日数というのはやはりとても曖昧で。
『予兆』から何日後に奇禍が起こるか、はっきり分かっているのはくいなだけ。
 母は一週間くらいだった。ほかの人間も大体そのくらいで。五日とか、その辺りが多かったと思う。





 三日目が無事終了した。

 サンジの寝顔をなんとはなく見つめたまま、俺は安堵とともに日付をカウントした。




そしてれたら 5






 最初は「オメーみてーなクソミドリのそばで寝られっかよ!」だのまたキーキー言ってたが、案外アッサリ寝てんじゃねぇかよ。基本的に図太いよな、コイツ・・・。



 しかし・・・。

 ホント、俺、何やってんだかな・・・。



 改めて自問自答してしまう。


 ガキの頃のあの予兆は百発百中だった。嬉しくないが。
俺にとっての大事な人間を奪っていく、前触れ。


 その希薄さ。




 病人なら仕方ない。しかし、くいなも母も・・・・・やりようによっては助けられたんじゃないか、と今でも思う。
 そう思っちまうから、いつまでも痛い記憶なんだよな・・・。


 うまく仲間たちに言えないのは、きっとそのせいだ。
仲間たちに全部説明するのが一番いいんだと分かっている。

 信じてくれなくとも、俺の言葉を分かってはくれるだろう。
俺が言っても聞かないだろうが、ナミから言えばサンジも従うだろうし。「危険を避けろ」とか。気をつけて生活するだけでもいくらか違うと思う。



「−−−−−−んー」
 サンジが寝返りをうった。ソファは小さくはないがやはり就寝用ではないので長身のこいつにはキツそうだ。

 一日目の夜に、ハンモックでは様子が分かりにくいのでソファに移らせることにした。
様子といっても病人じゃないから発作とかに見舞われる確率はかなり低いが、それでも、だ。

 おちかかった毛布をひろって肩にかけ直してやった。母親か俺は。

 サンジはまだ「んー」とか「むー」とか言っている。寝言を言うタイプだと知った。
 本当にいたるところでガキくさい。寝方も男というよりガキっぽい。寝顔も。




 ―――― こいつを襲う危険ってのは一体なんだろう。

 向こうを向かれてしまったので今は金の髪しか見えないサンジの後頭部を眺めつつ考える。どうせ眠れない。
 この俺が不眠症だなんてウソみたいだが事実あの日以来、熟睡から遠のいていた。昨日もまともに寝ていない。明け方にやっとまどろんだだけで。

 気がはっているせいか。その分精神は疲労しているのに、身体は深い眠りにつこうとしない。寝てはいけないと警鐘を鳴らしている。この男から注意をそらすなと。

 マモレと。






 ―――― 俺の母親みたいに。

 出かけた先でトラブルにまきこまれるというのはあるだろう。だから島にはついて欲しくない。ナミに頼んでそれは実行された。本来の進行予定の倍、十日間は海の上だ。外部と接触させず、狭い船の中にずっと。
 健康診断でも問題ない。あれからも、チョッパーは俺の頼みの通りコックの身を慎重に気遣っている。


「・・・」
 そこまで考えて、臆病な自分がおかしくなった。
これじゃあいつは小動物みたいだ。
籠の中に入れ、エサや健康に注意させれば・・・ちゃんと長生きする?。アホらしい。

 そんな非力な男じゃない。それは知っている―――― けど。


「くいな――――・・・」



 サンジは強い。
俺がこうしてひっついてる必要なんてない。
困難を自分でなんとかできる男だ。間違いない。


 でも。
くいなだって強かった・・・。


 だから怖い。不安が消えない。





 くいなの死因は事故。災難としか言えない、自責の事故だ。

 階段から落ちるくらいでも人は死ぬ。自分より強い人間でも。
俺はそれを身にしみて知っている。


 だから、目が離せない。
ふと目を離したら死んでそうで怖かった。







 助けようとしてそばにいるんじゃなく、俺はただ不安なだけなのかもしれない。

 オレがなにかするくらいで、死の運命が変わるのかと、心の底では懐疑的なのかも知れなかった。




 それでも、


「いけすかねえと思ってたが・・・仲間なんだよな、やっぱ」




 他愛ないケンカの中で、平気で死ねだの殺すだの言ってた自分が信じられなかった。

 この男が勝手に死んだらと考えると眠れない。

 寿命だ、なんて簡単に切り捨てられもしなかった。





 毛布からこぼれたサンジの腕を手にとった。

 手首に触れる。
以前、自分が乱暴につかんだその痕はだいぶ薄くなったもののまだ痛々しく残っていた。色が白いので余計目立つ。


 ドクン ドクン 

 その痕に指を押し当ててみた。少しだけ力をこめてみると、あざがより深くなった気がした。気のせいだろうが。

 ドクン ドクン 

 男の腕などよく見たことがないが、きっとこいつの腕は平均よりよほど細いんじゃないかと思う。手首は尺骨がハッキリすぎるほど浮き出ていた。

 ドクン ドクン 

 皮膚の色が薄いので通る血管が暗闇でも目でたどれる。

 ドクン ドクン 

 指先に感じる血液の流れ。

 ドクン ドクン 


 ―――― 安堵した。


 ドクン ドクン 


 生きてる。


 ドクン ドクン


 俺はお前のそばにいる。


 ドクン ドクン 


 ―――――――― 死なせない。


 ドクン ドクン 




 ようやく目を閉じた。
この脈動があるうちは大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせていると、ようやく睡魔が訪れた。










「起きろクソ眠りマン!」
 怒声で目がさめた。
もちろん、ヤツの。

 三本の刀をそばにおいて、床の上に座ったまま寝入っていたようだ。変な姿勢のせいで身体が少し痛い。



 目の前には、もうスーツをしっかり着込んだサンジが俺を見下ろしていた。ムダに偉そうだ。

「俺は朝飯つくりにキッチンに行くんだが。今日もついてくるか?」
「―――――――――――――――― ああ」
 頭がハッキリしない。数秒たってから、俺はやっとうなずいた。



「―――― 熱心だな」
 相手は肩をすくめる。寝てりゃいいのに、と言いたいようだ。
もちろんそんなわけにはいかない。俺はゆっくり立ち上がる。睡眠不足のせいか、クラクラした。


 ―――― そういや昨日も、一昨日もサンジの脈を確かめながら眠りについた。
 つまり手を握ってたんだが・・・・・・・・・・。いや、握るってんじゃなくつかんでたんだが・・・・コイツのが早くに起きてたんだが・・・・手は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「・・・・・・」

 ―――― 考えないどこう。

 アイツも寝相はそんなよくねーし、いつの間にか離してたに決まっている。ってかそうじゃなかったら絶対文句つけてくるだろうしな・・・。



 スタスタ進むコックの後を追った。
階段を上り下りする際は必ず気をつけろよとひと声かけた。荷物は自分が持つことにした。サンジが足をすべらせでもしたらすぐ助けられるよう備える。

 食中毒ってのも船じゃ多いと聞くから、使う食材は悪いものがないかよくチェックするよう注意した。
シロートに口を出されるのはプロ意識にひっかかったらしく、逆に怒られた。







 そんなこんなで四日目が始まる。








 サンジはまず倉庫に行って野菜を取ってきてから、キッチンで朝食の準備を始めた。
 ここより倉庫の方が温度が低いから、冷蔵庫にいれられないものはギリギリまで倉庫に置いておくのだそうだ。

 レタスを洗って、ひと口サイズにちぎって皿に盛っていく。その上に切ったトマトやゆで卵・コーンなんかをぽんぽんリズムよくのせていく。
 やってることは単純だが、とにかくはやい。



 ――――ま、すごいよな・・・。


 ヒトが料理している所などまじまじ見たことがないから比較はできないが、この男は料理人として『すごい』んだろう。実際、どううまいかは分からないが出されるメシはうまいし。

 朝食は手軽なものが多いが、昼や夜はかなりこみいったものも作ってるし。

 その手順の面倒さには見てるだけで疲れてしまいそうだった。
それを(少なくとも俺が見てとるに)嬉々としてやってるんだからよく分からない。俺も修行はきちんとやるが、そこまで『楽しい!!!』と思ってやっているわけではない。強くなるためだ。



 三日も離れずにいると、段々サンジも俺も相手がそばにいることに慣れてきた。
 初日の頃は俺になにかとつっかかってきたのにやけにおとなしい。おとなしいというか穏やかだ。機嫌は決して悪くない。


 今も料理しつつ、バラティエの話をしている。
ルフィ達とよくその話をしているのは知ってるが、俺にあのレストランの話題をふったことは今までになかった。しかもシラフで。

「クソジジイがよ、茶がいいって言ったんだぜ。うちはたいていレモン入れたミネラルウォーターとか炭酸水なんだけどな」
 さすがに料理台の前には回りこめないから、俺に見えるのはサンジの後ろ姿だ。ぱたぱたと動きつつ、対照的にゆったりとしゃべっている。低めの声は抑揚が少なめだが聞き取りやすかった。



 ―――― 話す内容は俺たちが初めてバラティエを訪れた時の話だった。
こいつが仲間になる前。俺にとってただの「いけ好かないウェイター」だった。


「お前はイーストブルーでも東の国の出身なんじゃねーかって、クソジジイが。いつか聞こうと思ってたんだよなそーいや。そうなのか?」
「ああそうだ」

 背中に返事をした。

 洋風レストランには珍しく緑茶が出されたのは義足のオーナーのはからいだったらしい。粗茶とか言ってたがうまかった。

「東の国はみんなミドリの髪なのか?」
「いや、んなこたねぇな。黒髪のが多かった。ルフィみたいなカンジだ。も少し肌の色は薄いけどよ」
「へぇ」



 なんか――――

 こいつと話す時間を気に入り出している自分に気づく。
今まで本当にまともに話していなかったんだということにも気づく。

 酔ったときと、ケンカした時。

 それが、俺たちの会話の全てだった。当然会話といえるものではない。
酔ってるときはサンジは自分本位に言いたいことを言ったりすぐつぶれるだけだし、ケンカの時は罵倒のぶつけあいだしな。

 こんな風に互いのことをしゃべったり、自分の言葉に相手が反応して言葉を返してきたり・・というのは、本当に初めてだ。




 意外に物を知っている。
でも知識は偏っていて、料理だとか服だとか、趣味方面にはめっぽう強いが当たり前のことを知らなかったりする。海の暮らしが長いせいで、陸の習慣にもうといようだ。


 学校のこととか。
家ってのがどんなカンジだとか。
山林とか田んぼとか。




 俺が田舎の話をすると、サンジは笑った。

「行ってみてぇな」
 と笑った。

「ナミさん達とみんなでよ、お前んちの――――えっと、ドウジョウ??、そこ行きてえ。広いんだろ?。で、床が草なんだろ??」
 実物を見せられないのでどうもサンジの中の道場と畳はかなり違ってる気もしたが、俺にとっては当たり前のものをみたがるこいつを少しカワイイと思った。




 見せてやりたい――――

 とも思った。


 見せてやりてぇ、できるなら――――



「・・・・・・・」

 違う。

 見せたいじゃない。『見せる』んだ。




 先は、いくらでもある。俺たちは、「いつか」なんてそんな漠然とした約束をしてもいい権利がある。
グランドラインを回った後。そんな未来の話をしてもいい。




 死なせないっていうのは、そういうことだ。




 唇をかみしめた。



「おい――――」
 連れてってやるよ、と言おうとした時、キッチンの扉がどーんと開いた。にわかに室内が騒がしくなる。
 朝食を求めにやってきた空腹船長の出現で、俺は気恥ずかしくなって言葉を飲み込んだ。














 俺がサンジに急に近づいたことに、仲間たちも最初は驚いていたがすぐに慣れたようだ。

 ルフィはもともと細かいことを気にするタチじゃなく。
サンジといるとキッチンにいることが必然的に多くなる俺に「つまみ食いさせてもらってんじゃねーだろーな」と警戒の目をよこすくらい (そりゃちょっとはあまりをもらったり味見とかしてるけど)。

 ナミは何かその独自のカンで感づいてるみたいだが、とりあえず俺に協力的に傍観している。
 問題の航路は海流の関係がどうのとみんなに(多分方便の)説明をしてずらしてくれた。比較的平和な海域をウロつくことになっているはずだ。俺にはいつものごとく今どこにいるのか皆目ナゾだが。

 ウソップは「フシギなこともあるもんだ」みたいに驚いてたが、なぜか喜んでいた。ここ数日、ケンカで船を壊してないからだろう。


 ケンカなんてできるか。俺たちのケンカは平気で刀つかってやりあってたんだからな。こいつに刀を向けるなんて今じゃとてもできない。俺のせいで死んだら本末転倒もいいところだ。




 ――――早くまたケンカできる状況になりゃいいがな。

 ・・・・・・・・・・・・・別にケンカしたいわけじゃ全然ねぇが。



 ともあれ、一緒にいる時間が増えたのに、逆にケンカは減った。たまに言い合いになる程度で深刻なものはひとつもなかった。
 今日の朝食前の空気みたいに。互いのことを話したり聞いたりさえするようになった。きちんと顔を見て会話するようになった。
 俺の歩みよりもあるが、ひょっとしたら向こうも努めて友好的に接しようとしてるんだろうか、と思うくらいだ。正直、ちょっとのことでぐらつきそうな今の俺の精神は、その原因でもあるアイツの態度のおかげで癒されてる。自覚がある。






 まだ四日目なのに、俺とサンジが一緒にいるのは普通のことのように受け取られていた。俺もそう思い始めていた。

 昨夜はあれほど不安になって細い腕の脈を女々しく数えていたのに、こんな日がずっと続く気がした。








「あ、ナミさん、ちょっと食糧のことで相談があるんですけど」
 昼食後、キッチンで海図を書き始めたナミにサンジがもちかけた。
当然俺もそばにいすわってたのだが、

「わり。ちょっとだけはずしてくれねぇ?」
と言われてしまう。

 穏やかに、しかも申し訳なさそうに頼まれてしまうと、むげに断りにくかった。
「キッチンの外にいるからな。五分くらいですませろよ」
 それにナミもいるし・・・とテーブルに座っている航海士を見て、俺は部屋を出た。




 食糧のこととか船の管理については、サンジとナミが担当だ。俺には分からない話だろうし・・・だからといって席を外させることもないと思うが――――。

 まさか、口説いてたりとかはしてねぇよな?。

 それはないだろう。ナミは別にサンジを特別視してないハズだし (さすがに好きな男をああもコキ使う女というのは考えにくい)、サンジも紅一点だから大事にしてるが、結局は仲間として見てるはずだ。

 キッチンの厚い扉を閉めてしまうと、中の様子、特に声は全く聞こえなくなるから正直気になった。この数日、本当にずっとそばにいたからその姿が見えないのもなんとなく落ち着かない。

 手持ち無沙汰だ。空を流れる雲をなんとなく数えるが、のんびりゆっくりと動く雲に逆にイラついてしまう。


 ――――五分五分五分・・・。


 五分・・・たったか?。
たったよな、そうに違いねぇ!!



 結局、俺は自分からドアを開けた。



「――――カップラーメンもできないわよ」
 ナミがあきれはてた冷たい声で俺をニラんだ。
サンジは何がおかしいのかケラケラ笑っていた。







つづく


ほとんどがイーストブルー出身の中、サンジさんの北生まれはホントツボ・・・。
伊田くると


ナミ 「あんた、数も数えらんないの?」
サンジ 「一分は60秒だから、かける5だぞ。できるか?」
ゾロ 「・・・・・・・・・・・・・・・(怒)」

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