被害者の言い分 .4
休みにきたつもりだったのに、逆に疲れてしまった。
俺の身体が本調子じゃないことぐらい気づいただろうに、容赦なくひっぱりまわしてくれやがって。
が、結局 ―――― 移動サーカスに雑貨バザーに高級レストランに・・・、合計いくつまわったか覚えてないが、オッサンいわく 『デート』が終わった頃には、夏島だというのに日も沈んでいた。
意外に律儀なのか、オッサンはまた、俺を予約していた宿まで送ってくれた。
もっといいトコに部屋を用意するとも言われたが、さすがにそれは遠慮する。
別にいまさら下心がどうのと疑ってはいないが、そこまで世話になるのも なんだかな。
俺のなにがそんなに気に入ったのか、単に気まぐれなヤツなのかは知らないが、一日親切にして つきあってくれただけで十分だった。
宿の入り口で別れることにする。
「オッサン」
背を向ける前に、意を決して呼びかけた。
なにも考えてないようだが、多分こいつはきっと俺を慰めようとしてくれたんだと思う。ひょっとしたらホントに何も考えてないのかもしれないが、気分転換に ひと役かってくれたのも事実だ。
「なんだ?、サンジ」
年上から、甘やかすように名前を呼ばれるのは、なんだかくすぐったい。
少し笑えた。
指にはさんだタバコを軽く揺らして、なるべく軽薄に告げた。
「ありがとな」
あんたのおかげで―――― 頑張れそうだぜ?。
言葉にしなかった礼の部分をちゃんと感じとってくれたんだろう、男は嬉しそうに笑みを返してくれる。
人なつこい、それでいて包容力のある笑顔だった。
しかし その笑顔をちょっと困ったような苦笑に変えると、オッサンは俺の頭にポンと手をおいて、
「聞きたくねぇことだろーが」
低く、ささやく。
なんだ?、と見返すと、オッサンはまた苦笑した。
「『お前はとても魅力的で、まるで俺を誘ってる』ってのは、サイテーな強姦魔の、サイテーなイイワケなんだが」
「・・・・・・?」
今さらその話を蒸し返すとは思っていなかっただけに、思わず身体がこわばった。
せっかくふっきれそうだったのに、わざわざ思い出させることもないだろう。なんとなく、男をニラむ。
「話聞いてて、ふと思ったんだけどな」
そんな俺をなだめるつもりか、温かい手が俺の髪をなでた。子供扱いは気にくわないが、その手を振り払う気がおきない。
「『そいつ』は、お前のことを仲間と思ってないから ひでぇコトしたって言ってたが」
「・・・・・」
確かに言った。
それが俺の見解だからな。
男の言葉に触発されて、あの時、俺を見下ろしたゾロの眼が浮かんだ。
―――― 骨のきしむ音と一緒に。
あの男がその気になれば、つかんだ俺の手首を簡単に砕けたんだ。
抵抗できなかった。
殺されるんだと思った。
『 』
―――― そういえば、あの時。
一瞬だけ、手首を押さえた力がゆるんだ。
『 』
何か・・・言ってた・・・・・・・・・?。
何を・・・・・・・・・・・・・?。
あの時間のことは思い出したくないのに、妙にそこがひっかかった。
記憶を反芻しようと試みるが、ゾロの唇が動いていたのは容易に浮かぶのに、声が聞こえない。無声映画みたいだ。
耳の近くで鳴った、あの、骨の音の印象の方が強いんだろう。
あきらめて思考をとめた時、ふいに強い風が吹きぬけた。
目の前の赤い髪が揺れる。
セットしていない長めの髪は風にいいようになぶられていて、その様はなぜかすごく魅力的に見えた。
心臓のテンポが速くなる。
オッサンが口を開く。
「―――― その男が最初から『仲間』の感情じゃなく、恋愛感情持ってたって可能性もあるかもな、って、ちょっと付けたしときたくてな」
恋愛感情 ―――――― ?。
「・・・・」
考えもしなかった言葉を寄越された。
どんな表情を作ればいいか分からず、ただ男を見上げる。
風もやんだ。
「もしそうだったら、少し事情も変わってくるんじゃねぇか?。ま、推測だし実際どっちかは分かんねぇけどな」
無責任にゲタをあずけ、男はほんの少し、さっきまでとは違う笑顔を浮かべる。
例えは変かも知れないが、さっきまでが『保護者』だとすると、それが『男』に変わったような。
「ありえねぇよ、そりゃ」
あまりにも的を外した<仮説>を、ひと言で吐き捨てた。
が、男はやはりその笑みで俺を見下ろすと、
「そうか?。『お前はとても魅力的』だぜ?」
髪をなでた手をふいにおろし、頬に触れる。
指なのに、それが触れて またすぐに離れていった感触は、なぜかキスを想わせた。
二日後。
「サンジーっ!!! メシーっ!!!」
船に戻ると、俺より先に感心にも帰ってきていた船長が、『おかえり』の前にメシの催促をしてきた。
ま、いつも通りっちゃそうだから今さらハラもたたねぇけどよ。こいつ、俺のカオがメシに見えてんじゃねぇだろうな。
ロープみてぇに上半身に巻きついてきた腕を乱暴にひっぺがしつつ、ヤツのこの島での『冒険』話に耳を傾けてやる。
ウソップと違ってホラは入ってねぇけど、どーにも言ってることが支離滅裂なため、ウソップ以上にウソくさいのがなんだかなぁ。
でも、
「冒険は楽しかったけど、サンジのメシがねぇからつまんなかった!!。今度はお前も行くぞ!!」
なんて、しししと笑って抱きついてこられるのは、やっぱ気分も浮上するよな。
赤髪の男のおかげか、一時発症しそうだった接触恐怖症も無事払拭できたらしい。意識するまで、ルフィに抱きつかれても大丈夫だったんだから もう平気だろう。
むしろ、確認のためにわざとルフィの手に触れてみたりした。
―――― おし、問題ねぇな。
子供体温の船長の腕に触れてもつかんでも、ついでにケリを入れてみても拒絶反応は出ない。
さすが俺。ホントに数日でふっきれてんな!!。
買い出ししてきた荷物を整理しつつ、わめくルフィに軽食も用意してやって―――― なんとなくホットケーキだ――――、そうこうしてるうちにナミさんビビちゃん、そしてウソップが帰ってくる。
いつもの日常。
大丈夫だ。
笑って みんなにドリンクを出しながら、俺は暖かい目をしたあのオッサンに感謝した。
もし今度会う機会―――― なんてのがあったら、俺特製のホットケーキをご馳走してやるよ、なんて思いながら。
了
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