ふと見て、触れて。

 なんとなく。

 感じることがある。



 それはとても曖昧な感覚だ。





 そいつに触れてるのに、その体重がおかしいくらい軽く感じられたり。
―――― それはまるでコドモの腕のようで。


 一瞬、そいつの姿がガラスだの鏡だのに映らなくなってたり。
―――― 「あ?!」と思ってあわてて見直すと、ちゃんと映ってるんだが。


 しゃべってるのに、その声が聞こえなかったり。
―――― 口がぱくぱくと動いてるだけで、セリフがまるで耳に入ってこない。






 その感覚。
ガキの頃から幾度も知っている その感覚。






 俺のそばにいる人間にそれを感じた時、

それから さほどもしないうちに
みんな死んだ。






 それはとても曖昧な感覚だ。


 だが分かる。
これは、そーゆーヤツの出す『サイン』なんだと。きっと本人達は無自覚に出してるサイン。





 『死ぬ前兆』


 そういったものを、俺はなぜか感じ取ってしまうらしい。






 ただそれだけの話だ。











そして触れたら





 それは、俺たちにしては珍しく穏やかな酒の席だった。


 ナミが
「お酒はほどほどにね?」
 と 年上のコックの倍以上飲んでたとは思えない図々しい注意をした後 部屋に帰っていって、俺とサンジのふたり、なんとなくずるずると飲んでいた。

 サンジは席をたって片付けようか、いやもう少し飲んでいようか、と判断に悩んでいる様子だったが、やはりずるずると俺の隣で ちびちびやっていた。
 酒の好みが違うのでお互い手酌で別の酒を飲む。サンジはナミ用に持ってきていた果実酒を。俺は日本酒とブランデーだ。

 シーンとした雰囲気は好きでないらしいサンジが俺にしきりになにか話せと促してくる。
 ナミがいなくなってつまらなくなったんだろう。
こいつが喜びそうな話など してやる気もないし 実際俺も無口なほうだ。

 ケンカにならなかったのがおかしなくらいの押し問答をした後、結局昔話をひとつずつしていくということに落ち着いた。むこうはかなり酔ってて、なんでもいいから話せとうるさかった。

「じゃーもう昔のことでもしゃべれよ。昔話!!!。あんだろそんくれー!!」







 ―――― 俺はくいなの話をした。

 アイツが死ぬ少し前の日の話だ。




 なんでこんな酔っ払いに大事な親友との思い出を語ってるのか、なんで・・・・・・決して明るくはない話題を選んだのか、俺自身よく分からない。

 今まで誰にも話したことなんかなかったのに。


 サンジは機嫌よく酔っていたし、こんな酔い方をした時のこいつは たいてい記憶をとばしてつぶれるから気安かったんだろう。酔っているときの方が扱いやすくて普段よりはムカつかないというのもある。


 話をねだったコックは本当にしっかり聞いてるのか はなはだ不安だ。が、それでもマジメっぽい顔で黙って耳を傾けている。
 絶え間ない波音と弱い風の音、それと俺の声だけが夜の甲板に響いた。




「あいつが別れ際に言った言葉が聞こえなかったんだよな ――――」



 ―――― くいな。

 ―――― ふたつ年上の剣のライバル。

 といっても、勝てたためしはなかった。

 いつもどおり、あいつとの打ち合いに俺が負けて。
真剣まで持ち出して挑んだのに完敗で。

 ―――― くやしかった日。



 くいなは、自分は女だからいつか俺に負けると言った。俺にはそうは思えなかった。

 あいつは倒すべき目標だった。いつかは勝ってみせる。
でもそれは俺が男だからでも、くいなが女だからでもない、―――― ガキだったがガキなりにそう考えた。今でもそう思っているが、勝ち逃げされたままだ。





 勝負の後、ふたりで帰った。
並んで歩くのはなぜか気恥ずかしくて、くいなの二歩ほど後ろを歩いたのをよく覚えている。道中 何を話したかは、さっぱり忘れてしまったのに。

 先にくいなの家についた。辺りは真っ暗だ。田舎だからみんな夜がはやい。


 別れ際、俺より少しだけ背が高かったヤツが俺の頭を乱暴になでた。


 そして、



「            」



 笑ってなにか言った。





「?」

 全く聞こえなかった。

 風のせいかと思ったが、風なんてまったくなく。すぐ横にあった樹齢何百年とかいう大木はまるで揺れてなかった。小さな葉の一枚も。





 ―――― なんだ?・・・。


 と思った時には、もうくいなの後ろ姿しか見えなかった。静かに戸を開け、屋敷の中へ消えていく。


短髪の黒い髪。
細い背中。
駆けて行く白い足。




 なぜか、ゾッとした。














「・・・・・・それから二日後、かな、死んだのは」



 階段から落ちたとか。そんな不慮の事故だった。

 あの時は知らなかった。


 声が聞こえない。しゃべってるのに俺に届かない。


 別れ際の『あれ』が、死の前兆だったなんて。




 くいなが死んだ時はショックが強くて、そんなこと思い出しもしなかったが。
その後も何度も似たことがあった。コドモ心にもだんだん分かってきた。


声が聞こえない。
触れた部分の体重を感じない。
存在が希薄になる。
鏡にうつらない。


 それは一瞬の時間だけだったが。
生きている人間にそれを感じると、そいつはもう長くない。








「・・・・・・・・お前・・・」

 話にキリがついたところで前方の黒い海から横のサンジに目を向けると、コックは呆然として俺を見ていた。



 が、
「こんな夜ふけに怪談しだすヤツがあるかよーっ!!、信じらんねえ!」
 くるくる回ってる眉にシワをよせ、俺の胸倉をつかんで怒り出す。酔って力が入ってないから大して苦しくなかった。とりあえずうざい。

「怪談じゃねーよ別に !。ただの話だ」

 事実だし。


 でも話したことをなんとなく後悔した。
怪談と感じたということは怖がらせたということだ。話の内容にか、または俺に。

 やっぱ言わなきゃよかった、と思う。
こんなヤツに、くいなのことも話す必要なかった。



 それに、サンジに『怪談』と決めつけられた あの感覚は最近はごぶさたなのだ。子供の頃は頻繁にそれがあったんだが。
 海賊になって実戦で剣をふるうようになり、より死に近くなったというのにそれを感じない。五年以上にはなる。

 もうそんな力 (って言っていいのか?。俺にもよくわからねぇ性質だ)、なくなったのかもしれない。もちろんない方が自然だし、それでいい。


 でも、なくなってはいない気がする。
ここ数年、あの感覚に当たっていない理由は、きっと ――――。




 ―――― まぁ、心当たりはあるんだよな・・・。









「ったく、怖がらせよーったってそーはいかねぇかんな!!。てめぇごときの話術でよ!。俺なんか海育ちよ?!。海の怪談だったら俺 百物語でもイケんだからな!!」

 サンジはまだ俺の服を両手でつかんだまま ぶちぶち言っている。力はさほど入っていないが、重心のバランスがうまくとれないのか、しなだれかかるように もたれてくるのでうっとうしい。
 大体、怒ってるならその相手にくっついてくるなよな。簡単に酔っぱらえて うらやましいこった。



 ―――― こいつそろそろ限界だな。片付けは明日にさせて もう寝かせたほうがいいかな。

 俺はシラフの冷めた頭で、まるで保護者のよーなことを考えた。







 が。


「?!!」



 次の瞬間、俺はすごい勢いでサンジの腕をつかみあげた。無意識のうちの行動だった。



 スーツの上から感じる腕の感触。体温はあまり感じられないのが不安をあおる。

 加減しないでにぎったので、ギリ、と骨の鳴る嫌な音がした。


「ってぇっ!!」
 悲鳴に我に返る。

「・・・・・あ・・・・」
 このままだと骨をつぶしかねない勢いだったことに気づく。

 あわてていくらか力を緩めた。でもサンジの力では払えない程度に強く捕らえ直す。
 きっと今、目の前に敵がいてすぐに刀を取らなければならなかったとしても、俺の手は動かなかったろう。触れないでいるのが怖かった。


「いきなしなにしやがるっっっ」
 囚人のように両腕をとられた相手が怒鳴る。
それに答える気もしなかった。そんな余裕がなかった。

 ただ、ヤツの腕をつかんだまま。
両腕で何度もその手をつかんだりさすったりした。
 生地の上の感覚じゃ安心できず、肌ののぞく手のひらまで腕を伝わらせる。一瞬も離せない。

 腕を上から下へゆっくりとなぞられて、サンジがくすぐったいのか肩をすくめた。


コックにとって命より大事(らしい)手。
ホクロひとつない甲。
やわらかい手のひら。
五本の指。
細くて骨ばったそれを一本一本確認する。肌は白く、酒のせいで少し赤く染まっていた。

 エラーをチェックする技師のように、俺は細かくサンジの手を探った。




「―――― っ。なんだってんだよっっ!、離しやがれっっ」
 俺のタイドに業を煮やし、ヤツがドン、と俺を足で突き飛ばした。反動で手の拘束がとける。

「っ、このクソ酔っ払い・・・」
「・・・」
 酔ってんのはお前だ、とツッコむ気にはなれなかった。俺の突拍子のない行動はそう思われても仕方ないものだったが。

 わずかにふらつきつつも立ち上がり、怒ったままサンジは行ってしまう。
怒鳴ったことで素に返ったのか、酔いも多少醒めたようだ。放っておいても部屋まで帰れるだろう。
 引き止めないことにした。
いや、引き止められなかったのは、きっと怖かったからだ。


 サンジの手が離れた途端、心臓が壊れたみたいに鳴っていた。苦しい。

 こんな感覚は知らない。






 サンジがいなくなる。船室へと消える。


金色の髪。
闇に溶けるような黒いスーツ。
革靴の足音。



 後ろ姿。





 ゾッとした。












「なんでだよ――――・・・」


 ひとり、甲板に残された。


 俺はアイツが消えていった方向を見つめたまま呆然とつぶやいた。声はかすれていて、言葉になっていなかったが。




 酔ったサンジがからんでくるのはよくあることだった。親しい仲間みたいに (まあ一応仲間だが) 肩に触れてきたり、ガキみたいに俺の髪をいじくったり。ケンカを売ってきたり延々とクダをまいてることもある。
 絡み酒だ。そんなところもガキだ。


 今日も酔って。
怪談がどうの、なんて勝手に怒って俺にからみだした。怖がらせるつもりであんな昔話を披露したわけじゃないが。


 俺の胸倉をつかみあげたサンジの両腕。
もたれてきた身体。触れた肌。





 あの瞬間。


 そうだ、ふいにだ。
さっきまで、ほんの一瞬前までは普通だったのに。



 突然。
かけられた負荷が全てなくなったみたいに ――――。





 重みがなくなって ――――。



 まるでコドモみたいに ――――。







「嘘だ――――――――」










「嘘だろ――――――――?」










 それはとても曖昧な感覚だ。






 その感覚。
ガキの頃から幾度も知っているその感覚。






 俺のそばにいる人間にそれを感じた時、

それからさほどもしないうちに
みんな死んだ。






 それはとても曖昧な感覚だ。

 だが分かる。
これは、そーゆーヤツの出す『サイン』なんだと。きっと本人達は無自覚に出してるサイン。






 『死ぬ前兆』


 そういうものを、俺はなぜか感じ取ってしまうらしい。








 ただそれだけの話だ。






 ただそれだけの――――。











つづく



 霊感少年ゾロ。
ちなみに私はゾロとくいなは『あくまで親友』派だったりします。

 
みーちサマ、キリリクありがとうございましたv。
伊田くると

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