ともあれ、なんとか念願のふたりきりになれた。
サンジは早足に船尾へと歩いていく。突風で何が倒れたか分かっている足取りだ。
船の管理はウソップとサンジが中心にやっているから、把握できているのだろう。
「重いからてめーも手伝え」と指示されて素直について歩きながら、どう切りだしたものか、内心思案する。
色恋沙汰には本当にうとい。疎いというか、今まで剣以外に興味がなかった。こんな時何を言えばいいか分からない。
船尾では予想通り、いくつかのタルが転がっていた。幸い破損はない様子だ。
「倉庫がいっぱいだったから一時しのぎで置いといたんだが、やっぱ野外はいけねぇな」
くわえタバコのサンジがため息をつきながらその状態を見渡す。
それからあごをしゃくって、タルをとりあえず起こせと命令した。
お前はやんないのかよ、とつっこもうとしたが、サンジは並べたタルをくくりつけようとロープの準備をはじめたので、俺も作業にかかる。
遠くなのにハッキリと聞こえた音から想像はしていたが、中に何が入っているのかタルは重い。けっこうな重労働だ。
無言で作業をしている俺の背中に、ふいに抑揚のない声がかかった。
「浮気すんなよ」
思わず振り向く。
ロープの用意が終わったサンジは、立って俺を見下ろしていた。
怒気はもう感じられない。
が、まだ少しヘソを曲げているふうに思える。
「だからありゃ、浮気じゃねーって・・・」
俺も立ち上がり、サンジに身体を向けた。
そういやふたりなんだ、と自覚すると それだけで落ち着かない。しかもふられた話題にさらに動揺してしまう。
サンジは俺の弁解を流すように小さくうなずくと、
「さっきのはビビちゃんの言う通りなんだろーが・・・それでも、浮気すんなよ。お前があーゆーこと言って・・・、俺、嬉しかったんだからな」
そう言うと、右手に持ったタバコを器用に指で一回転させた。そしてそのままニッコリと笑って見せる。
――― カ、カワイイ・・・・。
全身が硬直した。
頭も飽和状態に陥ったのか、なにも考えられなくなる。
次の瞬間、俺はガバッとサンジを抱きしめていた。
「浮気なんかしねえっ!!」
一生お前ひとすじだと、神でも悪魔にでも誓えるぜ!!!。
そんな強い決意を証明するように、両腕でぎゅっとサンジを抱きしめた。スーツの上からなせいか、人間に触れているとは思えないほど温度が感じられないその身体に愛しさがこみあげる。
―――― が。
抱き寄せて ごく近くにあるサンジから急に発せられた殺気に、俺はギョッとした。
次の瞬間、
ガゴッ、と遠慮のカケラもない膝蹴りが腹に入る。
思わず身をおりたくなる威力だが、流れるような連続技でそのままカカト落としが迫ってきたので 必死に後ろにとびのいて避けた。
「てってめー、何しやがるっ!?」
俺の当然の抗議に、
「てめーこそ、浮気しねぇって言ったそばから、今度はなに俺にひっついてやがるっ!!!」
「――――――――― は?」
蹴られた腹の痛みを忘れてしまうほど、サンジのセリフはナゾだった。
緊迫感のない返事をしてしまう。
カカト落としが入らなかったのが悔しいらしく、サンジは右足のつま先で いまいましげに床を叩いていた。
「・・・・・・なんでお前にひっついちゃいけねぇんだ?」
そもそも恋人同士の甘い抱擁で、『ひっつく』なんて形容をされるのも気に入らないのだが。
とりあえず不機嫌なサンジを刺激したくなかったので低姿勢に尋ねてやる。
すると、相手は「バカか?」とあきれる目を向けた。
「くいなちゃんに悪いと思わねぇのかっ!!!」
―――― くいな・・・・・・・・・・・・・・・・・???。
それは、もちろん忘れるはずもない亡き親友の名前だ。
あれ?、こいつなんでくいなのこと知ってんだ?。
妙に冷静にフシギに思う。話題に出すことでもないからサンジが知るはずもないんだが。
大体、俺がコイツにひっついて、なんで くいなに悪いんだ?。
きょとんとした俺が分かったのだろう。
「・・・・・・・・・・・」
しばし見つめ合った後、サンジはため息をついた。
それから、両手を腰に当てる。
またも説教モードに入ったらしい。最近どうも格下に見られている気がしないでもない。
「あのなぁ・・・レディにとって遠距離恋愛ってのは不安の絶えねぇもんなんだよ」
なぜか説得する口調だ。
もう攻撃をしかけるほど怒ってはいないようなので、俺はやや警戒を解いてサンジの射程範囲まで近づいた。
「いくらお前がジジシャツにハラマキ、口下手でオヤジだっつっても、浮気してねぇかとか、そりゃ気になるだろ。おまえなんて筆マメにも見えねぇしさ」
―――― 遠距離恋愛・・・?。
あまりにも俺とサンジには関係のない単語に、首をかしげてしまう。
「俺、嬉しかったんだぜ?。お前に人を好きになるなんて高等な感情があったとは!!ってな。お前ときたら本能しかねぇみてぇな生活送ってっからなァ。しかも遠くにいる子を一途に想ってるなんて、大したもんだと思うし」
―――― ひょっとして・・・。
サンジの話を聞きながら、俺はだんだん、『イヤな予感』がしてきた。
「そんなに好きな子がいるなら、いくら遠くてもちゃんと想いつづけてやれよって言いてェわけだ。ビビちゃんに言い寄るなんてマネしたらブッ殺すしな」
―――― 俺が告白した相手・・・。
くいなだと思ってたのか・・・?。
―――― 風邪が治ってからの一週間。
俺がどれだけ悩んだと思ってるんだ・・・。
反応がなくて当然なのだ。相手は、自分が告白されたなんて分かっちゃいなかった。
なおもサンジの説教は続く。
「いや・・・分かった・・・すまん・・・」
俺には、誤解を説くだけの力は残っていなかった。
「やっぱり・・・。そう思ってたんだけど・・・」
キッチンにはビビとナミがいて、サンジが焼いておいたクッキーをつまんでいた。
ショックを受けている俺を見て、コトの流れを察したらしいビビが慰めるように俺に茶をいれてくれる。
先ほど俺と会った時に話そうと思っていた、と申し訳なさそうに言われ、そういえばビビが何かを言いかけていたと思い出した。
一方、慰める気は毛頭ないらしいナミは、けらけらと笑いながら、
「サンジくん、自分のことだと思って聞いてなかったのねー。うん、私も妙に冷静で変だなあとは思ってたのよね。ゾロに好かれてるなんて気づいてたら、めちゃくちゃイヤがりそうなもんなのにね」
―――――― つまり。
他の連中はもちろん、あれを俺からサンジへの告白だと気づいていたが。
当の本人だけは、なぜか くいなへの告白だと思い込んでいたらしいのだ。
俺は寝ぼけていて告白の内容を覚えてないから なんともいえないが、
「んな、勘違いする言い方したのか・・・?」
かなりヘコんだ気分で尋ねると、ふたりは仲良く首を横にふった。
「名前は言ってなかったけど・・・サンジくんのことだって誰にでも分かる言い方してたけどね。『お前の目は海みてぇでキレイだ』とか、『おまえの料理食ってると元気がでる』とか、『ひねくれてるけどそこがカワイイ』とか・・・」
「覚えてんのはいいから言うな!!!」
赤面しつつどなる。
―――― チクショー、ナミのヤツ・・・。
「自分とは思いもしないで聞いてたんでしょ。っていうか、『鷹の目』とか『先生』とか『ルフィ』とか、男の名前ばっか出てたから。そのうち唯一の女の子の名前だったしね。ちなみに『約束守れなくてゴメンな、くいな』って言ってたわよ」
ああ・・・世界一の剣豪になる約束な・・・。
その言葉を聞いて、サンジは俺の告白が全部くいなへのものと勘違いしたわけか。
「男部屋を出た時、サンジさんが『くいなちゃんってどんなコなんだ?』って楽しそうにルフィさんに尋ねてたの見て、あれ?って思ったの。『あいつにそんなコがいたとはなぁー』って」
ビビもなかなか記憶力がいいらしく、セリフを再現してくれる。
―――― 状況がつかめてきた。
が、同時に疑問も起こる。
くいなについてルフィに聞いたというなら、もう くいながこの世にいないこともルフィは知っているのだ。大体、色恋相手の年齢でもなかった。
なのにサンジの口ぶりでは、まるで生きているとしか思えなかったが・・・。
眉をひそめた俺に、こらえきれない、といった様子でクスクス笑ってナミが付け加える。
「ルフィはこう答えたのよ。『くいなは、ゾロが将来の約束をした大事な女だ!!』って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
間違ってはいない。間違ってはいないが―――。
「もう死んだとか、大事っつっても親友として大事だとか、約束ってのは世界一の剣士になることだとか、そーゆーことは・・・」
「言ってなかったわね」
「・・・お前はそれ聞いて、何も補足しなかったのかよ」
「うん」
ビビはともかく、ナミは俺の刀の由来も くいなのことも あらかた知っているというのに。
「分かっててそのままにしてたんじゃねぇかーっ!!!」
最初に勘違いしたのは確かにサンジだろう。が、こいつらがよってたかってそれを助長させたのだ。
なんのために?。決まっている。
「そこまで俺をからかって楽しいか・・・・?」
「うん」
ためらわずにうなずくその度胸。どこまでムカつく女だ。
ビビがとりなすように俺とナミの間に入った。
「大丈夫よMr.ブシドー。ちゃんと、『あれはお前のことを言ったんだよ』って誤解を解けばいいじゃない」
それはそうだ。確かにそうだ。
しかし、一見簡単に聞こえるそれは、俺にとってマシュマロどんぶり一杯一気食いよりも困難に思えた。
サンジは、なんか知らんが常識知らずで察しも悪い。
船には俺の邪魔をするか、面白がってコトを悪いほうに運ぼう運ぼうと企む連中ばかり。
「・・・・・前途多難だ・・・・・・・」
心の底からそうつぶやいた。
―――― サンジを好きでいる限り。
船での、俺の立場は悪くなっていく一方な気がした。
そしてその予感は、やっぱり外れてはいなかったのだった。
END
『生き恥編』に続く『赤っ恥編』。相変わらず完全な片想い。
ここまでゾロがカッコ悪いサイトってあんまない気がします・・・。
伊田くると
サンジ 「お前も遠恋なんだよな。お前を遠くで待ってるレディにマメに手紙書いたり贈り物したりして、やっぱお前はいい男だよなー。鼻は長ェけど」
ウソップ 「ハッハッハッ、まぁなーなんたってオレは海の勇者だからなーっ」
ナミ 「・・・あんたもウソップを見習って手紙でも書いたら?」
ゾロ 「誰にだよ」
ナミ 「サンジくんと交換日記とか・・・プッ、キモっ」
ゾロ 「・・・・・・・・・(怒)」
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