―――― 大丈夫だ。



 ―――― 俺は強い。打たれ強い。



 ―――― だから、大丈夫だ。







被害者の言い分 .1




 シャツを羽織って、上からきっちりとボタンをとめた。
久しぶりに第一ボタンまで。首に一瞬圧迫を感じるが、すぐ慣れるだろう、バラティエ時代は いつもこうしていたんだから。

 気に入ってるブランドの気に入ってるシャツ。
ダークブルーの生地にホワイトのストライプがはいったそのシャツは、珍しく自分の金で買ったオーダーメイドだった。

 ネクタイを襟に通す。
左右長さを調節してから、手早く結んでいく。目を閉じてもできる、慣れた一連の動作だが、結び目を鏡で見て確認。

 よし、問題ねぇな。


 最後に上からスーツのジャケットもひっかければ、『サンジ』のできあがりだ。多少いつもよりきっちり正装だけど。





「・・・・・・・」
 もう一度、鏡に身体を近づけた。


 さっきまでシャワーを使っていたせいで浴室の鏡はいくらか曇っていたので一度タオルで拭いた。
 襟からどれくらい首が覗くのか、きちんとチェックしないといけない。


「―――― 大丈夫だな」
 小さくつぶやいてみた。


 手首も確認する。
身体にぴったりのサイズだから、袖のボタンをとめてしまえば手首少し下の位置から大きくシャツがずれることはない。
 わざわざ普段着じゃないシャツをおろしたのは、市販品だと どうしてもゆるいからだ。肩はともかく、エリ・ソデが合わないのは昔からだから仕方がない。




「大丈夫だ」


 もう一度つぶやいた。
目を閉じる。






「大丈夫だ」


 普通に、『今日』を始められる。












「メシだぞーっ!!」

 ルフィのバカでかい声が船内に響く。
『食事は全員そろってから』という、俺制定・ゴーイング・メリー号ルールのおかげで、メシの集合をかけるのはいつもこいつだ。
 早く頭数揃えて、早くメシにありつきたいのだから率先してやってくれている。

 ―――― コドモだよな、ホント。


 俺がメシ作ってる間もそばにへばりついて、なんかもらおうと期待して待ってるトコとか。
 メシ間近になると (そうじゃなくても年中空腹らしいが)、メシのことしか考えてないよーな単純さとか。

 あきれたいような、嬉しいような。




 ルフィの声がなくても、時間をみてキッチンに集まってくれるのがナミさんとビビちゃん。朝からサワヤカな笑顔でアイサツしてくれる。
 そして、隣りあって席について、テーブルでふたりでおしゃべり。ビビちゃんの前だと、ナミさんって ちょっとお姉さんぽくて。ビビちゃんも楽しげにあいづちをうってて。


 ――――カワイイよな。そこにいるだけで幸せな気分にさせてくれんだから、やっぱレディは天使だ。






 早めにやってきて、
「手伝うことねーか?」
とかさりげなく申し出てくれるのがウソップ。
 今日もテーブルふいたり、小皿運んだりとコマメに動いてくれている。気のいいヤツだ。



 チョッパーは獣のサガなのか眠りが浅くて、某船長のイビキのうるさい男部屋ではあまり熟睡できないらしく、うとうとと丸い目をこすりながら現れた。
 朝のアイサツのすぐあと、「いいニオイだ」と笑うしぐさがホントぬいぐるみみてーだと思う。
 本人はバケモノとかいわれたヒデェ過去のせいで、いろいろ自分のこと気にしてっけど、このナリでしゃべってたら(人型化ん時は別として)、たいていの人間は『カワイイ』で済ますよなぁ。



 ビビちゃんのペットでありパートナーでもあるカルーにもドリンクをやって、朝食が始まった。


 といいたいトコだが。






「サンジーっ。ゾロのヤツ起きねぇよー」

 テーブルの上はすでに準備万端。あたたかい湯気をあげるスープと焼きたてのパン。チーズオムレツとサラダ。その他のつけあわせがテーブルクロスをうめつくす勢いで並べられている。

 キッチンに戻ってそれを見たルフィは、盛大にハラを鳴らしてうったえた。



 ――――ゾロ。




「・・・・――――」
 その名前に、身体のどこかがひきつったような痛みを覚えた。


 俺はあわてて、今までの習慣から こんな時はどう対応していたかを思い出そうと記憶をたどる。


「―――― ああ。しょーがねーな。朝はケリ倒しても起きねーだろ。ほっとけ。食っていいぞ、クソゴム」
 検索して出てきたセリフを言ってみた。

 どこか棒読みになっていないだろうか?。不安になったので、ルフィに向かってちょっと笑ってみる。

 ルフィは嬉しそーに にししと笑顔を返して席についた。同時に 大声で『いただきますっ』と手をバチンと勢いよくあわせ、さっそくパンにかぶりつく。




 ――――大丈夫だ。
うまくやれてた。


 俺は内心安堵した。




 アイツは、『みんなで食事』ルールの唯一の適用外。
朝、あの男が起きてこないのは当たり前のことだった。
ルフィが起こしに行っても成功する確率は低い。

 起こせないまま、ルフィだけがキッチンに戻ってくるのもいつものこと。
その後、俺が再度ケリ起こしに行くか、放置して後でメシを食わせるかはその日の機嫌でランダムだったから、俺の態度は問題ない。




 ――――大丈夫だ。







 昼過ぎには島につくと、俺の知る最も優れた航海士・ナミさんは予告していた。
 波はグランドラインには珍しく順調だから、きっとその通りになるだろう。


 朝食の洗い物を終え、キッチンを出た。とたんにひらけた雲のない青い空と、明るく光る海を眺めると、どこかココロが落ち着いた。

 島に着けば、その島のログにもよるが数日は休憩できるはずだ。
そうすれば、そこは海賊の常として陸におりられる。



 今 自分に必要なのは猶予だ。



 何日間かもらえれば、絶対に大丈夫だ。
俺は昨日から、何度も繰り返した言葉をまた反芻した。


 呪文のように。









 ―――― 俺は強い。



 ―――― 俺は強い。打たれ強い。



 弱音なんか絶対に吐かない。



 絶対に、忘れてみせる。
俺はこの船も、船のヤツらも、大好きなんだ。




 ―――― だから、大丈夫だ。




 肉眼で島影が見えるまで、俺はずっと繰り返していた。



 呪文のように。
 暗示のように。





 心臓の鼓動と一緒にうずく、身体の痛みを忘れるために。








 





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 01 11.28