「ゾロっっ、おい、こんのクソバカっっっ」
キーキーとがなる声が耳に響いた。
ここ数日は怒鳴りあってなかったから、癇にさわるその声もやけになつかしく感じられる。
ひどく感情的な声。よこされるセリフにムカつきはしても、その声は意外にも嫌いじゃなかった。
目を開けるとやはり、大口開けてどなっているサンジがいた。ムカつくけど、そのガキじみたツラも嫌いじゃない。
「クソッ、動くなよ、血が出るからな」
立ち上がろうとするとあわてて止められる。
―――― あ、そっか。撃たれたんだなやっぱり。
その言葉に納得した。
銃の先にいたサンジの前に飛び出したのだ。ほとんど無意識の行動だったが、俺がケガしてるってことは ちゃんとアイツを守れたんだろうか。
「おい、お前大丈夫かよ、どっかケガ・・」
「お前が言うな!!!」
言葉を待たずにどなられる。その元気さ(怒ってるが)からしても 目の前にいるコックは見たところなんのケガもないようだ。ホッとする。
着ている青いシャツの所々に血がしみこんでいたが、それは俺と敵の血らしい。
気づいてやっと自分の傷に目をやった。
被弾したのは左肩だった。痛いというより熱かった。
流れでる血が白い服をみるみる赤黒く染めていくのが分かる。このシャツはもうダメそうだ。くだらないことを考えた。
遠くから、
「片付けたぞー」
いつでものん気な船長の声が聞こえた。
サンジが舌打ちする。
「ちっ・・・、俺が殺してやろうと思ったのによ」
サンジは海の向こうに視線をずらした。俺もつられてそっちを見る。
敵船の手すりの上にぴょこんと乗ったルフィが手をふっていた。船からは降参の旗が上がっている。
敵の狙撃手がいた小船には誰も乗っていない。ルフィが突き落としたのだろう。海面にはそれ以外にも何人も海賊たちが浮いていた。
戦闘は終局したようだ。
「・・・お前のせいで出番とられたぜ」
スネた目をして、サンジが左手をあげてみせた。
一緒に俺の右手があがる。
そのはずで、俺の手はきつくきつく強く強く、こいつの腕をにぎっていた。
ドクン ドクン
つかんだ指先から伝わる鼓動。
ドクン ドクン
サンジの、鼓動――――。
コックはつかまえられたその腕をはなせと催促しなかった。
「余計なことすんなよ・・・クソバカ野郎」
かすれた小さい声。
ドクン ドクン
サンジ――――。
ドクン ドクン
助けた――――
ドクン ドクン
助け・・・られたのか――――?。
やまない鼓動。
俺よりよほど冷たいが、でも体温を保っている皮膚。
怒ったような、泣きそうな、複雑な表情のサンジ。
右しか見えないその目がまばたきしたり。
風にその髪が揺れたり。顔にうちかかってジャマな前髪を あいつの空いた方の手が軽く払ったり。
そんなわずかな動作に、俺は心底安心した。
―――― 生きてる――――。
サンジを気にして振り返らなかったら、あの射撃手には気づかなかった。
誰も気づかなかった。
―――― こいつは、生きてる――――。
死の運命――――
変わった・・・・んだよな?、助けられたんだよな?。
「ゾロっ!!」
チョッパーとナミがあわてて駆け寄ってきた。
応急処置をするから離せといわれても、なかなかつかんだ手を離せなかった。
ずっとさわっていたい。
触れていたい。
できるなら、抱きしめたかった。
泣きそうなほど、嬉しかった。
そして触れたら 7
「あんたが気づいて とっさにかばわなかったら危なかったわね。まああんたも無傷じゃないけど――――」
ひと通りの処置を終えた俺を見下ろしてナミがため息をついた。
隣にいるチョッパーがうんうんと何度もうなずく。包帯や薬なんかの医療道具を片付けにかかっていた。
通常のトナカイサイズがちょこちょこ几帳面に作業している様子はなんだかママゴトみたいに感じられる。
「チョッパーお疲れさま。あんたも疲れたでしょ?、サンジくんのところに行ってなにか食べさせてもらうといいわ」
ナミは医者の支度が終わった頃に優しく声をかけた。
ねぎらいのセリフももっともで、戦闘もその後の治療もこなしたのだから疲れていて当然だった。
チョッパーはしぶったが、ナミが容態を見ていると請合ったので安心して女部屋を出て行く。
女部屋、つまりナミの部屋のベッドに寝かされた俺、と部屋の持ち主のナミが残された。
サンジはいない。
「一緒にいなくていいの?」
ベッドわきの椅子(さきほどまでチョッパーが使っていた椅子だ)に腰掛け、ナミが尋ねてきた。ここのところずっと一緒にいたんだからフシギに感じるのもムリはない。
「・・・あいつはハラへったヤツほっとけねぇしな」
上では戦闘後、腹をカラにした船長がわめいているはずだ。燃費が悪いゴム人間。時刻ももう昼過ぎで、襲撃のせいで昼飯をとってないからなおさらだろう。
それに。
―――― もう、終わったんだ。
死は回避できた。
あいつを助けられた。
約束を、果たせた。
不審がられつつも そばにいる理由は・・・もうない。
そう思い至ると、おかしいが寂寥感みたいなものを感じる。
何かをなくしてしまったようだ。
急に黙ってしまった俺を見下ろし、ナミが落ち着いた声音で、
「・・・後で食事もってくるって言ってたわ。あんたのケガのこと気にしてるみたいだからフォローしときなさいよ。あんたが好きでかばったんだから」
「・・・。――――だな」
―――― 相変わらず、よく分かってる女だな。
撃たれた俺を見て、悔しそうにつらそうにしていたあいつの顔が浮かんだ。
バカなやつ。
「航路、もうもとに戻していい。ワガママいって悪かったな」
「・・・・・・そう、問題は解決したのね。―――― そのケガに免じて許してあげるわよ」
その日はそのまま女部屋で安静にしているように、とチョッパーは診断した。
銃によるキズは異物が身体に入ることから発熱しやすいこと、肩は筋肉にも関節にも重要な部分で(もちろん剣術にも)、ムリはさせたくないこと、なども付け加える。ケガ人が出た際ここが病室になるのはいつものことだったから、ナミにも遠慮せずそのまま居座ることにした。
重症という自覚はないし、本当は動きたいくらいだが。
「・・・・・・・・・・・」
―――― ひとつ、約束を果たした。
きっと、その満足感からか、俺は少しだけ放心していたのだ。
嬉しい、安心した、そんな気持ちのどこかで感じた喪失感は。
そのせいかもしれない。
どのくらい時間がたった頃か、ノックの音がした。返事を待たずに扉が開く。
せっかちなノックの仕方はナミとよく似ている。盆に湯気のあがる皿をのせたコックが入ってきた。
心のどこかが訴えている喪失感。
なくしたもの。
それは、こいつのそばにずっといるという『大義名分』か?。
なんだよそれ・・・。
「何むずかしいツラしてやがんだよ」
ベッドサイドのテーブルに盆をのせ、サンジはムッとした声をかけてきた。
「いっちょ前に痛がってんのかよ、マリモンのくせに」
表面だけ聞いたら失礼な、ケンカ売ってるみたいな言葉。
分かりにくいこいつの言葉。
挑発でなく罵倒でなく、キズの具合や痛みを聞きたいのだと、今は簡単に分かるのに。少し前の俺は、なに額面通りに受け取ってマジゲンカしてたんだろう、とおかしくなる。
「・・・・痛かねェよ。痛み止めも打たれたみてーだし。大してひどかねぇってよ。残念だったな」
「ふーん。クソ丈夫ねマリモンは」
俺の様子も含め、傷は大丈夫らしいと判断したらしく、ちょっとだけ安堵の表情を見せた。口調はあいかわらずだが。
「マリモンてなんだよ」
「かわいーだろ。マリリンみてーで」
「誰だよマリリンて」
「アラっアナタったらヤキモチやきなのねv」
「キモい」
「っせェ!!。てめェのがキモいわ!!」
くだらねぇ。
ああでも。
こんなやりとりも。
もう、
なくなるということはなくても。
きっと減るんだな。
この六日間は、ヘンな話だが俺はこいつを独占していたんだ。
それが終われば日常に戻る。こいつは俺の都合を気にして動くこともなくなる。俺にどこへ向かうかも言わなくなる。俺より、ナミやほかの連中に時間を使うようになる。
死の前兆から逃れたんだ。
運命を変えたんだ。
なのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この喪失感はなんだ?。
「おおヤベ。キモ剣士のせいでリゾットが冷めちまう」
サンジはまだ十分湯気を上げる皿を俺に向けた。利き手のケガじゃなくて良かったなーなんて言っている。
チーズとミルクのリゾットだった。
メシに牛乳を入れる感覚は俺の故郷にはなかったもので、最初はマジか?!!とギョッとしたが食ったら意外にうまかった。今ではひそかに待ち望んでいるメニューでもあったりする。
無事な利き腕でガツガツ食う。通常のケガ人用の量より多いんだろうが、もっと食いてぇ。
サンジは椅子に座り、そんな様子を見ているようだった。
「もう・・・一緒にいなくていいって、ナミさんに言ったんだって?」
食後。
今夜は酒はダメという問答があった後、サンジは静かに切り出した。
言うのは自分からだと思っていたので、正直焦る。ナミが自分とのやりとりをこいつに伝えたらしい。あいつも律儀なところがあるからな・・・。俺がコックのそばにいる、というルールを始めさせたのはナミだから、その終了も自分の口で告げたんだろう。
俺のそばにいること。
勝手にいなくならないこと。
次に何をするか説明してから動くこと。
『なんで』と言わないこと。
そんなルールだ。
こいつを守りたくてむりやりに並べたルール。
『なんでそんなことをするのか?』と質問できなかったから、しぶしぶと従わせた形だったが。
六日間。
こいつは俺のそばにいて。
ひとりでどこにも行かなかった。
次の行動を俺に伝えて、一緒に船内を歩いた。
他愛ない会話の中に、ルールに触れる疑問を一度もはさまなかった。
その日々が、終わる。
終わらせる決定権があるのは俺だった。終わらせたくないと心のどこかが思ってるなら、うやむやに引き伸ばすこともできる。けど。
それはダメだ。
きちんと日常に戻らなきゃいけない。こいつがここに生きてることだけを喜ぶのが正しい姿だ。
――――― じゃあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この喪失感はなんだ?。
「・・・・・・・・・・終わりだ」
薄青の目が俺を静かに見ている。
その視線も。
鼓動も。手も。熱も。
全部。
なくしてしまった気がする。手にいれた気でいたのか?。手に入れたいと、思っていたのか?。
分からない。死に進む運命を知っていながらむざむざ死なせたくなかっただけだ。守ろうと決めた。約束した。それだけだ。
こいつが生き続けること以外、何を望む?。
俺は、何を望んでいる?。
『終わりだ』と口にしてしまったことを、もう後悔しているのは――――。
「ふーん・・・」
サンジはなんとなく、という気のないあいづちをうった。表情は読めない。
こいつも何かを感じるんだろうか。六日間が終わることに、少しでも、さびしいとか。俺のように喪失感を覚えるんだろうか。
それとも、清々したと笑うだけか?。うざったかった、とホッとするのか?。こいつのことを知ったつもりになっていたが、わからない。またわからなくなった。
「・・・・・・・」
キレイに包帯が巻かれた俺の肩の辺りをサンジが見つめる。
白い包帯は、その下の傷跡も出血の名残も隠している。
白い手が伸びて、肩に触れた。
包帯の上だからか、よほどそっと指を乗せているからか、感触を感じない。
けれど、サンジはホッとしたように笑った。
「一緒にいんのは終わりだけどさ・・・・・・・・・・・今日は看病してやるよ」
手を離すとき、トンと軽く叩かれた。
その手に触れたい、
と思った。
細い身体を抱きしめたい、
と思った。
喪失感が、はっきりと形をもって俺に主張する。
心臓がひとつ鳴るたびに俺をなじる。
こいつに触れれば、きっとこの空間が埋まるのに。
薬で感覚の鈍った左腕も、問題ない右腕も、動かなかった。
つづく
ひ、久しぶりの更新・・・。ロロ自覚編。
伊田くると
ゾロ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
チョッパー 「あんまり悩んでると知恵熱でるぞ」
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