口にしようとすれば、それはひと言で説明できた。



 ―――― ゴウカンされたんだ、俺。



 だけど。ショックなのは別に、そこじゃなくて。






「俺、『仲間』じゃなかったんだなぁって思ったら、情けなくてヘコんでんだよ」





 


被害者の言い分 .3




 ひと通りの事情を聞き終えると、男はふいにテーブル越しに手をのばして、俺の髪に触れた。


「っ!」

 一瞬 身体が硬直したのは、昨夜の恐怖が去ってないからか。
両肩がこわばった。震えが走る。

 不自然なほどの硬直に、男が気づかないはずがなかった。でもその手は離れない。そのまま、何も言わずにポンポンと頭をなでた。



 ――――・・・。


 ガキにするよーな仕草で、それ以外のイミはなにも込められていないと分かると、ようやく緊張がとける。


 いくらかなり年上とはいえ、初対面のヤロウにこんなことされて黙ってるあたり、やっぱり俺は本調子じゃないんだろう。 




 ―――― ホントは。


 今日の朝食の時、背中にからみついてきたルフィの伸びた手も。
「皿運ぶよ」と言って、俺から盆を奪ってったウソップの腕も。





 ―――― 怖かったんだ。





 必死に普通の俺を装ってたけど、内心、怯えてる自分が理解できなくてパニクってた。
 ひょっとして、さわられんの自体がダメになったのかとも思ったんだが、そーじゃなかったみたいだ。





 今、優しく俺をなでてくれてる、知らない男の手は怖くなかった。







 自分の故郷を思い出す。

 正しくは、そこは故郷とは呼べない場所だろう。でも、俺を生かしてくれた場所。きっと戻る場所だ、となんとなく感じる居場所。

 海に浮かぶレストランと、そこにいた仲間たち。


 ―――― クソジジイ。






 海賊王を目指す男にひきよせられて、自分からそこを離れた。かわりに新しく仲間ができた。
 バラティエの連中と同じで、こいつらも仲間なんだと思ってた。

 そりゃ、俺は皆に会ってまだ日が浅い。いままでにいくつも冒険や戦いを経た連中より、絆は薄いのかもしれないが。


 新しく俺をコックとして迎えてくれた海賊船は、俺のもうひとつの居場所のはずだった。


 慣れない同年代の連中と一緒にいて、仲間なんだなぁ、とか、くすぐったい気持ちで考えてみたりして。










 ―――― 外見が弱っちく見えるのかなんなのか、単に不自由な海上にいたからか。


 男から性的対象として見られるのは、そう珍しいことじゃなかった。
もちろん愉快なわけないし、そんな連中の好きにされたこともない。

 俺にかなうヤツなんかそうそういねぇし。



 バラティエの連中は、そりゃ新入りには多少そーゆー輩もいたが、俺をそんな対象には見ていなかった。

 ―――― 当たり前だ。仲間なんだから。





 だから、俺がゴーイング・メリー号のヤツらに、なんの警戒もしないのも当然のことだ。

 ―――― 当たり前だ。仲間なんだから。





 俺に危害を加えるヤツなんかいない。

 ―――― 当たり前だ。仲間なんだから。





 それはとても自然で、当然の信頼だろ?。

 ―――― 当たり前だ。仲間なんだから。





 それが俺の『隙』なのだと言われたら、どう返せばいいというんだろう。







 ―――― 気づかなかったんだ。



 ―――― オマエにとって、俺は『仲間』じゃなかったんだな。







 ―――― ゾロ。









 ほんの少し前に、初めて会ったこの正体不明の男のほうが、『仲間』だったはずの男より安心を与えてくれるなんて、アホらしい話だ。


 優しく髪をすく指。
体重を預けてしまいたくなる。







 ―――― 意外に平気かと思っていたが、やっぱダメだ。



 ―――― やっぱショックだよ、俺。





 このままじゃ本当に泣いちまいそう。








 目を伏せたのと同時に、男が指を離した。
最後にかすかに頬に触れて。



「こいよ」


「?」 


 離れた手は、今度は俺に向かって差し出されていた。

 男は椅子から立ち上がっている。
その身体のバランスのとり方から、男の左腕がないのに気づいた。肩にひっかけた外套のせいで分からなかったが。


 男の言葉が把握できなかったので、視線をあげて目で疑問を示した。



 男は手をさしのべたまま、人好きのする笑みを浮かべる。



「デートしよーぜ」


「・・・・・・・・・」


 ちょっとケリでも入れようかな・・・と脳裏をよぎった。

 が、次の瞬間俺は吹き出していた。


 あの夜以来、ホントに笑ったのは初めてだった。





 ―――― ヘンな男だ。
マジでヘン。ワケ分からねぇし。




 右手を出すと、重ねる前に強引に腕をひっぱられた。




 触れられても、拒否反応は出なかった。













 男の言う、『デート』は、別にジョーダンではなかったらしく、男は嬉しげに俺を連れまわした。

 定職は持ってねぇだろう、という俺の予想は当たっていたようで、男はこの島の人間でもなさそうだ。やけに羽振りがいいし、身のこなしがシロウトに見えない気もしたが、詮索する義理じゃない。

 俺は別に男の素性は気にならなくなっていた。
自分の名前は聞かれたので名乗ったが、男のことは『オッサン』と呼ぶことに早々決定したので、名前すら知らない。

 悪人じゃないと思うのは、ホットケーキを食べていたガキっぽいツラのせいだろう。



 静かに、ひとりでボーっとしてようと思ってたんだが。
こーゆーのも、悪くない。

 にぎやかな雑貨屋の並ぶ通りをひやかして歩きつつ、俺は緊張が解けて、ゆるやかに弛緩した時間を感じた。





 あさってには、また船に帰るんだ。
それは決定事項。
その頃までには、身体についたキズも痕も消えてるはずだ。

 俺がしなきゃいけないのは、これからの長い航海でボロを出さないように、なんとか自分の心をとりつくろうこと。





 ―――― あの船は、大事な場所なんだよ。





 たとえゾロが俺のこと、仲間だと思ってなくたって、俺にとっては仲間のいる大事な場所。







 ――――『隙だらけなんだよ、お前』


 ――――『誘ってんのか』


 ――――『痛ェな。今さら暴れんなよ』









 忘れてやる。


てめぇのためじゃねぇ。自分のためにだ。
事を荒立てる気はない。責める気も、蒸し返す気もない。




 リセットして、またやってくんだ。






 俺は強い。

 打たれ強い。






 俺は強い。


 大丈夫だ。














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 02.1.13