―――― スキかも知れない。




LIKE LOVE
4






 ひと騒動あった通りを抜けて、目に付いた いい香りを出す定食屋に入り、ちょっと時間外れのメシになった。


 食べたばっかなのに、やはりこの兄弟に常識は通用しないのか、エースはまたも三人前以上を平気でたいらげている。
 それにつられたのか、最初は遠慮がちだったガキ (そいや名前聞いてねーや・・・、ま、今さらか) も、けっこういい食べっぷりだ。

 俺も朝は食欲なくて食ってなかったが、やはりふたりにつられて いくらかハラに入れた。
 庶民的な味でなかなかおいしい。

 そう言うと、

「おう。でも、お前のメシのが何倍もうまいぜ」
 エースは口一杯ほうばりつつ答える。


「・・・・・・」
 料理を褒められるのは何より嬉しい。しかも、こんな、当たり前みたいにひょいっと言われるのは かなりポイントが高い。

「おうっ、まあな!!」
 思わず、浮かれた口調になってしまった。




「あんた、料理なんかできんの?」
 フォークの持ち方がちょっとヘンだが、一生懸命ナイフとフォークを使って肉を切り分けていたガキが尋ねてきた。
 すこしは打ち解けてきているらしい。俺とエースの会話を興味深げに聞いている。


 皿を俺のほうに引き寄せて、肉を食べやすいサイズにカットしてやりつつ、
「俺はイースト・ブルー1のコックだぜ?」

「コックなのか。すげぇ!!」

 おお!、ガキにまですげぇとか言われちゃってるよ俺!!。

 と、また嬉しさゲージが上がってた俺だが、そいつの続けた言葉にガクっと肩をおとした。


「全然見えねぇ!!」


 なんだそりゃ!!。
すげぇってそっちかい!!!。

 そりゃ、俺はバラティエでもウェイターに間違えられてばっかだったがよ!!。こう見えても副料理長はってたんだぜ?。ったくよー。

 文句を言ってやろうとしたが、その前にガキが笑った。




「あんた、優しそーだからさ」




 ―――― は?。

 イミがつかめなくて、ナイフを使う手が止まった。



 そんな俺の代わりに、
「―――― コックってのは優しいんだぜ?」
 エースがグラスのワインを飲みながら口を出す。そういうエースの声も優しげだった。


 が、ガキはその言葉に首を振る。
「優しくねぇよ。だって俺、ひでぇ目にあわされてばっかだし」


「・・・・」
 ―――― あー、そっか。こいつ、食い物欲しさに泥棒してるヤツなんだっけな・・・。


 ワケのわからなかったコメントに合点がいった。

 この年だと、店員とコックの差ってのもよく分かってないんだろうが、確かに、つかまったらひどい目にあわされるのは当たり前だ。自業自得って言や それまでだが、そうせざるをえない事情ってのもあるんだろう。


「・・・・っ」
 つらい記憶を思い出したのか、ガキがうつむいて押し黙る。
泣くかも・・・、と思ったので、ガキから目をそらしてまたその頭をなでてやった。なでるというには乱暴な手つきだが。



「ハラへってるヤツには食わせるのがコックだ」


 それは『優しい』というよりは、俺にとっては当たり前の『主義』と言ったほうが近かったが。


 ガキは答えない。

 案の定、小さく嗚咽して肩を震わせたので、やっぱ泣いちまったかー、と、ちょっと困った。泣き虫なとこまでガキの頃の俺に似てやがる。

 どう対応すればいいか分からない。基本的にガキには慣れてない。つきあいがないのだ。あまりつきあいたくもねぇし。


 仕方ないので放っておいて、俺だけしゃべることにする。


「ホントは俺の手料理食わせてやりてーんだけどよ。海賊船にガキ連れてくわけにもいかねぇしな。海賊船のコックやってんだぜ、今は」


 ―――― こうしてただ ご馳走するより、ハラへったヤツにはテメェでメシ作ってやりてぇと思うのは、やっぱコックのサガなんだ、と思う。


 かさついた感触の髪をぽんぽん叩いてやりつつ、俺はまたルフィを思い出した。



 ―――― ハラすかしてねぇかな・・・。


 ちゃんと食ってやがんのかな・・・あいつ。
年がら年中空腹状態だけど。




 さすが たくましいというべきか、ガキはすぐに泣き止み、また食うのを再開した。

 きちんと全部食ってから、ガキなりの誠意いっぱいのタイドで礼を言われる。そんなつもりはまるでないだけに、逆に照れてしまう。



 ―――― 捨て猫に、気まぐれで一度のメシをやったわけじゃない。


 ほどこしだとは思っていない。

 そして、こいつを救えたとも思わない。明日、またハラが減った時どうするかはこいつ次第だ。


 ガンパレよ、というのも自分には合わないと思ったから、ただ黙ってしまう。



 そこに、テンガロンハットを指で回転させながら、エースがガキに目線をあわせてしゃがみ、
「今度はヘマすんなよ」
 ルフィみたいに しししと笑ってそう言う。


 海賊らしいそのセリフ。
思わず笑ってしまう。

 

 ガキも、
「おう!!」
 と、やっぱりガキの顔で笑った。








「昼すぎちまった」


 俺もエースも時計を持ち歩いていないので気づくのが遅れたが、食堂から出ると、太陽は真上を既に移動していた。


 陸におりた日は一応は仕事ご免ということになってるが、今日は船に何人も残っていたから、メシを作りに行くつもりだったのに。
 いろいろあったからとりまぎれてしまった。



 ガキが歩いてった方向を なんとはなしに見ていたエースが、俺に視線を合わせる。
「どーりでハラへったと思ったぜ」
 こいつもルフィと同じく、腹時計で動いてるらしい。どんな兄弟だよ。それにしたって、いくら昼時とはいえ さっき食ったとこじゃねぇか。



「わりーな。つきあわせちまって」
 メシおごってやったんだから俺がそんなにへりくだることはないはずだが、また気遣う言葉が口をつく。


 なんだか、『きちんと接すること』で距離をおこうとしているようだ。自分の行動を冷静に判断してしまう。そんな、冷めた部分の俺がいた。


 こいつは、俺の船の船長の『兄』

んで、別の海賊やってる敵で、『お客サン』。


 そう、間に線を引こうとしてるみたいだ。





 ガキが一緒にいたときは明るい気分でいられたのに、ふたりになるとまた、どこか落ち着かなくなってしまう。



 エースは、そんな俺の態度を楽しそうに見つめた。







 視線に気まずくなって目をそらした時、ふいに思い出した。


 ―――― そいや、あのガキと会う前、こいつ、俺になんか言いかけてたよな。




 そうだ、あの時 ――――。

 ガキがぶつかってきて、転びそうなのを慌ててつかまえてやったりしてたから、聞き取れなくて。

 それからはずっとガキと一緒だったし、まんま忘れてたんだが ――――。




 何か、俺に切り出してたはずだ。

 聞かなくちゃ、という 思いが生まれる。






 さっきと同じように、またエースが俺の前を歩き出す。
それを追いかけながら、その背中に声をかけた。


 ―――― あの時 ――――


「なんて言ってたんだ?」








 返ってきたのは言葉じゃなかった。






 俺の方には一度も振り返らないまま、エースは後ろ手に手をのばして俺の手をとる。
 上体が前にひっぱられた。

 つかまれた右の手のひらは、そのまま、優しくにぎりしめられる。



 変わらず、通りをのんびりと歩きつつ。




「・・・・・・・・・・・・」
 まだ人手の多い街中で、手なんかつなぐなよ。


 そう言いたい。
が、言葉が出ない。


 エースが歩調をゆるめたので俺が追いついた。そのまま並ぶ。
テンガロンハットについた飾り紐が揺れた。俺より少しだけ背が高い。少しだけ上から、こっちを見やる黒い瞳。

 ルフィと同じ、真っ黒な目。




 あの時 ――――。


「スキだって言ったんだ」


「――――」


 あの時。
そう言ってたのか・・・?。


 一瞬、歩をとめるほど身体が硬直した。
エースがそれに気づいて笑ったのが分かったので、慌てて歩くのを再開する。



 が、動転してしまったのはどうしようもなくて、言葉がみつからずに黙り込んでしまった。らしくねぇ。





 ―――― 熱ィ・・・。


 炎を操るという特技のせいか、生来のものなのかはナゾだが、この男の肌は熱かった。

 俺は反対に冷え性と言っていいほど先端は冷たいから、手をつなぐと温度差がよくわかる。



 右手が熱い。



 ―――― 触れたトコから、どんどんヤケドするみてぇ・・・。










 エースは何も言わず、答えを促すでもなくただ歩いている。俺を連れ出しても、別に行くアテなどなかったのかも知れない。

 結局、俺の都合で引っ張りまわしてしまったとも いえる。
文句ひとついわずに、むしろ楽しそうに一緒にいてくれたけど。





「スキだぜ」

 何を思ったのか、また繰り返してきた。
答えられない俺を見て楽しむためだろうか。


 そのわりには、その声音は穏やかで、むしろ落ち着いていた。






 ―――― 一昨日には、そんな感情なんか知らないままで、ドーブツみてぇにヤって、そんだけだったのに。



 なんで今さらこいつはそんなコト言って、そんで俺は言われて、情けねぇくらい動揺してんだろう。



 ―――― 困惑した。




 ふいに、エースはつないだ手をほどいた。



 熱が逃げていくような感触に、名残惜しくなって ほどかれた右手に目を落としたとき。



 額に、キスされた。



 ガキがするみてーな、ただ触れるだけのキス。



 人が行き交う街中で、でもすぐに離れていったその一瞬のキスは、だれにも気づかれなかったようだが。




 俺は、気づいてしまった。




 ―――― スキかも知れない。




 ―――― 俺も、スキかも知れない。




 俺、スキかも。

 なんかすげー、惹かれてっかも。



 その手の熱さも。

 笑い方も。








 一昨日。
俺が二十歳になった夜。


 あんなにたくさんキスして、もっと深いキスも たくさんしたのに。






 今、額にされたキスは、それよりなにより嬉しかった。





つづく


 ひきつづきエーサンモード。
船長いまだ不在中。
伊田くると



少年 「いいヒトだったな・・・ホントに海賊なのかな?。あれ?、そいや もひとりの男の背中の刺青・・・。まさか白ヒゲ海賊団の一員?!」

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