ルフィのリクエストだったのか、次の日の昼食は肉料理とオムライスだった。
ヤツは見た目を裏切らないお子様ぶりなので、味覚も幼児っぽい。骨つき肉は別格として、オムライスだのハンバーグだの、そのテのものが大好きだ。
「外いくぞ」
そんなボリュームあるメシを終えた後、簡単に片づけを済ませたサンジは そう俺に告げてキッチンの外に出た。そして、忍者のように仲間の位置を確認しつつ みかん畑まで向かう。何したいんだ?、ルフィじゃあるまいし みかん泥棒か? といぶかしく思いつつも付いていくと。
たどりついた先は やはりみかん畑。植え込みのそばにあるスペースに腰を下ろすサンジ。黒スーツに土がつきそうだが頓着していない。
「?」
みかんに手をつける様子はなかった。いつも通りみかん番だの手入れをし始める様子もない。
突っ立ってる俺に、ヤツは右手でパンパンと地面を叩いた。ヤツの右隣。そこに来いということらしい。
「何すんだ?」
「昼寝」
あっさり返ってくる返事。
納得したような、余計不思議なような。
こいつが今までの航海でそんなのしてるトコを少なくとも俺は見たことがない。(ナミ同様、睡眠が少なくても平気なタチだと思っていた)。
「お前も寝ろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
見下ろすと、そう命令したヤツは俺を見ていなかった。海風にさらされつつも順調に葉をつけ実をつけているナミのみかん。それに目を止めている。
「俺は・・」
「寝ろ。何も起きねぇよ」
最後まで言わせず、強引に繰り返す。怒っているわけでないのは声で分かる。むしろ、俺をなだめている。
「・・・・何も起きねぇなんて、どうして」
「お前が寝てる間は何も起きねぇってことだ。剣士だろ?」
サンジはもう一度隣の地面を叩いた。座れ、と。
「・・・」
こいつは、俺にてめェの力を信じろと言っている。何かが起きたら気づける。だから、寝る時は寝てもいいと告げている。
睡眠不足は気づかれていたらしい。
その原因までは、悟られていないだろうが。
いつバレたのかは分からない。けど、気づいてもおかしくはないんだろう。俺がこいつのそばにはりついていたということは、こいつにも俺を観察する時間はあるのだ。
初めて気づいた気がした。
一緒にいる、というのはこういうことなのかと、実感した。
―――― 自分の昼寝じゃなく、俺を眠らせたいのかよ・・・。
なんだか負けた。
そんな気がして、おとなしく隣に腰をおろした。満足そうにヤツが唇をあげる。
確かに、敵や不穏な気配は感じ取れるはずだ。そうやって生き延びてきた。
でも。
「寝てる間に・・」
勝手にお前が動くかも、とまた俺が言い切る前にさえぎられる。
「俺も寝る」
そのままゴロンと横になる。そしてすぐに片方だけ見える青い目も閉じてしまった。
つられて俺も平行に並ぶように隣に仰向けになる。太陽の光はちょうどマストに隠れていた。ほどよい陽気だ。
「先に起きた方が起こそーぜ。俺が離れるか不安だってんなら・・・ホレ」
トンと脇腹に重みが加わった。ヤツの右手だ。
「つかまえとけよ・・・」
話は終わり、寝ろ、と暗に示され、場には沈黙がおりた。いや、船首の方ではルフィ達がさわがしくなにか言い合いしてるが。
サンジはもう何も言わず、寝に入る体勢らしい。まだ眠っていないのは気配で分かる。俺に合わせての昼寝なら、ヤツ自身は大して眠気などないのかもしれない。
が、場を動く気がないのは分かった。
たとえ差し出された手をしっかり押さえなくても、きっと動かない。それは俺に不安を与えることだと知っているからだ。ヤツは安定を俺に与えたがっている。
腹にかかる重み。
ヒトの、サンジの重み。
それがなくなったことがあった。気づいてしまった死の前兆。あの日から、俺は不安だ。
しばらくすると、隣の気配が変化した。
「・・・・」
呼吸も変わる。
本格的に寝入ったようだ。
俺はゆっくり手を伸ばし、さしだされたそれに触れてみた。
毎夜、この手をとって脈を感じている。今も、一定のペースで血液を運ぶ流れが俺の指に伝わってくる。
外敵があること。
お前が勝手に動くこと。
俺のそばからいなくなること。
これに俺が反応する理由はひとつだ。
お前が死ぬのが怖いんだ。
だから、寝てるお前が「動かない」と約束しようと、それでも、俺が寝てる間にこの脈がとまったらと思うと、怖いんだ。
首をめぐらせて、隣に眠る男の横顔を見た。
淡い陽に当たってる高めの鼻。男にしちゃ白い肌。なぜか巻いてる眉。長い前髪が重力にしたがって下を向き、顔がよく見える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・サンジ」
ふと、名前を呼んでみた。
返事はない。
「サンジ」
口に出すことはめったになくて。
なんだか言いにくさを感じる。ほかの連中みたいに何百回と連呼すれば、いずれ馴染むんだろうか。
とりあえず、あともう一度。
「・・・・サンジ」
そして触れたら 6
六日目。
焦る気持ちと、安堵するキモチの両方がどんどん大きく重くのしかかってきていた。
もう六日目だ。
いつどうなるか・・・という焦り。
なんとかしてみせる、なんとかしてやる、という決意。
ひょっとして、俺が見たあの『前兆』は間違いだったんじゃないか。
もしくは、航路を変更したりという行動で運命が変わったんじゃないか。
そんな楽観的な感情も入り乱れている。
実際、生活は今までにないほど穏やかだった。
俺たちが今うろついてる海域は、ナミの言った通り安全に近い場所らしく、敵船にもヘンな生き物にも出くわしていない。
仲間うちでトラブルも起きていない (俺と悪徳高利貸しの間の金銭トラブルは解決してないが)。
俺とサンジの間も極めて平穏だった。
平穏どころか、ほかの連中も驚くほどうまくいっていた。
腹を割って話せば、互いの意地をとれば意外にも俺たちの相性は悪くなかった。
同い年ということや第一印象が悪かったせいもあって、こいつとはうまくいかない、あまり近寄りたくないと思っていたのがウソのようだ。
実は笑い上戸なこと。
男は嫌いだが、実はひとなつっこいこと。
男は嫌いだが、実は優しいところもあること。
俺の話を聞くのが実は好きらしいこと。
新しい面をたくさん知った。
「皮むくだけじゃダメなんだって。芽んとこに毒があんだよ。覚えわりーな」
俺のむいたジャガイモを見て、サンジがやはり笑いながらダメ出しをした。
五ミリ以上の厚さになってしまった皮。コックのやったように長くできず、すぐぶちぶちとちぎれてしまうので新聞紙をしいた床の上には小さなカケラがたまっている。
ダメ出ししたもののやり直しさせる気はないらしく、俺がむいたジャガイモを引き取ってひとつひとつ、芽の部分を取り除き始めた。器用に包丁の下を使ってえぐっている。
毒があるなんて知らなかった。平気で皮ごと(しかも場合によっては生で)食ってた過去の自分が少し気になる。そう言うと、死ぬような毒ではないとサンジは付け加えた。
「多少の毒じゃなんともねーだろ。さすがミドリ魔獣」
「そんな動物いるかよ」
間にカゴをはさんで、キッチンの隅でふたりで芋の皮向き。
少し前なら考えられない光景だ。
今日の昼食はポテトグラタンとゆーのを作るらしい。
あまりに大量なカゴいっぱいのジャガイモに、つい刃物でむくだけならできるかなと手伝いを申し出てみたのだ (六日目にして今さらという気もするが)。
仕事の邪魔をするなとつっぱねられるかとも思ったのだが、サンジは思いのほかそれに喜んで、さっそく包丁をもう一本用意してくれた。
レストランだと大勢のコックがいただろうから、ひとりで作業するのは本当はさびしいのかも知れない、となんとなく想像してみる。
結局、不慣れな俺だと大して手助けにもならなかったんだが。
カゴ一個分のキョリを挟んで向かい合っているから、サンジの顔は近い。
すっすっ、と俺とは比べ物にならないスピードで包丁を手の延長のように操っている。
動く拍子に、少しだけ金髪が揺れた。きれいだった。
「なんかなぁ」
調理中は吸わない主義らしいコックの唇にはタバコがなかった。薄い唇が開く。
「おめーとこんなことしてるなんて信じらんねぇよな」
「そうだな」
同感だ。
きっかけがなければ、俺はこいつに近づこうとは思わなかったはずだ。この先何年一緒に航海しても。
つかず離れずのケンカ相手。船長のルフィを介しての『仲間』。それだけだ。
――――きっかけ――――。
そう思うと気分は否応なく沈む。きっかけというなら、それは最悪のきっかけだろう。
六日前のあの日、そして翌日のキッチンで。
その二回以外に、俺はサンジの『死の前兆』を目撃していない。
そのせいで忘れたくなってしまうが、俺が目の前のコックのそばにいるのは、目的があってのことだった。
―――― そばにいる――――
―――― 死なせねぇよ――――
でもその誓いに対して、具体的な解決策は見つからない。
実際どうすればいい?。
迫り来る危機から守りたいと思う。しかし、俺に対処できるものならこいつ自身でなんとかできるという気もする。
じゃあ俺のしていることはなんなんだ?。
ムダなのか?。いや、そうじゃないはずだ。でも――――――――
―――― なんで俺には『死』が見えるんだ?。
それは初めて自分にした問いだった。
―――― なんでだ??。
俺が今まで、親しい人間の死の前兆を見てきたのには何のイミがある?。
察知しながらもただその死を待つためか?。
そうじゃないとしたら、なんで――――。
「―――― と思ってたんだ」
我に返ると、作業の手は止めないままサンジが俺に何か言っていた。
以前のように言葉が『聞こえなかった』わけではない。単に俺がボケッとして聞き逃してしまっただけのようだ。
なんて言ったんだ?、と尋ねようとしたが、それより先にむこうが言葉を継いだ。
目は手元に落とされている。
「俺って甘ったれだろ」
「いつもクソジジイに言われてたぜ」
「ごめんな」
「何――――言ってる・・?」
イミが分からない。
なんで謝ってる?。
甘えてる?。
何に?。
俺に?。
目の前の男が俺に何を伝えようとしてるのか、分からない。
ただ、それはとても残酷な言葉だと思った。
きっと聞かない方がいい。
頭の奥の部分――――たぶんそこは本能と呼ばれる場所だろう――――が警告している。
言葉にしない方がいい。
「俺に謝ることなんて、何もねぇだろ?」
機嫌をうかがうような口調で尋ねる。
「・・・・」
相変わらず作業したまま、サンジはそれには答えなかった。
何か言わなくちゃ、話題を変えて欲しい、と俺が口を開いた時、
「「っ!!!」」
船体が揺れた。
棚の中の食器が振動にカチャカチャと音をたてる。
つみ上げられた皮をむかれたジャガイモがごろごろとカゴから飛び出して床を転がった。
「ゾロっっっサンジっっっっ、敵だーっっ!!」
外からウソップの大声。
まず反応したのはサンジだった。
包丁をカゴの中に入れ、すぐに立ち上がる。
「まてっ!!」
やっと頭が働き出した。先刻の言葉に呆然としていたが、あわてて気を取り直す。
「行くなっ!!、俺がカタつけるから!!!」
右手をひっつかんでひきとめた。
「アホ!!、こんな時まで何言ってんだ?!?」
サンジが振り払おうと手に力を込める。負けまいと俺も握る力をこめたところで、頭めがけてケリが放たれた。とっさにかわす。
そのため一瞬浮いた腕をすぐに振り払われてしまう。ヤツの策略勝ちだった。
「・・・・っ」
サンジは何か言いたそうな目で俺をニラむと、そのまま外に出て行った。
外ではすでにルフィが戦っていた。
縦横無尽に伸びて、一対多数の戦闘の不利をおぎなっている。
サンジも船に乗り込もうとしてくる連中と早くも戦闘態勢に入っていた。
ウソップは相変わらず「後方援護は任せろ!」とパチンコを持ち出している。
こいつがもう少し戦闘において使えるやつなら・・・と いつもはなんとも思わないことにすらいらだちを覚える。
――――大体人数が少なすぎんだよ、コックが戦闘に出るなんてよ!。
通常ならルフィ、俺、サンジは完全な単独戦闘をする。
三人とも個人技が得意なこともあるし、どうしても人数が違うから広がって布陣し、多数を相手にするしかないからだ。
相手はガレオン船二隻。
そこまで強そうには見えないが、さっきの揺れは砲弾だ。突然に襲撃してくる卑怯さを持ったやつらなのは間違いなかった。
「前には出んなよ!」
すでに数人床に沈めているサンジはせっぱつまった顔であろう俺を見て、警告には答えず不敵に笑ってみせた。
早くケリをつけないと――――
俺はいつもより躍起になって戦っていた。
相手はさほど強くはない。船からの砲弾はゴム人間にまかせ、船に乗り移ろうとしてくる相手を斬っていく。海へ落とす。
とうに甲板は真っ赤に染まっていた。
ナミの姿はない。安全のため船室にいるはずだ。
チョッパーは最前線ではないが船室へ侵入させないよう敵の進路をはばんで懸命に戦っていた。
ザコ連中を片付けつつも、俺の目はついサンジに向かってしまう。
俺の忠告をあっさりと無視した男。
そばにいろと、俺のそばからいなくなるなと約束したのに――――。
それは通常時のみ、とヤツは解釈していたようだ。ことの深刻さを理解していないから仕方ないのかもしれないが。俺は気が気でない。
客観的にはあいつの判断が正しいんだろう。実際、強さはともかく敵の人数は多かった。俺とルフィだけでは押さえられないと判断したから飛び出したのだ。
それでも、俺は戦って欲しくない。ヤツの強さは十分知っている。けど今は、危険と名のつくものに髪ひとすじも近寄ってほしくはなかった。
敵船は俺たちと同業の海賊。
個々の戦闘力は別として、俺たちよりよほど『海賊』らしく襲撃慣れしていた。
遠距離からの砲弾。
近距離での戦闘。
そして――――
またサンジが気になってこりずにそっちに目を向けた時。
チカっ
目に反射する光を感じた。
海面からの日差しの照り返しじゃない。もっと強い――――――――――――なんだ?。
戦闘時に感じたもので、感覚にひっかかったものはどんなものでも確認しなければならない。ほんの少しのミスや見落としで命を落とす危険を俺はよく知っていた。
その不自然な光を確認するために手すりから海面を見やった。
ゴーイングメリー号近くに小船がおりている。数人の人影。目立たないよう船影にひそんでいた。
そこから甲板を狙って、光っている。
銃――――!!。
光っていたのは弾をしこむ部分の金具だった。
こちらが察知しにくい中距離から、長細いライフルの先が狙っていたのは――――
「サンジっっっっ!!!」
俺の大声に、今まで俺をわざとムシしていたがようやく注意を向けてくる。
俺が気づいたことに気づいた射撃手がその瞬間に引き金をひいた。
その狙いの先に――――――――――――
「サンジっっっっ!!!」
―――― なんで俺には『死』が見えるんだ?。
それは初めて自分にした問いだった。
―――― なんでだ??。
俺が今まで、親しい人間の死の前兆を見てきたのには何のイミがある?。
察知しながらもただその死を待つためか?。
そうじゃないとしたら、なんで――――――――。
戦闘員とコックの二足のわらじなサンジさんはかなり万能。
伊田くると
ナミ 「一緒に昼寝してたの見たわ」
ウソップ 「二人してジャガイモの皮むきやってたぞ」
ナミ&ウソップ 「・・・・・・・・・・・・・・・」
ナミ 「ラブラブね・・・」
ウソップ 「・・・・・・・言うな・・・」
03 12 24