犯人は誰だ!?
目がさめたとき、自分の状態にガク然とした。
いや、もっと正確に言おう。
彼、玄奘三蔵法師は、いつも通りに目がさめて、まだハッキリしない頭のままベッドから身体を起こし、洗面所に向かった。
蛇口から強めに出した冷水で顔を洗い、宿の備え付けのタオルに手をのばした時。
正面、壁にはめ込まれた飾り気のない鏡に映った自分の姿。
はだけて、片方の肩がおちたパジャマがわりの浴衣しか身に付けていないため、上半身がほとんどあらわになっている。
その首筋から鎖骨、胸、腹まで、点点と残っている赤い痕跡・・・。
それが、すべてのはじまりだった。
「!」
三蔵は慌てて、鏡から自身に視線を移す。
当たり前だが、鏡面に映ったそのアトは自分の肌に確かに残っていた。
どう見ても虫さされだとか湿疹だとかの類ではない。
世俗に疎い僧だが、『コレ』が外泊明けのエロガッパの身体にあるのを何度も見ている。
「・・・・どーなってんだ・・・・・・?」
ぼんやりとつぶやく。
キツネにつままれた気分だ。
よく調べてみれば、手首や二の腕にも同じ印が刻まれていた。
このぶんだと自分では見えない背中にもあるのだろう。
部屋の外から早朝らしい鳥のさえずりが聞こえてくるが、それがやけに遠く感じられる。
三蔵は手首のキスマークを呆然と見つめながら、昨夜自分に何があったのか、思い出そうとした。
「・・・っ!!」
そのとたん、ひどい頭痛に襲われる。
ガンガンと頭蓋骨にリズムを持って響く痛み。もともと偏頭痛もちだったけれど特にひどい。
それにジャマされるせいか、記憶がまったくよみがえらない。
なおも懸命に考える。
――――――・・・。
久しぶりに、街の宿屋で夜を過ごせた昨日。
「疲れてるでしょうから」と、八戒が一人部屋を三蔵に譲ってくれた。
特別扱いがひっかからないでもなかったが、確かに疲れていたし、八戒以外のヤツと同部屋になろうものならウルサくてかなわないので素直にしたがったのだ。
一同でとった夕食のあと、自室にひきあげて――――。
そこまでは覚えている。
痛む頭に細い手をあてて、三蔵は考えた。
ひとまずタオルを放り投げて洗面所から出ると、さきほどは気づかなかったがベッドサイドのテーブルの上にたくさんの酒ビンが並んでいる。
「・・・・・・飲んだのか・・・」
ため息がもれた。
自分はそれほど酒に強くない。
弱くはない。が、ツレの連中に比べると、だ。
ということは、酔いつぶれて記憶がとんだのだろう。
この頭痛も二日酔いと思えば納得だ。
ボトルを見るとほぼカラの状態。
床にも数本転がっている。
ビールとワイン、かなり強いウイスキーまである。
そして。
グラスがふたつ ――――。
「・・・・・・」
分かっていたことだった。
さすがに意識がとぶまで飲んだとしても、ひとりでこの量はムリだろう (ふたりでも多いが)。
それでも、三蔵はふたつ並んだグラスに動揺した。
昨夜、誰かがこの部屋にいたのだ。
一緒に酒を飲んで、それで―――。
自分になにを――――――。
「・・・!」
カオが赤くなったのが分かった。
なにを考えているんだ、とあきれる。
酔っていて、だれかが悪ふざけをしたとしか思えない。
つまりこれから自分がやるべきことは、犯人を至急見つけ出し、すみやかに始末することだ。
物騒なことを ごく自然に決意した三蔵は、始末するための手段である愛用の拳銃を目で探した。
すぐに見つかったそれは、枕もとにぞんざいに置かれている。
ベッドに腰をおろし、なじんだ銃を手にとって―――。
三蔵の動きがとまった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
赤いリボン。
短めの銃身の、銃口部分に赤いリボンが巻かれている。
キレイに蝶結びになっているわけではない。どこか不器用な結び方だ。
しかし、あきらかに人為的なもので・・・・・。
やはり記憶になかったが、自分がこんなことをするとはたとえ酔っていたにしろ少しあり得ない気がする。
リボンに手を触れてみると、懐かしいようなふしぎな想いにとらわれる。
なにか、メッセージでもこめられているような―――。
とりあえずリボンのついた銃など持ち歩けないので外すことにした。
自分の手つきがなぜか丁寧なのに気づき、苦笑する。
外したリボンは捨てることができず、着替えたあと懐にしまった。
そろそろ八戒が寝汚い悟空や悟浄を起こしてまわっている頃だろう。
三蔵は、徐々におさまってきたもののまだツライ頭痛と戦いながら方策を練った。
(・・・まず、犯人はひとりだ。
オレの不名誉を漏らすワケにはいかんから、ひとりひとり容疑者をあたっていこう。
容疑者は、猪八戒と沙悟浄。
とりあえず悟空と酒盛りはしないし、アイツとふたりでこの酒量はムリだろう)
気を許していない相手と酒を飲むなんてことはしないので、容疑者は自然と旅仲間となる。
悟空を容疑圏内から外した三蔵は、犯人を自白させようとするデカチョーのようなカオで自室をあとにした。
「あ、よーっす。ひとり部屋で よく眠れたかよ?」
部屋の扉を開けると、狭い廊下の先にくわえタバコの赤い髪の男がいた。
容疑者のひとり、悟浄だ。
「・・・・・・」
三蔵は悟浄に向かってゆっくりと歩みよりながら、この被疑者について考えをめぐらせる。
(・・・コイツがいろんなイミで一番アヤシイな・・・。
銃にリボン結ぶなんてバカな行動もしそうだし・・・(←なぜならバカだから)。
なによりコイツは、シラフでも度が過ぎる悪ふざけをする男だ・・・)
過剰なスキンシップは三蔵にとってはイヤガラセにしか映らない。
悟浄が聞いたら、「こんなに好意を表現してるのにー」と泣きが入ることだろうが。
ともあれ、三蔵はじっとりと悟浄をニラみ上げた。
常態が不機嫌だから、この三蔵のタイドに悟浄はそれほど違和感をいだいていない様子だ。
「ひとりで寂しくて寝らんなかったのかよ?」
と、相変わらずのふざけた口をきいている。
(・・・悟浄は二日酔いでもなんでもないようだな・・・。
コイツとオレの酒限度量は同じくらいだが・・・。
しかし、今のセリフは確信犯でワザと言っているのか?。
オレがひとりでなかったと知っているとしたら、こいつが犯人だが・・・)
犯人なら射殺だ。
しかし、悟浄なら別に犯人でなくとも射殺してもいいか、と非人道的な思考が ふとよぎったが、とりあえず犯人はつきとめたい。
幸いこの場はふたりだけだ。
三蔵は、向かい合った姿勢の悟浄の左腕をつかんだ。
純粋に逃がすまいとしただけなのだが、これに驚いたのは相手である。
接触ギライの三蔵から触ってくるなど、めっっっっったにないからだ。
(・・・どっどっどーしちゃったの今日の三蔵っ!?)
嬉しさと焦りが半々の悟浄。浮き足立っている。
その様子は、三蔵の目にはひじょーにあやしく映った。
「昨日の夜なにしてた?」
思わず言ってしまってから、あまりに直球な質問に後悔したがもう遅い。
悟浄はつかまれた左腕が気になるようで、しきりにそちらに目をやりながら、しかしさらに焦った様子をみせた。
「へ!?、いや、オレ、なにもしてねーよ、ほんっっと、マジで!!!、ハハハ」
最後につけたした笑いは悲しいほど枯れている。
三蔵は確信した。
(・・・コイツだな!!!!!!)
悟浄はペラペラと聞いてもいないことをしゃべっている。
「ホント!!、オレ、三蔵ひとすじなんだってば、愛してるんだってマジで。マジマジマジ。ハハハハハハハ」
(・・・もう疑う余地ねぇな・・・)
三蔵は、空いた右手で拳銃を握る。
安全装置を外し、そのまま対面の相手の眉間にもっていこうとしたとき。
「悟浄くん、忘れ物だよ」
廊下をトントンと軽やかな音をたてて、エプロン姿の若い女性が姿をあらわした。
悟浄から見て背の方角から響いたその声に、名前を呼ばれた男の全身が凍りつく。
身体にふれていた三蔵にもその変化は十分感じることができた。
真っ青になった悟浄が振りかえる。
明るい栗色の少しクセのある髪をひとつに束ねた彼女は、ハイ、と笑って『わすれもの』のバンダナを渡した。
三蔵も見覚えがある。この宿の給仕をやっていた娘だ。
彼女は少し頬を赤らめて悟浄を見上げると、
「朝ご飯、もうできてるから早く食べにきてね」
伝えて足早にその場を去っていった。
(・・・どういうことだ?)
三蔵に疑念が浮かぶ。
今のふたりの様子からなにがあったか分からないほどヤボではない。
しかし、この宿には昨日の晩きたばかりなのだ。
じゃあ、ひょっとして悟浄は・・・。
黙ってしまった三蔵に、悟浄は嫉妬して怒っていると勘違いしたらしい。
トレードマークの青いバンダナを手早く額につけながら、
「ごっごめんっ!!!、あー、でもあんなことになっちゃったけど、おまえ一筋なのはマジだって!!。えー、あれは不可抗力でさー、気の迷いだから許してっねっ」
「・・・夕べのいつからだ」
低い声で尋ねる。
「晩飯のあと、誘われて・・・あのコ住み込みだから、ここの三階の部屋いって・・・その・・・」
「いつまで」
その場しのぎのウソをいっても、同室の八戒達から真偽が判明してしまうと観念した悟浄はショボーン、と肩を落として告白する。
「きょうの・・・いまさっきまで」
つまり一晩中・・・。
三蔵はその言葉をかみしめた。
(・・・アリバイ成立・・・シロ、か・・・)
「さっ、三蔵っ!?、あの、怒ってる?、マジでごめんて!!!」
うるさく なおもいいつのる悟浄の言葉は、もう耳に入らない。
銃をしまい、ひとこと、
「命拾いしたな」
つぶやき、残る容疑者のもとへ・・・、もとからふたりしかいないんだからつまり犯人・・・の男を追う。
「八戒・・・」
つづく
悟浄 「どーしちゃったの三ちゃんてば・・・デカチョーなカオしちゃって・・・でもそれもカワイイかも・・・v」
デカチョーって・・・。
しかしつくづく片想いでかわいそうだ悟浄さん・・・。
By.伊田くると
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