―――――― 翌日。
俺は、死んではいなかった。
むしろ、かなりの『生き恥』はさらしていたのだが。
目が覚めた時、左手にはもう、ひんやりとした指の感触はなかった。
いつ それがはずされたのかは覚えていない。
人のそばでは熟睡できないと思っていたのに、見事に寝入っていたようだ。
男部屋は また無人だった。
のびをして、上体を起こしてみる。
関節が鈍く痛む、あの、ケガとは別の身体のだるさがとれていた。ずっと同じ姿勢だったせいか首がこっていたので曲げて関節を鳴らした。なんとなく気持ちがいい。
この部屋には窓がないから、またも時間がわからない。ソファサイドのテーブルの上には 夕食の盆はなかった。きれいに片付けられている。
体調に全く問題がなかったので そのまま起きることにする。
薬のせいか?。なんか、いつも通りだな・・・。
不調がないのが逆に不安だ。
あんまり大怪我をすると、逆に痛みを感じなくなる。
病気もそうなんだろうか?。
なんたって、『不治の病』なんだしな・・・。
向かうのは やはりキッチンだった。
思えば、最近はキッチンの中に入り浸ることはないまでも、いつもキッチン近くの場所を陣取って昼寝していたと気づく。
自然になんのてらいもなく中に入ってつまみぐいするルフィや、飲み物をねだるナミやビビ。サンジのそばで本を読んでるチョッパー。必殺技の材料をもらったり、後片付けの手伝いをしているウソップ。
―――― そんなヤツらを、少しうらやましいと思いつつ。
昼寝したり。たまに刀の手入れしたり。
キッチンからは複数の気配がした。
食事時なのか、みんなキッチンに集まっているらしい。
太陽や星で、時間や天気を見るなんて芸当は俺にはできないから、照りつける日の光を受けて、「いまは昼か?」と思うくらいが関の山だ。
キッチンの扉を開けると、全員の視線が一斉に俺に向けられた。
「よぉ」
後ろ手に扉を閉めつつ、アイサツする。
次の瞬間。
「「「「ぎゃははははははっ」」」」
爆笑が、キッチン内を占拠していた。
―――― な、なんだ!!!?。
ビックリしたのが最初。だが、しばらくその笑い声を聞いていると、ムカつくと同時に寂しさがこみあげてきた。
―――― こ、こいつら・・・、俺が明日とも知れない命だってのに・・・・笑うか・・・。
俺はむしろ、てめぇらが気をつかわなくて済むように、あえていつも通りにしたってのに・・・。俺のこの けなげな気遣いをどーしてくれるっ!!。
いろんな感情のせいで すぐには言葉が出ない俺にかわって、笑いがひと段落したナミが、涙目をこすりつつ俺を見た。
「ハイ、よく眠れた?」
「―――― ああ」
無愛想に答えると、ナミは探るような視線で俺を見上げる。
言い忘れてたが、連中は食堂のテーブルに並んで座ってメシを食っていたところだった。
サンジだけは、給仕していたためだろう、席にはつかずに立っているが。
俺の様子からナミは何かを察したらしく、得意の説明口調になった。
「・・・とりあえず、ムダに悩まれても困るから教えとくけど」
―――― なんだ?。
「あんた、別に不治の病でもなんでもないから」
――――え?。
そして俺は知った。
サンジの手をとったまま静かに眠りについた―――― と、自分では思っていたのだが。
俺はどうも寝ぼけていたらしく。(後からチョッパーに聞いたら、夕食後に薬を飲まなかったせいで熱が上がったためだろうということだが)。
眠りにおちる直前に強く思ったことを、何度も繰り返し、口に出していたらしい。
いわく。
大好きなんだ。
大好きなんだ。
死んでも絶対忘れないから。
幸せになってくれ。
ほかにも、たまには墓参りに来てくれだの、『鷹の目』に会ったら、事情を説明してくれだの。世界一になるという、くいなとの約束がどうのだの。
お前が誰かを好きになっても、幽霊になってそいつを呪うようなことはしないから安心しろだの。
さんざん、言ったらしい。
もちろん、サンジに向かって。
握ってもらっていた手にすがりついて。
夕食が終わって、心配して俺の様子を見に来たクルー達にも、当然それは見られたわけで。
むしろ全員そろって『見せ物』よろしく、俺のうわごとの『遺言』を、終わるまで (けっこう長かったらしい) 聞いていたという。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
頭もカオも、海より真っ青になった。
「ま、『遺言』ってより告白だったけどねー」
思い出してておかしくなったのか、ナミがまた吹き出した。つられたようにみんなも笑う。
「普段健康なヒトが 病気になると意外にモロいって、ホントなんですね」
ビビも肩をふるわせている。
チョッパーは、隠してるつもりらしいが笑ってるのは歴然のカオで、
「風邪だって言ったのに・・・。そりゃ風邪をナメるなとは言ったけど、俺、死ぬなんて言ってないぞ!」
ちょっと複雑そうに。
ルフィとウソップはとにかく大笑いだ。バカだなーだの、俺を指差しさんざん言っている。後で覚えてろよ。
――――・・・。
一体、どうなってんだ?。
いまいち事態がのみこめない。
そもそも、俺が不治の病じゃないだって?。
そんなわけがない、だって――――。
「サンジ!!」
俺のためにだろう、グラスにレモン味のミネラルウォーターを注いでいた料理人に向かって声をあげた。
スーツのジャケットは脱いで、グレイのエプロンをかわりにつけたサンジがグラスを渡してくれながら、
「あに?」
ふざけた返事をよこす。
タイドは昨日と比べると格段に悪い。いつもの斜に構えたスタンスで、でも ちょっと面白がっている表情を浮かべていた。
「お前がっ、俺を不治の病だって言ったんじゃねーかっ!!!」
つい怒鳴る。
狼狽している俺と対照的に、相手はいたって平静に、
「言ってねえ」
間髪いれず、切り返してきた。
―――― ウソをついている口調ではない。
いや、この男はウソがうまいから、ホントはどうか知れないが、少なくともその様子からは ごまかしが感じられない。・・・・が。
「でも昨日、フチかフジかでモメたじゃねーか」
そのやりとりはもちろん覚えている。
やはり熱があったのか、記憶には少しおぼろげな所もあったりしたが、ここははっきりと断言できた。
サンジも浅くうなずいて肯定する。
ほかのメンバーは 好奇心まるだしのカオで俺たちのやりとりを見守っていた。また見せ物かよ。ルフィのみ、スゴイ勢いで食いつつだが。
「確かにな。ぜってぇ『フジ』だ」
まだ言うか、コイツ(怒)。フチだっていってんのに。
しかし今はそれどころじゃない。
「話題にでたんなら、そー言ったってことじゃねぇか」
「話題には出たが、言い出したのはてめぇだ」
「なんで俺が、自分が不治の病だなんて分かるんだよ?!!」
「知るかよ。様子がおかしーとは思ってたんだが・・・。大体、寝込んでる病人に向かって、『お前は死ぬ』なんて、ジョーダンでも言うわけねぇだろ」
サンジはあきれたように ため息ひとつ。
「・・・・・」
―――― 言われてみればその通りだ。
この男は殺したくなるほどイヤミな時もあるが、節度やモラルをわきまえている。
それに、昨日のサンジは超がつくほどに優しかった。「お前は死ぬぞ」なんて宣告されたわけはない。
「どーして死ぬなんて思ったの?、Mr.ブシドー」
ほかの連中よりは いくらかマジメに聞いてくれてたらしいビビが、細い眉を寄せて尋ねてきた。
「どーしてって・・・」
言われて、俺も改めて昨夜の出来事を思い出す。
サンジがチョッパーといれかわりに食事を持ってやって来て・・・・、それからすぐに、自分はひどい病気なんだと信じたような・・・・。
「あーっ!!」
突然声をあげた俺に、そばにいたサンジがびくっと硬直した。
俺が壊れたとでも思ったのか、幾分怯えた表情で、
「大丈夫か?」
なんて聞いてくる。
そのシャツの胸倉を乱暴につかみあげた。渡してもらったグラスは、そばにいたビビにとりあえずパスしてから。
「やっぱりテメーのせいじゃねぇかっ!!。てめぇにあんなことされたら、誰だって余命いくばくもないって思うだろぉぉーっ!!!」
「え? え? 何?」
非常に珍しく、サンジは困惑を隠せずに慌てていた。
力任せにシャツをひっぱられているというのに、抵抗もしてこないのがいい証拠だ。
が、胸倉つかんだ俺の手は、突然にょん、とのびてきた腕にはばまれ むりやりべりっと外された。
腕を『伸ばす』なんてのが可能なのはこの船ではひとりだけだ。もちろん船長。
ちらっと見やると、もともと三白眼ぎみの目を さらに三角にして俺をニラんでいた。動物の威嚇行動をなんとなく想起させる。
無我夢中で食ってたかと思えば、俺がコックに近づく (いや、さっきのはそんなイミでは全然ねぇけど) のをすかさず阻止してくれるあたり、こいつはホントに油断ならない。
まあ今はそれはともかく。
「俺 お前になんかしたっけ?」
そう、それだよ!!。
きょとんとしているサンジに、俺はまた怒鳴った。
「お前がなんともなってない、しかも男にメシ食わせるなんて、『冥土のみやげ』としか思えねぇだろがっ」
「何言ってんだよゾロ。サンジはいつも俺たちにメシ作ってくれるじゃん」
がなる俺の横から、心配そうにかかった声。ウソップだ。
しかしその意見は、全然的を外している。
いらだって、
「ちがうっ。スプーン持って『はい、あーん』ってやるヤツだっ!!」
勢いにまかせて怒鳴る。
とたん、キッチンが水を打ったように静まった。
「「「「「―――――――――え・・・?」」」」」
ポカン、と口をあけた面々が、視線を俺からサンジに移していく。
つかんでいた俺の手がはずれたことで、乱れた襟元を神経質な手つきで直していたサンジは、注がれる視線に気づいたのか、ひょいとカオを上げた。
それから、なぜか誇らしげな、「エッヘン」という擬音がつきそーな表情で胸を張る。
「そーなんですよナミさんビビちゃんっ。俺、頑張って看病したんだぜっ。褒めてくれ!!!」
「・・・・・・『はい、あーん』って、やったの・・・?」
ナミがさすがに目を丸くしている。いつもの、ヒトをナメきった毒舌も、とっさには出てこないようだ。
「そりゃもう。こんな筋肉マンでも風邪っぴきですから」
他のメンバーの驚きようには まるで気づかないらしく、サンジはまだ、『褒めてv』とねだっている。
「イヤお前、風邪ひいてたからって、ゾロにそんな・・・」
固まっていたウソップがようやくツッコミを入れたが、サンジは逆に眉をいからせ、
「病人にそうすんのは当たり前だろ?。意外と冷てぇんだな長っぱな。こー見えても俺は、自分はかかったことねぇが、看病は得意分野なんだぜ!」
主張している。
「「「「「―――・・・」」」」」
またも、一同黙り込む。
なんとなくルフィに目がやれない。船長の座っているあたりから、ドス黒い殺気がただよっていた。もちろん、まっすぐ俺に向かって。
「バラティエでも、ヤロウ共が寝込むたんびに夜っぴて看病してやんのは俺の役目だったからなー。まあ、個室もってんのが俺とジジイだけだから、ベッド貸してやるうちに自然とそーなったんだけどよ」
サンジはまだ褒められたいのか、ペラペラとしゃべり出す。
「最初は苦しんでるヤツに、どーしたらいいかなんて分かんねぇし。ホラ、テメエが病気したことないから、想像つかねんだよ。困ってたら、そいつが看病の仕方教えてくれてさ」
「そいつって?」
サンジの語り口はわかりにくい。ナミが絶妙な間合いで補足説明をもとめた。
「あ、バラティエのコックじゃねぇけど、前に客で調子悪くなったヤツがいたんですよ。お得意だったから、看病することになったんです」
「ありがと。続けて」
そして、こんな調子で かなり行きつ戻りつ飛躍しつつ、分かりにくいトークが展開されて。
ナミやビビが適切な あいの手をうったことで、ようやく俺にも、そしてクルー一同にも事態がつかめてきた。
「病人は、元気がなくて身体を動かせないから、メシを食わせてやることと、服を脱がせて身体をふいてやること。眠れなかったら手をつないでやること。寒いっつったら一緒に寝てやること!!。どーだ!!、完璧な看病ぶりだろう!!」
「「「・・・・・・・・・」」」
――― 看病じゃないのが混じってるぞーっ!!!。
そう叫びたい。
―――― そ・・・そうだったのか・・・・。
あいつがあんなサービスいいから、てっきり俺も長くないなと思ってたんだが・・・。
こいつにとって、『看病』ってのはこーゆーことだったのかーっ!!!。
サンジは、『当たり前の看病』のつもりで病人の俺に接していただけらしい。
最初にサンジに看病させたという、バラティエの客とやらが気になる。
―――― なんなんだよその客・・・間違ってるソイツ!!。いや、故意に間違った知識を教え込んだに違いねぇ!!。
今まで看病された連中も それに気づいたろうが、自分に都合がいい勘違いを わざわざ違うと教えてやるヤツもいなかったんだろう。
それでこいつは延々と、勘違いしたままだったということか・・・・・・。
愕然としている俺とルフィだが、ほかのメンバー(特に女二人)は とっくに持ち直したらしく、楽しそうに『サンジ流の看病』について聞き出していた。
中には、薬は口移しで飲ませてあげると、錠剤をイヤがるヤツでも大丈夫、だの。
(じゃあ、あの時薬があったら、サンジとキっキキキキ・・・・スできたかもしんねぇってコトかーっ!!。なんつー不覚!!)。
熱が38度をこえたら、熱くなりすぎて危険だから、怖い話をして寒がらせるのがいい、だの。
(それは別に誰にやっててもいーけどよ・・・。でも枕もとでずっと怪談語られるのもなぁ・・・)。
眠るまではそばにいてあげる、だの。
(・・・てことは、昨日も俺が完全に眠るまでずっといてくれたのか・・・、起きた時いなくて、ガッカリしたんだけどよ)。
―――― それにしても。
サンジは今まで、幼少期を客船で見習いコックをし。
オーナー・ゼフと出会ってからはずっと、あの海上レストランで育ったと聞いたが。
「これも・・・あるイミ 箱入りってことなんだろうな・・・・・・」
俺もかなりの生き恥をかいたが。
お前も俺たちから『常識知らずのボンボン』の烙印を押されたんだぞ?。
「・・・・・・・・・・・・・」
―――― 気づいてねぇみてぇだし。
面白がってる航海士も、某国の王女も。
淡い期待を持ってる、狙撃手も船医も。
淡いどころか、絶対次は自分が病気になってやる!!!(←むしろ仮病で) と誓っているに違いない船長も。
もちろん、俺も。
勘違いを正してやる気はねぇんだから、こいつの箱入り状態は続く。
多分、ずっと。
END
不治の病は、「フチ」でも「フジ」でもよかったと思います(笑)、確か。
ゾロは「治」は、「タチツテトのチ」としか読まないと言ってますが、湯治(とうじ)ってコトバもある通り「ジ」とも読みますし。
By.伊田くると
01 11 11(ゾロ誕生日v)