自分を、行動できない人間だと思ったことはない。



 むしろ、考えるより先に身体が動くくらい、直情的だと思うときもある。



 恋愛に関しては特にそうだった。
実際に会ったばかりのコでも、いいと思ったらすぐに声をかけるし、「スキになれそうだな」なんて感じたら、もうそれだけでOKだ。
 勘違いでもかまわない。



 なのに。


 こんなに惹かれたのは初めてなのに、

 おまけに、相手から告白してくれたのに。




 答えなかったのも、初めてだった。







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 エースは ちょっと用があるから、と言って大通りで別れたので やることもない俺は船に戻った。俺に気を遣ってくれたのかもしれない。
 告白されたのに何も答えなかった俺に対して、責める言葉はなかった。
むしろ全然いつもとおりで。
 ガキっぽくても やっぱ年上なんだよな、そーゆートコは。


 本来なら 今日は出航のために買い出しとか、俺もいろいろ忙しいはずなんだがな。


 ―――― 船長がいないんじゃ 出発のしようもねぇし。


 朝、ナミさんがとりあえず出航は延期だと決定したから 仕事が浮いてしまったのだ。






 あいかわらずのん気なカオした船首が出迎えてくれる船にあがる。と、甲板から見える街の景色をスケッチブックに描き写していたウソップがいた。陸には下りず、今日はずっと船にいたらしい。
 ルフィについて尋ねたが、まだ帰ってきていない、となかば予想した答え。


「・・・・・」
 時刻はもう二時を過ぎているはず。
普段なら、もうオヤツについてやかましく騒ぐ頃合だった。



 戻っていない、と聞いた途端に曇った俺の顔に気づいたのか、ウソップが慌てて、
「あー、また冒険とかいって足のばしまくってんだろっ。あいつ、夢中になると見境ねーからなーっ」
 ムリに明るい声を作ってくれる。

 長っぱなに気を使われるなんて、よっぽど俺 ブルーなカオしてたんだろーな。

 けど、ウソップのフォローはかえって俺を滅入らせた。



 ――――『冒険』にいくんなら、いつだって弁当ねだるじゃねーか・・・・。


 海賊弁当、とかヘンな名前つけてよ。ガキみてぇにはしゃいで、それ持って飛び出してくじゃねぇかよ。

 さすがにそんなグチは言えず、俺はそうだなと返して背を向けた。キッチンに向かう。
 夕食の仕込みと、船に残っている連中にカンタンなオヤツを作らないとな。



 無人のキッチンに入る。みんなも昼は外食にしたようで、キッチンは使われた形跡がなかった。
 テーブルの上に船医のものらしい ぶあつい専門書が置かれている。読みさしなのか本は開かれていて、俺がドアを開けた拍子にパラパラとページが舞った。
 その軽い音を聞きながら扉を閉め、そのまま壁によりかかる。

 身体が本調子じゃないのは、まだ昨夜の熱が抜けてないからだ。
このまま寝込みたいくらい、力が入らない。


 ――――メシの用意しなきゃな。エースの分はどうすっかな・・・。
 
 ついさっきまで一緒にいた男の顔が浮かんだ。
簡単に別れてしまったが、また戻ってくる気だろうか。
まさか、あれきりということはないと思うが・・・。
何も約束はしていないことに気づく。

 なんのためにこの島にヤツが駐留しているのかも結局知らない。
知りたいとは特に思わなかったし、相手もそうみたいだったから、互いを探るような会話はしていなかった。


 ―――― どうでもいいんだ、そんなこと。


 誕生日だとか、白ひげ海賊団でどんなことしてるのかとか、どんな友人かいるかとか、何が好きかとか。


 そんなことどうでもいい。



 エースが俺を好きだと言ってくれるなら、どうでもよかった。




「・・・・・」

 ルフィ以外は。





 ―――― なんか。
すげー、やな気分。クソ腹立つ。



 帰ってるかと期待してたのに。
こんなに長く、あいつが無断で船を空けたことなんてない。

 船長がクルーほったらかしで。
何やってんだよ。

 頭にくる。









 ―――― こたえられるかよ。


 苛立ちと共に心底思う。


 そこまで無神経じゃねぇよ。
そこまで自分本位じゃない。


 ここまでイヤがられてんのに、エースにスキだとか言ってもらって、喜んでられねぇよ。



「・・・・・・」
 まだ半分は残っているタバコをつぶした。



 落ち着くはずのキッチンなのに、自分の居場所のはずなのに、ここに入り浸っていたヤツのことばかり思い出してしまって胸クソ悪い。



 ――――ルフィ。









「・・・・・・・・」


 さっきタバコをつぶしたのを後悔した。すぐに新しい一本を取り出して火をつける。



 煙を肺まで満たしたところで、扉の外から近づいてくる薄い気配に気づく。

 一瞬ルフィかと思ったが、すぐに違うと分かる。戦闘時とはまるで別物の静かな気配は、剣士特有のものなのか。

 案の定、扉を開けて入ってきたのは珍しく日中起きていたらしいクソ剣士だった。



「・・・・・・」

 暗い色の目が俺をとらえて、かすかに細められた。


「ヒマか?」

 てっきり酒でも取りに来たのかと思ったが、俺に用があるらしい。低い声で尋ねられる。

「出航しねぇみてぇだからヒマだよ」
 火をつけたばかりのタバコの先を見ながらおざなりに答えた。
もう少したったらナミさん達にお茶と軽食くらい出す予定だが、ホントはそれもメンドウに感じられるほど滅入っていた。

 だから当然、こんな野郎と話し込みたくもない。



 ―――― 自分の躁鬱加減は少しおかしいと思う。
さっきまで告白されて浮かれてたのに今度は沈んで。

 調子が狂ってしょうがない。エースのせいなのか、ルフィのせいなのかは分からないが。




「・・・・・」

 ゾロは黙る。
言うことがなくなったのでなく、何かを伝えようとして言葉を選んでいるみたいだった。この男のそんな様子も珍しい。

 興味を引かれて目を向けると、どこか不機嫌そうに眉をしかめて、手持ち無沙汰なかっこうで立っている。刀はさしていなかった。砥ぎに出しているのだろう。


「あんだよ?」

 こちらから水を向けてやると、ゾロはさらに逡巡した後、やっと口を開いた。


「ルフィのいる場所に心当たりがある」


「・・・・・・・!」
 無意識に、もたれていた背中を壁から外す。

 ゾロが数歩こちらに近づいてきた。


「・・・どこだよ」
 クソ剣士につかみかかりたい衝動がこみあがるが、つとめて平静を装った。自分がルフィのことを気に病んでいると、なんとなくこの男には知られたくない。

「言いたくねぇ」
「あぁ?!、何フザケてやがるッ!」
 冷静になんて結局ムリなハナシで、俺はすぐキレた。

「言わねぇとも言ってねぇだろ。ただ、今のお前をルフィに会わせたくねぇんだよ」
「・・・・・・・・なに言って・・・」

 ゾロの声は意外なほど穏やかだった。こんな口調で俺と対話した記憶は過去にはないと感じるくらい。
 つられたのか、俺の怒りもおさまる。
というよりは 少しあきれた。


 ―――― 船長サマ第一主義だからな、コイツ。

 ルフィを怒らせた俺とはあわせたくないと考えるのも分からない話じゃない。


「まーな・・・・俺、嫌われたみてぇだし」


 ――――アイツの兄貴と寝たくらいでな?。けっこ頭カタイのかねアイツ。


 姿を消したルフィのことも、そして目の前の男の態度もなんだか悲しくて、アホみてぇに明るく言ってみた。
 言ってから、俺ってホントに軽薄だ。ルフィに嫌われんのもゾロに軽蔑されんのもしょーがねぇ、と諦観もわいてしまう。



 ゾロは、なぜかビックリしたように目をみはったあと。
「お前がニブイってのは知ってたんだが」
 ため息をついた。

「そこまでバカとはさすがに思わなかったぜ」

 ケンカを売るというカンジじゃなかった。
ヒトがそれなりに傷ついてんのに、慰めもしねーでなんだそのタイドはよ、と毒づきたかったが、剣士のセリフのほうが早かった。


「遊びであの男と寝たんなら、もう二度と関わるな」





 両肩を強くつかまれた。
キッチンの壁に背中を押し付けられる。

 ケンカ腰でもないのに接近されるのも、ケンカ腰でもないのに乱暴にされたのも初めてで、とっさに防戦できなかった。俺は抵抗もしないままゾロの言葉を聞いていた。



 ―――― 関わるな・・・・?。



「どーせ気まぐれの遊びなんだろ?。ならもう、エースとは関わるな」

「・・・・」





「ルフィはお前が好きなんだ」

「――――」

 何言ってんだ、とはなぜか思わなかった。


 まっすぐに俺を見据えている剣士。

 黒だとばかり思っていたヤツの眼は。
深い暗い緑色だった。
群青のまじったその眼の色はとてもきれいに見える。



 俺は言葉を失った。

 恐怖はまるで感じないのに身がすくむ。
このまま剣士に殺されるとしても、指一本動かせそうになかった。


 俺の身体の自由を奪っていたのはゾロの両腕じゃなく、
罪悪感と呼ばれるものだったかもしれない。



 ひと言も発せず硬直している俺に、むしろ優しげともとれる声音でゾロがささやいた。









「どちらか選べ。ルフィを選んだら・・・連れて行く」






つづく


まだいない船長・・
次回よーやく船長復帰・・・のはず。
伊田くると



サンジ 「ルフィの居場所知ってるっつっても、お前そこまで行けんのかよ?」
ゾロ 「――― (怒)」

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