ひとつ年下の弟は、弟なんだが弟に思えない。
なんでかというと俺よりフケ顔だし、俺よりタッパあるし、外見を構成するすべて、俺と まったく似てないからだ。実際、血も半分しかつながってないし。
そんな ちょっと変わった事情もあってか、普通の『キョウダイ』より俺たちは疎遠で、なんとなく遠い存在で、なんとなく仲がいいほうではなかった。認めたくはなかったが。
それでも、俺の方は(一方的にかもしれないけど) やっぱりそれなりに『お兄ちゃん』な感情をゾロに持ってたりするので、初めて『そいつ』に会った時俺はなんだか安心した。
―――― こんな友だちがいるんなら、大丈夫だな。
弟・ゾロのクラスメートだという男を紹介された日の、俺の感想。
ガイダンス・A
〜*1 義弟〜
「しばらくさ、ウチに友だち泊めていいか?」
終電の三つ前の電車にタイミングよく乗れて、思ったより早く家についた。通っている大学は都内で、片道一時間半。まぁ遠距離に入る部類だ。
帰宅して 服も着替えないままキッチンに向かった俺に、リビングにいた弟が珍しく向こうから声をかけてきた。
ゾロはオフホワイトのでかいソファに座っている。
テレビはついてたが、まるで観ていないようだ。態度でかく足を組んで、左手にはマンガ雑誌を持っていた。そこが参考書だったら褒めてやってもいいんだが。
こいつは勉強してんだろーか。受験生のくせに。
そう思ったが注意するのは後回しにして弟の問いに返事をする。
「女じゃねーだろーな」
だとしたら当然却下だ。
といっても、俺の知る限りゾロが彼女やガールフレンドを自宅に連れ込んだことはない。あくまで知る限り、だけど。
「なワケあるか。クラスメートだ」
ゾロがあきれた声音で返してくる。
なワケあるか、ってコトもない年頃だから心配してるんだけどな。ひとつの年の差とはいえ、この家も弟も俺が任されてるから、つい気になっちまう。
「ならいいけど。ちゃんと向こうの親に許可はとっとけよ」
弟の交友関係に どこまで口を挟んでいいのか、俺には皆目分からない。なので、どうも物分かりのいい発言で なあなあにしてしまう。親だったら もっと突っ込んで聞いていい権利がある気がするけど、俺は兄貴だし。
ゾロは、ああ、とか適当に答えて、また雑誌の続きを読み始めた。
もう完全に外界とシャットアウトしてますんで、話しかけないで下さいね、ってカンジがする。被害妄想かもしれないがそう思ってしまって、俺は黙ってため息をついた。どっちにしろ そんな雰囲気の中、声をかける勇気はない。
俺は弟から注意をそらそうと冷蔵庫を開けた。今朝作っておいた野菜炒めや から揚げを取り出す。
あーあ、ホントは作りたてがうまいんだけどね。
―――― 俺が大学に合格した年。
父の海外赴任が決まった。ニューヨーク。本社だ。だから多分栄転ってヤツなんだろう。
父は語学がまるでダメなのでかなりゴネたようだが、俺の母は生粋のイギリス人だから、英語は得意。ってか母国語だし。
そんな母がついていくことで話がまとまった。仕事の場でも、英語が堪能なスタッフがつくことになってる。
両親は未成年の子供ふたりをどうするか、かなり悩んだようだが俺は大学に合格したばかりだし、ゾロも高校をやめたくない、とお互い主張した。ゾロの通ってる高校は剣道の強豪校で、弟はそこの顧問のミホークとかいうヤツに熱心に師事してたから、それが理由だ。
というわけで、結局広い家に兄弟だけが残ることになった。それが二か月前の話。
自分ひとりの軽食を用意しつつ、俺はリビングの弟の様子をうかがった。
気配に聡いヤツだから、バレないよーにひっそりと。
――――単に友だち呼んで、泊まらせてくってだけの話かな・・・。
ひょっとして。
思ってしまう。
―――― 俺とふたりでいたくないとか。
考えすぎだ。
打ち消そうとするが、どうしてもぬぐえない。
――――まあ、誰か友だちが来るっていうなら、その方が好都合だよな。
俺にとっても。
弟は――――――――苦手だ。
そんな短いやりとりがあった二日後、言葉通り ゾロはクラスメートを家に連れてきていた。
帰宅してすぐ、玄関に見慣れない靴が置いてあったので分かる。サイズがでかい。ゾロと同じくらいはある。
ナイキのスポーツシューズで、なにもここまでというくらい真っ赤な色づけだった。でかい靴にごろごろされると、玄関がせまくなったように感じられる。
もう11時すぎだから、やはり泊まっていくんだろう。
どんな事情か知らないが、まさか家出少年ではないよな?。ちゃんと先方の家の許可をとれとは言ったが、正直あやしい。
何人か来るのかと思っていたが、来客はそのデカいスポーツシューズのヤツひとりらしい。一階は電気が消されて まるで気配がしないので、二階のゾロの部屋にいるんだろう。
アイサツするものか?、と少し悩んだが、俺は親じゃないし そこまで改まる必要もないだろう、と決定する。
いつも通り、バッグを雑に床に放り投げてキッチンに向かった。
とりあえずたっぷり水を入れたケトルを火にかけ、朝 乾燥機に入れておいた食器を棚に戻し始める。火が沸いた頃に俺の食事(といっても時間が時間だから軽く腹に入れる程度だ)をしよう。
―――― 通っている大学は第一志望校だが、遠いのがタマにキズだ。講義だけでなく通学に時間をとられてしまうから、家事になかなか手が回らない。
弟がそういうのがまるでできない不器用な人間なので、ほとんどの仕事は俺にまわってくる。その最たるものが調理なんだが、朝以外、できたてを作ってそれを食べる、というゆとりがないのが寂しい。
掃除も洗濯も・・・。仕事は山ほどあった。家に帰るとそんな雑事を思い出してウンザリする。
まぁたまってる仕事は明日から片付ければいいだろう。幸運なことに、明日から三日間は学校が休みだ。
こんなことあるんだな、とびっくりしたが、テレビドラマの撮影のためだ。うちのキャンパスは見栄えがいいからよくロケに使われている。
好きな女優が来るなら俺も見学してみたい気もするが、男くさい刑事ドラマだったから、その可能性は薄い。完全なオフとしてゆっくり休ませてもらおう。
「あ・・・」
そこで気づいた。
明日から休みで家にいる俺。
そんで、友だちを家に呼んだゾロ。
「・・・・・・・・・・・・」
テレビドラマの撮影が入る話は、確かにあいつにした。
―――― 最近メシが貧相で悪ィな、あ、でも もすぐ休みあるんだ。そん時にはなんか作ってやるから!
とかなんとか。
――――・・・やっぱり。とも思ってしまうけど・・・。
――――決定的、だよな・・・。
「お湯、わいてるけど」
その時、いきなり背後から声がして、俺はハッと我に返った。
振り返ると、知らない男が俺を見下ろしている。
「え・・?」
「お湯」
ほけっとした俺に、男は端的に繰り返した。指差した先が火をかけっぱなしだったケトルに向いていることに気づく。
湯はかなり蒸発しだしてて、湯気が換気扇に大量に上がっていた。あわてて火をとめる。
「ああ、悪い、ぼけっとしてて・・・えっと」
「エースっていーます。ゾロから聞いてると思うんだけど」
名前は聞いてなかった。
が、着ているのは弟と同じ制服。玄関にあった赤い靴の持ち主だろう。
「数日泊めてもらっていいですか?」
コンロのそばにいる俺に数歩近づいてエースが尋ねた。
高校生とは思えないほど落ち着いた雰囲気で、かちこちでない自然な敬語も印象がいい。思わずエースを観察するように見上げてしまう。ゾロの友人を目にするのは初めてだった。
俺とは対照的にクセのある黒髪は長めで、それほどいじってるというカンジでもないのにしゃれていた。あのツンツンはねる感じ出すの、俺の髪質だとすごい難しいんだけど。
ゾロと同じく運動部なのか肌は日にやけていて、第二ボタンまで開けた白いシャツと対照的。
アクセサリー好きらしい、首にも両腕にも指にもいくつも小物をつけてるが、それもよく似合っていた。
それになにより、穏やかそうで明るい空気をまとっている。
みるからにいいヤツ、ってカンジだ。
―――― あ。こんな友だちと付き合ってんだな。
そう思うと、なんだか俺はホッとした。
「兄のサンジです」
弟の友だちだから年下なんだが、初対面の相手なのでこっちも敬語で返すことにした。
「どーも。三日後がテストなんで、悪あがきに勉強しよーってことで集まったんですよ。泊めてもらうのは俺だけなんだけど。だからしばらくは高校生でうるさくなっちゃうと思いますけど」
どうやら、俺が帰宅する前には ほかに何人か来ていたらしい。
エースは了承を求めるのにかこつけて、どうして自分が泊まるのかの説明も入れてくれていた。つまり、ゾロが俺にきちんと話していないことを雰囲気で察知したらしい。
「それは全然かまわないから。むしろ勉強する気になったよーで嬉しいよ。アイツ、家じゃちっともやってないみたいだったし」
その心遣いが嬉しくて、作り笑いでなく笑顔で返す。
―――― テスト前で勉強合宿、か。
ゾロが俺といるのがイヤで友だちを呼んだという考えはまだ捨てられなくて落ち込んでもいたが、この男と話して気分が少し浮上した。
――――と、会話を中断させるように足早に階段を下りてくる音。
「・・・・エース」
当然、新たにキッチンに来たのは二階にいたゾロだった。
お兄様におかえりぐらい言いやがれ・・・と思うが、お客さんの手前それはこらえる。すると、ゾロは俺を一瞥してすぐまたエースに視線を戻した。
「飲みモン取りにきたんだろ」
そう言って冷蔵庫の横のケースに入ったウーロン茶の缶をつかんでエースに無造作に投げる。危なげもなくエースはそれを片手でキャッチした。
「あ、冷やしたのあるから。ウーロンとオレンジジュースと、あとコーラがあるけど」
あわてて俺は冷蔵庫を開けた。冷えてない飲み物を出すなんて、なんつー無神経さだ、と内心あきれる。
エースが後ろから、
「あ、じゃオレンジジュースで」
と言うのでそれをとってゾロの投げ渡したウーロン茶と交換する。
ゾロと違って、当然ちゃんと手渡しだ。
その様子を無表情に見ていたゾロが、用が済んだとばかりにあっさり背を返す。エースが少し気遣うような目で俺を見たが、気づかないふりをした。
「どーも。いただきます」
丁寧にそう言って、エースもゾロの後を追う。
―――― 仲が悪いの、もーバレたよな、きっと・・・。
ふたりがいなくなって、今度こそひとりになったキッチンで、俺は雑に前髪をかきあげた。
放置しっぱなしのケトルの湯をポットに移す。
ミジメな気分だ。
嫌いだ、と直接言われたことはない。
いや、ゾロから悪口をぶつけられたことなんてない。
それでも、よく思われてないなんてのは伝わってあまりある。
鈍感なフリをして、気づかないよう振舞っているけれど。
毎回、らしくもなく深刻に傷ついてる自分がいる。
そんな自分は嫌いだ。
だから――――
弟は――――――――苦手だ。
*1 義弟 * END
@KOYUKI様、リクありがとうです! 伊田くると
02 9 12
ガイダンス・A
〜*2 弟〜
家に帰ると、玄関先に死体があった。
いや、もしそうだったら大騒ぎだ。正しく言うと、死体みたいなモノが転がっていた。死体でないのは、くかーくかーという やけに平和な寝息で分かる。つまり、爆睡こいてる生きた人間だった。
―――― なんなんだろ・・・蹴ってみようか・・それとも警察に連絡すべきか・・・。
買い物袋を両手に抱えた俺はちょっと悩んだが、寝転がった『それ』が身につけてるのがゾロと同じものだと気づく。
白いカッターシャツに緑と黄色と紺のチェックのパンツ。ゾロと違ってそいつは上に白いベストを重ねていたが。タイはしていないものの、ゾロの通う東村山高校の制服だ。枕代わりに頭の下に無造作に敷いているのも、学校指定のショルダーバッグ。
――――ゾロの知り合いか?。そいや、昨日エースがほかにも高校生が来るとか言ってたけど・・・
とりあえず起こそうかと両手に提げた荷物を地面に置いた。すると、俺に背を向けていたそいつがぐるんと寝返りを打って袋の方を向く。ちなみに俺は買い物帰り。スーパーの名前が入ったその袋にはハムとかソーセージなどが入っていた。
まさかニオイにつられたんじゃ・・・と思わずおかしくなるが、そうとしか思えない いいタイミングだった。
向きが変わったので初めて正面から見えたが、寝顔はなんだか幼い。
もちろん初めて見る顔だ。エースに続き、こいつもゾロの友だちだろうか。
童顔と、染めても脱いてもいない純粋な黒髪のせいもあって、ゾロよりいくつか年下に見えるが。
なんとなくそいつに悪感情が持てず、カカト落としをしようと思っていたのをゆさぶって起こしてやることに変更する。
腰を下ろし膝をついて、肩のあたりに触れると、シャツの上からでもあたたかい体温が伝わった。生きてるのはもちろん知ってるが、なんだかホッとしてしまう。
「おい、こんなトコで寝てんじゃねぇよ」
何度かゆさぶってみるがまるで起きない。
ゾロも寝汚いが、こいつも相当だ。
放っておいて家に入りたいが、ドアをふさぐ形で寝られてるのでなんとかしないと動けない。
蹴ってどかしてもいいんだが、ヘタに放り出したら車通りは少ないとはいえ道路になるから、轢かれてしまう恐れもある。そしたら殺人幇助になるんだろーか。やっぱ起こしとかないと。まだ犯罪者にはなりたくねぇし。
どうでもいいことを考えつつ、俺はスーパーの袋からハムをとりだしてパッケージを開ける。
・・・後から思うにずいぶんとっぴなことをしたもんだが、結果としてビンゴだったわけだから、第六感ってヤツかもな。ともあれ、生で食えるハムを一枚右手に挟んで、寝てるそいつの口元に持っていってみた。
すると、
ばぐん
「いぃぃってぇぇーーーーーっっっっ!!!」
そんなコトをしてみた俺も俺だが、即座にかみついてきたそいつもそいつだ。
ハムを差し出したとたん、ぱかっと大口が開いて俺の手ごと噛みつかれていた。指だったらちぎられてそーで怖いが、手の甲に歯をたてられたので痛かったがなんともないようだ。
ねぼけてるのか、俺がもがいても そいつはまだハムを食っている。俺の指からハムをはさんでた感触がなくなって、ああこいつが完全に食っちまったんだな、となんとなく冷静に判断する。
が、食い終わったというのにそいつはまだ俺の手を離さず、肉の味がするのか指に舌をからめてきた。
おわっ、と今度は別のイミで驚いて、つい反射的に座ったまま足を振り上げてそいつの頭にカカトを落とす。
―――― 結局、今日のコイツはカカト落としをくらう運命だったわけだ。
「・・・・ってぇー・・・」
そのショックでようやくそいつは目が覚めたようだった。蹴られた部分に手をやってるが、何が起きたかよく分かってないらしい。寝ぼけて(寝ながら?)肉を食うなんて、なんつー意地汚さだ。
哀れ噛まれてしまった大事な右手をようやくひっこ抜く。見事に歯型がついていた。
「てめぇっナニ人のカラダに傷つけてくれてんだっ!!!」
俺の大事な身体の中でも、手指ってのはかなり大事度が高いんだぞこのクソ野郎!!!。
ついキンキンと怒鳴りまくると、ほけっとしたツラで頭をかいていたそいつが、やっと事情がわかったというように何度かこくこくとうなずいた。
「わりぃ。なんか肉かと思って食っちまったみたいだ」
ガキっぽいツラで、肉食う夢を見てたんだ、とそいつは語った。
「・・・いや、確かに肉っつかハムはあったんだけどよ・・」
どうも、肉を食ったのは夢の中の出来事になっているようだ。まあその方が都合がいい。
これ見よがしに目の前につきつけていた歯型をそのガキは申し訳なさそうに見ている。歯並びは悪くなかったが犬歯がやけにとんがってて(肉食動物だからだ、きっと) その部分が当たっていた皮膚からは血がにじんでいた。
―――― げ、血まで出てるよ、こいつやべー病気もってねーだろーな。
ちょっと失礼なことを考えて上の空だったスキに、やっと自由を取り戻していた俺の手はまたそいつに奪われていた。止めるスキもなくぱっと口元に持ってかれたのでまさかまた食いつきやがる気か?!!とビビったが、さすがにそれはなく、かわりにぺろっと甲をなでるようになめられた。
「おわっ?!、ちょっ・・・」
歯形の傷の部分をなぞるラインで舌が肌を行き来する。
時折、その舌で自分の唇をなめるのが、なんだか俺の血を味わっているみたいでゾっとする。
「ん・・・っ」
なんて思ってたら、別のイミでも身体がゾッとして、思わず声があがってしまった。
手や指ってのは、まあたいていのヤツは弱いと思うが、俺も例外じゃない。くすぐったさに似た快感に、強くにぎられた腕が震えた。逃げようとしているとそいつは受け取ったらしく、さらに強く引き寄せられて手の甲だけでなく指先まで舌が這わされた。
―――― げ、やべ、キモチいい・・・。
別にオトコにされてても、キモチいーもんはいーんだなー・・・。
ちょっと発見だ。
手だけじゃなくて、もっとほかもイジってくんねーかな・・・とアホな思考がかすめた時、
日がかげったわけでもないのに頭上から影がさした。
はっと顔を上げたのと、
「何やってんだ」
無表情なゾロが言ったのが、同時。
玄関先で爆睡かましてたヤツは、やはりゾロの友達だった。
名前はルフィ。
昨日うちに泊まってたエースの弟で、同じ高校の二年生。
やっばりゾロより年下だった。
学校が終わってすぐうちに遊びに来たが、ルフィはゾロ達より早くうちについてしまった (ゾロは少しの間剣道部で自主練をしていたからだ。テスト前なので授業は短縮、部活も休みになっているのにあいかわらず熱心。エースも律儀につきあってやってたらしい)。
で、ルフィだが当然うちのカギなんて持ってない。タイミング悪く俺が買い物で外出していたため家にあがれず、なら誰か戻るまで待っていようと のん気にそのまま寝てしまったらしい。
―――― そして帰ってきた俺と、例の噛みつき騒動になったわけだ。
玄関前という、通りから丸見えの場所で(多少キョリはあったが、門が全開だったので見通しはとてもいい)、―――― 思い返すだけでも恥ずかしい。
いや、ほとんどっつーか全部の責任はあの肉好き男にあるが、手をぺろぺろなめられて何も抵抗せずさせておいた俺もどうかしていた(手当てのつもりだったとあっけらかんと言われたが。マジで野生動物だな)。
―――― それをよりによって、一緒に帰宅したゾロとエースに見られたことが恥ずかしかった。
玄関先で座り込んで、はた目には手の甲にキスしてるようにしか見えなかっただろう。弟にそんな寒い光景を見られた俺はどーしたらいいんだ。
一方、そんな寒い光景を見せられた兄の側であるエースは、あまり気にしていないようだった。
俺に手を洗わせた後、キッチンの椅子に座った俺の前で、消毒薬をふくませた脱脂綿をぱたぱたと当ててくれている。ゾロとルフィはリビングだ。
手当てなんかいいと断ったのだが、利き手のケガだったのでエースはいくらか強引に処置をかってでてくれた。
さっきルフィにやられたみたいに右手をエースにとらえられている。ルフィもそうだが、こいつも体温が高い。治療しやすいよう、エースは下から手首を支える形で持ち上げているが、触れられた指の位置が皮膚をとおしてはっきりわかった。
エースも似たようなことを感じたらしく、
「冷え性だな」
と感想を寄越す。
今日の朝食の席でもいくらか話した後だったので、エースの口調はだいぶくだけたものになっていた。
かまれた歯の後はいくらか薄くなってきている。ふたつの犬歯の傷だけがしばし残ってしまいそうだが。血も止まったけど、俺は夕飯を作る都合があるからバンソーコをはってもらって手当て完了。
救急箱をかたづけながらエースが苦笑まじりに
「バカな弟でゴメンね」
謝ってきた。
そういえば、今この家には兄弟が二組いるんだな、と実感する。
俺とゾロ。
エースとルフィ。
奇しくも両方年子だ(後から、エースは一度留年してるのでそうでないと分かったが)。
エースの口調には、弟へのあきれのほかに愛情みたいなものが混ざっていて、俺はなんだか感動してしまう。弟のやったことのわびを自然に兄であるエースが口にしたことも新鮮だった。
「いや・・気にしてねぇし。仲いいんだな」
ついぽろっと本音がこぼれた。
しまった。
エースにはきっと、俺とゾロの不仲を知られてる。そんなヤツにこんなこと言ったら、気を使われるかイヤミと思われるか、とにかくいい方には転ばないだろう。
一瞬で後悔した俺だが、エースの態度は何もかわらなかった。
最初に自己紹介した時の、人好きのする笑顔のまま、でも、よく分からないセリフを俺に返す。
「まーね。ただの弟だから」
―――― その意味がわかったのは、ずっと後。
*2 弟 * END
ルフィってブレザー似合いそう(特に夏服)
伊田くると
02 10 2
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