やっと、


罪悪感を覚えたのは、






その凍ったような目を見てから。






加害者の言い分3





 トラブル続きだったアラパスタを出航して、また航海が始まった。




 今度の島まではずいぶんとあるらしい。順調に運んでも一週間は海の上だと夕食の席で航海士は説明する。
 グランドラインに珍しく、海流が穏やかなせいもあるようだ。
敵襲を始めとしたトラブルが起きなければ平和な時間が続きそうだ、とナミはしめくくった。

 それを聞いた面々の反応は様々で、船長はまず退屈だと不平をならす。
それに怒った航海士とコックがなら掃除でもしろとそろって責め立てた。このふたりはルフィに説教する時はやけに気が合っている。
 ウソップは多趣味だし船ではやることが多いから時間をもてあますことはないタイプだ。特に異存ない様子。

 ビビと入れ替わりに船に乗ることになったニコ・ロビンも口は挟まない。何も読めない表情でサンジのいれた紅茶を飲んでいる。

 チョッパーは俺薬の整理をするんだ、と宣言し、
「エライな、俺もレシピの整頓するかな」とコックと会話を始めていた。



 凪が続こうが嵐続きだろうがどうでもいい。アラバスタでの戦闘では一段進めたことにも満足していた。その成果をためすのに戦闘がしたくないわけでもないが、もっと修行もしたいのでこの一週間はそれに当てようと考える。



 ――――それに・・・。

 チョッパーとまだ話しているサンジに目を向けた。なにか薬品名を口にして、専門的な会話をしているようだ。


 ――――まだ、話してねぇ・・・。


 あれからもう一ヶ月たっている。
アラバスタに上陸してからは息つくヒマもないほどの戦闘続きだったので、ふたりになる機会を作れず、そのままだった。


 なんとなくうやむやになったまま今にいたってしまっている。


 謝らなくちゃと決めたのに、どうにも動けない自分が情けない。

 サンジがまったくのいつも通りなのも動けない理由のひとつだった。ホットケーキの皿の受け渡しの時は、俺に怯えた様子を見せたが、それ以来そう接近していないこともあり、以前と変わりないタイドをとっている。朝起こしに来ることは減った・・・が。


 ――――あいつはもうなんとも思っていないかもしれない。

 ご都合主義な推測であり願望だったが、半ばホンキでそう思えるそのタイド。相変わらず女に甘く、男には辛辣で。俺には皮肉った生意気な言動ばかり。


 ――――このままにしといても問題ねぇんじゃねぇか?。


 そう考えてしまう。むしかえすのは、逆に寝た子を起こすようなものじゃないだろうか。


 鬱々と考えるのは、自分の性にあっていない。日和った思考も俺らしくない。本当にあの男は苦手だ。











 航海士の予測とたがわず、波は穏やかで天候も驚くほど安定していた。
俺は後甲板で、いつもの通り鍛錬をする。


「がんばってるのね」

 希薄な気配と一緒に落ち着いた低めの声がした。

 確かめるまでもなくニコ=ロビンだ。

 気配は空気にまぎれこんでしまうほどに薄い。
それでも、この女は隠すどころか逆にわざと気配をさらしている。本気で潜む気になったら、俺ですら寝首をかかれかねない。

 特技が『暗殺』というのは伊達ではないのだ。この船で何人がそれに気づいてるか知らないが。
 サンジやナミも職業柄か動作の音、気配ともに少ないほうだが、この女の方が何枚も上手だ。

 鍛錬を続ける気が起きず、俺は抱えていた鉄の塊を床に置いた。ある程度静かにそれをしたのは放ったりしようものなら床板が抜けるからだ(過去に証明済み)。

 俺と女のキョリをはかる。無意識の作業だが、何かあっても対応できる間合いを確保しなければと頭のどこかが警告を発していた。


「あなたの『仲間』と認めてもらうには大分かかりそうね」
 ニコ=ロビンは作った苦笑を浮かべた。


「でも、あなたも彼の『仲間』にはなれてないみたいね。おあいこかしら」


「・・・・・・・・・・・・・」

 一瞬、頭が空白になる。

 この女がそのつもりだったなら、あまりに格好のスキだっただろう。それがおかしかったのか、女は黒髪をゆらして今度は本当に笑った。



「彼にとっては」



「あなたは仲間に限りなく近い敵よ」




 船に乗ってまだ幾日もたたないこの女が、何を知っているとも思えない。なのにはっきりと核心をつかれた。



 あの日サンジが俺に見せた怯えと警戒。

 それは、仲間にするものじゃない。そのぐらい俺にだってわかる。



 悪いことをしたという自覚ぐらいある。たとえあいつが男との行為に慣れていたとしても・・・・・・あれは力にものを言わせた強姦だった。いい訳はできない。
全面的に俺が悪い。だから、謝ろうと・・・でも。



 結局謝ってもいない。




「・・・・・・・・・・」
 あいつの態度が変わらないから、このままでいいかと・・・・・思い始めている。しかし・・・・


 この女。

 事情なんか知りえないはずのこの女には、何か見えているんだろうか。




























『なぁ、仲間だろ?』


『違うのか・・・・・?』




 サンジの言葉――――。





 ロビンの言葉に触発されたのか、あの日のあいつが発したセリフがよみがえる。何言ってんだ?、とあきれたような鼻白んだような記憶がある。なんで今そんなこと聞くんだ?、と。

 きょとんとしてサンジを見下ろした。シャツはボタンが全部ちぎれて、ああ俺がそうしたのか、と初めて気づいた。

 か細い声での質問に俺は答えなかった。あいつは、どんな答えを期待していた?。



















 ニコ=ロビンとの会話から数日後。

 倉庫へとひとり降りていくサンジの後ろ姿を見つけた。


 チャンスかも、と手入れしていた刀を鞘にしまって立ち上がった。
あれから、とりあえず謝罪の言葉はちゃんと伝えようと決めたのだが、その機会がなくしそびれていた。理由は簡単で、サンジのひとりの時間というのが少ないからだ。

 家事をしてる際はチョッパーがまとわりついたり手伝いをしてることが多いし、調理中のキッチンならと思ってもナミがそこで海図や日誌を書いてたりする。空いた時間はウソップやルフィ達とアホなことして騒いだり、女の機嫌をとるのに忙しい。

 夜も、就寝が早くなったようだ。夜の見張り番に差し入れした後は男部屋に直行。以前はもっとキッチンに夜中までこもっていた気がするんだが。


 まあともあれ、ひとりで倉庫に食料を取りにでも行ったんだろう。俺はすぐ後を追う。さすがにみんなに聞かせたい話じゃねぇし、あいつもそれはイヤだろうから、物音がもれない倉庫は好都合だ。


 閉じられている倉庫へ続く扉を開ける。ノックはしなくてもいいかと思った。

 小さいメモ帳を片手に持っていたサンジが振り返る。

「よぉ」
「・・・・・・・」

 サシで話すのは・・・・・・・・きっと本当に久しぶりだ。一歩踏み出すと、抑える手が外れたので自然に扉が閉まる。倉庫は昼でもうす暗い。急にあたりの明度が変わって、俺は別の世界に入り込んだ錯覚を覚える。

 貯蔵してある食料を取りにきたのでなく、在庫確認に来ていたらしいサンジは、静かに俺を見返した。
 表情のない薄青の目が俺を見つめている。

 倉庫はこいつが船に乗り込んでから整理がいきとどくようになったので、ドア周辺はきちんと空きスペースがある。サンジまでの距離はニメートル弱。もう一歩踏み出そうか迷ったが、とりあえず俺は頭を下げた。


「・・・・・・・・・・悪かった」


「悪いこと、したと思ってる。すまない」


 掃除された床が目にはいる。当然、サンジは見えなくなった。




 上で、笑った気配がした。



 驚いて顔を上げる。やはりサンジは笑っていた。
楽しそうに。場の雰囲気に合わなすぎた。

 笑顔は整っていたが、でも、感情がどこか崩れているような、何かがおかしいと危惧させる笑い方だった。容貌がつくりものっぽいから、余計にそう見えるのか。


「気にすんな、怒ってねぇ」
 まだ笑った形の唇を開き、サンジはようやく返事をした。


「最初から、怒ってねぇよ」
 慣れたしぐさでたばこを取り出し、一本くわえる。火はつけないまま、白い指がただライターを一度はじいた。


「俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 一瞬目が落とされる。が、言いかけた言葉は続かなかった。
水色の目がまた俺に焦点を合わせた。



「なぁ」


「もう二度と。俺に触れるな。ロロノア=ゾロ」




 感情を伴っていない目。

 凍ったように、冷え切った目。



 しかし、それははっきりと告げていた。




 敵だ、と。





 俺の中のすべて。
こいつにとっては敵なのだ、と。





「・・・・・・・本当に、悪かったと」
「怒ってねえよ。言っただろ」

 つきつけられた言葉に愕然としつつも言い募ろうとしたところを遮られた。

 語調は決して切り捨てるものではない。むしろ声だけ聞いていたら優しげですらあった。
叱責じゃない、これは説得だった。分かりの悪い俺に対しての。



「怒ってねえよ。でもひとつだけ」



「触れるな。二度とだ」





 感情を伴っていない目。

 凍ったように、冷え切った目。



 しかし、それははっきりと告げていた。




 敵だ、と。











『なぁ、仲間だろ?』


『違うのか・・・・・?』


 あの時、サンジが俺を見返して言った言葉が責めるように思い出された。

 あの時はなんとも思わなかったそれが、今、ひどく重くなって強くなって俺を責め立てる。







 ――――俺はバカだ。





 ―――お前は怒ってる。

 ―――だから謝って。



 ―――お前が怒って。

 ―――許してくれるまで、何度も謝って。




 ―――何度でも。


 ―――そうするつもりだった。




 そうすれば、全部カンタンにチャラになると思っていたのか。







――――「彼にとっては」



――――「あなたは仲間に限りなく近い敵よ」









 謝れば許してくれると思ってた。

 なかったことにしてくれると思った。

 今までと同じになれると思った。









『なぁ、仲間だろ?』






 ――――――――バカか俺は?。





 あいつは怒っていないと言った。
 そう、あいつは怒ってなかった。



 俺に怯えてた。



 二度と触れるなと言った。
 あいつは俺を許さない。




 もう二度と、仲間には戻れない。





 信頼を失った。

 仲間じゃない。











 俺は、何も分かっちゃいなかった。







 あの夜が、すべてを一変してしまったことに。


 今頃気づくなんて。




















 呆然とした俺の前で、サンジはメモになにか書き込んだり棚につんである物品の量のチェックを始めた。そんな作業をなんとはなしに見やりつつ、かける言葉が浮かばない。つけたしたように謝罪の言葉を並べることは、もはやなんの意味ももたないだろう。





 そういえば。

 この場所は、あいつを犯した場所だった。







 今になって気づく。思い出す。

 倉庫はいつも通り整然としていた。さっき視界に入れた床もきれいだった。

 ここを掃除したのはサンジだ。
自分がされたことの証拠が残るこの部屋をどんな気持ちで片付けたのか、今何を思ってここにいるのかここに俺がいることをどう思ってるのか――――――――






『なぁ、仲間だろ?』


『違うのか・・・・・?』



『もう二度と。俺に触れるな。ロロノア=ゾロ』











 やっと、


罪悪感を覚えた。



 遅すぎる罪悪感だ。



 悪いことをした。謝ろう。許してもらおう、なんて。
どのツラさげて思ってたんだ、と自分にあきれる。





 もう一度だけ背の高い棚の間からみえる金髪に目をやって。
俺は、静かに部屋を出た。






 あの、凍ったような目。



 以前はあの青が、どんな色をして俺に向けられていたのか。








 思い出せなかったが、それを思うと、俺は泣きたくなった。






















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