必死に歩いて、歩いて、どうやって病院についたか、よく覚えていない。
たどりついた時には 太陽はかなり上まで軌道をのばしていた。最も太陽が上がる地点を『南中高度』っていうんだよな。どうでもいい知識がよぎる。
地図には十字のマークがつけられていたので病院と俺は思っていたが、そこは小さな島に ただひとつしかない個人経営の診療所だった。
『病院』という言葉から連想する白い無機質なビルとは遠い、木造の平屋敷が俺たちを迎えてくれる。
ドアの横、簡単に折れそうな古い木に毛筆で『竹川診療所』と書かれた看板があった。
プログラム実施地帯に選ばれるまでは普通に営業していたようだ。表玄関はカギがかかっていたが、裏口は無用心にも開いていて、真田を連れて室内に入る。
診療所とはいえ、単なる民家となんらかわりのないそこには、ベッドはふたつしかなかった。奥の部屋にあるひとつは診療所の主のものだろう。
当然、今この島には本来の住民はいないので中は無人だ。幸い、『参加者』も訪れていないようだった。
病人用のものらしい白いパイプベッドに真田を下ろして、できる限りの手当てをした。
といっても、消毒と化膿止めの薬をつけて包帯で巻く程度だが。
マネージャーが入るまでは薬の手配も俺がやってたし、俺自身病院にはよく行く身だったから、ラベルだけでも薬の区別がついたのが幸いした。
他人の仕事場に乱入し戸棚を乱暴にあさってしまったことに申し訳ない気持ちを覚えたが、仕方ないとあきらめる。この事態でそんなこと気にしてられるか。
数箇所あった傷のうち、ひとつはまだ銃弾が体内に埋まっているようだが、麻酔もないし摘出などできるはずもない。それとも、ムリをしてでも弾は抜いた方がいいんだろうか。分からない。
シゲの言った通り、命にかかわる傷ではない・・・ように見える。素人目には。
ただ、外傷以上に怖いのは感染症だ。傷口をさらしたまま山中にいたことが気にかかる。雑菌など拾ってなければいいんだが。
似たケースで(いや、全然似てない。そいつは山にハイキングに行って転んでケガをした。のんきな話だ)、破傷風にかかったというのを聞いたことがあった。
俺の心配を裏付ける理由のひとつに、真田の発熱があった。
ケガのせい、またはこの状況のプレッシャーのせいだといいんだが・・・、真田の熱は38度を超えていた。
今も、ぐったりとベッドに身を沈めて、浅い呼吸を繰り返している。
運のいいことに市販の薬があったから解熱剤は飲ませたけど、それは風邪用の薬で。
「・・・・」
時折周囲に目を配りながらも、俺は真田のそばにいた。
君へ 4
〜放課後の約束〜
そうしている間に時刻は正午を越え、2回目の定時の放送が始まる。もう6時間も過ぎたのか、と驚く。
あいかわらず胸クソ悪い西園寺の声。楽しげに読みあげられる死亡者は、
―――― 11人。
多い・・・。なんだよそれ・・・。
予想以上に悲惨な数字にゾッとする。その中には。
―――― 鳴海貴志の名があった。
「・・・・・・・・・」
名簿にチェック印をつけた時、安堵したのはヤツの時が初めてだ。
―――― シゲが殺したんだろうか。
・・・たぶん、そうなんだろう。
シゲは助かったんだ。生きてる。きっと、もうこっちに向かってるはず。
そう思うと、疲れきった四肢に力がわいてくる気がした。
設備などは人が生活していた時のまま残されているので、診療所には食料も置いてある。元からあまり自炊しないタイプの医師だったらしく、(医者なのに)インスタント食品が納戸にずらっと揃っていた。
スープがあったので、湯を沸かして真田に飲ませることにする。
動かずに安静にしていられる (しかも屋内で) というのは精神的に大きかったようで、真田の容態は大分落ち着いてきていた。
温かい食べ物はここに来て初めてだろう (俺もだ)。
インスタントなのに、ひと口飲んで真田は「うまい」と俺に言った。ひょっとしたら俺の手作りと勘違いしてるのかもしれなかった。誤解を解くべきかちょっと気になったが、結局そのままにした。
のどか―――― と言っても差し支えないような、昼食の時間。けど。
―――― 放送があった時は昏睡に近い様子で寝入っていたので、真田はまだ知らない。
郭の死を・・・知らない。
放送で、あっさりと告げられた、真田の親友の名前。
――――言わないでいた方がいい・・・きっと。
そう思いながら、スープをすする真田の危なっかしい手元を見つめる。
それと、足。
左足は、包帯でぐるぐる巻きだ。
俺が器用じゃないせいもあって、本当にぐるぐる巻きという言葉がしっくりくる。
山道を進んでいたときから、ほとんど動かせないようだった。
今は、(別に動かす必要もないけど)その左足は置物のようにぴくりともしない。
―――― また走れるようになるんだろうか・・・。
俺より、本人の方が深刻にとらえているはずだけど、気になってしょうがなかった。
―――― 俺たち、サッカー選手なのにな・・・。
「水野、あいつ誰なんだ?」
スープの器を俺に返しながら真田は不思議そうに尋ねてきた。
卵とワカメが具のスープは半分以上残されてたが、それ以上は食べられないらしい。ごちそうさん、と言われたので、仕方なく受け取る。
真田が言ってるのはもちろん、シゲのことだった。
東京選抜メンバーからすれば、シゲは異質の参加者だ。真田が最初シゲを見たとき、ひどく警戒したのは当たり前のことで。
「シゲ。俺と同じ中学で、参加辞退したけど選抜に選ばれてたんだ」
簡潔に答える。
薬を飲んで少しは腹に食い物もいれたから、ここでしゃべくるより眠って欲しかった。
鎮痛剤が見つからなかった(というか分からなかった)から、痛みはひかないのだ。銃で撃たれる痛みなんて、俺には想像できないけど。
疲労してるはずだし、寝られる時に寝てしまった方がいい。シゲが来るまで、俺が見張りしながら起きてればいいし。
しかし真田は眠くないから、と目を閉じようとはしなかった。寝付かない子に困る親の気持ちが少しだけ分かった。
いや・・もしかしたら。
「寝ても、俺、お前を殺そうとはしないぞ」
俺を残して眠ってしまうのが怖いと思っているなら、と親切のつもりで切り出してみる。真田が俺に「殺すんだろう」と言って寄こしたのを思い出したからだ。
それにしたって、そもそもおぶってるときだって意識はほとんどなかったし、さっきもベッドに横にしたとたん寝入ってたクセに。
「・・・・・へ?」
すると、真田はきょとんと目をみはり、それから笑った。
全体的につりあがった、きつい感じの容貌なのに、笑うとコドモっぽい。
郭や若菜としゃべってる時は元気でよく笑うけど、俺に対してそんなカオを見せるのはもちろん初めてだった。
めずらしいものを見せられてしまった。思わず面食らってしまう。
「いや、殺すならもっと前にやるだろフツー・・・。・・・そーされるかと思ってたけど。別に、今になって疑ってねぇよ」
いてぇいてぇ、と痛みに眉をしかめながらも なおも笑う。
それから、ふと黙った。
とたんに、室内が静かになる。
「疑ってねぇ・・・・だって」
黙り込んだ真田がぽつりとつぶやいた。
「すごいこと言ってるな、俺・・・」
「・・・・・・・そうだな」
―――― たとえば。
今 真田が重傷で、ベッドに横たわって起きるのもままならない状況じゃなかったら。
無傷で、何か恐ろしい武器を手にした真田と会っていたら。俺はこいつを怖いと思ってただろう。話もしようとせずに逃げ出していたはずだ。
殺されるんじゃないかと、ずっと気が気じゃないはずだ。
―――― 怖いのは、みんな同じだ。
「水野となんか、大して話したこともねぇし。何考えてっかわかんねぇし」
―――― シゲには、分かりやすいヤツ、ってよく言われるんだけどな。
「・・・あいつら以外に、『ここ』で信じられるモンなんてねぇと思ってた」
「・・・・・・真田・・・」
あいつら、というのが、誰をさしているか、よく分かった。
郭―――― そして若菜。ふたりとも もういない。
真田は、眠れねぇんだ、話してていいか?、と前置きした後、少しかすれた声でとつとつと、つぶやくようにしゃべりだした。
「・・・ゲームが始まった後、英士のヤツ、俺のこと待っててくれたんだ。『一馬ひとりじゃ一時間ともたないよ』なんてイヤミ言ってさ」
「言いそうだな」
思わず笑いがもれる。
口が悪いヤツの多い選抜の中でも、郭のはちょっとみんなとは違ってて。口調はフツーなのに言ってることが辛辣なんだよな。
郭英士のポジションは攻撃的MF。U-14でも司令塔を務めていて、まさに俺とはライバルの位置にあった。
友好的ではないけど、話す機会は多かった。よくイヤミをくらったもんな。
「若菜も待つはずだったんだけど、なんかいきなり襲われてさ。弓みたいので、遠くから。慌てて逃げて。いろいろあって、校舎に戻ったときにはもう若菜出ちまってたみたいでさ。結局・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・会えなかった」
弓・・・きっとボーガンだろう。
シゲが持ってたボーガンは、そいつのものだったんだろうか?。
スタート地点にとどまるのは相当危険だったようだ。何も考えてはいなかったけど、まず走って校舎から距離を開けた俺の行動は結果的にはベターだったらしい。
―――― ゲームスタートからずっと、若菜とは合流できないままだったのか。
出席番号というのは意外に大きなポイントだ。今さらに気づいた。若菜は最後。校舎近くで待ち伏せをしていたヤツがいたことを思えば、先に出発するほうが有利だろう。
あの陽気でうるさかった若菜がどんな風に・・・・・・・・・・死んでいったかは想像もできなかったが。自殺するようなヤツじゃない気がする。
真田は、若菜についてはそれ以上触れなかった。
「俺の武器が・・・一回も使ってねぇけど・・・あのナイフで。英士はなんとかっていう連続して3回撃てる銃だった。最初だけじゃなくて、何度か危ない目にあったけど、英士のおかげで助かってた」
・・・ゲームに参加してる連中は・・・そんなにいるということ、か。数度の襲撃を受けたという情報。背筋の冷える感覚を覚える。
真田の支給されたナイフは・・・今はシゲが持っているはずだ。
あまり考えないようにしてるけど・・・・・・まだ帰ってこない。
「―――― こーゆーとこにいるとさ、ホントに痛感しねぇ?。自分って、大したヤツじゃねぇんだって」
真田の言葉は、武器を使えなかった・・・つまり、戦えなかった自分を非難してのものだと思った。けど、そうじゃないみたいだ。
「『特別』じゃねぇんだな、ってすげー思った。誰かが俺殺そうとするの、やめようって思う何かなんて、ないんだって」
「・・・・・・・・」
脳裏に、無抵抗の黒川が撃たれたシーンがよみがえった。
そうだ・・・あの犯人にとって、黒川は特別じゃあ・・なかったんだ。
「たとえば親とかさ・・・身内は自分のこと特別って思ってくれてっけど。そうじゃねぇヤツのが多いんだよな。ホント・・・当たり前だけど」
「・・・・・・そうだな」
―――― だから成立するゲームなんだろう。
クラスメートだって、チームメイトだって、自分じゃない。他人だ。
自分のことをどれだけ想ってくれるかなんて・・・分からない。期待できない。
だってみんな、怖いんだ。自分の方が大事なんだ。ホントに・・・当たり前のことだけど。
黒川の呼びかけに、信じてすぐに足を踏み出せなかった俺。
もし真田が無傷だったら、絶対に怯えてただろう俺。
自分は『特別』じゃない。
誰かに、ためらわせるほど特別じゃない。
「でもさ、俺も水野もさ、きっとここにいるヤツの中じゃ、一番幸せだよな」
「・・・・・・幸せ?」
信じられない。
ここで聞くには あまりにもそぐわない言葉に、つい眉をひそめてしまう。
俺たちはその言葉の対極にこそいると思う。日本のほとんどの連中は、今この時、こうも理不尽に命の危険に冒されてはいないだろう。
けど、真田の顔は真剣だった。
「・・・・・・英士とか、あー、シゲっつったっけ?。とにかくさ、こんなトコにいて、こんな・・・みんなして殺しあえっつーよーな場所でさ、100パー信じられるヤツがいるなんて、絶対幸せだよ」
―――― 鳴海はひとりだった。
あいつ、誰も信じてねぇんだ、きっと。
真田は苦々しく吐き捨てた。
真田の言葉は、俺の心にずっと根付いていたある感情を思い出させる。
―――― 100パーセント、信じられる・・・?。
―――― 誰かを無条件に『信じる』なんて、できるものなんだろうか・・・・。
―――― シゲのショットガンの銃口は。
―――― いつか俺に。
―――― 向くんじゃ、ないか ――――。
「俺は、分からない・・・・」
シゲがこの場にいないからだろうか。この場に、ふたりしかいなくて、この部屋を出ればまた殺し合いが待ってて、周囲は敵だらけ、だからだろうか。
俺は、隠し事をしちゃいけない、そんな気分になっていた。
だから、本音をふっと口に出してしまった。
「真田みたいに、俺、シゲを信じてねぇよ・・・」
―――― 信じられない。
100パーセントなんて、とてもじゃないけど言えない。
本来は俺の武器であるショットガンを渡してもいい。シゲに背を向けていても気にならないし、シゲの前で眠れる。けど、信頼できてるわけじゃない。
『襲われても仕方ない』『殺されても仕方ない』と、後ろ向きに俺は裏切りを認めてる。いつかそうなるかも、なんて期待はしてないが予想してる。
―――― シゲのこと、信じてない。
―――― 信じられない。
真田にとって郭は『特別』で(真田はゲームに参加してないようだったから、誰かを殺そうとは考えてないにしても、郭と若菜は初めから対象外だったに違いない)。
郭にとってもそう (郭は真田を守ってる)。
でも、シゲは――――。
俺を守ると言った。
現に、守ってくれてる。
リスクを背負う結果になると知って、なのに俺の意思を尊重してくれてる。
でもきっと。
俺が想うほど、期待したいほど、『特別』じゃない。
「―――― 昔、約束を破られたんだ。そんな大したことじゃない。大事なことじゃ・・・ないけど。きっとそのせいだ。どっかで・・・また手のひら返される気がする」
郭を信頼できるという真田にこんなことを言ったら軽蔑されるかもしれなかった。
でも、口にしたら止まらなくなって、俺は愚痴る相手じゃないのに真田に本音をぶつけてしまう。
『裏切り者!!』
思い返すと恥ずかしくなるような罵倒はしたけど。
でも、本当に言いたかったことは言えなくて。
―――― 1年間、本人には言えなかった、本音。
03 2 9
―――― 桜上水中のサッカー部は。
監督もいない。先輩は勝つ気も強くなる気もなく、覇気のない部の代表だった。
風祭が来るまでは。
親父とモメて名門中学校のサッカー部をキャンセルした俺は、都立の部活に入って、自分なりのサッカーを磨いていこうと思っていたが・・・正直、そんな部のありさまに幻滅した。
自分の力をセーブしてセーブしての練習。
ひとつふたつ上というだけで威張りちらす上級生にニラまれながら、こんな所でやってていいのかなんて、鬱屈していた。
武蔵森に入ればよかったなんて死んでも思わない、と親父への意地だけで続けてたようなもので。
そんな中でひとりだけ。
シゲだけ。
途中から、助っ人として加入したこいつとするサッカーは楽しかった。最初は不真面目な不良にしか思えなかったけど。
俺はこいつと組んで練習して、自分はMFが、パサーが向いてると再確認したくらいだ。
敵の間を抜けて通した俺のパスを
一番いい位置で受け取って
そこから、力強くシュートして
ゴールを揺らす、その光景。
理想のイメージが現実になった時の快感。
自分でシュートするより、そんな風にパスをだしてシュートが決まった時のほうが何倍も嬉しかった。
俺がそう言うと、
「攻撃的MFなんて花形やん。パサーに徹さなくても」
シゲは変わったヤツやな、と首をひねった。
「もちろん自分で打ちもするけどさ。サッカーしてて、一番嬉しいのって、やっぱその時なんだよな」
―――― 部活の後、シゲをつきあわせてふたりで練習して。
すごくいいプレイができたから、俺は上機嫌だったかもしれない。
普段だったら言わないような、自分の気持ちをすらすらと伝えていた。
それを穏やかに聞いていたシゲが、
「たつぼんがよろこぶなら、俺、いつだってパス受けたるわ。そんでいいシュート決めたるよ。約束する」
笑った。
「約束・・・?」
「ああ」
思いがけない言葉に目を見張った俺に、シゲは笑ってみせた。
作り笑いじゃない、いつもしてる調子いい笑いじゃない、本当の、笑顔に見えた。
―――― それから。
『俺、サッカー部、やめるわ』
『じゃあな』
あいつがサッカー部をやめたのは、数ヵ月後。
『たつぼんがよろこぶなら、俺、いつだってパス受けたるわ。そんでいいシュート決めたるよ。約束する』
約束は――――
そんな大したことじゃない。
大事なことじゃ・・・ない。
あいつはそんな風に口をすべらせたのなんて、覚えてもいないんだろう。
でも俺はダメだ。
シゲの言葉は優しそうで、サッカーに飢えてた俺には甘すぎて、すがるように信じてしまった。
だからダメだ。
信じるのは怖い。
どっかで・・・また手のひら返される気がする。
――――「守る」
そう言った、あの言葉も。
「・・・水野」
ベッドから上半身だけ起こした真田が、俺に手を伸ばした。
スープを飲む気になったのかと いくらか冷えてしまった皿を渡そうとすると、首をふって俺の手首をつかむ。真田の手は、やはり熱かった。
「水野・・・泣いてんのか?」
「泣いてない」
一瞬、目が見えてないのかと本気で心配になった。が、そういうわけではないらしい。真田はすぐに言葉を変える。
「――――泣きそうだ」
「・・・・・・・・・・・」
「―――― もう寝ろよ。俺・・・ちゃんと見張ってるから」
「ああ」
真田の言葉に返事を返さなかった―――― いや、返せずに俺はむりからに話題を変えた。
追及する気はないらしく、真田はうなずき おとなしくベッドに横になる。安普請のベッドがきしみ、その振動に痛そうにしつつ目を閉じて。
―――― 優しい性格なんだな。
俺を――――・・・案じてくれてるのがよく分かった。
こんな状況なのに・・・本当に真摯に俺を気遣ってくれてるのが分かった。
今まで気づかなかった、チームメイトのそんな一面。
今さら、とは思いたくないが、できればもっと違う場所で違う場面でそれを知れたら良かったのに、とつい残念になる。
触れられた手はつながれたままだった。
ほどこうとは全然考えない。人に触れられるのは、苦手だったのに。
熱い真田の手が、特に熱い指先に、一度だけ、強く力がこめられた。
「・・・・・・なぁ、英士、死んじゃったんだよな?」
「・・・・・・」
答えられない。
真田はそれきり、何も言わなかった。
―――― 『水野・・・泣いてんのか?』
泣いてない。泣いたら負けだ。なんか、そんな気がしてる。バカみてぇ。
―――― 『泣きそうだ』
そうだな、泣きたい・・・かも。
わめき散らしたいような、暴れまくりたいような、泣きたいような・・・変な気持ちだ。
なんで俺たちだったんだろうな。
人生最大の不運だ。
こんな、運の悪い連中の中で、真田は、一番、幸せなのかな・・・。
俺も・・・誰かを・・・シゲを信じられたら・・・そう思えるんだろうか・・・。
診療所は静かだった。
真田が眠りに落ちて、注意をひく音がなくなった。
壁にかけられている古ぼけた時計の秒針と、時折吹く風の音だけ。
ここは運よく禁止区域にもかからない。
俺と真田以外の誰もいない。
―――― 泣きそうだ。
感傷的になったのは、この馬鹿げた現実と、静かで穏やかな時間のせいだ。
時計の針が2時を指したとき、現れた金髪のせいじゃ、ない。
「遅くなった。怒らんで、たつぼん」
つづく
03 3 7
By 伊田くると