交代して、シゲが横になり、俺がみはることになった。
あきれるほど寝つきがいい。今は暖かい教室での授業中じゃないというのに、シゲはすぐに寝息をたてていた。



 ―――― そうか、こうして複数でいれば睡眠時間の安全が確保できるな。

 シゲはそのために俺を生かしてるんだろう、そう思うと、ならすぐには殺さないか、と1日前には思いもしない感想を、隣で眠る男に持った。



シゲが俺を殺すとか。
誰かが誰かを殺すとか。
誰かが黒川を殺すとか。



 やっぱり、簡単に受け入れられる世界じゃない。本当に命を使う鬼ごっこだ。全員が鬼であり、全員が逃げる役でもある。




 ―――― 狂ってる・・・。



 けど、ひとつだけ分かった。

 攻撃する気はないと言った黒川に、狙いをつけて銃弾を撃ち込むような行動は、俺にはできないだろうということ。

 俺だって死にたくない。
でも。



 生き残るために、そこまでする決断力は、俺にはないだろうということ。



 だからきっと、俺は殺される側なんだろうな、ということ。
シゲがいなかったら、もうとっくにそうなってたかもしれないが。










君へ 3
 〜その、現実〜






 突然、音楽が流れてきた。

 起こす前にシゲが起き上がる。そういえばこいつは寝起きもよかった。腕をのばして あくびなんかしている。良くも悪くも緊張感がない。

 時計を見ると、針はちょうど6時をさしている。赤い太陽があがっていた。

 可視範囲にはないけど島の各所、たくさんのスピーカーが設置されてるらしい。ヒビわれた雑音まじりに、よく耳にするクラシック音楽が乗せられている。
 嫌いな曲でもないが、音質が悪いので耳障りが悪い。きっと、みんなもこれを聴いてるんだな、と思った。


 ある程度曲が流れた後、割れた曲よりは涼やかな女の声が、やはり涼やかに朝の挨拶をよこしてきた。ニュース番組のアナウンサーみたいだ。


 西園寺玲。


 風祭を・・・殺す指示を出した人間。





「みんなおはよう、よく眠れたかしら?。これから、午前午後の6時と12時に放送を流すから、聞き漏らさないようにしてね。つまり1日4回よ。ここではまず、禁止区域の指定をするから、地図の用意をしてちょうだい」

 禁止区域?。

 聞き覚えがない。

 シゲを見ると、「言い忘れてたわ、後で言うから地図とペンを用意しとき」と自身もペンを出しつつ指示をする。

 あわてて折りたたんだ地図とシャーペンを出し、バッグの上に載せて書ける状態にした。

 太陽の下、初めてきちんと目にする地図はコンピュータで描かれたもので、島の全景が1枚、もう少し縮尺を小さくした細かいものが1枚、一番最後は選抜メンバーの出席簿で、計3枚あった。

 2枚目がメインのようだ。方角・大まかな道すじ、森・神社・集落・・・といった書き込みがある。移動の必需品になるだろう。オリエンテーリングに参加した時も、確かこんな地図だった。


 ちょこん、と見慣れた十字のマークが森から少し出た所にあって、目にとまる。


 ―――― 病院があるのか?。







「じゃあいいます。7時から、Iの7。9時からGの6。11時からEの2。最初だから少なめよ。この3か所が禁止区域になります」

 地図の観察は後回しだ。俺は慌てて西園寺の説明に耳を傾けた。


 地図の経度と緯度―――― タテヨコのラインには、AからJ、1から10と記号がふってある。マスが薄くかかれているので、区域をみつけるのは楽だ。シゲのマネをしてそこにマルをつけ、時刻を書き入れた。




「それから、死亡者ね。1番・飯田健二。あら一番に出発したのに、情けないのね。6番・黒川柾輝。8番・小堤健太郎。24番・武田太一。25番・竹内信。29番・内藤孝介。33番・新田哲也。45番・若菜結人・・・計8人よ。ああそうそう、風祭くんも入れてもう9人ね。なかなかいいペースだわ。内容も例年よりレベル高くて、さすがあなたたちね。今日もこの調子でがんばってちょうだい」


「・・・・・・・」
 開始から12時間。
まだ半日だ。
なのにもう、9人も・・・。


「・・・スタート直後でヤル気になってりゃ、出てくる相手を待ち伏せできるからな。みんな まごついとるし徒歩で距離もバラけないし、遭遇率の高さやろ。殺してまわるヤツが多く出ん限り、今日はもっと少なくなるはずやで」
 地図の最後、3枚目の出席簿に、死亡者を乱暴に線を引いて消しながら、シゲ。

 こいつにとっては顔も知らないヤツだらけだ。選抜入りを辞退したシゲは、当然練習に出たことがない。

 でも、俺にとっては名前と一緒に顔が浮かぶ連中で。
メンバーとうまくコミュニケートできなかった俺だから、親しい人間というのはとても少ない。特に、Bチームだったヤツとは。とはいえ・・・。名前の上から線を引く気にはなれなかった。

 結局、ヨコに小さくチェックマークをつけていく。黒川の名前に印をつけた時、寒気を感じた。左手がかすかにこわばる。



 ―――― 見殺しにした罪悪感かもしれない。







 チェックをし終わった。単純な作業なのに気分はひどく陰鬱だ。ずらっと並んだ名前の列。
「・・・・・」


 ――――三上は生きてる――――


 名前は、呼ばれなかった・・・。



 だからどうというわけではないけど・・・
また、制服姿のヤツのニヤケ面が浮かんだ。








 朝飯に支給された携帯食と水、ついでに俺が持ってきていたチョコを食べた。渡された食料だけで言うとギリギリ3日分、という所だ。いざとなったら武器だけでなく食い物も奪え、という暗示なのかは知らないが。
 栄養はあるんだろうが、パサついたスポンジみたいなそれはうまくなかった。食欲がわかないのは、状況のせいか味のせいなのか。


 藤代はオヤツをいっぱい持ってきてるだろうから、食い物には苦労しないだろうな、と言うと、シゲは笑って同意した。

 藤代が・・・あの武蔵森のエースが『参加』する気かは分からないが、きっと今頃、身体にわるそーなスナックをガツガツ食ってる気はした。




 食事ともいえない食事をしながら、シゲに禁止区域の説明を聞く。

 禁止区域――――名前の通り、入ってはいけない場所。

 狭いとは言ってもひとつの島の中でゲームをするので、時間がたつほどエンカウント(遭遇)率は下がっていく。それはそうだ、島の面積は変わらないが俺たちの数は・・・減っていくんだから。

 なので、禁止区域を設けて、移動できないゾーンを作る。そこに入ったが最後、また例の首輪が作動して即座に死亡・・・というわけだ。

 島の面積は減らせないので、俺たちの活動領域を狭めていく。
ひとつ所にずっと隠れていることや、生徒同士が会えないまま時間オーバーになるのを防ぐシステムだ。つまり、とことん戦えというコト。




「俺たちがおるのは、ここ」
 シゲは折り癖のついた地図を広げ、森を抜けた先の、狭い岩場を指差した。

 Iの7。



「禁止区域や」










残り36人
02 12 28









 シゲからショットガンの操作法のレクチャーを受けた後(俺がそれを使う機会があるとは思えないんだが)、俺たちは出発した。




 ―――― どこに行くべきか。

 禁止区域をまず抜ける。
そこは、俺もシゲも当然異存はないんだけど。


 じゃあどこへ行けばいいか、俺には分からなかった。
地図をにらんでも何も浮かばないし。

 それに・・・情けないことにひと晩たっても、俺はまだこのゲームにどんな気持ちで参加するか、決められずにいた。



 時間なんて、ないのに。













 シゲの後をついて森を歩く。
学校の敷地 (政府側の本部になっている。スタート時からの禁止区域で、俺たちは近づけない) から少し離れている場所だ。

 昨日の黒川のことが忘れられるはずもなく、また森に入るのは気が重かった。
けど、今のところ誰にも会ってないし、そんな痕跡も見当たらない。
シゲが言ったように、一夜明けて みんな色んな場所に散ったんだろう。



 ―――― 禁止区域は刻々と増えていくとしても、島の中に45人。やはり遭遇の確率はそんなに高くないんじゃないか?。
 
 俺はつとめて楽天的に、そんなことを考えてみた。
が、それはやはり甘い推測だったようだ。願望ともいう。










「血や」

 15分ほど歩を進めた所で、シゲが立ち止まった。

 言葉のとおり、新しい靴跡に荒れた地面が血を吸って濡れている。
太陽の光が葉の間から十分にこぼれてくるおかげで、それははっきりと目にうつった。
 周囲の背の低い植え込みにも、飛び散った赤黒い染みが鮮やかに水玉模様を作っている。


 シゲがひざをつき、すっとその葉に触れる。
血はかわいておらず、節ばった指の腹を赤く染めた。どんな神経をしてるのか、シゲは何も頓着せずに汚れた手を雑に木にすりつけたが、はたで見ている俺は当然いい気分はしなかった。



「まだ近くにおるかも」

 血の量からいってここでケガをしたようだが 人影はない。とどまらずに動いているんだ。


 ――――つまり、生きてる。





「・・・・・・探そう」

 シゲの持っているショットガンに目を落とし、数瞬ためらって、でも俺はつぶやいた。自分に言い聞かせるように。

 声に気づいたシゲが振り向く。
軽薄な印象の長めの前髪の下で、無感動に、黒い目が俺を見返した。

 睨まれているわけじゃない。けど―――――――― 視線が痛い。




 地面には、複数らしい足跡がいりまじっていたが、一本、ロープのように線が薄く山道を続いている。土の上を、直線というよりはゆるやかに蛇行して残っているライン。
 ――――足を引きずっているんだ・・・多分。

 これを追えば・・・・・・、
まだ近くにいるはずだ。




「探してどーすんの?」
 シゲはどうでもいい話題だ、ということのアピールのつもりか、地図を広げ位置の確認をしながら尋ねた。突き放されている。そんな気がする。

 だから、ヤツがこっちを振り向くよう強い声をだした。できるだけ、冷静に聞こえるように。

「―――― 助ける・・・!」
「・・・・・・」


「・・・っ。助けよう、シゲ!」

「―――― どうしても、そうしたいんか?」
 シゲはまだこちらを見ない。覚えこむつもりらしく、地図をじっと見つめている。


 ―――― どうしても?。


 そういわれて、俺は言葉につまった。
どうしても、というのは、どうなったとしても、ということだろうか。





 分からない。
でも、近くにケガを負ったヤツがいる。


 ―――― 『そいつはお前の敵じゃないのか?』


 心の中で誰かがささやいた。


 ―――― 違う!。チームメイトだ。ケガをしてる・・・血の量からして、軽いケガじゃないかも・・・。



「・・・どうしてもだ!」

 覚悟なんてしてないのに、衝動にまかせて俺は怒鳴った。
対照的にシゲは冷めたため息をつき、やっと俺と目を合わせた。

「もう死んでるかも分からんで」
 肩をすくめて、ひどい言い草。

 思わず睨みつけたが、シゲは気にせずに笑って、そのまま歩き出した。
引きずった足跡の方向に。




「・・・!。――――シゲ・・・、悪い」
 安堵したのと、申し訳ないような気持ちが混ざって、カッターシャツの後ろ姿に小さく謝ってみた。お礼を言うのは、なんだか違う気がしたから。





















 そこからさほど離れていない場所で倒れるように力なく座りこんでいたのは、見慣れない他校の制服。


 FW・真田一馬だった。


 ケガをしてうずくまっていても、それでも周囲を警戒していたんだろう、俺たちに気づくのは早かった。

「来るな!」
 かすれた声をあげ、俺たちを・・・特にシゲを睨んでいる。

 ずっとにぎっていたらしい、刃渡り20センチほどのサバイバルナイフをこっちに向ける。握りの部分は真田本人のものらしい血に濡れていたが、剥き出しの研ぎ澄まされた刃には まったく血がついていなかった。彼の持ち物はそれだけだった。

 シゲは真田に向かって無言でスタスタと歩み寄る。
ナイフが目に入っていないようなその様子に思わず息を飲んだが、シゲは足で無造作に真田の腕を蹴り上げた。堂に入っている動作。まるでチンピラだ。

「っっ!!」
 もともと、ケガで身体に力が入っていなかったんだろう真田は、あっけなくナイフを落とす。

 ナイフを真田の手に届かない位置におくと、シゲは片ひざを落とし、赤く染まった左足首に触れた。

 真田が小さく悲鳴をあげる。
痛みだけじゃなく、身体に触れられた恐怖が勝ったみたいだ。とはいえ、額には脂汗が浮いているし、腕を蹴られた時よりよほどつらそうで、こっちまで苦しくなる。

「真田っ」
 俺もそばへ近寄った。

 大きな木の幹に身体をもたせかけ、左半身を血色に染めた真田は、一回一回、呼吸をするのも苦しそうだった。肩が大きく上下している。
 日に焼けた健康的な肌は上気していて、散った血さえなければ、ケガじゃなくひどい風邪をひいているみたいに見える。


「真田、大丈夫か?」
「み・・・ずの・・・」

 ケガ人を見た時の常套句ってヤツは、相手の容態に関わらず つい出てしまうものらしい。大丈夫にはあまり見えない真田に、急いでバッグから半分以上残っているミネラルウォーターを取り出して口元に持っていった。

 わずかに困惑した表情を見せたが、真田はひとくちだけ口にした。嚥下した後、ため息をもらす。喉が楽になったはずだ。

「・・・英士・・・見なかったか・・・?」
 とりあえず、もう「近づくな」と威嚇するのはやめてくれたのでホッとした。真田は声のトーンを落とし、早口に尋ねてきた。自分の容態より、まず聞きたかったことらしい。


 ――――郭・・・?。

 俺が首を振ると、真田はつらそうに目を伏せた。

「・・・・っ。俺を逃がしてくれたんだ・・・いざとなったら真っ先に自分だけ逃げるって言ってたのに・・・あのバカ」
「・・・真田・・・」

 U-14組、と呼ばれていたトリオを思い出す。真田と、郭と、あと若菜。
はた目からもよく分かるほど信頼しあっていた連中。選抜でもいつも一緒にいた。

 『ここ』でも一緒にいたのは、とても自然なことに思えた。若菜はさっきの放送で名前を呼ばれていたが・・・・・・。






「たつぼん」
 無言で真田の傷を見ていたシゲが声をかけた。

「傷自体は足のほかはそうひどくもないけど、これじゃ歩けへんで。銃創やし、熱も持ち始めてる」
「・・ジュウソウ?」
「銃で撃たれた傷」

「・・・」
 言葉にひかれて、真田の傷におそるおそる目をやった。学生服のズボンは血でぐっしょりと濡れている。日光に照り返して光るのが、その量を物語って痛々しい。白いはずのスニーカーは靴紐まで赤に変えられていた。

 シロウト目にもひどいケガに見える。
左足に数箇所の・・・銃による傷らしい。肉を深くえぐられていて、そこから血が湧き出ていた。出血はいまだ止まっていないようだ。



「手当てしないと・・・」
 俺はつぶやく。だって、ここに救急車はこない。


「薬なんてないやろ。第一、連れて歩く気か?」
「・・・・・・・・・・っ。・・・シゲっ」


 またさっきの話が蒸し返されるのか。居心地が悪い。いたたまれない。

 シゲが言っていることは分かる。理屈では、よく分かる。



 ―――― 助けることの、リスク。



 ―――― 選択することの、リスク。




 ああ、同じチームメイトの不破だったら、確率論で考察するんだろうか?。一番生き残る確率が高い選択は、真田を置いて (または、殺して――――) ここを立ち去ることだ、なんて。



 俺は、もう自力で地面に体重をかけられないだろう、真田の左足を見下ろした。



 無理だ。
そんなこと――――できるわけない。






「・・・・・・近くに病院がある。そこまで行けば手当てできる」

「―――― 分かった」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 自分で主張しておきながら、シゲがうなずいてくれるなんて思ってなくて、俺はぽけっとアホなツラでシゲを見返したと思う。


 シゲは苦笑していた。

「ホンマ自分、アホやなァ」
 ショットガンを持っていない手が いたんだ金髪をかきあげた。俺に向けられたその目は穏やかだった。









残り36人
03 1 5






 バッグを地面に置いて、そこから使ってないスポーツタオルを取り出す。あと、ビニールのミニケースに入れた救急セット。いつもケガの多いスポーツをしてるから持ち歩いていた。入ってるのは消毒液とバンソーコくらいだが。

 俺の行動を黙って眺めていた真田が、切れ長の目を見張ってつぶやく。
「・・・・・・・・俺を殺しに来たんじゃねぇの・・・?」

「・・・・!。―――― なわけねぇだろっ」
 タオルを一番ひどいふくらはぎの傷に押し当てた。こんなひどいケガ、手当てのしかたなんて分かるはずもない。
 血を止めなきゃ、考えられるのはそのくらいで。







 ―――― それ以上に悲しかった。



 別に、真田とは親しいわけじゃない。選抜のメンバーで、FWで、同じAチームで、それだけ。ポジションがかち合ってない分 直接のライバルではなかったから、別段敵視はされてない。

 その程度だ。
特別相性がいいわけでもないし、注目してたわけでもない。


 けど、真田がケガしてたこと。誰かが真田にケガを負わせてたこと。郭が真田を逃がして、ここにいないこと。真田が俺たちにおびえたこと。シゲが、やさしい目で俺をみたこと。



 ―――― そういうの全部が、悲しかった。



 それは本当は、昨日からあった感情なんだろう。
ゲームが始まったときから、ずっと。
考えたらつらくなるから、必死に隠していたみたいだ。





「英士・・・・・・」

 消毒液を傷口全体にぶっかける。その痛みに顔をしかめながら、真田が小さくつぶやいた。俺やシゲに話しかけたのじゃなく、ひとりごとみたいだった。


 空気に掻き消えてしまうほどの、声。でも、祈るような。






 白いタオルをきつくその足にしばりつけた。包帯なんかないから、それでなんとかするしかない。


「あの跡を見て誰か来るかも分からん。急げよたつぼん」
 救急セットをまた俺のバッグにつめ荷物をととのえると、シゲはショットガンに手をかけた姿勢で周囲を見やった。

「鳴海・・っ・・・・にやられたんだ、まだ近くにいるかも・・・っ」
 黒光りする銃を見て、言わなければと思ったんだろう。真田がつらそうに、でもしっかり声をあげてシゲに伝える。


 ―――― 鳴海・・・。
鳴海が真田を?。


「ナルミ?。どんなヤツや?」
「・・・長髪の大男だ。フィジカルが強い。単細胞だけどバカじゃない」

 つとめて深く考えないようにして、俺は鳴海の特徴をただ補足した。
シゲがうなずく。



「分かった、今すぐ移動や!」

 シゲが俺のバッグを拾い上げ、こっちに投げてきた。
慌てて受け取る。


「南に森を抜けて道に出ればすぐ病院がある。敵に気をつけるんやで」
「ああ」
 自分のバッグを肩にかけ、真田を抱き起こした。
痛そうだが、強引に立たせる。腕を自分の肩に回して支えた。


 俺たち2人の用意が整ったのを見ると、シゲは持っていたショットガンを俺に渡した。

「ちょっ・・・シゲ?!!」
「使い方は教えたからな。重いやろけど、絶対捨てるな。いざとなったらこれでちゃんと身を守れ。自分とコイツを守りたい思うなら、絶対にためらうな!!」
 俺にしっかりと銃を握らせる。俺の手の上に重ねられたシゲの手。冷たい銃と対照的にあたたかかった。



 叱責するような強い口調。きつく、真剣な表情。
気圧されて、思わずうなずいてしまう。




 シゲは俺の腕をポンと叩き、離れた。

「さっき 風じゃなく向こうの葉が揺れた。誰か来る。おそらく・・・鳴海ってヤツやろ」
 先ほど地面に置いた真田のサバイバルナイフを拾いあげ、

「俺はこれで十分や」

 ニッと笑って見せる。







「後からすぐ行くわ。だから、先に病院で待っとって」
「・・・いっ・・・やだ・・っ」
 遅まきながら、シゲのやろうとしてることが分かって俺はぞっとした。


 ひとりで残る気なんだ。
ショットガンまで俺に渡して。


 真田もダメだ、というように首を振る。
「鳴海は、武器、いくつも持ってる・・っ 勝てねぇよっっ」


 真田が負傷した場所からここまで、そう距離はない。
特徴ある足をひきずった形跡を見とがめれば、追跡者にはすぐバレてしまう。遭遇したら3人のうち、まず身動きのとれない真田を狙うだろう。それはわかる。理屈では分かる。



 ―――― だからって、俺たちだけ先に逃がすのか・・・?。




 が、シゲの心の中ではすでに決定しているようだった。
そうだ、こいつはいつだって、なんでも勝手にひとりで決めるクセがあった。
 本当は他人の意見なんて、どうでもいいと切り捨ててるトコがあった。

 悔しさとイラ立ちと・・・何より恐怖がまじって、文句をつけなきゃいけないのに うまく言葉にならない。

「・・・・っ」
 やめろと言いたくて、ただイヤだと首をふる俺を、シゲは苦笑して見やった。





 それから、静かに口にする。



「俺は死なへんから。やんなきゃいけないことがあんねん」












ザッ


 物音だ。
明らかに、人為的な。
真田の身体に緊張が走ったのが俺にも伝わった。多分、俺も同じだろう。


 シゲは舌打ちすると、
「行け!」
 静かに、でも有無をいわさない口調で言い放った。


「・・・ッ!、後でな!」
 俺も言い返す。

 ショットガンをシゲに放った。
「こんなんなくて平気だ!。だから・・・すぐ来いよ・・・っ」



 シゲの返事を待たずに真田を連れて もつれるように走り出す。






 数分後、爆竹の破裂音にも似た、でも確かに違う殺し合いの合図が森の中に響いた。










03 1 10









 ―――― もう歩かせるのは無理だ。

 そう判断したのは、逃げてから10分もしないうちのことだ。
俺に寄りかかってなんとか立っている、という感じの真田を背におぶった。
触れる身体は驚くほど熱い。ケガのせいだろうか、発熱がひどい。


 前に進む。
逃げているというのに、とてもそうはいえないスピードで。

 とにかく戦闘の場から離れるんだ。病院へ。
それだけを考えるんだ。


 そう念じながら、一歩一歩 山道を進む。






 バッグを首にかけて、両腕で真田を支えた。
水の入ったバッグと、いくら細身とはいえヒト一人の重量を抱えて進むのは尋常じゃなくつらい。足場も決して良くはない。息はきれ、両腕はじんじんとしびれた。


 でも。


 ―――― 真田の方がつらい。


 視線を落とすと、真田の左足が見える。傷口をしばったタオル。元は白かったのに、どんどん赤色に占領されていっている。

 真田の方が、俺よりよっぽどつらい。





 ―――― シゲの方がつらい。


 後方にいるだろうチームメイトを思う。
ひとり残らせてしまった。きっと今、戦ってる。

 シゲの方が、俺よりよっぽどつらい。






 ―――― 現実なんだ・・・・。





 初めて、
初めて、俺は本当にそれを理解した。



 ひどく悲しい感情だった。





 もう、家に帰れない。


 それが、リアルにわかった。











「・・・も・・・やめろよ・・・」
 後ろから、かすれた声。

 意味がとれなくて、俺はなんだよ、と返した。
そんなへたった声で、赤い足してムリにしゃべるなよ、とイラ立つ。


「どーせ・・・置いてくんだろ」
 さっき以上にへたった声のくせに、言い返してくる。

 置く?。
何をだ?。

 またしても真田の言葉がわからなかったが、すぐに、真田本人のことを言っているのだと分かった。



「・・・・っ!。置いてかねぇよ!」

 『どーせ』ってなんだよ。
俺はどうせ、という言葉が嫌いだった。返事をした声は感情的で、返事というよりケンカ腰で、ああやっぱり俺はガキだと思う。



「・・・置いてくんだろ」
 真田が繰り返す。

「置いてかねぇよ!」



「・・・置いてくんだろ」

「置いてかねぇよ!」




「・・・置いてくんだろ」

「置いてかねぇよ!」





「・・・でもいつか、・・・殺すんだろっ」

「殺さねぇよ!!。黙ってろ!!。しゃべるだけで疲れんだよ!!」



 俺は怒鳴った。
シゲに物音はあまりたてるなと言われてるのに。

 こんなに口汚く がなるなんてらしくない。俺らしくない。恥ずかしい。



 呼吸が荒かった。
きつい。


 背中にある、真田の重さ。
言われたとおりに黙ったというより、力の抜けた四肢からして、意識がほとんどないんだろう、俺に全身を預けてる、その重さ。

 その身体の熱さ。






 ―――― 生きてる・・。





 真田は、生きてる。
俺に生意気なクチ叩いて、でも生きてる。




 そして俺の両足。
疲れて重くなって、本当は今すぐにもへたりこみたい、両足。


 感覚がなくなってきて、本当は今すぐにも真田を放り出して重圧から解放されたいと訴えてる、両腕。


 汗に濡れて束になってる前髪。
真田と同じくらい、激しく打ってる心臓。



 俺も、生きてる――――。








「置いてかねぇよ・・・・っ」

 きっともう真田は聞いてない。
でも俺はつぶやいた。



「置いてかねぇ・・・っ」

 それだけで呼吸が乱れる。



「殺さない・・・っ」

 肺が痛い。



「殺さない・・・っ!」

 心臓が痛い。






「殺さない・・・っ!」






「―――― シゲ・・・」

 この『ゲーム』に、どんな気持ちで参加するのか―――― シゲみたいに俺は決められなかった。



 でも、今してることは間違ってない。






 徐々に輪郭があらわになってきている。分かってきた、見えてきた、現実。


 今、俺に見えないところでシゲが戦ってる。殺し合いをしてる。
俺はシゲを死なせたくなくて、ショットガンを渡した。





 ―――― それが現実。







シゲが殺されるのはイヤだ。
自分が殺されるのも・・・怖い。イヤだ。
誰かを殺すのも・・イヤだ。怖い。
真田も死なせたくない。
置いていきたくない。
殺さない。
イヤだ。

 イヤだイヤだばかりで、結局俺はまだ決められない。どうすべきか、分からない。







 でも、たったひとつだけ。



 今 俺に命を預けてる、真田を―――― 守りたい。









 これだけは、間違ってない。













つづく
病院へ
03 1 18







たっちゃん体力なさそーだ・・・








風祭「明日の合宿、楽しみだね」
竜也 「そうだな・・・。おい、明日は早いんだから そのぐらいにしとけよ」
風祭 「わっもうこんな時間?!、ごめんっ水野くんまでつきあわせちゃって」
竜也 「気づいてなかったのか? (・・・こいつらしいな)」
(BACK)



By 伊田くると