――――『ベストコンビ特集』



 赤に金色でふちどられた大きなタイトルが まず目についた。


 それから、1ページまるまる使ったカラー写真。
映っている場所は晴れた日のグラウンドで、中央には同じユニホームを着た少年ふたりが並んでいる。


 ひとりは人なつこい、それでいて強気な性分がよく分かる笑顔。

 もうひとりは対照的に無愛想。何が気に食わないんだか、機嫌悪そうなツンとした面持ちだ。



「・・・」
 なにげなくパラパラと雑誌を見流していた藤村は その手を止めた。



『私立武蔵森高等学校
2年生コンビ

FW 藤代誠二
MF 水野竜也』



 雑誌の中のふたりは知り合いだった。
へぇ、と写真に改めて目を向ける。


 並んで立っているふたり。

 藤代の方が10センチほど背が高いようだ。そろいで着ているユニホームは黒と白のストライプがトレードマークの武蔵森のもの。


 記事にはふたりのプロフィールや 武蔵森が関東大会でダントツの優勝を果たしたという時事ニュース、また記者の書評が載っているが、総じてミーハーな印象だった。プレイより顔のアップの写真が多いのもそう。

 まぁ あの外見だから、そりゃ需要があるのだろう。花形ポジションのコンビそろってイケメンとなればアイドル扱いだ。


「・・・」
 藤村は苦笑した。

 藤代はともかく、水野がそれを喜ばないことをよく知っていたので。









だからその手は








 2枚目を開く (なんと4ページも使った特集だった)。
と、ふたりのインタビューがのっていた。テーブルに置いたコーラの缶をひと口のみ、文字を追う。


『(記者) ――― 今ベストコンビと呼ばれて波に乗ってるふたりだけど、お互いの印象とか聞いてもいいかな。ふたりは中学時代の東京選抜からの知り合いなんだよね。

藤代「そう !。あ、いや違った。ジュニアの時だ !。小学生ん時だな最初は」

水野「そうです」 』



 ―――― へぇ、知らなかった。


 昔からの知り合いと言う感じには見えなかった。

 意外だが、出会ったのは藤村より藤代の方が先だったらしい。『桐原』だった頃の水野を藤村は知らない。


 それにしても、水野の口数の少なさは文面からも伝わってくる。多少はライターがいじってるんだろうに。
あいかわらず人見知りでサービス精神が少ないおぼっちゃんだ。

 藤代は饒舌に水野との選抜時代の話や高校でのエピソードを語っている。
因縁ある高校に編入した水野を内心 心配していたが、うまくやっているようだ。なんて考えて、オトンか俺はと 己にツッコんだ。



 お互いの印象は?、という記者の最後の質問に、

「FWむきなヤツだと、思います」

 短く答えた水野の言葉が、なぜか藤村の心に残った。






 ―――― たつぼん、元気でやってるんかな。















「おい〜、俺の勝手に読むなや」

 買ったばっかで俺もまだ読んでねーのに ! と横から怒鳴られて同時に視界が開けた。

 目の前の雑誌を奪われたのだ。
といっても上のセリフの通り藤村のものではない。

 目に入るのは灰色がかった壁。ところどころヘコんでるロッカー。わさわさと着替えてるチームメイト。



 高校の部室だった。
もちろん藤村が所属するのはサッカー部だ。


 練習後の疲労と開放感が たまった部室はさわがしくて、藤村はその雰囲気が嫌いではなかった。

 でも混んでるロッカー付近にまじって着替える気にはなれず、簡易椅子に行儀悪く座って、あくのを待つことにした。暇つぶしに、置いてあった誰かのサッカー雑誌を手にとって。



 そこで偶然水野の記事を見たのだ。


かつてのチームメイト。
かつての同級生。


 かつての・・・・・・・・・・上のふたつだけでは うまく説明できない気持ちを抱いたこともある、相手。



 ケータイもパソコンも、ついでに交通手段も発達した世の中なのに、藤村は積極的に水野とかかわりを持たなかったから、写真の中のその存在をなつかしく、見つけたことを嬉しく感じた。

 この雑誌帰りに買おうかな、なんてらしくないことを考えるほど。

 ほとんど藤代ばっかりしゃべっていたインタビューの中の、水野のセリフをもう一度拾い読みしたいと考えるほど。





 雑誌を取り返したチームメイトは、意味のないしぐさで中をみやる。そこは藤村が開いていた場所そのままで。

「ああ、これ藤代誠ニやん。そっかお前東京のやつと面識あんだっけ」
 と、記事の話になった。

「まね。なつかしいわ」
 軽く答える。

 東京のやつ、と土地でくくられたのが少しおかしかった。今の自分は『関西のやつ』。そうどこかで言われてるのかもしれない。


「いやしかしなんなんこれ。げーのー人やないんやから。女狙いな写真すぎん?。ジャニーズかっちゅーの」
 チームメイトはバカにしたように笑う。

 女狙いな写真というよりは女狙いな顔なんだよな、と藤村は思う。タイプは違うが ふたりとも女性受けする顔立ちだ。


 でかい声につられ、着替えおわった数人のチームメイトがこちらに寄って来た。

 みんな全国でも指折りの強豪・武蔵森学園のことは知っている。
藤代水野のラインができてからは さらに得点力があがった。守護神GKも相変わらず健在、今黄金時代といわれているチーム。その同世代なのだ。意識しないでは通れない存在だった。


 いろんな声が飛び交う中、
「でも女にもててもしゃーないやん?。こいつらできてんのやろ?」
 ふと、部員のひとりの問題発言。


 というか、藤村にとってはかなりの大型爆弾が下された。


「は?、何言うてんのお前」
「このふたり?、藤代と水野がってこと?。マジで?」
 当然、毛色の変わった話題に みんなが食いつく。


 藤村が気になったのは、発言はもちろんだが、そいつの言葉に悪意が含まれてなかったことだ。
 悪い噂をばらまいてやろうというのでなく、単純に知識を披露した、みたいな。誰かの話をそのまま言った、という受け売りのニュアンスがあった。


「・・・そんな噂あるんか。誰に聞いてん?」
 藤村の声は、騒ぐ皆の声より大きくはない。
がチームでも藤村は一目置かれた存在だったから、相手はすぐに反応し、答えた。

「いや、誰っつーか。みんな知ってると思ってた。わりと有名な話だろこれ」

 そして、右に首を向ける。
「お前も知ってるよな?」

 聞かれたのは、とっくに着替え終わってケータイをいじっていた吉田だった。彼女にメールでもしてたらしい。チームではきっと藤村と もっとも親しい吉田光徳は、仲間にノリックというあだなで呼ばれている。

 吉田は周りの話を聞いてなかったわけではないようで、キマリ悪そうに太めの眉をしかめた後、「一応ね。かなり眉唾やけど」とコメントした。

 そしてちらっと藤村を見やる。

 後で話す、という意味を受け取って藤村は あごをしゃくるようにしてうなずいてみせる。



 まわりは しばらくどうのこうのと騒いでいたが、そのうち巻頭特集の海外リーグの話題に移っていった。
















 藤村は感情のコントロールが苦手ではないし、外ヅラというやつを とっても心得ているので、「何考えてるかわからない」とよく言われる。


 が、今藤村は隣を歩く吉田に はっきりとわかるほど不機嫌だった。



 かつてのチームメイトの悪い噂を聞かされたら そりゃ嬉しくはない。

 どころか、水野だ。


 藤村にとって水野竜也は数少ない『特別』だった。
長く疎遠であったとしても。
このまま二度と会わなかったとしてもだ。





 吉田とふたり、部室を出て夜道を歩く。

 部活が終わるのはボールが見えなくなる頃。支度が済んで帰る頃には とっくに夕食を過ぎている。辺りに人通りはまばらで、遠くで踏み切りの警告音が聞こえた。


「んー、そんな噂広まってもいーもんやないし、さっきは否定しといたけど。多分事実ちゃうかなぁ」
 という言葉から始まった吉田の説明。そして藤村は さらに機嫌の悪くなる話を聞くことになる。


「藤代くんて、あんま隠さないタイプらしいから。関東圏ではけっこ有名な話やねん」


「僕も見たわけちゃうけどな。むしろ選抜で会った時なんかは そんな仲よくも見えんかったくらいやし。マジな恋人なんか、遊びで・・・まーセフレみたいな関係なんかは知らんけど。まあそんな感じで噂なってたわ」






 吉田は噂話に詳しいけれど、そこに色をつけて広めるタイプではなかったので、藤村は話を信じざるをえなかった。


 そんな噂がある、という所までは。


 ただ、藤代と水野が実際につきあってるかと言われたら藤村はノーだと思う。
それはそう思いたいというものではなく。


「・・・・たつぼんは藤代は選ばんやろ」
 という直感があるからだ。


 男を選ぶかというのは この際 置いておいて。
藤村は水野をよく知っている。

 ついでに、よくではないが藤代とも まあ面識がある。


 ―――― あいつはかなり来るもの拒まずな お調子者で、女好きだ。



 吉田はうなずいた。
「そーみたいやね。水野くんと つきあってるんちゃうんいう噂はあるけど、藤代くんもとっかえひっかえで女の子と遊んでるみたいや。だからそこまで広まんないんじゃない?。みんな半信半疑で」

「・・・・・そか」
 
 水野はそんな相手は選ばない。

 選ぶわけがない。

 仮に惹かれたとしても、不誠実な相手を許せるわけがない。

 藤村から見た水野は、真摯に恋愛するタイプだ。相手にも当然それを求めるだろう。






 ―――― とんだホラやな。


「・・・・・・・・・・・・・」
 そう結論をつけようとしても、どうにも飲み下せない砂のような苦さが残った。













★2




 気にしていても始まらない。




 藤村は連休を使って東京に行くことにした。


 カップうどんのだしの味が違うほど離れた距離から気をもんでいてもしかたがない。行って確かめてやろう、と 行動派らしい結論を出した。


 ちょうどその週の土日に月曜がくっついて3連休になったのだ。
「ラッキーマンデーってなんやねん」とか思っていたが やっぱり便利だ。ありがとうラッキーマンデー。


 が、実は藤村は水野のケータイ番号を知らなかった (そう言ったら東京の連中は驚くだろうが)。


 東京を離れる時も きちんと別れを惜しむようなノリではなく、水野も「そんなガラじゃないよな」なんて言って、アドレス交換すらしなかった。


 昔から変わらない自宅の番号は分かるので京都駅から電話してつかまえておくことにする。水野は現在 武蔵森高校の寮生活だ。
 連絡は水野宅の母・真理子から水野へ、そこから藤村のケータイへ という形でとった。この遠さが中学卒業以来 水をあけていた証明のようで、つい苦笑する。



 やっとつながった相手に 今からそっちに行くと伝える。と、

「お前、部の練習は?!。大会近いのに!!」
 アイサツをすっとばして いきなり叱り口調でこられたが、休みなんだと押し切った。信じてないだろうけど。






 案の定、東京駅に迎えにきてくれた水野竜也の第一声は、「で、練習は?」だった。

















 3ヶ月ぶりだった。


 きちんと話した、となると半年以上になってしまうかもしれない。
それも、しめしあわせたものでなくサッカー絡みで互いの意思なく ただ会っただけのものだ。

 約束をとりつけたのは東京を離れて初めてだ。

 自ら離れたことを後悔していないが、それに気づくと、やはり寂しさに似た気持ちもよぎる。




 久しぶりに会った水野は、雑誌の写真そのままだった。(最新号の雑誌の記事だったのだから当たり前かもしれないが)

 中学時代よりほんの少し長めの髪は あいかわらず自然な茶色で、矯正もしてないのにクセなんかなくストンと流れている。
 日本人にしては薄い色の瞳も、母親似の顔立ちとよく似合っていて、藤村は面と向かっては言ったことないが その容姿をとても気に入っている。

 中学時代より身長もだいぶ伸びてるのだろうが藤村も同様なので、自分の少し下、という感触はそのままだった。目線のちょい下に水野がいる感じ、それが藤村にはしっくりくる。

 身体つきもしっかりとしてきてはいるが なんにせよ細身で、体質なのかもしれない。
 武蔵森のユニホームではなく、当然私服での登場だ。Tシャツにジーンズにスニーカーで、「サッカーしようぜ」なんて誘われそうな気になる。

 昔みたいに。






「優勝おめでとさん!!」
 「練習は?」のつっこみをさらっとシカトして、藤村は笑いかけた。

「ありがとう、そっちもな」
 水野も苦笑しつつ答えてくる。

 お互い地区大会、地方大会を勝ち抜いて、次は全国だ。全国大会では組み合わせにもよるが久々の対決となるはず。
はやく手合わせしたい、藤村は私情ぬきに思う。

 ――― 自分が認めた司令塔なんて、そう何人もいない。







 こんな時期に練習サボってまで なんでこっちにきたんだ、と 予想していた質問をされ。たつぼんに会いたかったからに決まってるとふざけた返事をして抱きついてみると あきれた顔をされた。


「急に来るし。なんでも唐突だよな」

 が、肩にまわした手を水野はふり払わなかった。

 少し心が広くなったか?、なんて藤村は またからかおうとしたけれど。


 苦笑していたはずの水野は ほんの少し傷ついたような目をした。ような気がして。



 吉田に聞いた例の噂が、また脳裏に浮かぶ。














 ―――― なんか、苦しいこと、あるの?。


















 腹がへったと主張する藤村を水野は駅前のサラリーマン向け定食屋に連れて行った。水野自身の好みは洋食だから、これは藤村に あわせてくれている。

 藤村の頼んだヒレカツ定食が半分ほどなくなったところで、水野がジーンズのポケットからケータイを取り出した。
 マナーモードのそれが振動している。
開いて、ディスプレイを見て少しためらったそぶりを見せた後、水野は通話ボタンを押した。



『水野、佐藤と会えた?!』


 スピーカーからの大声。
対面にいる藤村にも聞こえた。
自分を旧姓で呼ぶクセは直ってないようだ。





 藤代誠二。





 無意識に藤村は水野を注視する。電話をとるのを躊躇したのは藤代からだったからか?。

 会えたよ、かわるか?。今メシ食ってるとこだけど、と藤代と会話をしている連れの姿は、別に不自然な所などない。
 単に仲のいい同級生なんだろう、くらいだ。


 藤代が話したいと言ったらしく、水野はケータイをつきつけてきた。
パッと見で機種名が分かる自分は けっこう新しいもの好きだ、と苦笑してケータイを受け取る。

 水野が選びそうな、地味なブルーメタリックのボディ。あのシリーズなら、藤村はイエローが好きだ。


『佐藤っ?!』
 受話器に耳を近づけなくていいくらい、やかましい藤代の声。
まわりも騒がしいので つられてさらに大声になってるようだ。カラオケとかゲーセンとか。そんな質のうるささだった。

『ひさしぶりー。佐藤いつまでいんの?』
「休み中はいよかな思てるけど」

『おお! じゃ明日遊ぼーぜ。うちに泊まんなよ。全然バレねーから』

 武蔵森の寮のことだろう。
高校からは全寮制じゃないものの スポーツ推薦組は ほとんどが寮住まいらしい。水野と藤代の件を確かめに来た藤村にとっては渡りに船だ。

 「そーする」と返事をして水野にケータイを返した。


「じゃあシゲを連れてくから」
 水野はケータイに話す。

 と、藤代は水野になにか返事したらしい。

 隣のテーブルで笑い声が起きたせいで藤村には聞き取れなかった。水野はああ、と小さく答え、そして通話を切った。


 暗い表情だった。
何かをあきらめたような、どこかが痛いような。
何か、言いたいのに言えない、そんな。


 藤村は思わずハッと目をみはる。
電話を切ったのと同時に水野は意識してか表情も切ったので、次の瞬間にはいつもの顔だったが。



 ―――― 藤代に何を言われたのか。



 藤村は藤代が嫌いではない。名門校のエースストライカーなんて肩書きに合わない気取らない明るい人間で、話していて楽しい男だ。




 が。


 ―――― お前にそんな顔させるヤツ。




 それだけで、藤村の中で評価が変わる。




 目の前の相手は自分にとってそれぐらいの存在だ。
とっくに知っていたけれど、藤村は再認識させられた。





















NEXT





やっと水野が出てきました。
伊田くると '06 7/21〜
9/9



モドル