『大事なお兄ちゃん』を、盗られたと思ったんだな。




 ―――― けっこーショックだぜ・・・。



 あいつにあんな目で見られるなんて、思ってもみなかった。





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3





 カチャカチャと、かすかに陶器がふれる音。流れる水音。
キッチンには今、それ以外の音はしなかった。


 機械的に両腕を動かして、大量の洗い物を片付けていく。
こんなに鬱な気分でキッチンに立つのは、この船のコックになって初めてだった。





 ―――― 自分は多分、とんでもない選択ミスをしたんだと思う。



 『もしも』を考えるのは苦手だ。遭難したあの時に あの場所で、一生分の『もしも』を考え尽くしてしまった気がする。


 でも。

 一昨日、エースと会ってあいつと寝てなかったら、俺はみんなに祝福された誕生日を迎えてたんだと思うと、やっぱりエースとのことはミスなんだろう。



 ナミさん達は俺のこと、カンタンに男と寝るよーなヤツだって思ったろうし。
―――― 事実だから否定できねぇけど。



 ルフィにしてみれば もっと複雑だろう。自分の兄貴だ。








 昨日。

 向けられた視線は冷たかった。
軽蔑されたと思った。






 ルフィ抜きの俺の誕生日パーティが終わって。
元来人好きのする性格のエースのおかげで、ちょっとぎこちないまでも楽しい時間といえたんだが。



 翌朝。
いつもうるさく朝食をねだるあいつの声がなくて。

 あいつは、いなくて。



 俺のメシが食いたくないんだと、気づいた。










「サンジ」

 日頃うるさいほどに はりついていたヤツのかわりに、俺に声をかけたのはエースだった。


 いつの間にキッチンに入ってきたんだろう。

 朝食が終わる時、ウソップと必殺技について いろいろにぎやかに笑いあってたから、鉛星でも見物してたんだと思ったんだが。



 キッチンの扉に背中をもたれかけさせて、エースは目を細めて俺を見やった。


 鬱々とした思考を見透かされた気がして、思わず目を伏せた。自分の不始末をエースのせいにしようとしていた。責任転嫁もいいところだ。


 ―――― コイツが、一昨日来なければ。


 なんて。信じられない勝手な論理だ。





 エースは何も言わない。
弟のルフィが昨夜からどこかへ行ってしまったというのに、それについてもコメントはなかった。



 ―――― 何も分かっていないのか、逆に把握しているのか。


 俺には この男を判断する材料がなかった。

 ルフィに似ているとも思ったが、それはイコール俺の始末に終えない人間ということでもある。








「出かけようぜ」
 歩み寄ってきたエースは、こともなげにそう言った。

 止めていた蛇口をまた回して洗い物を再開しつつ、俺はつとめて平静な口調で返す。

「ごめんだ」


 いくら、クルー達があの件を不問に・・・なかったことにするのは無理だが・・・してくれてるとはいえ、昨日の今日だ。
 朝食の時間も、エースとはあえて口をきいてない。こうして今キッチンに二人でいることにも、うしろめたさがある。


 ―――― あいつらは、俺とエースのこと どう思ってるんだろう。


 聞かれないと、逆にどう捉えられているのか気になる。秘密主義と無縁なこの船で、こんなことを気にするのは初めてだ。


 ・・・ま、コイビトとは考えてねーだろうけど。
さすがにそこまで飛躍されてたら俺も否定したい。



 ゾロは・・・。
別になんとも思ってねーだろーな。俺のことなんて関心なさそーだしな、アイツ。もー忘れてっかも。

 ウソップはエースとも仲いいよな・・・、場をとりもとうといろいろ気つかってくれてんだろーけど。昨日はとにかくビックリしてて、開いた口がふさがらねーってカオしてたが・・・。

 チョッパーは分かってないだろーな。
後で、「ふたりいいニオイするなー」って寄ってこられて、こっちが赤面したくらいだしよ。


 ナミさんは、まんま あきれたカンジだったな。
おそらく一番、俺とエースの関係を正確に察知してくれてると思うが・・・。



 ―――― つまり、なりゆきでエッチしてた、と。
ドウブツかよ、ホント。




 ―――― ルフィは・・・。


 今日、一度もその姿を見ていないヤツのカオが浮かんだ。
麦わらをかぶったアイツを思い出すと、よみがえる罪悪感に身体がすくむ気がする。


 こんな気分で、エースと一緒には いたくない。




「お前こそいつまでいるんだ?。自分のトコの船はいーのかよ?」
 すぐ追い返したいわけじゃないが、気になったので尋ねる。
コイツは若いけど、名のある海賊団の責任ある地位にいるハズなんだが。

 エースはそれには答えない。そういえば、なんでこの島にいたのかも謎だ。


 この男は開けっぴろげなようでいて、実はその反対なのかもしれない。







「でかけよーぜ」
 こりずに同じセリフを繰り返す。
カンタンに退く気はないらしい。つーか、でかけるってもう決定してやがんな。弟そっくりだ。





「・・・・・・・・・・洗い物が終わってからだ」

 そして、このタイプに俺は勝てないのだ。








 舳先で必殺技開発に余念のないウソップに、「出かける」と簡潔に伝言して俺たちは陸におりた。


 ―――― 恥ずかしくて まともにウソップのカオも見てねーからなんともいえないが、ますます誤解されてそーな気がするぜ・・・。


 タパコの先に火をともしつつ、内心ため息。


 そりゃ、エースのこと、キライじゃねーしアレだけど・・・。いわゆるコイビトとかそーゆーんじゃ全然ねーんだよーっ!!!。とか大声で弁解したいが、それも恥ずかしい。
 ウソップもいいトシなんだし、少しは察せよ!!とも思うが、察せといっても実際、エースと俺の関係は はなはだ希薄で微妙ではある。



 ―――― 俺にもよく分かってねーし。



 なにしろ、『一度の遊び』説はエースに否定されたばかりだし、俺も、そうでなくて嬉しいと思った。

 でも遊びじゃないなら真剣かといわれると、俺もエースも違う気がする。

 一番近い言葉にあてはめるならセックスフレンドな気がしたが、それもゾッとしない。






 エースはぷらぷらと歩いている。少し猫背気味だ。ななめ一歩後ろをついていく俺からは、日に焼けた背中がうつる。

 背中一面に彫られた海賊の印に、道行く人間が振り返る。エースはまるで頓着していなかったが。

 その後ろ姿を眺めて、主体性なくついて歩きながら、この男の弟のことを考えた。



 ―――― 沈んだ気分の大半 ――――。
いや、すべてがルフィが原因。




 自分で言うのもなんだが、ルフィには好かれてると思ってただけに、その信頼も好意も失ってしまったのがつらかった。あいつ、ブラコンみてぇだったし・・・。

 もう俺のこと、仲間と思ってねぇのかも・・・。



 ルフィはいない。
船をおりて、今どこにいるんだろう。

 バカだが、ゾロほど方向音痴ではないから、迷って戻ってこられないということはないはずだ。
 朝食も食べずに消えるなんて信じられない、と、クルー達は口々にこぼしたが、要はそれくらい俺のカオなんか見たくないということだ。



 ルフィに会いたいような、このまま会わずにいたいような、奇妙な気分。




 謝るのはおかしいんだろうか。
お前の兄ちゃん寝取ってごめんな、って?。ジョーダンじゃない。







「弟が」



 唐突に、エースが話しかけてきた。

 相変わらず二歩前を歩いているので、顔は見えない。

 いつの間にか、混雑しているにぎわった通りに出たので、よく注意しないとエースを見失ってしまいそうだった。


「なんだよ」
 背中に向かって問いかけた。どうも俺は気分が悪いとタイドに出やすいらしい。出てきた声はトゲトゲしかった。


 エースは、それにはかまわずに続ける。





「キミをスキだなんて知らなかった」








「わっ」


 突然、エースと俺の間に、袋一杯のパンをもったガキが走ってきた。
この人ごみなのに追いかけっこでもしてるのか、超ダッシュしている。

 ろくに前も見ないでこっちに突進してきたので、とっさに身体をひいてよけたが、勢いがついているガキは止まらずに俺の足に激突する。
 落ちかけた袋をキャッチするのを優先したために、そのガキはバランスを崩して転びそうになった。
 その首をひっぱって地面に激突するのをふせいでやる。そのくらいはなんでもない。


「迷惑だろ、んなトコ走ってんじゃねぇぞ」
 激突された足は別に痛くもなかったが、ぶつかった相手がレディだったら一緒に転倒してしまう可能性もある。
 まだ十をすぎたかすぎないかのガキだが、注意しとこうかと襟首をつかんで 持ちあげたまま俺は声をかけた。


 ところが、そいつは俺の言うことなど聞いてないのか、パンの袋をぎゅうっと両手に握ったまま、
「おろせ!!」
 と、サルみてーにキーキーわめきだす。


 ―――― あんだよ。礼儀のなってねーヤツ。


 ネコのようにつるしているのも面白いが、見ず知らずのガキをからかってる場合でもない。
 仕方ねぇ、下ろしてやろうと思ったのと同時に、ガキが走ってきたのと同じ方角から、コック服を着た男がこちらも走ってやってきた。


「・・・・」
 俺とガキの様子を傍観していたエースがかすかに眉をしかめたのが分かる。俺も状況がのみこめた。


「ああ!、捕まえてくれたんですか!!。よかった!!」
 俺が右手に持っている『荷物』を発見して、男は笑顔で近寄ってきた。
ガキの全身が、電気が走ったみたいに緊張した。

 エースを素通りしてそいつは俺の前までやってくると、聞いてもいない事情を大声でわめいた。


 それは俺の想像を裏切らない内容で・・・。
ようするに、こいつが店の食い物を盗んで逃げたと、それだけのことだった。



 ガキはまだパンの袋を抱えている。
その両腕の細さと、片手でつるしても全然楽なほどの軽さ。おまけに年齢まで符合したもんだから、ガキの頃の自分をなんとなく思い出してしまう。


「・・・・・・・」
 俺は黙ったまま、そいつが握りしめている腕を外させて袋をむしりとった。

 ガキはしょうこりもなく抵抗したが、力で俺にかなうかよ。
左手だけでそれを済ますと、袋をコック服の男――――ようするに店員――――に渡す。

 男はそいつを警察に突き出すとかなんとか言ってきたが、それはひとニラミで黙らせる。

「仕事に戻れよ。用は済んだだろ」

 冷たく言ってやると、男は納得いかない表情のまま、それでも最後にもう一度礼を言って去っていった。


 その後ろ姿を、というより、パンの袋を睨みつづけているガキを見下ろす。



 ―――― 目つき悪ィなぁ。


 謝れと店員にすごまれても、結局『ゴメンナサイ』なんて口にしなかったガキ。





「ハラ、へってんのか?」

 聞かなくても、その身体を見れば一目瞭然だったが。
俺に片手でつるされてる姿勢に屈辱感があるんだろう、ギッと俺をにらんだまま、それでもガキは小さくうなずき、

「たりめーだろ・・・でなきゃやんねぇよ・・」

 つぶやいた。
変声期前のガキらしい声。





 俺はようやく首根っこをつかんでた手を離してやった。
上手に地面に着地したそいつの、今度は左手をつかむ。


「あにすんだよっ」
「来い」
「ッ!」

 命令口調で言うと、ガキの黒い目に、さっきまではなかった色が浮かぶ。



 ――― あ・・・・やべ。警察に放り込むとか思ってんな。


 
 さすがに言葉がたりなかった。
ムダに怯えさせちまった。



 ―――― そーだ、「来い」と言えばメシがもらえる、とついてくる船の連中とは違うんだ。



 俺は意識的に口調をやわらかくしてみた。
「ハラへってんだろが。なんか食おーぜ」

「・・・・・」

 大サービスで笑って見せた。
ちくしょう、レディ以外にはめったに笑いかけるなんてやらねぇってのに。



「―――」
 今度は意表をつかれたか、ガキは黙ってしまう。

 若干の疑いと、警戒と、でも期待の混じった複雑な視線を受けて、なんだか試されてるようだ、と感じた。


 結果、俺はOKだったらしい。
数瞬のためらいの後、ガキはつないでた俺の手を強く握り返してきた。



「――― 行く」
 ちゃんと言ったそいつの頭に、空いた手をおいてなでてやる。



 その時、横から軽く口笛の音が聞こえて、それがエースだと気づく。
途中からその存在をすっかり忘れてしまっていた。


 ハラへったヤツをみると、そっちに夢中になってしまう。
いつものことだが。



 店員との悶着の時も、なぜかまるで介入してこなかったエースは、俺が振り返ると目を細めて笑っていた。


「・・・エース?」

 なんでか知らないが、嬉しそうな笑顔。

 思わずドキッとしてしまう。客観的に、男から見ても魅力的な笑い方だ。

 こんな笑顔が自然にできれば、俺もガキにこんな警戒されずに済んだか?、なんて関係のないことがよぎった。



「わりぃ、俺、こいつとどっか行くからよ」
 機嫌がよさそうだったので、俺も気軽に断りをいれた。もともと誘ってきたのはエースだったから、一応はワビも加えておく。


 そのまま別れようと思ってたんだが、エースが俺も行くと言い出したので、結局、三人でメシを食うことになった。


 ―――― こいつってけっこう物好きなんだな。





 メシ食ったばっかなのに、ガキにメシ食わせるトコ見て楽しいのか?、とフシギに思ったが、道中も、やっばりエースは上機嫌だった。





つづく


 ルフィ不在につきエーサンモードで
伊田くると



ナミ 「あれ、サンジくんは?」
ウソップ 「エースとでかけた」
ナミ 「へぇ、ラブラブねぇ」
ウソップ 「・・・・・・(汗)」


02 6 10