてない。


 だからそんなに、さびしそうなんだろう?。


 そう言うと、兄貴は笑った。
「さびしくないよ。僕には達哉がいる。それにあいつも・・・意識の海でいつでも会えると言った」


「いつでも会える・・・?」
 なんとなく、その言葉を繰り返す。そして、気付く。




 ――― それは、嘘だ・・・。





『タツヤ』は、兄貴にそう言ったのか・・・・・?。


だとしたら、それは、嘘だ・・・。





アイツは、もう会えないと、そう手紙に残してる。



モウ アエナイ ケド イツデモ オモッテル



 それは『タツヤ』の嘘だ・・・。



別れがたくて。
つらくて。
でも、兄貴を悲しませたくなくて。




 ついた嘘なんだ・・・・・。






















 いつか、兄貴が『手紙』を発見したら、自分の気持ちも、嘘も、伝わると思ったんだろう。


 『嘘』のかわりに、自分がどれだけ兄貴を好きだったか、『ホント』の気持ちが伝わると。





 ジーンズのポケットに突っ込んだ封筒の感触がある。
これは、アイツの気持ちなんだ。
 どれだけ悩んで書いたか。
どれだけの想いがつまっているか。
『タツヤ』を知らなくても、こんなに分かるのに。



 渡さなくちゃ・・・と思う。
これは、兄貴の手に渡るべきものなんだ。




 ――― だけど・・・。


渡せない。

渡したくない。



 これを渡したら、壊れてしまう気がする。
心の半分をアイツにやったと言った。残りの心は俺のものだと言った。


 でも、これを渡したら・・・。
『アイツ』の気持ちを、知ってしまったら・・・。











「帰るか。考えてみればメシもまだだったな」
 兄貴がステアリングに白い手をあてて言った。

 ぎこちない緊張はとれていないが、さっきのことは不問にすることにしたらしい。ことさらに『兄の顔』をはりつけているのが気に食わないが、文句を言える筋じゃなかった。


「・・・ああ」
 軽い振動の後、車はスムーズに走行を開始する。

「それとも何か食べてくか?。達哉」
「・・・・・あんたの作ったものがいい」


 助手席から窓の外に目をやる。
暗闇の中に光る街の明かりが、やけにまぶしくてうざったい。

 俺が黙ったので兄貴も口をつぐんだ。





 ――― ごめん、兄貴。
俺は・・・怖い。


 今見てるのは、『タツヤ』でなく俺だと・・・、言ってくれたあんたの言葉をまだ、信じられない。
 この手紙を渡したら、『タツヤ』に全てを奪われそうで、怖いんだ。





 いつか、『タツヤ』を忘れてくれるだろうか。
いつか、俺だけを見てくれるだろうか。





 取り戻すから。
心の半分。
俺のものにしてみせるから。





 それまで、これは渡さない。













 俺の知らない男。
俺が寝ている間に、兄貴の心を奪った男。



 お前の『メッセージ』は、悪いけど、一時預かりだ。












 ま、いつかちゃんと渡してやるよ。
お前は俺にとってライバルだけど・・・、すごく俺に似たヤツだから。













END




 
 罪達哉VS罰達哉話、とりあえず終了。
おつきあいくださった方、ありがとうございました。
By.イダクルト




罪達哉 「兄さん・・・今ごろ俺の手紙読んでくれただろうか・・・」
罪克哉 「おい達哉、このメモ、なんて書いてあるんだ?。本当にお前は悪筆だな!。全然読めんぞ!!」
罪達哉 「・・・・・・・・読めてるといいんだが・・・(泣)」

罰達哉 「タツヤって奴も字、ヘタだな・・・」
(Back)






私は、ゲームのエンディングで罪達哉が言った、「いつでも会える」はウソだと思ってるんですが、どーでしょう。
 瀕死になったらフィレモンのとこで会えるってイミ?(笑)。
私的には一生会わないと・・・思うんだけど。

 「いつか」という日は来ないともいいますが、
罰達哉はちゃんと手紙を渡したのか?!。
 数年後、渡そうと決意するも、どっかになくしちゃった、に
三千点





'01 7/3