船医の太鼓判ももらい、俺は完全快復した。


 自分でもキズの治りが早い方か?、と思っていたが 病気の治りも早かったらしい。


 いつも通り、寝て、鍛錬して、メシ食って、たまに敵襲にあったら応戦して、の―――― あわただしいが それなりに平和でふつーの毎日に戻った。



 はずだが。









箱入り息子への求愛行動

その2・赤っ恥編〜







 めずらしい病は俺の船での立場を微妙に、いやあきらかに変えていた。

 寝ぼけてたんだか 熱にまいってたんだか、とにかく俺はサンジに告白してしまっているのだ。
 しかもヤツの手を握って離さずに。


 しかもしかも、クルー全員、あいつらの見てる前でぇぇぇぇっ!!!。




 ―――― いかんいかん、思い出しただけで血圧が上がるとこだったぜ。






 とにかく、この一件があってから。

 船内での俺の立場が明らかにダメになってるっ!!!。



 昔 (つってもちょっと前だけどよ) は、船に乗った頃のビビなんか、
「Mr.ブシドーって、本当に『サムライ』ってカンジね。潔くて立派だわ。戦う姿も とても凛々しいし。ふだんは寝てばかりなんてナミさんは言うけど、有事に備えてるのね」
 なんて、手放しで俺を絶賛してたというのに!!!。

 今じゃあ、
「Mr.ブシドー、ちゃんとオヤツ ルフィさんから守ってあげたから。ドーナツ一個とられたくらいでマジギレしちゃダメよ?」
 だの、
「ホントはキッチンに入りたくて仕方なかったのね。私の後ろについてきてもいいから。さっ行きましょ」
 だのと言ってくる始末。




 ―――――― ナメられている。


(ビビの後ろにおとなしくついてってる俺もダメだってのは分かってるんだが・・・・・)。



 それでも、まだサンジのいない所でからかってくる辺り、ヤツに比べたらマシだ。さすが王女、デリカシーがある。



 ヤツとは誰か。



 分かるだろ? ―――― そう。
テメエをこの船の帝王とでも思ってるに違いない、あの魔女だ。

 魔女とは俺もいいたとえだよな・・・。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の魔女って、アイツみてぇなヤツなんじゃねぇかな・・・?、しかしアレ怖かったよなー・・・。あーゆー救いのねー終わり方の怪談が一番クルよなぁ・・・。


 なんでか知んねぇけど、前に ある港町でサンジの買い出しにつきあってたら突然観たいとか言い出しやがって、それで映画館に入ったんだよな。
 そのチケット代で俺の酒一本減らされたんだけどよ。
まあお前とデートできるんなら安いもんだと思って、表面では仏頂面を必死に保ってたが 内心はバンバンザイだったんだけどな!!。

 誤算だったのは、観たがるだけあってサンジって怪談平気ってか むしろ大好きの部類らしーのはちょっとヒイたが・・・。俺のが怖がってるってそりゃどーだ?。
 




 ―――― 映画はともかく、俺の弱みを握った魔女ことナミは、以前以上に俺をつつきまわして喜んでいる。

 ヘタに頭脳明晰なせいで、俺がサンジに語った (らしい) 告白を一言一句暗記してやがるのがまた憎らしい。


 ―――― 俺が知らねーってのに、なんでお前がペラペラと言う?!!。


 しかも、聞いてて恥ずかしくならずにいられないセリフだった・・・。
俺は頭の中じゃそんな乙女なこと考えてやがんのか・・・。知られざる自分の一面を垣間見てしまった・・・おそるべし、風邪・・・。




 ナミのように面白がってからかってはこないものの、ルフィは俺に対して警戒度が格段にアップして、サンジに近づけまいとしてるし。


 ウソップは、
「まあイロイロあるさ。―――― 若いし・・・船の上だし・・・」
とかなんとか、意味不明なこと言ってポンと肩に手をおいて去ってくし。


 チョッパーは 俺のことを『風邪なのに死ぬと勘違いしてた、モノを知らない人』という認識になったようで、ガキでも分かることをいちいち説明入れてきたりするから少々ウザったい。






 が。
一番の問題はサンジだ。



 時間がたつにつれ、もうひとつ問題が出てきたのだ。

 そもそも、俺がこっ恥ずかしい告白をしてしまった引き金は このコックにある。
 こいつが間違った『看病』をしたから、単なる風邪を不治の病だと俺が勘違いしたんだからな。


 風邪が治った直後は、こいつのその『看病』のおかしさに気をとられて気づかなかったんだが―――――。






 そう。

 俺は、サンジに (熱烈に) 遺言というか告白をしている (はず) なのだ。



 大好きだとか。
死んでも忘れないとか。
 いろいろ。



 なのに、何も反応がない。
ノーリアクションもいいところだ。



 どうしてだ?。




 俺の目下の悩み事だった。














 ヤツの真意が知りたい。
その思いは日増しに強くなっている。

 が、サンジに近づくことができないでいた。


 もともと ヤツとふたりきりになる機会なんざ、買い出しの荷物もちだの、夜のキッチンでつまみを作ってもらうのを待ってるくらいしかない。
 サンジはたいていキッチンにいるし、そこはみんなの溜まり場だからな。

 当面、陸につける予定はないし・・・。
なら、いつものように夜のキッチンで酒をもらいに行けば必然的にふたりになれるハズなんだが。

 実際、何度もそうしてるんだが。



 さっきも言ったとおり、ジャマしやがるヤツがいるのだ。
ナミが自分を帝王と勘違いしてるなら、コイツは絶対サンジを自分のものと勘違いしてるに違いない・・・・・そう、ルフィだ。


 ルフィにとって俺の警戒レベルが、ぐんと上がったらしいのだ。
以前は、修行の後にサンジが気を利かせてもってきてくれる飲み物を飲んでるちょっとの間とか、夜のキッチンでの時間はふたりきりになれてたのだが、今のルフィはそれも許さないことにしやがった・・・らしい。


 今まで以上にサンジにべったりで、どこに行くにもついてくる。
夜も、サンジが仕事を終えるまでキッチンにいるから、どうやってもふたりきりになんかなれねぇ!!!。


 かといってルフィのいる前でこの間のことをムシ返せるほど、俺は恥知らずじゃないし。





 ―――― どうしたもんかな。






 キッチンの外周を右往左往しつつ、方策を練る。
まずふたりきりになって、それから先のことも考えなきゃならない。サンジといるとどうも冷静になれなくて、それが裏目に出てケンカになったり恥をかいたりが多いから、ここは慎重にいくべきだろう。


 しかし。
誰かキッチンに入らねぇかな。


 そっちも気になる。
昼飯を終えてからずっと、キッチン内にはサンジとルフィのふたりだけ。


 ―――― 俺がふたりになれなくて悩んでるっつーのに、ルフィのヤツ、よくも独り占めしやがって・・・。


 俺が間に入ればそりゃふたりきりにはならなくなるが、用もなくいるとイヤそうなカオされるしな・・・(なんでルフィはよくて俺はだめなんだ)。飲み物はちょっと前にもらっちまったし。


 ―――― うーん・・・。







 悩んでいると、遠くで人の動く気配がした。
案の定、少したって ミカン畑のかげからシルエットが見える。ビビだ。
向こうもキッチンの前にいる俺に気づいたらしく、視線があう。

 黄色のワンピースが強い風にパタパタとなびいていて、海と空で覆われた船の上だととにかく目立つ。

 ビビは笑って近づいてきた。楽しそうにしているのは、俺がまたキッチンに入れないでいるのに気づいたからだろう。
 まずいところを見られた。多少気まずかったが、今さらどこかに移動するのもおかしいか。



「この服、ナミさんからもらったの。ナミさん背ものびたし、もう着ないからって」
 歩み寄りながら、短めの丈のはしを持ってそう言いだす。

 急な成りゆきで船に乗ることになったから、ビビはなにかと不便なんだろう。陸につくごとにこまごま補充はしていても、のん気に買い物できる平和な島も少ないしな。
 服なんかはナミのものを借りたりしているらしい。

 あいつはムダに量を持ってるから もっとふんだくってやれよ、と言うとビビはおかしそうにまた笑った。
 国のことが気にならないはずがないが、明るく振る舞うその根性は気に入っている。

 ビビは俺の隣まで来て歩を止めた。そのままキッチンに入るそぶりはない。別に用があったわけではないようだ。退屈してたのかもしれない。俺と話してても楽しくないと思うんだが。
 サンジのことをからかわれないなら問題ないので、特に何も言わなかった。


 今日は風が強いから、絶えずビビの長い髪はなぶられている。
片手でおさえつけているが どうにもジャマそうだ。長髪は海賊には向かないな、と どうでもいいことを考えた。


「実はね」
 ビビはカオは俺に向けたまま、目線だけをキッチンに流した。


「私、気づいたんだけど。サンジさん、ひょっとして・・・」





「「!」」

 そう言いかけた所で、ひときわ強い突風が吹いた。
ビビの身体がとっさにバランスをとれずにゆらぐ。

 俺も一瞬ぐらついたぐらいだから、ウェイトがないとつらい。転倒しないように乱暴にビビの身体をひっぱった。
 ビビの腕はあいかわらず髪を押さえるのに上げられていたため、背中を支える。自分のそばに引き寄せた格好だ。

 少し手荒だが、転倒をまぬがれたビビがホッと身体の緊張を解いたのが分かった。


 ガゴン、と何かがぶつかる音がどこかで聞こえた。甲板に積んであった荷物が突風で転げたかしたのだろう。





 風はすぐにやんだ。
グランドラインの気候のせいか、突然の強風は多い。嵐がきたかと思うほどだ。
 そしてウソのようにやむ。ナミがなにも言っていなかったので、ただの偶発的な突風なんだろう。



 姿勢を立て直そうとした時、キッチンの扉が開いた。
あの音は室内にいても耳に届いたらしい。
 被害を見に来たのだろうサンジは、扉の外にいた俺たちを確認すると、右目をみはった。


 そして、何か言いたそうに唇が開く。
が、すぐにまた閉じられた。


 ―――― なんだ?。


 と、相手の様子に少し不審を抱いた途端、



「てめぇっ!!!」


 いきなりサンジが怒鳴りつけてきた。

 とにかく怒っている。
ように見える。

 眉間にはハッキリと『不機嫌』を表したシワがよってるし、腰に手をあてた仕草が ルフィに説教する時と同じポーズだ。


 怒りの対象は俺らしい。


「なんなんだよてめェは!!。あんだけのこと言っといて、舌の根もかわかねぇうちにもう浮気かオイ!!!。しかも相手がビビちゃんってどーいう了見だこのクソ野郎!!!」
 よくそこまで舌が回るな、と感心したくなるほど早口に、明瞭な発音で責められた。


「―――― あ?」

 よく分からないが、俺がビビといるのが気に食わないらしい。
と、そこまでは分かったが、その剣幕に言葉が挟めなかった。



 ―――― 浮気?。


 そう言われて自分のカッコウをよくよく見てみると、左腕ははっきりビビの腰にあてられて 強く抱き寄せていたままだった。



 ―――― なるほど。

 イチャついてるよーに。

 見えなくもねぇか。



 とりあえず手を外す。
ビビも、さっきまでの世間話をするにふさわしい距離にスッと戻った。
小さく、「ありがと」と言ってから。


 しかし、



『あんだけのこと言っといて、舌の根もかわかねぇうちにもう浮気かオイ!!!』



 まくしたてていたセリフを思い出す。
あんだけのこと??、それって――――。


 サンジはまだぷりぷり怒ったまま、それでも心配そうにビビに、
「大丈夫?、ヘンなことされてない?」だの、
「セクハラってのは立派な犯罪なんだからね!!、俺がちゃんと実刑くらわせとくから心配しないで!!」
 だの言ってるが、勝手に性犯罪者にされた俺はそれどころじゃなかった。



 
――― コイツ、覚えてんじゃねぇかーっ!!。



 あんまり今まで無反応だったから、俺の告白を忘れてるんじゃないかと半ば疑っていたのだ。
 俺と違ってサンジはその時普通だったんだから寝ぼけるなんてことはないんだが。あまりにもタイドが『なかったこと』みたいなそぶりだから、そう思ってしまったんだが。


 ―――― しかも、浮気って―――。


 俺の告白はちゃんと覚えているのだ。
しかも、俺とビビのことを誤解して怒っている。


 なにより、『浮気』なんて言葉が出てきたことから考えて――――。



 ―――― これは・・。



脈あるだろオイ!!!。



 ふってわいた幸運に、俺はビビに感謝した。
さすが王女だ・・・!!、サンジはナミの野郎を『女神』とかぬかしてるが、その称号はこいつにこそふさわしいだろう。


 内心大きく「っしゃああああ!!!」とガッツポーズの俺。そのまま祝杯でもあげたい気分だ。

 病の勢いで告白してしまったが、サンジはちゃんとそれを覚えていて (むしろ俺が忘れてしまってるんだが)、しかもヤキモチをやいてくれている!!!。

 タイドがまるでいつもと変わらなかったから不安だったが、サンジの中ではきっと俺は『コイビト』ということになってるんだ。そうに違いねぇ!!!。


 ビビが、「支えてくれただけだから」と俺の代わりに説明を入れてくれた。
サンジはまだ少し納得いっていない様子だが、安心したようにうなずく。
 その安堵の表情がやけにかわいくて、俺は誤解とはいえ こいつを悲しませたことに良心の呵責を覚えた。

 サンジは「また風がくると危ないからキッチンに入ってたほうがいいよ」とビビを促す。

 それから、また両手を腰に当てて、偉そーに俺を睨んだ。
身長はほとんど変わらないが俺の方が若干高いため、少し見上げてくる視線に、睨まれているというのにドキッとしてしまう。
 なんで男ってのは見上げられるのに弱いんだ?、と不毛なことを考えていると、


「サンジーっ、ハラへったー」
 キッチンから声がかかった。当然ルフィだ。

 またジャマかオイ。
そーいやキッチンにはこいつもいたんだった。

 ムッとするが、今の俺にはさっきまでにはない余裕がある。
ルフィがいくら女とイチャついたところで、サンジは血相変えて怒りはしないという確信があったからだ。

 ただビビを抱き寄せていただけなのにあの嫉妬っぷり。間違いなくサンジは俺に惚れてるはずだ!! (どーん)。



 案の定、サンジは冷たい声音で
「さっきまで食ってたろーがよ!!。俺は甲板チェックしてくるからな!!。おめーは邪魔だから来るな !」
 言い捨てると、キッチンの扉を閉めた。

 扉がふさがる直前、なにげなく目をやるとスネたカオしたルフィと、なぜか心配そうな目を向けるビビの姿があった。





















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