ひどく場違いな男だった。

 いくらか乱した着方はしているものの、制服はキレイと言ってよくて。
血にまみれ燃えるこの場所にふさわしくなかった。

 右腕に長細い銃を面倒そうに抱えているのをのぞけば、首に異質な輪をつけているのをのぞけば、街で見かける学生以外の何者でもない。



 男は元来のものなのか、それとも意識してそうしてるのか、冷たいとしか思えない両目で俺を見下ろした。


 外見はどんなにキレイでも、きっとたくさんの人間を殺して、血を流して生き延びてきたんだろう、参加者。




 三上亮







「・・・間に合ったか」

 抑揚のない声で、そうボソッとつぶやいた。




 真田は死んでるのに

 シゲは死んでるのに


 何が間に合ったっていうんだ?





 そう思ったら
せっかく止まっていた涙があふれて。また制服にひとつ、染みを作った。









君へ 7
〜信頼の場所〜







 三上はシゲが持っていた小型銃を拾い上げ、残弾がないのを確認すると、診療所の火の海に投げこんだ。

 それから藤代の死体のそばに寄り、同様に武器を調べた。
こちらは使えるとふんだようで、ショットガンをひとつ左手で拾う。残りの銃は何か部品を抜き取ったあと、やはり火に放り込んだ (ほかの誰かが使えないようにするためだ、きっと)。


 藤代の小型ショットガンを三上は俺に渡した。
「持て。行くぞ」

 片手でもなんとか持てる重さの銃。三上は有無をいわさず それを押し付け、俺の手をひき強引に立ち上がらせた。


 身体にうまく力が入らない。
全体が麻痺してるみたいで、動けない。

 イラついたんだろう、三上はそのまま力を込め、ぐいぐいとひっぱって歩き始めた。





シゲが。
真田が。
藤代が。





遠くなる。






04 8 17







『みんな、元気にしてるかしら。ちょうど今が、スタートから24時間たったところよ。日付的には2日目の後半だけど。ちゃんと睡眠はとってる?。不眠でいると集中力が下がるから危険よ。もっとも、ぐっすり寝入ってしまうのも危ないけどね。忘れちゃダメよ、まわりのみんなは とっくにその気だってこと』

 もう聞き飽きたクラシック音楽の後、流れるように西園寺の言葉が続く。
放送はこれで通算3回目だった。



 ――――プログラム開始から24時間・・・・そんなにたってるのか。

 早いのか遅いのかは分からない。
が、時間を意識しないでいた俺はなんだか驚いた。時計は午後6時ちょうどをさしている。日は完全に落ちていた。




『ゲームの終了は明日の午後6時よ。それまでに優勝者が出たら臨時放送をするから、よく聴くこと。優勝者・・・つまり、残りひとりにならなかったら、全員この島から出られないことになってしまいます。そうならないよう、気合いれてね』

 明日・・・。

 タイムオーバーは、明日の6時――――。



『残ったみんな、地図と名簿の用意はできた?、それじゃまず、死亡者の発表をします』

 なにも声調を変えず、淡々と西園寺が読み上げていく名前。
小学校の卒業式の証書授与がこんな感じだった・・・俺はぼんやりと思った。

 折りジワがついた名簿には、ずらっと45名の名が並んでいる。
その名前の横についたチェックマークは、放送のたびに増えていって、今ではマークだらけになってしまっていた。

 隣の三上も名簿に印をつけている。
こいつの方式はシゲと一緒だった。黒いマーカーで、はっきり名をつぶしている。



 真田の名前が呼ばれた。


 藤代の名前も呼ばれた。


 シゲの名前も呼ばれた。



 ほかにも、たくさん。




『禁止区域だけど、そろそろ大詰めだから増やしていくわよ。引っかからないように注意してちょうだい。1名、エリアにかかって死んだ子が出ましたからね。あんまり情けないことしないでね』

「・・・・・・・」
 その言い草に、もう腹もたたなかった。

 西園寺・・・監督。厳しい指摘を幾度ももらったが、それはすべて正しかった。尊敬していた。―――― ひどく過去のことに思える。


 俺は事務的に述べられた禁止区域を地図に書き入れていく。入ってはいけない場所。俺たちをあぶり出すためのクソむかつく政府の工夫。まるきりゲームのコマだ。


『――――以上よ』

「・・・・・」
 しばらく前までいた診療所一帯も、一時間後の禁止区域に選ばれた。


「・・・・・・・・・」
 シャーペンを持つ手がこわばった。




 あそこは―――― シゲがいる場所だ。












 放送が終了すると、三上は地図を手早くしまい、立ち上がった。
「行くぞ」

「・・・・・・・・どこに?」

「それは俺が決める」
 三上は俺の疑問に婉曲に尊大に答え、そのまま歩き出した。右腕に銃を。左肩に支給されたデイパックを担いで。


「来い」

 俺は飽和した頭のまま、ただそれに従った。




 ―――― ゲームのスタートの時と、同じだ。


 何をすればいいか分からなくて、俺は立ちすくんでて。


 ――――『行け !』

 された命令に、何も考えずに従った。







 三上はあの時の軍人のように怒鳴りつけはしなかったけど。
静かに、でも強い命令をいくつか、俺にした。



―――― 持ってろ。
―――― 藤代の使ってた銃なんてイヤだ。
藤代は、この銃でシゲを殺した。

―――― 行くぞ。ここを離れる。
―――― どこにも行きたくない。
シゲと真田のいるここにいたい。

―――― さっさと来い。
―――― イヤだ。
なんであんたなんかと。




 反論するタイミングはいくらでもあったはずなのに。
手をひかれて、ひっぱられて、俺はただ従っている。


 今戻らないと。
あの場所は禁止区域になってしまう。

 区域に足を踏み入れたとたんに殺される。
そうしたら、もうシゲに会えない。



 ―――― シゲに会えない。


「っ!!」

 三上を追って進んでいた足が止まった。
音がやんだのを怪訝に思った三上がすぐに振り返る。

「どうしたんだよ」
 無表情なツラにわずかに不機嫌さをにじませて尋ねられた。

「・・・・・っ」
 戻りたい。俺を連れてかないでくれ。

 そう言おうとする前に、さえぎられる。



「あの金髪はもう死んだ。行くぞ」


 左手が、俺の手をつかんだ。
血色の俺の手と、逆にきれいな三上の手。


 真田とシゲの血だ――――







 戻りたい。

 死ぬまで、二人のそばにいたかった。






 連れてかないでくれ。






 言葉が出ない。
前を歩く男に言わなきゃいけないのに。振り向かせられない。俺をひっぱるその手をはがせない。


 目にうつるのは、何も語らないその背中だけだ。
武蔵森のブレザー。
三上亮。



「・・・・・・っ」
 ブレザーの輪郭がぼやけた。
自分が泣いてるんだと気づいたのは少したってから。

 なんで泣くんだろう。
悲しいのか悔しいのか怖いのかつらいのか、よく分からない。意味もなく流れる涙だった。感情はすべて、あの診療所に置いてきてしまったみたいだった。

 呼吸が苦しくなってしゃくりあげると、三上の握る力が強くなった。
でも俺を返り見はしない。それがひどく三上らしいと思った。




 一度だけ。
後ろを振り返ってみた。
診療所はもう見えない。

ただ、灰色の煙だけ、細く空に上がっていた。













04 9 2





 禁止区域を迂回しつつ、島の端を通る形で北上した。
ただ歩いた。

 道中、三上は言葉少なだった。
俺がおとなしく後をつくようになると、もう後ろを確認することもなかった。

 血と砂で汚れたシャツの袖。その上から三上は俺の手首をつかんでいた。
さほど強い力ではないけど、置かれた指の一本一本の位置が分かる。三上の脈動が伝わる。俺の鼓動と、合わさったり外れたりする。

 その感覚に。
俺は生きているんだと、三上も生きてるんだと、なんて当たり前なことを、俺は何度も、何度も思った。




 三上が目指していたのは白い建物だった。
地図の北東に位置する、住民のいない今は使われていない無人の灯台。

 そこは住宅としても機能していて、1階には食堂と風呂、2階には寝室が備えられていた。灯台部分へはさらに階段を上っていくことになる。ここは住み込みの人物のための空間らしかった。むき出しのコンクリートの壁で、居心地はよくなさそうだけど。

 電気は通っているが、使わないと三上は言った。パントリーからろうそくを取り出すと手際よく皿の上に置いて手持ちのライターで火をつける。

 真っ暗だった空間に、オレンジの光が円形に広がる。ちっぽけな ろうそくの明かりでも、まぶしく感じられた。








 この島での、2度目の夜。









 三上は1階の寝室に落ち着くつもりらしく、ドアを閉め、バッグを床に放った。寝室だからか、扉にはカギもある。効果などさほどないようなちっぽけなカギだが、それでもやらないよりマシだと思ったのか、三上は錠をおろした。




 ベッドの上に腰を下ろし、実にガサツな仕草で靴を脱ぎ、
「俺、寝てねーんだよ。マジ疲れた。とりあえず寝る」
 武蔵森の10番は宣言した。ついでブレザーもベッドに放った。

「あの女が言ってたろ?。寝ないのよくねーからな。ああ、しばらく代わりにこれ見てろ」
 あの女って誰だ?。と西園寺のことを言ってるのだと気づく前に、10センチ四方の箱をこっちに投げてよこされた。

 ふいに投げつけられたものの なんとかキャッチする。
大きさのわりに重い。手のひらにしっかりとした感触が届く。冷たい材質はプラスチックみたいで、携帯ゲーム機というのが一番近い。


 ―――― 探知機だ。

 診療所から ここまでの道のりでも、三上は何度か これを確認していた。


「この光点がお前。すぐ近くにあるのが俺。この画面にこれ以外に点が出たらすぐ起こせ」
 三上は大雑把に説明した。

 機械には いくつかボタンがあったが、それについては一切触れない。もちろん、三上は承知しているんだろうが、知らなくても支障ないんだろう。

 俺はなんとなくモニターを眺めてみた。
おもしろくない画面。ふたつの星型の光点がすぐ近くにあって くっついている。俺と三上だった。おそらく、首輪からのデータを受信しているんだろう。
 携帯電話みたいに後ろからのバックライトがないので、薄暗いこの部屋ではちょっと見にくい。無音で、映像にはなんの変化もない。




「ハラへったらカバンの中のモン食っとけよ。―――― あ、そーだ」
 三上はさっきの探知機を渡す時のようにまたディパックをさぐった。

 今度はなにを出すんだろう、とそっちを見ると、来いと手招きするので反抗するのもメンドウで つい従順に言う通りにした。途端、


 ガチャリ

 金属音がして、同時に右手に光る輪をつけられていた。
実際に目にするのは初めてだがひと目で分かる、手錠だ。


 驚いて目を見張った俺を、三上は楽しそうに一瞥し、

「オヤスミ。次の放送には起きる。言っとくけど、自殺なんかするなよ。お前がいなくなったら俺を見殺しにするってことだからな」

 わけのわからないことを偉そうに のたまい、もう片方の輪を自分の左腕にはめると、そのままベッドに横になった。












 ロウソクがジジ・・・と小さく音をたてて焦げた。
たった一本のロウソクが唯一の光源である小さな部屋。

 寝室という言葉の通り、ここは本来の持ち主にとって本当にただ寝るための場所だったようだ。ひとつのベッドと衣類の入った収納ケースがポンと置いてあるだけで、ほかには なにもない。

 灯台なので、住居とは程遠い作りだ。壁紙なんかも もちろん貼られてないから、打ちっぱなしのコンクリートの壁が四方をおおっている。冬はかなり寒いんじゃないだろうか。
 換気のためらしい小窓は寝る前に三上がふさいだから、ロウソクくらいの小さい明かりは外にもれないはずだ。

 俺はベッドに座り、冷たい壁に背中を預け、マイペースに燃えているロウソクや、俺のことなどおかまいなしに寝てしまった三上や、探知機のモニターなどに目をやっていた。



 三上は寝ている。

 不眠だったというのは本当なんだろう。
「オヤスミ」と ふざけた口調で言ってすぐに寝入ってしまった。死んだように、という表現はこういうのなんだろうな、と つい思ってしまうほど静かに熟睡している。寝返りも全然うたないし、これじゃ冬眠してるみたいだ。

 いつも俺を睨んでいた暗い色の両目はきつく閉じられている。
寝る前にブレザーを脱いだから、武蔵森の校章の入った白いカッターシャツ姿だ。真っ白で、本当に汚れていない。もう赤と言った方が近い自分のシャツと対照的。



 ―――― そして、三上の左腕、骨ばった手首には、手錠。

 これも もともとは誰かの『武器』・・・なんだろうか。藤代もそうだったが、このゲームは倒した相手の武器を物色して、よりよいものをゲットし戦闘を有利にもっていく、というのがセオリーらしい。
 銃・探知機・手錠・・・まだあるのかもしれないが、三上も複数の武器を持っているようだ。



「『参加者』・・・だよな・・・」


 ―――― 今さら・・・か。

 ひとりきりで、今もこうして生き残っているというのは・・・よほど幸運だったか、もしくはやはり襲ってくる誰かを倒してきたとしか考えられない (ひとりひとつ支給の武器をいくつも持ってることから、後者だと思うけど)。

 こいつの場合、積極的に襲って回る、シゲいわく『狩り』に出てるヤツなのかもしれないが。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで・・・」

 俺を殺さない・・・?。







 あの時。
後ろから足音がして。
ああ、殺されるんだと思った。



 ―――― 俺はまだ、生きてる。







 三上の手錠は、俺の右手につながれている。
輪と輪の間の鉄鎖は当然10センチほどの間隔しかないから、シングルのベッドに並んでるカッコウだ。俺は起きているけど。





 分からない。


 この男は なんなんだろう。





 ―――― 鳴海はひとりだった。

 ―――― 誰も信用してねぇんだ、アイツ。


 真田の言葉を思い出す。
鳴海も、藤代も、三上も ひとりだったみたいだ。

 でも今、三上は俺のそばで眠っている。


 怖くないんだろうか?。
手錠でつないでるとはいっても、利き手は自由だし、俺が渡されたショットガンは、片手で扱える重量だ (撃つとなると話は違うが、それでもやってできないことはないだろう)。銃でなくても、ナイフの類を俺が隠し持ってたらどうするんだ。

 無用心すぎないだろうか。


 俺が三上を殺すとは・・・思ってないんだろうか?。

 もちろん、俺にそんな気はない。参加しないと決めたからだ。真田を守りたかったから。
 けど、俺の心なんて三上には分からないだろう。



 ヤツは寝る前に俺に忠告をした。自殺なんかするなと。それは、シゲのいた場所に戻ろうとした俺の態度に不安を覚えたんだろうけど――――。


 ―――― この手錠は三上のためじゃなく、俺のためのものなのか?。



 ふとそんな考えが浮かんだ。
三上の寝てる間に俺がいなくならないように (行くとしたらシゲの所だ。もうそこは禁止区域だ)。

 俺がいなくなったら、見殺しにすることだと言った。
誰を?。三上か。
 見張りがいない中で熟睡するのは危険だ。俺が死んだら三上の身も危険だ。だから?。



 ―――― 分からない。



 死にたいと思ってた。
自分が生きてこの島を出られるはずもないし (なんせ、家に帰れるのは45分の1の確率だ)。
 俺を守ってくれたふたりのいる所で一緒に終わった方がよほど幸せだと思う。―――― 今でも。

 取り乱してはいたけど、あの時怒鳴った言葉は本当の本音だった。



 それができないのは、ギリギリでそれができないのは、シゲの言葉があるからだ。賭けだとヤツは言っていた。それは多分、すぐにでも後を追おうとする俺をごまかすために出した苦肉の策なんだろうけど。




 次に会うヤツが。

 信用できたら。


 生きろ、と約束した。







 ――――三上――――。




 俺が会ったのは――――三上だった。



















 言葉通り、三上は午前0時の放送が始まるとすぐに起きた。
手錠の鎖が動作に合わせてチャラチャラと揺れ、ヤツの覚醒を知らせる。プログラム開始から不眠だったなら、睡眠はまだ不十分だろう。
起きたものの、三上は少しぼんやりしていて、寮の朝でもこんな感じなんだろうかと思わせた。

 探知機のモニターは最初に見た画面のままだった。誰もこちらに近づいていない。故障でなければ。

 三上はそれを確認すると、放送にそなえて地図を用意した。俺もあわててそれにならう。自殺のことばかり考えていたくせに、きちんとこんな作業をしてしまう自分がなんだかこっけいだった。

 死亡者が読み上げられる。
俺たちが灯台でゆっくり静かに過ごしていた間も、そう遠くないどこかで殺し合いが行われているんだ。
 当たり前のことだが、受け入れたくない現実だった。

 名前にチェックマークをつけていく。

 三上の名前と俺の名前。間にいた三木というヤツが死んでしまったから、生きている者というイミでは並んでいた。


「禁止区域には かからないな・・・」
 三上がつぶやいた。地図を見下ろして。
三上の地図は俺のものとは少し違って、図面に黒い×印がいくつも書き入れられていた。
 何かと尋ねたら死体の位置だと返された。
探知機は生死に関わりなく首輪から出ているデータを拾うため、把握しておかないとならないらしい。点が入ってるだけで、名前はなかった。

 見たくはなかったが診療所のブロックが目に入ってしまう。
非常に無機質に黒い×が3つ、記入されていた。そのひとつひとつがチームメイトであり、何より・・・・生きて動いてサッカーをした命だったと思うと、やはりやりきれなかった。



 すべての参加者の安否をチェックしているわけではないものの、しかしその地図から見ると三上はかなり広い範囲を通っているように見える。

 俺とシゲは学校近くの森から海際、そして途中から真田を連れて診療所というコースをたどっているから、区域の数で言うとトータルして9ブロックほどだ。
 移動したのはもちろん禁止区域にかかったのと治療と逃亡のためで、そうでないならむやみに移動せず、隠れていたほうが安全だ。移動は、危険に近づくためのもっとも効率的な行動だから。

 いくら探知機を持っていたとしても、その原則は変わらない。それをしていなかったということは、やはり三上はゲームに参加していたんだろう。死体のマークのいくつかは、こいつが実際に手を下したものなんだろう。
 20近いブロックを行き来したと思われる三上の地図。推論が裏付けられてしまった。


 ―――― 睡眠もとらず、ひとりで。

 なぜそこまで。と思う。藤代も似たようなものなんだろうが、なぜそこまでしてこのゲームにのるんだろう。・・・のれるんだろう。




「オイ、ボケッとしてんならついでに寝ちまえよ。風呂より先に眠っとけ。言ったろーが、禁止エリアにかかんねぇって」
 三上の思惑をはかりかねていた俺に、当の本人が声をかけてきた。

 眠気は別になかったが言われた通り横になると、意外に面倒見がいいのか、布団をかけてくれる。うすっぺらいそれはホコリっぽかった。

 手錠はされたままだったから、三上が動くと右腕がひっぱられる。操り人形みたいで、少しおかしい。


「オイ、寝るときにゃアイサツだろ」
 目を閉じようとすると、頬をつねられた。

 なんなんだよ、こんな時に・・・と思ったが、見上げた三上は別にふざけた調子でもなく、いたって普通で (そして偉そうで)、なんだか面食らってしまって。
 スナオに
「・・・おやすみ」
 と小さく口にしてしまう。



「おう」
 答えた三上が、かすかに笑った。




 おやすみなんて。
アイサツしてるような、日常じゃないのに。

 この非日常の空間で、その言葉は妙に安心感をもっていた。


 一緒に育ってきた、ホームズ。いつもうるさいオバサン2人。静かだけど怒ると怖いばーちゃん。嫌いだけど・・・今はそこまで嫌いじゃない、父さん。




 母さん。


 母さん。







 おやすみなんて。
ここはもう、日常じゃないのに。



 でも。

 ―――― たぶん。



 このまま、目が覚めなくなる・・・・・・・ということはないんだろうな、と。




 1日目。シゲの前で目を閉じたときと反対の予感が、睡魔と一緒に俺の身体を包んだ。


 三上なのに。


 おはよう、

朝になったらきっと三上がそのアイサツを要求してくるのが分かったから。





 ―――― きっと俺、殺されない。





 シゲ、それは・・・

 信頼と呼んでいいものなのか?。












04 11 27





つづく





















郭「一馬。校舎を出たら左にまっすぐ進んで。足音あんまりたてないで」
真田 「・・・・・・っ。わ、かった」
郭 「待ってるから。結人とも合流しよう」
真田 「あ、・・・うん。うん、そうだよな。大丈夫だよな。俺達」
郭 「・・・大丈夫。じゃ先行くよ」
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By 伊田くると

04 8/17〜11/27