損な性分だ。
お前といると俺は損ばかりしてる。
(ナミの命令でむりやりに)買出しにつきあえば、荷物もちとして ここぞとばかりにめちゃくちゃ酷使されるし。
重い荷物持って店の外でけなげに待ってやってる俺を忘れて店員となんたらレシピがどーのスパイスがどーのと盛り上がってやがったりするし。
女好きなコックは、その反対の俺が気に食わないよーで、年中ケンカ売ってくるし。俺もつい買ってるし。おまけにこっちからもつい安く売っちまったりするし。
軽率で軽薄で、―――― もちろんそれだけじゃないことも知ってるが――――友達になりたいタイプでは決してない。どちらかというと離れていたい類の人間だ、あいつは。
なのに。
これから十日間、つきっきりでメンドウ見てやるってのにヤな顔されて・・・。
誰のせいだと思ってんだよ?!!。
―――― ったく、損だ・・・。
そして触れたら 3
「なんで俺の後 ちこちこついてくんだよっ!」
サンジがキレたのは。
朝食の片付けが終わって、みかん畑の雑草抜いて(なんでテメェでやんねぇんだナミ・・・)。
昼の用意のためにキッチンに行って。
足りない材料を調達に倉庫に出かけようとした時だった。
そのコックのすべての行動の後についていってた俺に、とうとうキレたわけだ。
別に『ちこちこ』ついて行ったわけではない。ただ視界に入らなくなったり、射程距離を外れると困るので追っていただけだ (ついてってただけで手伝ってはいない)。
何があっても対応できるように気を張って待機してるというのに当の本人から怒鳴られる。
なんつーハラのたつ話だ。
まあ、サンジ本人には二度も死の前兆を見た話はしていないから、俺の挙動が分からないのもムリないが・・。
「・・・・・・・気にすんな」
「気にするわっっ」
「ただの気分だ」
「どんな気分で男のケツ追っかけてんだテメェはっっ」
―――― ごまかそうとしたら逆にもっとキレられてしまった。
ごまかし方が悪かったか?。
しかし、素直に話す気にはなれない。
昨夜だって、『怪談』とコメントしていた。作り話だと思ってたんだからな、こいつは。
言ったところで信じやしないし、またケンカのきっかけになるだけだろう。
―――― 第一・・・「お前、死ぬぞ」なんてセリフ、どんなカオで言えってんだよ。
サンジはまだきゃんきゃんわめいている。
こうして話していても、その声がふっと途絶えて聞こえなくなるのではと俺は内心気が気でない。
曖昧な感覚。
日常の中の中にひそんでいる、落とし穴のような。
それが訪れる瞬間を、俺は恐れていた。
「二度と俺の後ついてくんなよ!!、今度やったらマジオロスからな!!」
「それはムリだ。ガマンしろ」
「なにがムリなんだてめぇっっ」
キッチンから出たところで船中に響きそうな音量でキンキン怒鳴るサンジに、甲板にいたナミが苦笑して顔を向けた。
「サンジくん」
「はいナミさんvvv」
サンジはびっ、と瞬速の勢いでナミのいるパラソルの下へとダッシュした。離れたあいつを追うために、俺も足早にそちらへ向かう。
「ケンカは聞こえたわ。お互い主張があるときは、コインで決めるのがいいって、私の尊敬する盗賊のお頭が言ってたわよ」
チェアに座ったまま、ナミは前に並んだ俺たちふたりを交互に見やった。教師ができそこないの生徒にそそぐような眼差しで。
普段なら、俺たちが船を壊すほどの規模のケンカにならない限り出てこねぇのに。早い仲裁が少しひっかかる。
しかし、こいつが尊敬する盗賊って・・・というのも気になったが、聞かない方がいいだろう。
「コインで決めましょ。サンジくん、表・裏どっち?」
ナミはどこから取り出したのか10ペリーコインを見せ、尋ねた。サンジは目をハートにして表 !、と答えた。
じゃ俺は裏か。
つーか、コインで決めるもなにも、負けたからといって離れるわけにはいかないんだが。
ナミはしかめっ面の俺を一瞥して人の悪い笑みを浮かべた。それから、慣れた手つきでピンッとコインをはじく。
高く垂直にあがったコインは、最高点に到達した後また航海士の手の甲へ素直に戻る。それを空いたもう片方の手が覆った。
いったん隠されたコイン。が、大してもったいつけず、すぐにナミは指をオープンさせる。
コインの上の面が俺たちに見える角度に傾けられた。
「裏よ。サンジくんの負け」
「えーーーっ」
「文句は許さないからね。ゾロの好きにさせなさい」
ナミが丁寧語で言い聞かす時はかなり強い命令を指す。
サンジはまだぶーっとしていたがしぶしぶといったカンジでうなずいた。
コインで負けたところでひく気はなかったが、これで大義名分が手に入れられると俺は悪くない気分だった。俺が100言い聞かせるより、ナミが1命令した方がコイツには確実に効く。
「・・・でもよ、なんでついてくんだよ」
ずっとナミばかり見ていたサンジがやっと俺に視線を移す。ニラむように。負けず嫌いなコイツは、たわいないギャンブルとはいえ敗北したことが気に食わない様子だ。
―――― 「なんで」か。
聞く気持ちも分かるが、聞かれても困る。
グッとつまった俺に気づいたらしいナミがまたいいタイミングで話題を変えてきた。俺も珍しいことをしているが、コイツも珍しく俺に協力的だ。
「賭けに勝ったんだから、ゾロは要望を言ってちょうだい。私が証人になるから」
「――――ああ頼む」
ナミを一瞥した後、俺はサンジに目を戻した。
ムッとしたような、困惑したような、でもやっぱり怒ってるような、そんな顔で俺をニラんでいる。
「俺の要望は――――――――」
望みは――――――――
――――――――お前を、死なせないこと。
浮かんだ言葉を言うのはよした。
サンジに向き合うのがなぜか嫌で、俺は顔を背けた。そういえばコイツは、昨夜の俺とのやりとりを・・・あの酒の場での俺の話を覚えてるんだろうか?。関係のないことが頭をよぎり、緊張する。
ためらった末、やっと出てきた言葉は少しかすれていた。
「―――― 俺のそばにいろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
サンジは返事をしない。
じれた俺が目を向けると、びっくりした顔でこっちを見返していた。
昼間なこともあって、強い日差しにすけたサンジの眼は水色より薄く見えた。
希薄だ。
「―――――――― なんで?」
やっとサンジが声を出す。
またなんで、だ。
イラついて話題を変えた。さっきのナミを見習って。
「俺の要望を聞けよ。俺のそばにいること。勝手にいなくならないこと。次に何をするか説明してから動くこと。――――――――『なんで』と言わないこと」
「多いんじゃねぇか?」
サンジの不満には、ナミがかわりに答えてくれる。目はすでに読みかけの新聞に戻されていた。
「大別すれば二種類でしょ。ゾロのそばにいてその理由は聞かない。これだけよ」
「なん――――」
『なんで俺がそんなことを』、か、または『なんでそんな要望を』、か。
とにかくサンジはまた「なんで」を言いそうになってあわてて口をつぐんだ。そのしぐさはマズイことを言って怒られるのを怖がるガキみたいで(つーかそのままだな)、俺は笑いたくなる。
「別に一生ってわけじゃないみたいだし。そうよねゾロ」
「まぁな」
とりあえず一週間・・・・だな目安は。そう断定していいものかも微妙なんだが。
「ね、害はないんだからいいでしょ?」
「―――――――― ハイ」
途方にくれたのかどーでもよくなったのか、サンジは無抵抗にしょぼんとしてうなずいた。
こいつの立場になって考えてみたら、まあワケがわからんだろう。そこはいくらか悪い気もするが・・・言った所で信じねぇじゃねぇかよコイツ。
「じゃあ・・・俺、野菜とりに倉庫に行きてぇんだが」
俺の『要望』通り、サンジは次の行動を説明した。
「分かった」
答えると、また不可解を顔にはりつけた表情で、でもナミにあいさつして背を向ける。
もちろん俺も黒スーツの後を追う。
後ろから、ほんの少しいつもより低い声がかけられた。歩みを進めるサンジの耳に届かないほどの声音で、
「理由はきかないけど、協力するわよ、ゾロ。あんたにとって大事なことなら私たちにとっても大事なことだって覚えてて」
『―――― もっとも、私はタダじゃないけどね』
最後に付け加えられた声だけは、いつも通りヒトを小ばかにした口調だったが。
―――― ホントに、いい女だな、お前。
「ああ」
振り返らずに答えた。
午後の健康診断で、サンジに異状は見つけられなかった。
ホッとしたような、また少し残念な気もあった。
もしハッキリ分かる病気だったら、対処方法もわかったろう。
不治の病で余命幾ばくも・・・というのなら、正直もう俺じゃどうしようもないしな。それが寿命だったということだ。
チョッパーの診断したカルテを見せてもらった。
プライバシーがどうのとチョッパーは嫌がったが、そばにいたサンジ本人が許可したからだ。
といっても、自分の目でしげしげと見たところで医者のカルテが読めるわけもなく、説明してもらうハメになった。
ドラム王国でやった背中の傷はもう完治していること。
アラバスタでこりずにまた骨をやったが、そっちも経過順調で問題ないこと(血液検査までやらせて、二日後その診断も見たがやはり問題なかった)。
身長のわりに体重がたりないのが少し心配なくらいだ、とチョッパーはしめくくった。
チョッパーに 読めないカルテを返す俺を、タバコをくわえたサンジがじっと凝視している。
男部屋は換気しにくいため禁煙だ。タバコはくわえてるだけで火はつけられていなかった。
その視線に気づいて振り返ったから、必然的に目が合った。サンジは無表情だった。でも困惑している気配を感じる。
――――『なんで』が言いたくてたまんねぇってカンジだよな・・・きっと。
チョッパーが大事な医療カバンをたたんで男部屋を出て行こうとハシゴをのぼる。その手足じゃ大変そうだが、もう慣れたのか器用なもんだ。
出て行く時俺に向かって、
「ゾロ、少し睡眠不足みたいだからきちんと寝なきゃダメだぞ!」
医者らしい警告をした。
俺の健康診断の結果、エラーはそこだけだったらしい。
チョッパーがいなくなったのと同時に後ろから声がかかった。
「寝てねぇの?、昨日」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺はお前にひとつも質問できねぇのかよ?」
さすがにイラついたのか、サンジがタバコに歯をたてた。
無視するように黙ってしまったのは昨夜のこいつの腕の重さを思い出してしまったからだ。慌てて首を振った。
「わりぃ。あー、・・・昨日は、寝てねぇ」
「夢見でも悪かったのか?」
『なんで』が言えない反動か、重ねて尋ねてきた。
夢。
その言葉に、俺には珍しい着想がわく。
「ああ、夢見が悪くて―――― それで」
「―――― お前がいなくなる夢みたから・・・」
悪くないイイワケな気がする。
実際、本当のところとそう外しているわけでもねぇし。これならそばにいるってのもナットクいくよな?、よし。
しかし、「なるほどそっか」と言ってくれると思った相手は、ぽけっと俺を見返していた。
そして大爆笑。
さっきまでのピリピリした雰囲気をすっとばし、げらげらと大笑いしている。
なんだ?、ウケを狙ったつもりは(当然)ねぇのに・・・。
笑いの発作が終わるまでしばらくかかった。床を転げてたサンジがやっと起き上がり、俺の方を向く。目は涙でにじんでいた。
「分かった分かった。困らせて悪かったよ。ったく怪談なんてすっから怖い夢みんだよ、オコチャマめ」
サンジはまだ笑っていた。
いいアイデアだと思ったが、確かに夢の内容が怖くて悩むなんてとんでもなくガキっぽい。失敗だった。
恥ずかしくなって俺は壁へ顔を背ける。
やっと笑うのをやめたサンジは、ムリヤリ俺の肩をひっぱり自分の方を向かせた。こいつは本当に底意地が悪い。
わざときっちりと目線を合わせ、口の端を上げて俺に笑いかける。
「いーぜ?。お前が安心するまでそばにいてやる」
「―――― そう願うぜ」
大マジメに答えるとまたサンジはゲラゲラと笑った。
気楽なもんだ、こっちは真面目どころか本気だ。今日は一日目。くいなが死んだのは『予兆』からたった二日後だった。
「ココ出て、んで夕食の支度しにキッチン」
サンジはタバコの先を上に向けてキッチンを指した。
『きちんと行き先を告げてから行動』。
ちゃんと守る気になったらしい。
「ああ」
俺が答えると、
「『そばにいろ』って、なんか口説き文句みてぇだな」
一歩踏み出したサンジが俺を振り返った。
は?、と思った。
何か言い返そうと思って、
何も言えず黙った。
フザけた口調でフザけた言葉を吐いたクセに、細められた青い目はとてもキレイだったから。
ナミさん公認のストーカーゾロ。
私はストーカーゾロばっか書いてる気がする・・・(それもどうだろう)
伊田くると
ナミ 「もちろんイカサマよ?。コインの裏表なんて。楽勝」
ゾロ 「すげぇな (航海士より詐欺師になりゃいいのに・・・)」
(back)
02 12 28