侵入者が来たら分かるようにしてくる、と言って、来て早々にシゲは診療所から物を物色して出て行った。糸やらハサミやらを持っていったみたいだ。
手伝いを申し出たら、真田を看てやれ、と促されたのでそうすることにした。
真田はいまだ寝入っている。
時折、額に当てている濡れタオルを交換するくらいしかやることがないけど、やっぱりひとりにはしておけない、と感じる。
FWの中ではピカ1の精密なシュートを打っていた足は、厚い包帯の上からもわかるほど熱を持っていた。解熱剤の効果はあまりないみたいだ。
しばらくすると、作業を終えたシゲが帰ってきた。
やっと診療所の中に落ち着いてくれるようだ。
生きて帰ってきたことをようやく確認できた気がして、俺はホッとしてシゲを眺めた。
後ろでひとつに結んでいた髪がほどけていた。制服は (もともと俺がつけた血もあったが)血と泥で汚れている。特に血は腹と腕にべったりとはりついていた。
「俺の血やない」
視線に気づいたシゲが、安心して、とそう言った。
その言葉が内包している意味にもちろん気づいたが、俺はただ、ああ、と答えた。
シゲ自身はかすり傷だ。腕を数箇所と、右の頬を枝かなにかで切っていた。
きれいにふいてから、手持ちの消毒液で手当てをする。
―――― この程度ですんだのは、本当に・・・。
運がいい、だけじゃすまない・・・んだろうな。シゲは強い。フィジカル面でもメンタル面でも。
おとなしく手当てを受けているシゲ。
『人殺しだ』という感想は持たなかった。持ってはいけないんだ、という意識もどこかにあったが。
シゲが持って帰ってきたショットガンもナイフも、あきらかに使われた形跡があったけど、それにも拒否反応はでない。
―――― ただ、生きて帰ってきてよかったと思った。
「・・・・・・・・・・・・」
そう思い至った時。
真田が言う、『幸せ』は分からないけど。
真田の悲しみが少しだけ、実感をもって理解できた。
―――― 郭はもう、帰ってこない。
君へ 5
〜GAME SHOW〜
シゲは鳴海以外に、渋沢さんとも接触したと言った。現状についての話を交わしたのだと言う。
「どーも、事態はあんまよくないみたいや」
―――― 渋沢さんは昼の放送で名前を呼ばれていた。
シゲが・・・殺したのかもしれない。でも、それは聞かないことにした。
「積極的に狩りに回ってるヤツが複数おる。まず、俺たちも1日目にちらっと会ってる、黒川を殺したヤツ。あれと同じ手口で殺されてる死体をもう一人見たわ」
黒川・・・。
その名前はやはり強い罪悪感を伴って俺の耳に届く。
同じ手口ということは・・・抵抗できずに殺されたということだろう。そいつは精度の高い銃と、おそらく――――赤外線スコープを持ってる。
タイプで言うなら、遠距離攻撃タイプ。
ゲームみたいで実感がわかないが、スナイパーのようなことをやってのけているようだ。すべて成功しているなら、いまだ本人は無傷の可能性が高い。
「鳴海も参加派やったけど、もうおらんからええわ。あと、マシンガンなんかの乱射型兵器を持っとるヤツがおる。これは単独か複数か分からんけど。渋沢のダンナから聞いた話やけど、蜂の巣になった死体が三体、近くにあったいうから、もしひとりでそれをこなしたなら、頭いいか運動神経あるか・・・とにかくフツーじゃないヤツやろな」
選抜メンバーを相手に一対三で挑むというのは・・・逆ならともかく正直考えにくい。俺だったら、絶対に手はださないだろう。
「自殺しおったヤツもおるって。名前なんつったかな・・・」
シゲは「忘れた」、とさして考えるそぶりも見せずすぐ結論を出した。
この態度の時は、最初から覚えるつもりがなかったということを短くもないつきあいで知っていた。まあ、シゲにとっては初対面の連中ばかりだから仕方ないともいえる。
「・・・・・・」
できれば名前を知りたいと思った。なぜかは説明できないが。
「―――― なんだかんだ、人数は減ってくもんなんやな」
シゲは感心した、というように肩をすくめてみせた。
「残り25人か・・・」
―――― 残りってなんだよ。嫌な言い方しやがって。
「――――お前は・・・参加するんだろ?」
「俺?、俺はそやねー、どーやろ」
今さらはぐらかす気かよ。
おどけたツラを睨んでやる。
そのまま、視線を隣のベッドで眠る真田に移した。
俺たちの話し声にもまるで反応していない。ひょっとしたら昨夜は眠ってなかったのかもしれない(なんだか真田は神経細かそうだ)。やすらか、とはケガのため言いにくいけど、眠りは深そうだ。
またシゲに視線を戻す。
「―――――――― 俺は参加しない。決めた」
思ったより、落ち着いた声が出た。
「・・・・・・・・・」
シゲが黙る。
無表情だけど、ちょっとだけ驚いてるように見えた。
「最初から参加する気があったわけじゃねぇけど。・・・・・・参加しないって、決めた」
真田をつれての診療所までの道で。
俺は、やっと、今ここにある現実を実感した。
ケガした真田を置いていきたくない、殺したくない、それが分かった。
死にたくない、生き残りたい、という感情と別の所で、はっきり、真田を助けたいと思った。
シゲは俺の言葉を黙って聞いていた。
「そか、たつぼんらしいな」
いいとも悪いとも言わず、シゲは最後にそう言って笑った。黒い虹彩の目を細めて、穏やかに。
作り笑いじゃない、いつもしてる調子いい笑いじゃない、本当の、笑顔に見えた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
驚いたわけでもないのに、心臓が強く鳴った。
「おっ、お前はどーすんだよ、参加するのか?」
動転したことを知られたくなくて、俺は話題を変えた。今思うと、けっこう恥ずかしいセリフを言った気がして いたたまれない。こいつに本音を言うとロクなことがないというのに。
俺の内心など知らないシゲは、のん気に、診療所で見つけた新しい輪ゴムで髪をくくりつつ、
「んー、それはあんま考えてなかったわ。やんなきゃいけないこと、それさえ済ましたら、優勝とかは別にええかな、とも思うし」
―――― やること・・・?。
そういえば、数時間前 森で別れた時も、シゲはそんなことを言っていた。
「こんな状況でやりたいことなんかあるか?」
俺は・・・と考えてみる。
ああ、サッカーやりたいかも。
でも相手が大幅に欠けてしまっていることに気づく。
もう・・・できないんだよな。
鳴海の乱暴なほど力強いプレーとか。実は嫌いじゃなかった。
郭の正確な戦術とパスとか。俺とタイプは違うけど、すごいと感心する点も多くて。
ほかにも、いろいろ。
もう見れないし、一緒に走ることも・・・できないんだよな。当たり前だけど。
もっと時間があればメンバーと打ち解けられたかな、なんて思ってみる。真田と・・・話せたみたいに。
シゲも・・・サッカー、かな。
「ボール・・・、持って来ればよかったな」
そうつぶやくと、一瞬 間をおいた後シゲはけらけらと笑い出した。
さっきの真田の反応と似てる。なんだよ、そんなに俺の言うことは的外れかよ。
ムッときた俺にひらひらと手をふり やる気のない謝罪を見せ、
「はは、いや、ベタやーって思っただけや。どこまでもサッカー少年やなー、ぼんは」
ま、サッカーやるのもええかもな。
なんて笑った。
それから、ふっと真顔になった。
ゆっくり、俺と目を合わせる。
「・・・・・・・・・・・ホンマはガキみたいにビビってるんや。俺な、ホンマはけっこー臆病やねんで。本気んなって無様さらして許して〜言うなんて、シゲちゃんらしくないやん」
「・・・はァ?、何言ってんだ、お前」
俺の当然の疑問はさらりとシカトして。
シゲはわけの分からない (としか思えない) ことを楽しそうにしゃべりだす。
「たつぼんは、生真面目やし、他人にも自分にも厳しいしサッカーの戦術以外では視野狭いトコあるし。だから、ヒトのこと、わかってないコトたくさんあるんやで。まあヒトだって、そーゆー本性っつーか素の部分、できれば知られとうないって隠してるヤツも多いんやけど」
―――― なんか・・・けなされてる。
「・・・人付き合いがヘタって説教したいのかよ?」
前にも似たようなことを言われたので、ついムキになった。
サッカー部女子部長の小島有希に。
あきれたような目で、そんなこと言われたのは、いつだったか。
「ま、ヘタやけど。そーやなくて。他人のキモチゆーやつの見つけ方のレクチャーや。シゲちゃんセンセの言うことよう聞いて」
なんなんだ?、とあきれたが、シゲはやめる気配はなかった。
声はおどけてるくせに、やけに語調が強い。
「―――― 今はチャンスやで。2日後におそらく死ぬ、なんて状況じゃ、誰も飾ってられへんよ。簡単や。恐怖して感情が麻痺して、理性が切れて。残るのは本当のキモチだけや」
このおかしな現実に、自分を飾ってるヒマなんかないってのは、俺にも分かる。
「・・・お前も、そうなのか?」
でも、目の前のひとつ年上のコイツは、いつもとあまり変わりなく見えて。
あいかわらず、つかめないヤツにしか見えなくて。
だから気になった。
「お前も・・・今、本当の気持ちだけ、なのか?」
「そうやで。分からん?、―――― 俺」
「謝ろ、思てここに来たんや」
カタン、突然、何かが診療所の壁を叩いた。
シゲがバッと立ち上がる。
「しかけにひっかかった、誰か近づいてくるで。予想よりはやいな」
言い終わった時には、もう手にショットガンを持っていた。
診療所の周囲に糸をはりめぐらせ、それに足をとられたりしたら釘が壁を小さく叩く合図が送られるしくみになっていたらしい。
鳴子、というヤツだろう。即席でよく作ったものだと感心する。
「五寸釘がこんなとこで役に立つとはな」
シゲが苦笑した。
「迎撃せんと。たつぼんはこれ持っとき」
渡されたのは細身の小さな銃。見覚えがないものだ。
「弾は1発しか残ってないんやけど。鳴海の土産や。安全装置は外してある。引き金をひくだけ。照準の合わせ方はこれと一緒やから。ちっこくてもけっこうな反動がくるから きちっと両手で扱うんやで」
口早に説明される。
話の合間にもシゲはベルトに真田のサバイバルナイフをつっこみ、ショットガンを利き腕に持ち替えた。
「診療所を壁伝いに沿って逃げるんや、診療所の裏は木材置き場になっとるから、身を隠しながら行けよ」
「・・・っ」
またシゲひとりに負担を・・・・・・、悔しくて唇を噛む。
俺は逃げるだけか。それでいいのか。
でも、真田はひとりじゃ歩けない。
ぐだぐだ悩んでる時間はなかった。
―――― 誰かが・・・やってくるのだ。
もちろん、それが『敵』とは限らない。
俺たちのように、ケガをして薬を求めてやってきたヤツかも知れない。そうであってくれればどんなにいいか。
真田の身体をゆさぶり起こし、肩を組んで支える。
「真田っ、逃げるから!」
せっかく安静にできてたのに・・・、むしょうに腹が立つ。
そう思ったのと同時、パンパンと乾いた高い音がして、部屋のガラスが派手に砕け散った。窓際のベッド全体に大ぶりの破片がふりかかる。真田を起こしていてよかった。間一髪だ。
「行け !」
シゲが怒鳴って、割れた窓からショットガンを撃つ。もう相手の姿が見えてるのか、仕返しの威嚇射撃かは分からない。
ともあれ、まぎれもなく攻撃を受けた。俺の願望はまたしても逆の結果になってしまった。ズタズタになったシーツからそれは一目瞭然で。
―――― 無差別に俺たち全員殺す気だ。
はっきり思い知らされた。
中に何人いるか、特に探る様子もなく攻撃してきたことから考えても 武器が優れてるのか、まさか複数なのか。
単独だとしたら、よほど自分に自信があるのか。一対三でしとめたというヤツかもしれない。
いろいろと頭をよぎるが、今はすべて後回しだ。俺はむりやり思考を入れ替えようと努力する。
今すべきことは、真田を連れて逃げること。
診療所の扉を開けて外に出た。
時間はちょうど夕暮れ。空はじょじょに赤く染まっていく。
もっと日が落ちればいいのに。そうすれば、シゲも俺たちも逃げやすいのに。
診療所の裏手には、何に使うのか、木材が背高くつまれていた。これなら俺たちくらい優に隠れられる。
シゲは俺たちが身を隠しつつ森へ抜けるまでの時間稼ぎをするつもりだろう。
早く行かないと、と気はあせるが、真田は足がもう言うことをきかないらしく、思うようには進めない。真田自身もどかしそうに足をひきずっている。
そうしている間にも背後では絶え間なく銃声・物が壊れる音、中には爆音も聞こえたりして、何が起こっているのか気にかかって仕方がない。
―――― 尋常じゃない。
現れた侵入者は、本気で・・・何の迷いもなく、狩りに来ているのか。
「み・・ずのっ、俺はいいから、あいつを助けに行けよ・・っ」
俺に体重を預けてもやっと立っているという状態の真田がつらそうに言葉をしぼり出す。シゲから預かった短銃は両手がふさがっている俺のかわりに持ってもらっているが、それもきつそうだった。
「はやく・・・っ」
真田はせかす。
物音から、やはりケタの違う恐ろしさを感じたみたいだ。
「・・・・・・っ」
俺も・・きっと真田と同種の恐怖を感じていた。
それに・・・それだけじゃなくて・・・さっきから、心臓が冷えてる。
こんなに動転してるのに、あせってるのに。
なのに動悸は静かだった。
でもひとつひとつ脈うつごとに、血のかわりに氷が身体中に流されているような寒気がする。
―――― 怖い・・・。
―――― シゲ・・・っ
なんなんだろうこの寒さ。
触れている真田の身体と、まるで別物。
冷えてく。神経まで凍りそうだ。
―――――――― こーゆーのって、なんていうんだ?。
「あーっ、二体みっけ !」
忽然と、明るい声が降ってきた。
シゲのものではない、それだけが瞬時に分かり、身体が電池切れのロボットみたいに硬直した。
恐る恐る、声の方向を振り仰ぐ。
トラッドな制服に身を包み、でも、制服には不似合いな銃を両手に持った男。
藤代誠二は、俺たちを見下ろし、誉められたガキみたいに笑った。
残り25人
03 4 25
「佐藤のヤツ、やけに俺を移動させないよーに戦うんだもんな。足どめっつうの?。まだほかにいるのかって思ったら、ビンゴ!!。一気にみっつ !。俺ってついてる!!」
藤代は、木材の上に身軽に身体をのせ、自慢げに話し出した。
その様子は、選抜の練習が終わった後、元気ありあまってみんなとバカな話で盛り上がってたのとまるで同じで。
なんだかめまいがした。
「藤代・・・・っ」
真田が、低くつぶやいた。
恐怖と敵愾心が、まぜあわさった声音。
さっきの爆音は手榴弾によるものだったらしい。ブレザーのポケットにひっかけられている、お手玉ほどの大きさのそれ。
―――― なんでもありだな、こいつ。
妙に冷静にそう評した。
診療所はパチパチと音をたてて燃えはじめていた。藤代の後ろから、うすく煙があがっている。藤代の手にある銃の先からも。
なんだかすごく絵になっていた。
「水野、逃げろ!」
ほけっと立ち尽くした俺と対照的に状況を理解したんだろう真田が怒鳴る。俺から離れようと、もがくように上半身をずらしながら。
突然激しく動かれたせいで支えていた腕がはずれる。独力では立てない真田は、バランスを崩して木材の壁にドン、とぶつかった。
「真田!」
駆け寄って支えようとすると、
「逃げろってば!!」
金属的な声できつく、でも苦しげに怒鳴りつけられた。
「――――・・・」
その様子を、上から悠然と眺めている藤代。両腕とも銃をかまえているけど、撃とうという気配がない。
よくマンガとかで殺気、なんていうけど、そんなものは見当たらなかった。
「なんか、いーね」
藤代は笑って、木材の山から飛び降りた。着地の音は静かだ。しなやかなバネ。身のこなしのよさは折り紙つき。
「真田って、そーゆーコト他人に言わなそーなのに。水野だからかな、さすが水野」
「・・・・・っ」
真田に逃げろ、と怒鳴られてるのに、俺は動けなかった。
前言撤回だ。今逃げようとしたらきっと即座に殺される。そう思わせる藤代の空気。これを殺気というんだろう、きっと。
「ここに来て、けっこー複数でつるんでるヤツはいたけど、初めて見たよこんなの。なんか感動的だよね。ドラマみたい」
藤代と俺たちの距離は、10メートル・・・くらいか。
俊足で、しかも目立った傷なんてどこにもない藤代を相手に逃げ切ることなんてできそうもなかった(大体、相手は銃をもってる。俺ひとりだとしたって状況は悪い)。
真田は覚悟したんだろう、壁に体重をあずけてなんとか片足で立ったまま、逃亡のそぶりもみせず、涼しげな藤代を睨んでいる。
目の前にいるのは、あまりにもいつもの藤代だった。
両腕の銃器。ほかにもベルトにナイフをつるして肩からは弾薬をタスキにしてかけていたけど(そーいや陸上部からもしつこく声がかかるほどなんだっけ?。でもそのタスキは悪趣味だ)。手榴弾もあったか。
ともあれ、そんな武器の群れもオモチャに見えるほど、あっけらかんとしてるその雰囲気は、いつもの藤代だった。
だから、話しかけてみる。
「シゲは・・」
「やっつけた。これで9体目」
「・・・っ!」
シゲ・・・・・。
憎憎しげというんでもない、むしろ誉めてくれ、というような無邪気さで藤代は回答する。
真田が息をのむ。俺は反応を返せない。やはり心臓は冷えていた。
―――― なんとなく・・・分かった。
目の前の、こいつ。
頼りになるセンターフォワード。本当のエース。
パスを出す時、喜びと期待を感じさせる、才能のかたまりみたいな男。
シゲにも感じたけど、神様に多く愛されてるヤツなんだ、と俺に思わせた男。
コイツはいつも通り天真爛漫なガキっぽいヤツで、何かに夢中になると人のことなんか考えられない、やっぱ無邪気なヤツだった。
「人殺し!!!、テメェなんか死んじまえ!!」
真田が怒鳴る。
郭や若菜・・・・大事な人間を失い続けた真田にとって、藤代の物言いは鬼畜にしか感じられないだろう。
でも、くやしいことにそうじゃない、と分かるくらいには・・・俺は藤代を知っていた。親しくはない、でも・・・選抜ではもっとも多くパスを出した相手だったからだ。
―――― 何かに夢中になると、ほかのことなんか考えられない。
―――― 何かに夢中になると、他人のことなんか考えられない。
それは、天才の特権だ。
―――― 藤代がこの『ゲーム』に夢中になったら、きっと・・。
「佐藤が9体目。そんで」
ふいに、止める間もなく藤代がぐいと右手を上げ、そのまま引き金をひいた。
あっけなく。
本当にあっけなく、真田の身体が崩れ落ちる。
あんなに出血してたのに、まだこんなに、と思うほど、赤い血を飛び散らして。
「これで、10こめ」
03 6 9
炎の勢いが増していた。
木造の診療所は、おそらくカーテンなんかにどんどん飛び火してるんだろう、家一軒燃やすほどの火勢に成長しつつあるみたいだった。
真田が死んだ。
風祭の時と同じように、そばにいた俺の身体は温かい血を浴びる。足元に崩れている真田。息をしてないのは、確かめるまでもなかった。
―――――――― 俺も殺されるんだ。
もっと、みじめに泣きわめいたり・・・(したくはないけど)するんだと思ってた。
意外にこーいうもんなのか?。
相手が、藤代だからか?。
こいつが優勝するんだろうな、なんて、すんなり納得できてしまう相手だからか?。
俺は、この後に自分の身に訪れる幕切れを、やけに静かに受け止めていた。
「・・・けっこー不思議」
藤代は、一歩俺に近づいた。手を下した真田の体にはもう一瞥もくれない。きりっとした眉の下の目は、まっすぐ俺に向けられている。
「あんま痛くないようにしてあげたいとか、思ってるかも」
「なんでかな?」
そう言って、少しだけ首をかしげた藤代は、本当に不思議そうで、毒気をぬかれた。思わず笑いたくなる。
ガキが悪気なくしてしまったイタズラを、誰が心からしかれるんだろう。憎めない。それと同じなんだ。俺は、静かに目を伏せた。
「―――― 一生分からんやろ」
――――・・・え
死ぬと思った瞬間聞こえた声に、心臓がハネた。
声と同時にパンパンと音がする。
目を開けると、藤代のさらに向こうに、シゲが立っていた。
右手一本で小型の銃を構えて、藤代に向け連続で撃ちこむ。
近距離なのもあってか、全弾背中に命中した。撃たれた衝撃で藤代の身体が前に傾く。そのまま地面に倒れるだろう。
「っ?!!」
しかし、銃をかまえたシゲがハッと目をみはった。
藤代は一瞬よろけたものの、また平然と姿勢を戻したのだ。撃たれる前と、同じように。
―――― 信じ・・・・・られない・・・。
巻き戻した映像を見せられた気分だ。馬鹿な、そんなわけが・・・。
「嘘・・・」
思わず声がもれる。
銃声は6連発。それをくらって、死なない・・・血もでてない。
藤代は観衆の動揺が嬉しかったらしく、にまっと笑って左右俺たちを交互に見渡した。
そして、
「腕いーじゃん佐藤」
ブレザーをめくりあげる。
―――― 防弾ベスト・・・・・。
濃いグレーのベスト。
実物を見るのは初めてだが、すぐに分かった。
「佐藤、さっきのヤツも当たってたんだぜ。このへん、心臓だろ?。こえー」
藤代は自分の胸の真ん中のあたりを指差した。そのあたりに、2・3個の跡が走っている。シゲの銃弾だろう。
「・・・殺したと思ったわ」
「油断大敵だよねー」
防弾ベストのせいで不意をつかれてシゲはやられたらしい。そうだ、こんな『武器』もあっただなんて、誰が想像する?。
「―――― シゲ・・・っ」
生きていたことの喜びと現在の危機のせいで気づけなかったが、シゲの身体は傷だらけだった。離れてるけどかなり出血しているように見える。左腕は肩から力なく重力に従ってだらりと落ちていて、骨折か脱臼か・・・ひどくダメージを受けてるみたいだ。
藤代によって・・・。
「んー。ま、俺も佐藤のことやっつけたと思ってたんだから、お互いサマなんだけど。よく生きてたね」
「おおきに。せやけど、せっかく復活したゆーのに、弾切れしてもーた。頭飛ばすんが確実やったのにな」
そう言って、シゲは小型拳銃をぽいっと投げ捨てた。
―――― 弾切れ・・・。
もう終わりなんだな。
一度覚悟したことを、もう一度覚悟し直さなきゃいけないらしい。
シゲが生きていて良かった・・・けど、早いか遅いかの違い、だったか。
―――― 真田・・・守れなくてごめんな。
自分のすぐそばで伏している身体。血に濡れた黒髪に目をやる。
さっき俺のつくったスープを飲んで、さっき俺の手を取って眠った、真田。少しクセがあってハネてるけど、きれいな髪だった。
その時、赤い夕日の光に、血の照り返しじゃない、にぶい輝きが視界の端に映った。
―――― あれは・・・。
藤代はシゲの方を見やって(つまり俺に背を向けて)、楽しそうに(つまりこっちに注意を向けてない)、右手と左手をあげて見せた(藤代はシゲしか警戒してない)。付随して、両腕の銃器の先が天を向く。
「じゃ佐藤が先ね。佐藤はさー、ショットガンとマシンガンなんだけどどっちがいい?」
「あー・・・一生一度の選択なんや、ちょっと考えさせてくれへん?」
「いいけど、放っといても死んじゃいそーだよなー」
「そか?」
シゲと、場面に合わない軽薄なやりとりをしている藤代。
防弾ベストを中に着込んでいるブレザー姿。サッカーの名門・武蔵森。
この制服をみると、すりこみのように思い出す顔がある。
いつも、俺に敵意と害意だけを向けてきた、男。
――――『おぼっちゃんは、虫も殺したコトございません、て?』
イヤミな口調。
―――― なんで今、そんなこと思い出すんだろう。
「藤代!」
ふいに呼びかけた俺の声に、藤代はきょとんと振り向いて。
次の瞬間 頭部を吹っ飛ばして絶命した。
つづく
03 8 2
By 伊田くると