どれだけ非難されてもしょうがないが。



その時のオレは、
何も分かっちゃいなかった。







加害者の言い分.2






 「仲間」って言葉は、あまりオレにはエンがない。
ずっとひとりで海賊狩りやってたしな。

 ウソップとかチョッパーとかは、好きでよく使ってるみてぇだけど。



 「仲間」か。

 あんまり実感はわかねぇが。
こーやってつるんでて楽しい連中のことか?、と漠然と考える。

 悪くない。






 例えば仲間ってのは。


アホだが信頼できるルフィとか。
臆病だが優しいウソップとか。
たまに苦手だと感じることもあるが頼りになるナミとか。
世間知らずだが人一倍クルーの心配してるチョッパーとか。


 それから――――・・・。



 ――――・・・・。



 ボタンの残っていないシャツ。
かろうじて肩にひっかかったそれを、血の気のない震える指でたぐり寄せていた男。





『なぁ、仲間だろ?』



『違うのか・・・・・?』






 ―――― 仲間?

 アイツの口からその言葉を聞いたのは初めてだったが。



 なんでこんな時にそんな的外れなことを言うのか、俺にはさっぱり分からなかった。



 だから答えなかった。




























「・・・・」
 ひとつため息をついてみた。


 それから、
意を決して甲板に向かうことにする。







 らしくない。少し動悸が上がっていた。

 雲間からのぞく太陽は真ん中からすこし傾いている。もう昼過ぎのようだ。


 風に乗ってにぎやかな皆の声が流れてくる。
あいつの声も聞こえた。
さらに動悸が上がる。



















 そういえば、今日は陸での自由時間を終えて、船に集合する日だった。
先刻、一番に戻って来たルフィを見てやっと思い出したんだが。


 今回の上陸では、オレは全部の日の船番にされてしまったのでずっと船にいた。まあ別に陸に用もなかったし。刀も前回砥いだばっかで。娼館に行く必要もなかった。

 珍しく今回は厄介ごとを持ち込まなかったらしい船長の相手はメンドくさいので、ルフィの帰宅にはかまわずまた昼寝を続行することにした。
 腕枕をして、床に横になりつつ、




 ―――― あいつも帰ってくんだな。


 思い至ると、緊張に似た感情を覚えた。




 そしてやはりその後、ほどなくして帰ってきたのが。




 ―――― サンジ。




 声は聞いてないが間違いない。
ルフィが大声出して出迎えてたし、それからすぐ、船にただよってきた甘い香り。
 ねだる空腹船長になにか作ってやったんだろう。


 続いてナミとビビ・チョッパー・ウソップも帰還。一緒に買い物してたらしい。チョッパーはまだひとりにしとくと危ねぇしな。


 集合時間は厳密に決めないのが常だが、いつもこうして大体申し合わせたようなタイミングで集まる。


 皆、自由時間にあった話で盛り上がっているのか、流れてくる気配はにぎやかだ。





 ―――― この船に、あいつがいる。


 そう考えるだけで、オレは落ち着かなくなる。



 顔を見るのはあの夜以来だった。上陸して、皆が下船した朝に会う機会はあったんだが、意図的に寝たフリをしてやりすごしてしまった。






―――― 気まずい。

―――― 蹴られそうだ。




 そう思って避けてしまったのだが、また海上の生活に戻れば会わずにいることなど不可能だ。同じ船で海賊やってるんだから。

 いい加減寝くさってるワケにもいかないし・・・そう腹をくくった。











 甲板近くまで行ったところで、真っ先に声をあげたのはナミだ。

「あら起きてたの?、珍しい」
 三日ぶりのあいさつがまずイヤミかおい。


「うるさくて起きたんだよ」
 ナミの顔は見ずにおざなりに答える。視線は自然とサンジに向いたまま、外せない。

 ねだるルフィに皿をさしだされ、それにシロップを追加してやっているサンジは、オレが現れたのに気づいてないはずもないが全く注意を向けていない。
 ほとんど背中を向けている。相変わらずの黒いスーツ。


 ―――― 顔合わせたら早々、蹴られるかと思ったんだが。


 少し予想と外れた。
肩透かしというには空虚な気分。


 その感覚は、なぜか不安と不快を呼び起こす。




 ―――― またか。


 また『外れた』。
心の中で舌打ちした。





 ルフィが大口あけて三枚まとめて食ってるのはホットケーキだった。
またガキっぽいもん食ってるな、と思う。
 気づけばオレも空腹だった。このコックがいないと三食きちんととれないんだよな、とヤツがいなかった三日間を思った。




「なんだよ、やっと起きたのか。お前も食うか?」
 サンジがやっと振り向いた。

 配膳中のためタバコはくわえていない。薄い唇にはやわらかくて皮肉っぽい笑みが浮かんでいた。



「・・・・・・・――――」

 ――――まただ。



 また予想と違う。

 なんでそんなに普通に、オレに話しかけてくるんだ?。



 答えられないオレに、サンジは右目を細めてまた笑った。機嫌は悪くなさそうだ。二の腕にぐるぐるとまとわりついてるルフィをそのままにさせている。

「ボケッとしやがって。ちゃんと船番できてたのかよ、クソ剣士」



 番はしてなかった。
寝て、鍛錬して、そんでずっと陸にいただろうお前のことを考えていた。




 絶対怒ってる。
今回はオレが全面的に悪い。


 だから誠心誠意謝って、ヤツの蹴りも避けずに受けるつもりだった。





 なのに。
目の前のサンジはいつも通りに笑って立っている。


 口が悪いのも、細身のスーツ姿も。
オレに向ける目も。


 あの日以前から、何も変わっていないように見えた。






 こいつにとっても。
大した事じゃ、なかったんだろうか。







「ゾロ?、ホントに寝ぼけてんのアンタ」
 またも黙ったままのオレに、横からナミが口出してきた。

 サンジが用意したんだろうグラスを片手に、怪訝そうにオレを横目でみやるナミ。
あわてて何か言おうとする前に、サンジはスッときびすを返した。


「持ってきてやるよ。顔洗って目覚ましてこい」


 そのままキッチンに消える。


 あっという間にホットケーキをたいらげたルフィが、
「ゾロ起きなかったら全部オレが食えたのにー」
と悔しがってたが、それにツッコむ気にもなれなかった。





 ―――― お前は怒ってる。

 ―――― だから謝って。



 ―――― お前が怒って。

 ―――― 許してくれるまで、何度も謝って。




 ―――― 何度でも。





 ―――― そうするつもりだったのに。







「・・・・・・・・・・なんでだ・・・?」

 思わずつぶやいた。


「は?。なんか言った?」
「なんでもねぇ」


 ナミの問いに答えるでもなく答え、オレはまた不安と不快のまじった、ヤな気分になった。




 ―――― なんでだ?





 ―――― あいつ、ひと言も責めてこない。





 怒りっぽい男なのに。
癇癪持ちかと思うくらい、ヒステリックな時もあるのに。





 ―――― なんでだ?。



 ―――― 思えばあの夜にも、オレは受けて当然の罵倒をされていないことに気づいた。






『なぁ、仲間だろ?』



『違うのか・・・・・?』







 あいつがよこした言葉は、これだけだ。

 怒鳴ってもがなってもいなかった。むしろ声は小さかった。









 考えがまとまる前に、サンジが湯気をあげる皿とグラスを両手に持ってやって来た。オレの分の食事だ。
 まっすぐこっちに近づいて、皿を差し出してくれる。

 受け取ろうと無意識に手を上げた。が、のばしかけたオレの手は痙攣したように動きを止めてしまう。



 ―――― あれ・・・?。

 自分でも分からないまま、ぱっと手をひっこめてしまった。
そんなオレを、サンジが不思議そうに見上げた。

 あわてて、今度はきちんと手を出して皿を受け取る。


 礼を言うべきシーンだが、何を言えばいいか分からず、結局無言のままだった。情けない。
 サンジも特にそれをとがめず、すいっと離れて行ってしまう。元から仲はよくない関係だから、そんな味気ないやりとりも特に不自然ではなかった。




 にしても・・・。

 ―――― なんでさっき、手を出すの躊躇したんだ? オレ・・・。



 また後ろ姿になったサンジを目で追いつつ、自問した。

 先ほどと違い、今度は簡単に答えがでた。
それは、何度も覚えのある反応。






 ―――― あいつが、おびえたから・・・・・・・。






 視界にサンジが映っている。
何を思ったか、いきなりルフィがサンジの背に飛び乗ってハラがへったとか わめいていた。
 「今食っただろ」 「ゾロの見てまた食いたくなった」と押し問答しているふたり。

 ルフィが突然触れても、今みたいにずっとくっついてても、奴の態度に変化はない。

 けど。



 オレが皿を受け取ろうとサンジに向けて手を伸ばそうとした、それだけの動作に、あいつは一瞬―――― それはオレでなければ誰も気づかないほど、針の先ほどのわずかな時間だが――――、怯えてすくんだ。


 オレのそんなかすかな所作に反応した。




 ―――― また・・・。

 ―――― 予想外だ。


 サンジ本人は気づいているんだろうか。自分がおびえたことに。


 ―――― いや。

 触れるのに躊躇したオレを、逆に不思議そうに見返した目を思い出す。気づいてないのだ。



 舌打ちしたくなる。
ルフィの催促に根負けしたサンジは、一緒にまたキッチンに戻っていった。なにか食わせてやるんだろう。ヤツは結局船長に甘い。





 サンジがいなくなって、ようやく受け取った皿に目をやった。温かい。
湯気をあげるメシも、当然ながら三日ぶりだ。

 ホットケーキの生地をうすくして、急遽オレ用にパンケーキにしてくれている。
中にレタスとシーチキンをはさんだのと、チーズとハムのサンドが五つ行儀よく並んでいた。


 ―――― メシ抜き、とか言われるのも覚悟してたんだけどな。


 いつも通りに提供された料理。やっぱコックだから、そこらへんは別なんだろうか。




「いただきます」

 それを言うべき相手はもうそばにはいなかったが。
手にとったサンドは、湯気が示したとおり温かかった。









 おびえた反応には覚えがある。たくさんある。

 海賊狩りしてた頃。
オレを前にした敵が、戦意を喪失した瞬間に見せたそれ。



 警戒。怯え。恐怖。

 そんな感情。




 つまりオレは。


 あいつにとって『敵』になったってことだ。







『なぁ、仲間だろ?』


『違うのか・・・・・?』




 サンジのセリフを思い出す。












 ―――― 謝んねぇとな。



 三日間、何度も繰り返した言葉をまた、心で反芻した。



















 どれだけ非難されてもしょうがないが。



その時のオレは、
何も分かっちゃいなかった。






















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03 11 16