「私は、すべて奪われた」




「家族も、友達も、好きだった人も」




「人としての全部」




「ぜんぶ」






 彼女の肩は震えていた。
もうずっと何も食べていない、食べられない、そう訴えていたその肩は細すぎて骨の形が透けて見えた。

「あなたもそうなんだよね・・・?」
 泣きはらして、なのに血走って乾いた目が俺を見上げた。

 俺は肯定とも否定ともつかないうなずきを返す。
実際、その質問の答えはイエスでもノーでもあった。


 確かにすべて奪われもした。けど、


「もう死にたいよ・・・ねえ、どうして私を連れてきたの?。あのまま、死んじゃいたいよ・・・」
 彼女はまたひざをかかえて呪うようにつぶやいた。やせ細ったその身体は、女の子というより子供みたいで。苦渋ばかりの声とアンバランスだった。

 実際、彼女はこのまま病院の個室でひっそりと息を引き取っていたかもしれない。近いうちに。







君へ 12
〜君へ続く〜








 今大会優勝者。
両親は、娘の優勝に喜び以上に恐れ嘆き、大量殺人者となった娘と対面するのを拒んで自殺したという。優勝者を出せば、その血縁は今後税金も払わずに悠々年金暮らしが出来る。その権利放棄に政府は少し笑って、それで終わりだ。


 この子はひとり取り残された。

 必死に生き残ったのに、何もかもなくなってしまった。



 少女の嗚咽が薄暗い部屋に響く。誰も何も言わない。俺の近くについてくれているひとりが、そっと銃を身に引き寄せうつむいた。出入り口にいたひとりが、伸びた髪をかきあげた。ここにいるみんな、彼女の気持ちを知っていた。


「どうして私を連れてきたの?」

 彼女が、きっと意味のないしぐさだったろう、俺に手を伸ばそうとした。とたん、周囲からいくつもの銃と殺気を向けられ、びくりとすくむ。問題ないと部屋のみんなを見渡した。静かに銃口が下がる。


「大丈夫だ。ここにいるのは、君の敵じゃない」

「あなたはなんで生きてるの?。あなたも、優勝したんでしょ?。どうしてそんな普通でいるの?。私、地獄みたよ。地獄だったよ」

「うん」


「全部なくした。全部なくなっちゃった。もう何もないよ」

「うん」


 俺も。ここにいるみんなも。

 たくさん、なくした。

 たくさんすぎて、言葉にならないくらいのものをなくした。奪われた。


 でも。


 彼女に近づく。すぐ前まで来てしゃがみこみ、はっきりと目を合わせる。


「俺は・・・得たものもある」



「俺には過ぎたもの。たくさん、もらった」



「だから生きてる」


 いまも、ここに。
それさえできなかった命が、どれほどあるんだろう。






「お前も生きろ」


 なくなったものはもう戻らない。

 でも、


「俺は、生き延びる。明日も、その先も。これ以上お前みたいな人が出ないよう、この国を壊して、変える」


 だって知ってるか?。

 俺、ほんとはサッカー選手なんだ。


「・・・・・・・・・・・・・あなたが・・・?。」


「ああ」
 それ、すごく当たり前のことだったんだ。俺と、あと、・・・・・・・・・たくさん。


「うそ・・・。サッカー、するんだ・・・」


 テロリストのリーダーのシュミとしちゃのん気すぎる?。
初めて少し笑ったな。そうしてると、少し俺の知ってる女の子に似てる気もする。意外にかわいいよ。今は少し食料に余裕がある。まずは食べないとな。


 手をさし伸ばすと、子供みたいに細くて、老人みたいにからからの手が、震えながら、ゆっくりと重なった。もう誰も彼女に銃を向けない。


 食べて、寝て、元気になったら。
仲間達を紹介するよ。
この砦も。

 すごいんだ。いろんなマニアの奴いてさ、見かけと違ってハイテクなんだぜ。俺にもよくわからない防御システムがたくさん。俺もたまにひっかかって怒られる。


 立てたな。頑張った。
行こう。

 まずは一歩。




 な。
夢物語って思うかもしれないけど。



 生きて、変えなきゃいけないこと、あるんだ。
俺達には。


 進もう。


「だって、俺達、誰かに生かしてもらって、ここにいるだろ」





 だからさ。


 たとえば。
みんなが、ただ無心にサッカーして、走って、笑って。




 たとえば。




「言いたいこと、俺、伝えられなかったから」





 また明日、会えるのが当たり前になるような。






「そんな国にするんだ」














 君へ。



 伝えたい。















END


または始まり














あとがき




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By イダクルト

2011/10/14