夕日が赤い。
炎も赤い。
地面に染み込んでく、真田と藤代の血も赤かった。
そして。
藤代の死と同時くらいに、膝を折って倒れこんだ、金髪の男の身体も真っ赤だった。
「シゲっっっ!!!」
薄く煙を吐きつづけている銃を放り出し、藤代の死体を通り過ぎて、俺はシゲの元に駆け寄った。
近くで見ると、本当に血だらけだった。どうして立っていられたのかと思う。どうして銃なんか撃てたのか、不思議になるくらいだ。
左腕はもう使えないらしい。シゲは右手だけをのばして俺の頬に優しく触れた。
親指が、さするようになでるように動かされる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
―――― 血を拭いてくれてるんだ、と気づいた。
1日目、始まりの夜も、シゲは俺にかかった風祭の血をタオルでぬぐってくれた。
昨日のことなのに、なんて遠く感じられるんだろう。
「守るゆーたのに、ごめんな」
左肩、右胸、腹、足・・・被弾個所は数えられないほどだった。
俺たちを逃がすために守るために戦っていたシゲと、武器も大量にあって攻めることだけを考えていてよかった藤代。どちらが有利かなんて、考えるまでもなかった。
―――― 割に合わないことはしないと・・・言ってたのに。
郭と一緒じゃないか。真っ先に逃げるって、言ってたくせに・・・どうしてそうしない?。
割に合わないことはしないと言ってたのに・・・どうしてそうしない?。
「手当て・・っするからっ」
診療所にあった救急セットは、薬類は、まだ焼けずに残っているかもしれない。立ち上がろうとすると、シゲは俺のシャツを引っ張ってとめた。
「ええわ。それより・・・話聞いて」
嫌だ、とゴネたのに、シゲは手を離してくれなかった。俺のシャツをつかんでいた手が身体をすべって、左手に触れる。握手みたいに。
「銃・・教えといてよかったわ」
銃を握った名残を探すように、もしくは消すように、左手の平を、シゲの指がそっとたどった。
「―――― 使うことなんかねーって思ってたけどな」
「俺も。そうできたらええと思うとった」
皮膚が感じるシゲの感触。冷たい銃より、よほど安心する。
―――――――― ずっと、守ってくれてた・・・――――。
「真田が・・・守ってくれた」
藤代を撃った銃は、シゲから渡されたものだった。
俺は両腕で真田を支えて移動してたから、真田がかわりに持っていた。そんなこと、頭から消えてたけど。
藤代につかまった時、真田は俺に逃げろと怒鳴った。俺を派手にふりほどいて木材置き場まで移動して、真田はそれからずっと、その壁によりかかってた。
そうしないと立ってられないんだと思った。事実そうだったんだろうけど・・・真田は、背中に銃を隠してたんだ。藤代に見えないように。
殺されたときは、飛び散った血で銃は見えなかった。でもきっと・・・倒れる時も考えていたんだろう。
銃が、身体の影にくるように。
―――― 俺が生き残る確率を、少しでも上げるために。
いくらケガ人連れでも、武器を・・・それも銃を持っていたら藤代があそこまで俺に無防備になるわけがなかった。俺も忘れていた小さな銃の存在・・・。真田が、俺のために、残してくれた。
―――― 俺が生き残る確率を、少しでも上げるために。
「真田が・・・守ってくれた」
「真田と・・・お前が守ってくれた」
だから、生きてる。
言葉の終わりと一緒に、涙が落ちた。
頬をつたって、腕の上へと落下する。シャツについた血がぼやけた。
03 9 11
君へ 6
〜言いたい言葉〜
「たつぼん」
「ごめんな」
「俺な、謝りたくて、ここに来たんや」
そう言って、動かせる右腕だけでシゲが俺を抱き寄せた。
―――― 1年前 ――――
―――― 一緒におるって言うたのに。
サッカー部におるって言うたのに。
―――― 約束やぶって、ごめんな。
俺、お前のこと傷つけたよな。
―――― お前が苦しんでるとき、そこから逃げた。
―――― たつぼんが、俺を信用できなくて困ってたのも知ってる。
無理ないわ。一回裏切った人間や。
耳元に、シゲの声。
苦しいのか、時折かすれながら、ゆっくり、俺に伝わるように話す、声。
「・・・小さな・・・約束だし・・・忘れるの無理ねぇよ」
俺にとってはそうじゃなかったけど。
シゲにとってはきっとそうだったろうから。
「そーゆー風に たつぼんはなかったことにして許そーとするし、俺はホンキ出して謝るなんてのがカッコ悪い気がしてできんかったから、1年も言いそびれたんやで」
シゲは少し笑ったみたいだ。
俺も、なんだかおかしくなった。
――――忘れてなかったのか。
ずっと俺のパスを受けて、シュート決めるなんていう、戯言みたいな約束を。
「俺な。関西の選抜に入ろうと思ってたんや。地元やし・・・本気で戦いたいヤツ、できたし。だから、その報告と一緒に、謝ろ、なんて・・・1ヶ月も前から決心してたんやで。カワエエやろ」
関西選抜・・・?。
驚いて、思わず顔を上げる。すぐ目の前にあったシゲの目は、俺をまっすぐ見つめていた。
「お前、東京選抜じゃないのか・・・?。なら、なんで・・・」
今回のプログラムは東京地区の選抜チームが対象だ。関西はもちろん、範囲外。
「BR法のこと・・・最初から知ってたんや。松下さんから東京選抜が選ばれたって聞いた。っても当日の朝やけどな。たつぼんらはもう合宿ゆうて出発してた頃や。・・・俺が東京にも呼ばれたゆう話したやろ?、辞退したけど、名簿に名前は残ってて。でも実際の在籍は関西やから。だから、俺だけは免除してもいいゆうことになったらしいんやけど、参加希望したんや」
「バカっっっなんでだよっっ!!!。来なくてよかったんじゃねぇかっっっ」
信じられない事実に、我を忘れて怒鳴る。
なんてバカだ。
シゲは笑った。
「自分でもびっくりや。とんだ酔狂やと思う。松下さんにも止められたけどな。・・・俺、たつぼんに会わな、生きとっても一生後悔するから」
「・・・・・・」
―――― 俺に謝るために・・・?
シゲは言った。
やらなきゃいけないことがある、って。
そのために『来た』って――――
「守るつもり・・・てのもあったけどな。たつぼんが優勝して生きて帰ってくるとは思えんかったから。自分が行って生きてる限りまもろ思うてた」
最初から。
俺のために、いたのか――――?。
俺に謝ろうと思って。
俺を守ろうと思って。
最初から、今まで、ずっと――――――――。
「・・・・っ、俺はお前のこと、信用してなかった・・・・っっ」
駄々っ子みたいに俺は首を振った。あんなに泣きたくないと思ってたのに、泣けて泣けてしょうがない。
―――― こんな現実なんて、イヤだ。
俺は真田みたいに、真田が郭を信じたみたいに、心底シゲを信用できなかった。
いつかその銃口を俺に向けるんだろうと、予想して、覚悟すらしてた。
「今は・・・信じてくれとる?」
金色の髪が夕日に照らされて、赤く見えた。
血の色よりよっぽどあざやかで、こんなキレイな色は見たことない、と思う。
意志が強そうな濃い虹彩の目も、血に覆われた肌も、全部。
迷わずにうなずいた。
嬉しそうにシゲは笑う。
作り笑いじゃない、いつもしてる調子いい笑いじゃない、本当の、笑顔に見えた。
「なら・・・生き延びて・・・な?」
―――― ここにもまだ
信じられるヤツはいるはずや
―――― お前を救おうと
思うてるヤツも、きっといる
―――― 恐怖して感情が麻痺して、理性が切れて。
―――― 残るのは本当の気もちだけや
―――― そしたら、信じられるはずや
シゲの言葉の意味は、よく分からなかった。
けど、どうしようもなく分かってしまった。
―――― 『・・・・・・なぁ、英士、死んじゃったんだよな?』
真田の声がよみがえる。
シゲも・・・死んじゃうんだ・・・・・・。
03 10 10
「・・・たつぼん。煙は遠く・・・からでも見える。ここで何があったか、さぐりに来るヤツがおる。藤代の・・・武器を拾って逃げるんや」
もうしゃべるのもつらそうだった。
血はあふれてとまらない。
人間の身体にどのくらいの量の血がつまってるのか、短い時間の中そればかり見させられた気がする。
俺は首を振った。
「ここにいる・・・っ」
シゲが助からないのは分かっていた。感じた冷たい予感はきっとこのせい。
―――― シゲを失うこと。
シゲがいて。
俺を守ることを考えながら死んだ、真田がいて。
守られてた。
だから生きてる。
でも、ここから歩き出せる自分なんて、想像できなかった。ムリだ。
刻限まで、ずっとここにいる。
シゲの身体を放ってどこかに行けるはずがない。
ここで死ぬ。自殺する。
きっと文法も文節もめちゃくちゃに、俺は叫んだ。
こんなに泣いたのは、きっと生まれて初めてだ。
しゃくりあげる俺を、シゲは優しい目で見つめた。
なんとなく、こいつが年上だと気づくのは、こんなカオをした時だ。
ガキだとバカにしてるわけでも、呆れてるわけでもなかった。
きっと、愛しい、って思ってる――――
シゲの言ったとおりだ。
俺は視野が狭くて。
ヒトのこと、シゲのこと、何もわかってなかった。
手のひら返されてミジメな気分を味あわされるのが怖くて、ただ怖くて、自分のことだけ考えてた。
――――『特別』だったんだ。
シゲにとって、俺は、『特別』だったんだ。
―――― 今になって、やっと分かった。
「かけ・・・しよか、たつぼん」
小さく、シゲがつぶやいた。
所々声になってない。でも、大好きな声。
「―――― もし、この次に会うたヤツが信用できないヤツだったら好きにしてええ。あきらめても自殺してもええよ。でも・・・もし信用・・・いや信頼できたなら」
真田のように。
シゲのように。
信じることが、できたら・・・・・?。
「そん時は、生きて」
気づくと、俺は静かにうなずいていた。
そうしなきゃいけない、そんな気になったのはなんでだろう。
そんなのムリだ、できるわけない・・・と思うのに。
俺が了承したのを見て、シゲは嬉しそうに笑った。そして、俺に抱きついた。右腕を首の後ろにまわして、額を俺の肩に押し当てる。
片腕だけで、優しく、抱きしめられた。
血にぬれた、暖かい身体。
イヤだ、この熱がなくなってしまうなんて。
「約束やで」
イヤだ、そんな約束は。お前が死ぬことを前提に約束なんてしたくない。
「・・・・・・・・分かった」
イヤだイヤだイヤだ。
でも、俺はうなずくことしかできない。
あんなに分からなかったひとつ年上の同級生の気持ちが、やっと分かったから。
うなずかなくちゃいけなかった。
シゲの鼓動。
声。
温度。
髪の感触。
流れ出る血液。
くれた言葉も。
眼差しも。
全部。
今ここにあるもの、全部、全部俺のためだった。
もっと早くに気づいていたら、
何が変わっていたんだろう。
「ごめんな、たつぼん」
「それはもう聞いた。とっくに許してる!」
「うん。じゃおおきに」
「礼なんていい・・っ」
「うん。じゃあ・・・あと」
そこで、シゲは言葉を切った。
「もういっこ・・・、言いたかったんやけど。・・・ガラじゃないしヤメとくわ」
それきり。
肩にかかる重みが、増して。
背に回された腕が、静かにすべり落ちた。
03 10 27
―――― かけ・・・しよか、たつぼん
―――― もし、この次にあったヤツが信用できないヤツだったら自殺してええよ。
――――でも・・・もし信用・・・いや信頼できたなら
「そん時は、生きて」
炎は勢いを増していた。
絶え間なく鳴る火のはぜる音。離れたこちらにも伝わってくる熱。
いずれはこの材木置き場も、火に包まれるのかもしれない。
シゲの身体。
地面に横たえてみた。
傷だらけで血まみれで、なんだか赤い絵の具をぶっちゃけたみたいだった。
夕日のせいできれいに赤みを帯びてるけど、実際はもっと・・・黒に近い朱に近い赤なんだろう。それでもいい。キレイに見えた。
約束はした。
でも、やっぱり俺は動けなかった。
賭けは・・・・・
ムリだよ、シゲ。
できるわけがない。
俺の勝ちだ。決まってる。
殺される直前まで俺のことを考えて死んだ真田と。
目の前で死んだ、俺のためにここに来た、そんなバカなこの男以外。
信じられるわけがない。
どこか遠くに行って殺されるより、ここで、一緒に死にたいと、心底思う。
ザッ
背後で、砂を噛む音が鳴った。
ザッ
ザッ
均等なペースで音が続く。
ああ、足音だ。漠然と思った。
―――― 自殺しないでも、結果は一緒か。
足音が近づいてくる。
一歩。
一歩。
死刑執行のカウントダウン。
一歩。
一歩。
もういい。この悲しみともいえない感情を早く終わらせてくれ。
一歩。
一歩。
俺はなんだか『それ』を待っていたような気すらして、ゆっくり、振り向いた。
沈みかけた夕日が、大型の銃を抱えた男を照らしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・っ」
―――― かけ・・・しよか、たつぼん
―――― もし、この次にあったヤツが信用できないヤツだったら自殺してええよ。でも・・・もし信用・・・いや信頼できたなら
その時は――――――――
その時は――――――――?
END
というわけでここで『シゲ編』終了です。おつきあい下さった方、ありがとうございました!!
終わり方でも分かるようにまだちょっと続いてます。よろしかったら後半ものぞいてくださいませ。
後半もやはりへたれ水野な予感です。
伊田くると
第二部へ
椎名「このバス・・どこ行くんだ・・?」
黒川 「?。そういや監督行き先言ってないな。いつもみたく練習試合じゃねぇの?」
椎名 「・・・・・だといいけどね」
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03 12 14 了