風邪を引いた。
――――― らしい。
今まで、身体の負傷は数え切れないほどで、クルーのひとりに、
「オマエ実はマゾだろ、マゾだな」
と ミョーな疑いすらかけられている俺だが、実は『病気』はしたことがなかった。
なので、
―――― なんだか身体が熱い。
でもヤケドもしてねぇし、なんだろうな?。
などと疑問には思っていたものの、分からずに放置していたのだ。
船医いわく、そのせいで 軽い風邪で済むところを肺炎寸前まで こじらせてしまったらしい。
箱入り息子への求愛行動
〜生き恥編〜
ソファの上にシーツをしいた簡易ベッドに俺は寝かされていた。デカめのソファとはいえ、しょせんソファだ。狭い。
こんなのなら男部屋の床にゴロ寝した方が のびのびしていいと思ったのだが、身体への負担がどうのと 船医の許可がおりなかった。
―――― 風邪か、ひくもんだな。
部屋にひとりでいると、とにかく退屈だ。
俺は他人事のような気持ちで、現在おかれている状況を考えてみた。
―――― 自分が死ぬとしたら、戦って死ぬというビジョンしかなかったんだが。
「肺炎だって、命に関わるんだぞ」と真剣に説くチョッパーに、そうか、俺も病気で死ぬ可能性があるのか、と気づかされた。
―――― あんまり無茶すんのもよくねぇってことだろうな。
とはいえ、チョッパーに解熱剤 (だと思う) ももらったし、体調はさほど悪くはない。もう快復に向かっているようだ。
ひとねむりした後なのでハラがへった。キッチンに行っても怒られないだろうか。そういや、今何時なんだろう?。
つらつら考える。
――――ずっとチョッパーが看病してくれてたが、目がさめるといなかったな。
あ、いや違うか、さっき呼ばれて出て行ったんだった。その物音で目がさめたんだ。
呼んでたのはウソップだったような・・・。なにで呼んでたんだ?。
あ、夕食だっつってたな。てことは今は夕食時なんだろう。この船の食事の時間は決められてるから、七時過ぎというところか。
トントントン
ふいに遠くから、軽い靴音が近づいてきた。とりとめのない思考が中断される。
トントントン
カカトのある靴なのは、床に当たって 硬くはじくような音で分かる。リズムは極めて正確。
誰かはすぐに分かった。
サンジだ。
ウェイターの仕事もやっていたせいか、元からそうなのか、ヤツの歩き方はバランスがとれていてキレイだった。ささいな所作に品を感じさせる。
その容貌とあいまって、よくよく考えてみると、あのチンピラまがいな口汚さの方が似合わないんだが。
控えめに扉をノックされる。
「おー」
あまり力の入っていない声で返事をすると、予想通り、扉を開けてやってきたのはサンジだった。
「やっぱ起きてたか」
左手に大きめの盆を持って、いつものスーツ姿の男が 無表情にこっちを見下ろした。
なにがやっぱりなのか、フシギに思って問い返すと、
「オマエ、ちょっとの気配で目覚ますだろ」
抑揚のない声音が返ってくる。
しゃべりながらも、サンジはソファのわきに きゅうきょ設置された小テーブルの上を手際よく片付け、盆を載せた。
―――― 確かにそうだ。
日頃は寝汚く 時化でも目を覚まさない俺だが、今のように自分の体調が悪い時に熟睡などできない。
仲間のいる船だというのに、身に染みついた習性としかいいようがないが、どこか緊張が残っていた。三本の刀はかわらず、利き腕のすぐそばに寝かせてある。
チョッパーが枕もとに張りついていたことで、もともと眠りが浅かったというのもあるのだが。
実際、ウソップが来て、ヤツラが出て行った気配で目を覚ましたのだから、サンジの言葉はまさに正解だった。
暗に、「俺たちを信用してないのか」と責められている気もしたのだが、そんなつもりはないらしい。ホッとしたような、居心地が悪いような。
―――― 信用してないわけじゃねぇよ。
外傷もないのに身体がダルいなんて、慣れなくて戸惑ってんだ。
聞かれてもいないのに、弁解したくなってくる。
テーブルに置かれた盆から、薄く白い湯気が天井へと上がっていく。
視界にはうつらないが、粥や飲み物を運びに来てくれたのだろう。今みんなは食事中に違いない。いつだって『船員一緒に食事をする』のは、このコックのルールだからな。
サンジは俺が寝てるソファのわき、ちょうどテーブルに手の届く位置に腰をおろした。ソファが細身の身体の負荷を受けて沈む。
手を伸ばせば触れられる距離なのに気づくと、我知らず心臓のテンポが上がった。
――――食事を運んで、すぐUターンしちまうワケではないらしい。
嬉しいような、弱ってる自分を見られるのが恥ずかしいような。
複雑な気分だ。
―――― キッチンで、ルフィは今ごろスネてるかもしれねぇな。
そう思うと、なんとなくおかしくなる。
あいつがメシ時に異常に騒ぐのは、メシのせいもあるが このコックのせいもある。
まるでガキみてぇに関心がひきたくてたまらないのは、周りからすれば一目瞭然なのだが。ニブいのか、その対象であるコイツは一向に気づく気配がない。
それに対して、どこか安堵している俺も、いたりするわけなんだが――――。
などと、ルフィのことを考えて ちょっと勝利者気分にひたってた俺だが。
珍しくタバコを吸っていないサンジのとった異常極まりない行動に、勝利の気分が一瞬で飛んでいった。
「食えるか?」
と、優しく尋ねて俺の身体を起こした後、
さも当然のように、ひと口分すくった粥のスプーンを俺の前に持ってきたのだ。
「―――・・・・・」
愕然・唖然・呆然としてしまって声もない俺。
に対し、普段なら少しでも意に添わない言動をとろうもんなら、すぐに足・または暴言の飛び出すコックなのに。
今日に限って。
なんと、にっこりと笑った。
「そんな熱くねーから」
「―――― はぁ」
マヌケなあいづちを打ってしまう。
粥のはいった椀を片手に、もう片手にもったスプーンを差し出すサンジ。
「・・・・・・・・」
―――― これは・・・・。
いわゆる、『はい、あーん』の世界だろう?!!!。
昔、なんかのCM・・・、風邪薬か?、とにかくなんかで見たシーンが頭の中にいくつも浮かんだ。それはたいてい、微笑ましい母と子だったり、新婚夫婦だったりもしていたわけだが・・・・・・・・・・・。
よりによってサンジが、よりによって俺に、よりによって『はい、あーん』をしてくれるワケ、といったら。
ワケといったら・・・・・・・―――。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
思い至った途端、頭の中が真っ暗になった。
―――― そうか・・・・・・そうだったのか・・・・・・・・。
「?」
俺の顔色が変わったのに気づいたらしく、サンジが気遣わしげに俺を見やった。その、心配のこもった青い瞳を見ていると、悲しい現実に心が押しつぶされそうになる。
「俺・・・・ダメだったんだな・・・・・・・・・」
熱のせいでカサついた唇からもれた声は、低く暗かった。俺の想いそのままに。
「??、どーしたんだ、ゾロ?」
またも珍しく、名を呼んでくるサンジ。
―――― いいんだ、もう隠さなくて。
意を決して、俺は自分から口を切った。
「―――― ホントは風邪じゃねぇんだろ。俺・・・・、不治の病なんだな・・・・」
俺が倒れるなんて、おかしいと思ったんだ。
チョッパーも神妙そうに説教して、なんの薬か説明しないで「よく飲んで寝ろ」って言うだけだったし・・・。
大体、普段あのタイドのこいつが俺の横に腰かけて、『はい、あーん』なんてやってくれてることから考えて、
『死ぬ前にいい思いさせてあげよう』
とか、船員会議で決定したに決まっている。
「フチの病・・・・?。フチ?。フチってなんだ?」
スプーンを持ったまま、サンジが首をかしげた。
金髪がその動作にあわせて揺れる。
室内の光でも淡く発光するようなその髪も、もう見れなくなってしまうのか・・・・と思うと感慨深いが、こっちの感傷も無視するバカっぷりは変わってねぇな・・・・・、アホコック。
自分の病状を説明するのも悲しいが、俺は言葉を知らない男のために ご丁寧に字も書いて説明してやった。サンジのアクセントだと、「淵の病」と聞こえたからだ。
紙が近くにないので、空中に『不治』と大きく指で書く。
「もう治らねぇ病気ってことだ・・・」
―――― 戦って死ぬと思ってたのに。
本当に病で倒れるとは。人生なんて分からないものだ。
しかし、俺の説明を聞き終わると、サンジはまた俺の感傷を無視して つきぬけた声をあげた。
「違うっ!!。そりゃあ『フジ』だ!!!。フジの病が正しいっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・フチの病だろ」
「フジの病だ!!。そこは濁る!!。ぜってぇ濁る!!。ドラマでもそう言ってた!!!」
どーん、と効果音もつけて、サンジはスプーンの先で俺をビシッと指差す。
だが、俺も負けてはいられない。
「無茶いうな。間違ってるぞおまえ。治るって字なんだから『ジ』とは読まねぇよ。音読みはタチツテトの『チ』だ!!」
「いやっ、フジだ!!。俺、富士山のフジかと思ってクソジジイに笑われたことあんだ、間違いねぇっ!!!」
両者、一歩もひかないままニラみ合う。
が、先に退いたのは俺だった。というか、いつもたいてい俺だが。
「もういい。治らねぇのは変わらねぇからな・・・」
視線を伏せてつぶやく。
つられたのか、サンジも幾分シュンとしてうなずいた。
「そうだな・・・、聞いててゴロがいいのはフジだけどよ」
うなずいたクセに、まだ『フジ』説を推していやがるのがコイツらしいが、反撃はやめよう、と思った。
俺があとどれだけ生きられるのか分からない。チョッパーにきちんと聞かなくちゃならないが、できれば記憶の中に、この男をたくさんとどめていたい。
それが笑顔だったら、なおさらだ。
サンジは、
「ちょっと冷めちまったけど」
と言って、またスプーンをさしだした。
今度は素直に口を開ける。
まだ十分に温かい、薄味の粥。
こいつの料理も、大事に食って、覚えとこう。
食い終わるのを待って、また次のひと口を運んでくれる。
時折、「水飲むか?」などと言葉を挟んで、献身的に世話をやいてくれる。接客業について長いためか、行き届いている。
病人用の、いつもより量の少ない夕食は、いつもより時間をかけたとはいえ長くはない。
身体のだるさは さらに軽くなっていたが、それは薬と、サンジに優しくしてもらって嬉しい気持ちから そう錯覚しているのだろう。
カラになった椀を、サンジはまた盆の上に戻した。
陶器が触れるカチャリという涼しい音。
役目が終わったから、サンジはいなくなってしまうのだろうか。
十分尽くしてもらったくせに、まだたりないと思う自分がいる。
平常時からしたら破格の扱いだ。それが同情と義理からくるものだとしても、嬉しくてたまらなかった。
「行くのか」
俺用にグラスに水 (湯冷ましらしい) を足してくれていたサンジの横顔に声をかけると、すぐに振り向いてくれた。
青い瞳。
そうだ。ずっと見ていてくれ。
お前も、俺を忘れないでくれ。
死ぬまで、そばにいてくれよ。
「どうした?。まだ食いたりねぇの?」
まるでコドモに対するような 格段に優しげな声を出して、俺の額にひんやりとした指があてられた。
――――冷たい。
「熱・・・・・まだあんのかな。よく分かんねぇや、お前の平熱知らねぇし」
冷えた細い指先はすぐに離れていってしまった。
「チョッパーに、食い終わったら知らせろって言われてんだ、薬飲まねぇとな」
指を離したのと一連の動作で立ち上がるサンジ。その腕をつかんだのは、意思というよりは反射の域だった。
「行くな」
俺の懇願に、サンジの目が丸くなる。
驚いた表情で、自分の手首をつかまえたままの俺を見下ろした。
が、それも一瞬のこと。
サンジは柔らかく微笑んだ。俺の手は振り放さずに、またさっきの位置に座り直してくれる。
そのまま動く気配はない。
少し安心した俺は、つかんだ手の力をやっとゆるめた。
加減ができなかったため、シャツの袖から のぞくヤツの手首には はっきり俺の指の跡が残っている。痛々しいほど。
それでもサンジは文句ひとついわずに、ゆるんだ俺の手を逆に握ってくれた。
「行かねぇから。寝てろ」
―――― ひょっとしたら、俺はもう目が覚めないのかもしれない。
睦言ともとれるような甘い声を聞きながら、心のどこかで、そう感じた。
でも、それでもいい気がした。
戦って死ぬんだと決めていた。まだ未練がある。野望がある。
―――― それでも。
お前のそばで死ぬんなら、それも悪くない、と思った。
最後に食ったのは粥か。
お前の作る料理、みんな好きだったぜ。砂糖菓子とか、苦手だと思ってたんだが、お前が作るデザートも 修行の後に出してくれたオヤツもうまかった。ルフィに横取りされてマジギレするくらい。
お前の料理、好きなんだ。
お前のことも好きなんだ。
ルフィみたいに、素直に言えねぇけど。
大好きなんだ。
大好きなんだ。
幸せになってくれ。
―――――――――サンジ。
01 11 11(ゾロ誕生日v)