この船にいると、昔のことはあまり思い出さなくなる。
思い出してるヒマもないし必要もないしな。
しかしそうも言ってられない状況になってしまったため、俺は昨夜からずっと過去の記憶を延々たどっていた。どうせ眠れなかったからちょうどいい。
快適とはとてもいえない気分のまま、必死でさかのぼり日数をたどる。
ますます気が滅入った。
―――― それは、あまりすすんで思い出したくはない記憶だ。
そして触れたら 2
死の感覚。
その前兆。
知覚したのは、くいなの時が初めてだ。昨夜、酔っていたサンジに聞かせた話。
別れ際のくいなの言葉が聞こえなかった。俺に向かって、なにか言ってたのに。
死んだのはその二日後。これは間違いない。
くいなの次は母親だった。
病気でもなんでもないのに、ある日腕にさわったらまるで体重を感じなかったことがあった。怖くなって何度もそのことを尋ねたが、当然母に自覚症状などなくて、うやむやになった気がする。
この出来事は父親も覚えていた。
「いきなりおかしなこと言い出しやがって」と後に思い出話として聞かされたからな。
もちろん重さを感じなくなるのは一瞬だけだったから、次に触れた時はしっかりと生きている重みを確かめられて、安心したことも覚えている。
それから一週間しないくらいか。普通にいつもどおりに生活していたので日付がハッキリしない。平和な日々の延長だった。剣のことばかり考えていた。
でも、港街に買い物に出た母親が海賊に襲われて死んだのは、そのできごとから遠くなかった。
その次は――――、また身内だ。年上のイトコ。
よくは覚えてないが、けっこうなついていた。肺が弱い人だったから田舎にあった俺の家に療養に来ていたんだと思う。
寒くて雪が降った日、バケツに水をくんでおいて、それが氷になったのを見せた。
鏡のようにはっきり姿かたちが映るのが面白いねとその人は言った。俺もそう思った。
そして、一瞬だったが、その氷面に彼の姿が映らなかったのに気づいた。見間違いだと・・・思っていたはずだ。
死んだのはやはり何日もしないうちだ。
この人の場合、ほかにも何度か似たことがあって、死んだ時、なんとなく「やっぱり」という感じがした。もともと重い病だったから、子供心にも少しは覚悟していたんだろう。
この三人以外にも―――― 何人かに『それ』を感じ、そしてやはりそいつらは時を待たずに死んでいった。
俺はガキで、しくみは分からなかったがその前兆に恐怖を感じた。
『死ぬ』という事実を変えられないものかと悩んだ。
しかし、大剣豪を目指して海に出てから、その予兆にあうことはなくなった。
理由は大体・・・見当がついている。
「珍しいな お前が起きてるとはよ。朝飯だ、早く来い」
キッチンの扉を開け、その扉のすぐ横に立っていた俺を見つけてサンジはたれ気味の目を丸くした。それから皮肉っぽく薄い唇をゆがめて笑う。
そんなトコにいると門番みてぇだな、と軽口を寄越してきた。
「おう」
事実キッチンの近くで『見張り』をしていたので俺は肯定らしい返事をしてみた。サンジは肩をすくめると、もう俺から興味が失せたようで さっさとキッチンへ戻っていった。
その背をなんとなく見送る。
「・・・・・・・・・・」
―――― あの予兆をみる人間は、限られてるんだ。
俺にとって、『他人』でない人間。
くいなも、母も、身内も。それから村のヤツら。
ただの通りすがりのヤツだとか、それこそ俺が倒してきた海賊だとか (こいつらこそ次の瞬間には死んでたりもするのに)に対し、あの感覚を味わったことはない。
俺にとって他人じゃない――――きっと、ある程度は大事に思うヤツにくる、死期。
――――――――サンジ。
キモチの整理がまるでつかないまま、俺はヤツを追うようにキッチンの扉を開けた。
時間どおりに朝食の席に現れた俺に、既に席についていた航海士は「ホント珍しいわね」とコックと一緒になってイヤミを寄越す。
それからほどなくしてメンバー全員が集まり、朝食が始まった。みんな朝からテンション高ぇな。
昨夜は遅かったはずのナミだが、もともと睡眠時間が短くても平気なタチらしい。二日酔いとも無縁だ。いくらかダルそうなコックと対照的に健康的に朝飯をたいらげている。このメンバーだから目立たないが、実は女としてはかなりの大食いだ。
俺はナミと違って睡眠が少ないのは苦手だ。できるなら起こされず寝たいだけ寝たい。昨夜は結局眠れなかったから、体調は心身ともにあまり調子よくはない。
それでも、あたたかな湯気をあげるオムレツやベーコン、野菜がたくさん入ったスープに食欲がわいた。
ガツガツ食いながらも、どうしてもコックに目がいってしまう。
変なパンダの絵の入ったエプロンをつけ、猛然と食うルフィのメンドウをみつつナミにしっかりサービスも忘れず、朝から忙しい。
俺の胸中など全く知らないサンジは、追加の皿を片手に二枚ずつ安定良く持ってテーブルに並べていく。なめらかに動くその腕が昨夜綿のように軽かったなんて、信じられなかった。
――――まさか死因は過労とかじゃねーだろーな・・・。
心の中でつい思ってしまい、オイオイと自分にツッコんだ。少し不謹慎になってしまったのはキッチンの雰囲気のせいだろう。
キッチンはその人数に比例してさわがしい。
その雑然とした、でも暖かい騒がしさに、みんなと食う朝食は本当にひさしぶりだと思い出す。
先に言った理由で朝が遅い俺は、いつも寝過ごして昼メシと一緒になっちまったり、遅れてとることが多い。
以前のこの船だと保存食やインスタントが主で、配分も厳密じゃなかったので食事に遅れると本当に食いっぱぐれることになった。
が、プロの料理人が来てからは遅れてもあたたかい食事を(小言つきだが)用意してくれるし、朝食と昼食が一緒になった日は頼まずとも夜食も出してくれる。
便利になったもんだ。
その料理人に訪れている(であろう)、危機。
―――― やっぱ・・・知ってて何もしないってのは寝覚めが悪いよな。
「ナミ、次の島にはいつ頃つくんだ?」
食事を終え、サンジのいれた紅茶をきどったしぐさで飲んでいたナミが俺の質問に眉をひそめた。
「なに?、ホントに珍しいことづくしねアンタがそんなこと聞くなんて。・・・そうね、順調にいけばあと五日かな。サイクロンにでもあって進路ずらしたりとかがあるとズレ込むかもしれないけど」
航海士として優秀なんだろうナミは、あまり悩みもせずに名言した。
「どんな島か分かってるのか?」
「ううん、詳しくは。でもアラバスタ近辺の島はわりと文明国が多いのよ。だから港町くらいあると思うけどね」
治安について聞きたかったが、ナミも詳細な情報は持っていないようだ。俺は舌打ちをこらえてうなずいた。
ウソップとチョッパーも、珍しい俺とナミのやりとりをぼけっとして見やっている。確かに、この船に乗って初めての質問だった。航路だとか島のこととか。
本来なら興味はない。俺に決定権はないし、『行けば分かる』くらいに考えている。
「チョッパー」
今度はナミから動物に視線をずらした。ニラんだつもりはないがトナカイはびくっと硬直する。
「なっなんだ?」
「――――島につくまでヒマだろ?。船員の健康診断でもやったらどーだ」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
ルフィにとられる前に、最後のパンを確保しつつ俺がそう言うと、今度こそウソップ・ナミ・チョッパー・それに調理場にいたサンジが完全にかたまった。なんだよ、せっかくさりげなくなにげなく言ったのに。
「ゾロッお前だいじょーぶかっっなんか悪いもんでも食ったんじゃねーだろなっっっ」
「健康診断って・・・あんたが病気なんじゃないの?」
―――― 失礼なヤツらだ。
「う、うん、ちょうどやりたかったとこだし、やるけど――――・・・」
チョッパーはびくびくしつつもうなずいた。
「なんか不気味だなぁテメェ。ひょっとしてあのオカマが化けてんじゃねーだろーな・・?」
サンジがようやく雑務が終わったのかテーブルに近づいてくる。
たまたま空いていたのが俺の隣の席だったのでそこにすっと座った。
片手に持ってきていたみかんジュースを飲んでいる。やはり体調がよくないのか、それが朝食がわりらしい。上品なんだか知らないが、一口に飲む量は少なかった。
にしても、俺がなんか言うだけでニセモノ扱いかよ。
「なワケねーだろ。別にただ思いついただけだ。またナミみてぇなことになったらメンドーだろーが」
ナミが虫かなんかにさされて重病だったのはかなり昔の話だが、サンジは思い出したのか目を伏せた。
「んー・・・まぁな、いい提案かもな」
せっかく医者がいるんだし、病気は早期発見がカギっていうし・・・とサンジとナミは話し出した(ハートの煙をふりまいてムダにくどこうとしてる時よりよほど仲がよさそうに見える)。チョッパーも嬉しそうに参加していく。ウソップは相変わらずウソをついていた。ルフィはただただ食っている。
とりあえず健康診断という俺の提言は通ったようだ。ホッとした。
「お前は二日酔いでひっかかるな」
気が向いたので、ナミと話に花を咲かせているサンジを挑発してみた。
「んだとっ、」
短気なヤツはすぐに乗ってくる。俺の肩をつかんで自分の方を向かせ、
「 」
なにか、言った。
「ゾロ?、どうしたの?」
ナミの言葉が聞こえたのが、それからどのくらいたってなのか、分からない。俺はサンジの方を向いたまま黙り込んでしまっていたらしい。
視界に映った男は、青い目を怪訝そうに俺に向けていた。
「・・・。なんでもねぇ」
俺は慌ててナミに答え、コックからも目をそらす。肩におかれていた なまっ白い手はいつのまにか外されていた。
―――― 聞こえなかった・・・。
昨夜の予兆。
ただ一度なら、それでも、気のせいと片付けられたかもしれないが。
二回目・・・。
みかんジュースをゆっくりと飲んでいるサンジに気づかれないよう、ため息をついた。
――――お前の声。
全然、聞こえなかった――――。
食後、キッチンを出たナミの後を追って俺も外へ出る。
ぶあつい扉をきちんと閉めてから おもむろに後ろ姿のナミを呼び止めた。
キッチンの傍からは離れたくなかったので、こっちに来いと手招きする。
アゴで使われた気になったのか、ムッとした顔をしたナミが不承不承といったていでやってきた。
「なによ」
「食糧はまだ十分あるんだろ?」
「―――― ええ。そのはずよ」
ナミは「今度は何を言い出す気?」という目で俺を見上げた。が、直截に返事を寄越してくるのがありがたい。
「もし今日の健康診断で誰もひっかからなかったらなんだが――――。島につくのを遅らせてくれ。一週間――――できれば十日」
「――――海上にいたいってこと?」
食後そうそうにさわいでるルフィとウソップの声を遠くに聞きながら俺はうなずいた。
「安全な海域にだ」
「―――― グランドラインで『絶対安全』なんて場所はないわよ。でも、比較的、というならこの辺りはまだマシな方だと思うけど・・・、バロックワークスの残党もほとんど海軍が狩ったろうしね」
ナミは流暢に説明した。
話を聞きながら俺は横へ視線をずらす。キッチンの外壁にはいくつか丸窓が備えられているから、そこからのぞけば中の様子が見えた。丈夫なガラスははめ殺しになっていて開かないが、ガラス越しに朝食の後片付けをしているサンジが映っている。
まだ体調が悪いらしくいつもよりキレがないが、それでも手際良く作業している。動くあいつを見てホッとした。
「余所見してないでよ、ゾロ。なんで?。島につくのを遅らせたい理由はなんなの?。きちんと説明してくれなきゃわからないでしょう。」
俺の口調から冗談ではないと悟ってくれたらしいナミは、まっこうから否定するでなく理由を尋ねてきた。
理由は――――。
単純だった。
しかしそれをうまく説明できない。
黙り込んだ俺に、ナミがため息ひとつ。
「――――利子10倍ねロロノア=ゾロ。この10日間の間にきちんと理由を説明できないっていうなら、一生私の下僕よ」
きつい口調でそう寄越したあと、仲間にしか見せないきどらないツラで笑ってみせた。
それは俺の依頼に対しての了承だ。
「助かる」
頭を下げた。
利子10倍だし。
ヘタすりゃ下僕だし。
頭まで下げたし。
―――― 何やってんだか、俺は。
考えもまとまらないまま、でも動きだしちまってる。
―――― だって、寝覚め悪いじゃねぇか。
あの頃と比べて、俺は成長してるはずだ。
『対策』が講じられるだろ?。
まず、できるだけ危険の少ない場所にいること。
グランドラインだから難しいが、仔細不明の島におりるよりは、精通したこの船にこもっていた方がいいに決まっている。比較的安全な海域にいれば敵襲もそうはない。
天候という恐ろしい敵は始終待ち構えているが、そこはナミを信頼している。あいつがいれば天候のせいで死ぬことはないだろう。
食糧も問題ないという。まあ、これは後でコックに念を押さないといけないが。
―――― もし、あいつが病気だったら。
健康診断を頼んだのは、もちろんサンジのことを考えてだった。
風邪もひいたことないと言っていたが、だからといって一生病気をしないわけでもない。ナミのようにヨソから病気をもらってきちまうってこともあるし。
これをまず考えたのは、肺病で死んだイトコの件があるからだろう。
今では、あの病気は薬で治るのだという。彼の場合、当時は治療法もなく本当に病死だったから俺にはどうしようもなかったが。
もしサンジがなにかの病気にかかってたとしても、早めに治療すれば助かるってこともある。早期発見が大事だと、あいつ本人が言ってたしな。その通りだ。
無言のままキッチンに入った。テーブルを片付け終え、皿洗いに入っているサンジが一瞬だけこちらに顔を向ける。が、すぐに んべっと舌を出された。
さっき二日酔いをバカにしたことをまだ怒っているらしい。
――――ガキくせぇ。
笑いたくなった。
だって、寝覚め悪いじゃねぇか。
お前のことは嫌いだが――――。
それでも、他人じゃねぇからな。
だって、寝覚め悪いじゃねぇか。
簡単には死なせねぇよ。
つづく
やけにゾロとナミがからんでいる・・・なぜサンジさんはそれを黙認しているのか謎。
伊田くると
ナミ 「下僕に・・・といっても力仕事にしか使えないわよねゾロなんて」
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