「たつぼん。さっき言うたやろ?。あと数時間後には考えるはずやって。俺がたつぼんに近づいたのは、武器の物色のためやないか、って。―――― 数時間でもなかったな。今・・・考えてるやろ」
「・・・・・・・・・・・・」
さっきと同じで、俺は答えない。シゲは気にせず続ける。
「冷静になったゆう証拠や。頭が働いてきてる。さっきまでは、赤ん坊と同じやったで。カザが死んでショックなのは分かるけど、あのままじゃ遅かれ早かれカザの後追いや」
それは確かにその通りだろう。ただやみくもに走って、それでどうなるわけでもない。
よくよく気づけば今いる所は足場の悪い山中だし、ケガしたり、他の・・・・・『参加者』にカチ合ってしまうこともあるわけだ。事実、そうなりかけたしな。
「俺が出てく前、声かけたのも聞こえてなかったやろ。待ってるゆーたのに。一目散に走ってくから、苦労したで」
・・・気づかなかった。
いや、シゲがいたことも気づいてなかった。
シゲ・・・?。あれ?。
「お前、なんでここにいるんだ?」
今更ながら驚いて、俺は姿勢をかえてシゲに向き直った。
俺と同じ学生服を着ているこの男。
そうだ、こいつは、東京選抜のメンバーじゃない。
今回の合宿(として呼び出された) の出発のバスには、確かに乗っていなかったのだ。
その後、俺たちは眠らされて今いる場所に移動させられたはずだが。いつから参加に組み込まれていたんだろう。
俺の質問に、シゲは目を細めて苦笑してみせた。
「・・・・・・シゲ?」
なんとなく、こいつが年上だと気づくのは、こんなカオをした時だ。自分が子供だと思われているような居心地の悪さと、認めたくはないが頼りがいのようなものをどこかに感じてしまう。
「・・・・・んー、一応俺も選抜候補には呼ばれてたんやて。ケガを理由に、松下のオッサンが断り入れてたんやけど、名簿からは外れてなかったんやな。迎えがきて、たつぼんらとは現地合流や」
「そうか・・・」
シゲの実力なら、呼ばれていて おかしくはなかった。むしろ、それを聞いてやっぱり、という感想をいだく。
しかし、その実力が運命の分かれ目だ。こいつ、サッカーヘタクソならよかったのにな、と闇夜にも目立つ金髪を眺めてそう思う。
納得がいったので、俺はまたシゲに背を向けた。
シゲがここにいる理由は分かった。
あの部屋を出るとき、俺に伝言したというのは覚えていなかったが。
俺を見つけたのは偶然ではなかったらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・つまり。
「・・・ショットガンは気に入ったか?」
ならやるよ、と吐き捨てた。
俺の支給バッグに入っていた小型ショットガン。今もシゲが持っている。そしておそらくこれからもだろう。
―――― 武器をすでに『ふたつ』持っていた。
ほかの参加者から・・・奪ったものだ。
シゲはこのゲームに『参加』するんだ。いや、もうしてるんだ。さっきの、爆竹を・・・違う、拳銃を撃っていたヤツのように。
優勝を目指す。
つまり、自分以外、全員を・・・・・・殺すゲームに参加する。
「――――・・・俺、たつぼんのそーゆー冷たい声、めっちゃ好きやねん。もっとイジめてーっv
てな気分になるわ」
俺の質問には、アホな返答。
それから、ショットガンの先を軽く振って見せ、別人かと思うほど低い声音で、
「気に入ったわ。使わせてもらうけど、一応たつぼんも操作はできるようにしとくんやで。後で教えるから」
「・・・?」
それはムダだろう、と思う。
このショットガンの譲渡は・・・そのまま・・・。
―――― 俺を殺す権利の譲渡、じゃないんだろうか。
ウンともスンともいわず黙りこんだ俺。ふと、後ろの背中が震えているのに気づく。
シゲは笑っていた。
「アカン、まだ目覚めてないやろ、ボン。人殺ししろとは言わんから、せめて逃げ足くらい発揮してくれや」
「・・・・・・・」
―――― 分からない。
武器は渡した。
俺といても、これ以上いいことはないはずだ。
確かにまだ目は覚めて・・・ないんだろう。
シゲのように、自分の方向を俺は決定していない。できない。
乗るべきかおりるべきか。従うべきか抗うべきか。何も決められない。
この現実が、わからない。
「・・・たつぼん。俺に殺されてもいい言うてくれるんは嬉しい気もするんやけど」
「さっきのさっき言うたやろ?。」
「守るって」
「・・・・」
さっきのさっき。
俺をまっすぐに見て、唇だけでささやいた、言葉。
「ま、あと数秒後にはきっと思うんやろけどな。ウソやろ、って」
「・・・・」
「これから短い間やけどよろしゅう」
「・・・・」
シゲ・・・・・。
やっぱり、俺は言葉を返せなかった。
君へ 2
〜迷走〜
支給された携帯食をかじった後、シゲは俺に寝ていろと促した。眠れなくても、横になって目を閉じるだけで休養にはなる、と。
俺だけそういうわけには・・・と思ったが、交代制だと言われたので従うことにした。その間、ゆっくり考えろ、という意味もこめられていると感じたからだ。
シゲは言った。
もう、何人か死んでるかもしれない、と。
きっとそれは当たってる。
俺が知ってるだけでも・・・・まず、スタート前に・・・風祭。
それに・・・シゲの持っているふたつめの武器・ボーガンの本来の持ち主・・・はどうなったのか。
あと、俺たちのそばで起こった騒ぎ。足音や喚声からして、あれは複数だ。被害は・・・・・・。
やめよう、どうにもならない。
―――― 頭の切り替えの早い人間はいるものだ。
感心すら覚える。
そんなに早く、どうして思い切れるんだろう。
チームメイトだ。
相手は敵じゃない。同じユニホームを着るはずの、一緒に勝利のために戦うはずの、チームメイトだ。
いや・・・今は敵なのか。
BR法はもちろん知っていた。
社会の授業でも習ったし、毎年ニュースで大きく扱われていたからだ。報道されるのは、結果が決定してからだが。
優勝者のうつろな表情。興奮し、金切り声を上げるアナウンサー。政府のお役人のよく分からないが居丈高なコメント。―――― ああ、いつもいまいましくチャンネルを変えていた。
―――― こんなのおかしい。
そう思っても、俺は目をそむけるだけで何もしなかった。自分の身にまさか降りかかるなんて、仮定の仮定として、想定したことはあるけど、まさか本当にそうなるなんて。
三日後までに。
死ぬなんて想像が、リアルにできるわけがなかった。
生き残る自分なんて。
なおさら。
「・・・たつぼん、荷物まとめて」
ごく小さな声が降ってきた。
肩を軽く叩かれたが、案の定眠れやしなかった俺はすぐに起き上がった。荷物は最初からまとめていたから、すぐにそれを運べるよう、体勢を整える。
「気のせいかも知れんけど。電子音ぽいんが聞こえた。誰かいるかもしれん」
「・・・・・・・・・・・・・・分かった」
返事が遅れたのはおびえのせいじゃなく、シゲがショットガンを無造作に手にもったことに対してのショックだった。いや、もとから離さず手元においてはいたんだが、でも。
「・・・攻撃・・・するのか?」
「相手による。カザの話じゃ、東京選抜ってけっこークセ者ぞろいらしーからな。割に合わん仕事はせんよ・・・・・・やっぱり来るな」
シゲが俺から、前方の闇に目を向ける。真顔だった。
俺にも、地面の上の枯れた葉や枝を踏む音が聞こえる。特に忍び足・・・という感じは受けない。
「・・・おかしいな。俺たちの方に直進しとるみたいや」
「気づかれてるのか?」
「まさか。ここは向こうからは見えにくいし、風下なんや。物音も聞こえちゃいないはずなんやけど」
シゲが首をひねる。本当に不思議らしい。
その時、
「誰か、いるんだろっ?!」
声が。
木々の間に響いた。
「俺は黒川だ。攻撃する気はない。ゲームには参加しない。みんなで集まって、対策を練るべきだと思う」
黒川 ――――っ。
その名前はシゲも知っている。彼の所属する飛葉中とは地区大会で対戦した。
「・・・お前たちが誰かは分からない。ここからは見えないんだが、もし俺の言葉を信じてくれるなら、出てきてほしい。俺は攻撃しない。疑心暗鬼になって殺し合いをしたら、ヤツラの思うつぼだと思う」
黒川 ――――・・・・・。
正直、俺は黒川の声をはっきりとは覚えていなかったので、姿の見えないその声が真実彼かはわからなかった。
が、そう親しくないとはいえ知り合いの声だと思うと、心から安堵した。
落ち着いた理性的なしゃべり方だったから、余計に。
「シゲ・・」
シゲは黒川の物言いに対して、動こうとはしなかった。黙って前方を見つめている。
「シゲ、どうする?」
遠目にぼんやりと人影が見える。
黒川はそれ以上近づいてはこないようだ。俺たちを待っている。
行かないのか?、行こう、と言おうとすると、シゲは眉をひそめて、俺の肩をつかんだ。勝手に飛び出そうとするのを押しとどめるしぐさだった。
「たつぼん、ゲーム開始からいくらもたってない。みんなそう遠くまではいってないはずや」
「・・・だから?」
「危険や。今の声は、別のヤツに聞こえたかも知れん」
「・・・・・・・」
シゲが周囲に気を配ってたのは、参加者が近辺に高い確率でいると思っていたからだったのか。
そういわれると、黒川の声は森の中を響き、かなり大きく聞こえた。
誰か―――― そう、俺たちでなくても、その声をとらえたかも知れない。
もしそいつが、『積極的』にゲームに参加する気だとしたら――――
予感は的中した。
「・・・・誰だ?」
俺たちに呼びかけていた黒川が、ふいに警戒のこもった疑問符を口にして。
その次の瞬間。
映画の効果音と同じように、高く長く鳴いたのは、銃声。
そして、苦しさにあがった、うめき声。遠くの人影がうごめいて、地面に落ちる。
何が起こったのか、理解できなかった。
「っ!」
いちはやく対応したシゲが俺の腕をつかんで立ち上がらせ、即座に走り出した。
バッグの中の荷物がぶつかってガチャガチャと音をたてたが、かまわず走る。
背後で何が起こってるのか、考える余裕はなかった。
ただ、銃声はもう聞こえなかった。
―――― 暗い。
木々の葉は緑色のはずなのに、暗く闇にとけていた。
目の前に、揺れる長い金髪がある。
そこだけが、明るい。
腕は離されず、つかまれたままだった。
シャツの上から感じる、シゲの指の力。触覚はリアルだった。
こうして。
ひっぱられるままに走っていればいいんだろうか。
―――― こいつを信じて。
ついていっていいんだろうか――――
結論は出ない。
ゲームに『参加』するか、以外に、また選択しなきゃならないことが増えた。
残り人数、不明
02 12 14
結局俺たちは森を抜け、岩場までやってきていた。泳いでどこかへ逃げられそうだ、なんて望みは持てないような厳しく切り立った崖。海と陸とを完全に分離している。
下に広がっているだろう海面は真っ黒でよく見えない。波音だけが静かに響いている。
相手は追いかけてはこないようだ。
追手のないことを確認し、俺たちはまたシゲの選んだ場所に落ち着いた。
シゲは少し不機嫌そうに なにか考えている顔をしていたが、俺が見ているのに気づいたらしく、にかっと笑った。
「やっぱ出なくて正解やったな」
「・・・黒川は、殺されたのか?」
―――― 出なくて・・・本当に正解だったのだろうか?。
確かに、俺の中でも 黒川を信じていいのか?、という疑問があって、すぐに足を踏み出せなかったというのはある。
が、襲われた黒川を放って逃げ出してしまった。
こっちはふたり連れだし、相手が戦う気だったとしても助けられたんじゃないか・・・と今になって後悔が浮かぶ。
シゲは右手に持ったショットガンをちょっと持ち上げ、
「さっき、銃声がしたやろ?。連続はしてないから、マシンガンみたいなのと違うて、単発式の銃や。コレとか拳銃とか猟銃とか。懐中電灯の光もないのに この暗い中一発で命中させたトコみると、そいつ赤外線スコープも持ってるんやないかな。最低でも武器『ふたつ』もってて、殺し合いに参加しない言うヤツを問答無用に襲った。――――言ったやろ、割に合わんことはせえへん」
いかにも軽薄に肩をすくめて見せた。
武器ふたつ・・・、イコール、もう誰かのを奪ったヤツ、というわけか。
つまり黒川を襲ったヤツは、開始まだ数時間だというのに、積極的にゲームに乗って行動を起こしている、そんな男。
勝敗は別として、シゲに戦闘を回避した方が『トクだ』と思わせるような、男。
開始早々も、俺とシゲの近くで戦闘があったが、その時は誰の姿も見ていないから、どこか遠い気がしていた。
しかし今回は、遠目とはいえ俺は黒川の影を見たし、声も聞いた。
黒川を殺した―――― いや、殺そうとしたヤツがいる・・・。
「音の方みたら、遠くに一瞬だけ人影が見えたな。背はわりと高そうやった」
長身 ――――
そう聞いて、真っ先に浮かんだのは、
「・・・・・・」
「たつぼん?」
「いや。サッカー部だぜ。デカイ奴のが多い」
「確かにな」
―――― 真っ先に浮かんだのは、
三上亮。
自分でもよく分からない。
長身というなら、鳴海だって、天城だって、不破だってそうなんだが。
まずあいつの、あの人を馬鹿にしたようなニヤケ面が浮かんだ。
あいつならやりかねない、とか思ったんだろうか。
三上の顔が浮かんで、それから連鎖的に選抜のメンバーが次々と脳裏に現れた。
俺たち桜上水――――、因縁ある武蔵森――――、エリート集団のU-14組――――。椎名翼ひきいる飛葉中――――。
みんなスポーツウェアだ。それもそのはずで、俺たちが集まるのは練習のためだったから。会う時はそのままサッカーにつながっていた。
浮かぶみんなはTシャツを汗にぬらせながら、ピッチでボール蹴ってばかりだ。
「――――・・・」
そんな中、三上だけ。
自分の回想の中で、ヤツだけが異質だった。
ほかのみんなと違い、ヤツだけ、武蔵森学園の制服を着ていた。
ブレザーに身を包んだ三上はおとなびていて、高校生に見えた。
それは―――― 今から、1ヶ月ほど前の、三上の姿。
『桐原』
そう俺を呼んだ、ニヤケ面だった。
「たつぼん、今のうちに寝とき。明日からは、もっと忙しいかもしれんから」
ムカつくニヤケ面は、シゲの声でふいっと消えた。
異常事態の中で疲労していたんだろうか、眠れるわけないと思っていたのに、目を閉じているうちに俺はいつのまにか寝入っていたようだ。
ぼんやりと目をあけると、起きていたシゲが「はよ」、と挨拶してきた。
まだ辺りは暗い。時計を見ると午前3時。6時間ほども寝ていたことになる。なんかのんきだな・・・俺。
――――本当は・・・ほんのちょっとだけ、覚悟してたんだ。
本気の覚悟か、そんなつもりになってる なんちゃってな覚悟、かは分からないけど。
寝たら、シゲに殺されるかな、って、少し思った。
ほんの少し覚悟してた。
ショットガンを渡した時点で、そうなってもしょうがないかな、と自分の命に関わることなのに俺は変に素直に (いや投げやりなのか?)そう思っていた。
このまま、目が覚めないかも、なんて。
俺がそんなこと思ったって、こいつは想像とかできるかな。
ふと隣にいるシゲを見上げると、ひとつ年上の金髪はなぜか俺を見返して笑った。
その手におさまっている黒いショットガン。
伏せられて、銃口は崖の向こうの海をさしていたけど。
やっぱり、いつかそれが自分に向くような気がした。
―――― 誰かを無条件に『信じる』なんて、できるものなんだろうか・・・・。
つづく
二日目へ
02 12 22
三上さんを『長身』グループに入れるのはムリがある気がする・・・
By 伊田くると