『以上です』


 死亡者の読み上げが止まった。

 ドクン、心臓が激しく鳴り始める。




 洞窟についた俺達は、入り口を簡単に偽装して、数メートル奥へ進み身をひそめた。島中に響く放送は問題なく耳に届く。たぶん、そうなるように作られているんだろう。

 探知機でもなければ見つかりにくい場所だけれど、洞窟は一方に穴をあけただけの小さなものなので、逃げ場がない。
 火炎放射器でもくらったら一発だからと (そんな武器があったらお手上げだ)、三上はここに長居はできないと判断したけれど、状況の分からなくなった今、隔離された穴ぐらはとても安心できる場所だった。荷物を置いて、三上のすぐ隣に座っていた。

 三上は取り出した地図と、名簿に目を落としていた。
探知機はそばに置いてある。

 あまり表情を動かさないけれど、気づいているはずだ。死者の数と、生きてるものの数――――。


『・・・さて。生き残ってるみんなはもう誰が残ってるか分かってますね。そうです、実はあと3人になりました。たった3人!!。長いようで短かったみんなの冒険もそろそろ終わりです。最後まで気を抜かないで頑張ってね』


『ただ』


『とても残念なことに、今あなたたち3人はとても離れた場所にいるんです。これでは会えないままゲームオーバー、なんて しまらない結果になってしまうかもしれませんね』


「・・・・」
 3人。

 あと、3人。




 俺と、三上。





 そして。あと、ひとり。


「・・・・・・・・・・・」

 さっきの放送で呼ばれなかった俺達以外。それはひとりだ。













君へ 11
〜君へ 02〜
















 ―――― 椎名翼。



 やっぱり、という思い。脅威と、なんだか感嘆みたいなものも感じてしまう。


 あいつは年に合わない、大人みたいに頭のキレる奴で。味方のためにいくらでも骨を折るタイプで、だけど、一旦割り切ったら、なんだってしてみせてしまうような豪胆な所もあって。

 鳴海や、藤代みたいに。
割り切ったら。彼も。
狩りに回る人間だと、思う。


 プログラム開始時から会ってない。出くわしていたら、命はなかったかもしれない。


「椎名・・・・」
「・・ああ。ま、仕方ねえな」

 俺のつぶやきに三上が平坦な口調で答えた。

 何が仕方ない、なのかは分からなかった。
 椎名が残ったことか。椎名を敵にすることか。椎名に殺されるかもしれないことか。


「・・・・・」
 うまく言葉にできなかったので唇を噛んで黙った。

 今どこかで、椎名も聞いているはずのこの放送に、奴は何を思うんだろう。
スピーカーを通して少しくぐもってしまってはいるけど、この声は彼の尊敬していた身内の声だ。
 彼女を見上げ話すとき、椎名は年相応に見えた。ガキっぽくなった。

 今、どんな気持ちだろう。


 椎名のまなざしに優しく答えていた彼女は、そんなことは忘れてしまったんだろうか。





『椎名翼くん。三上亮くん。水野竜也くん。このまま会えないのはみんなも嫌よね?。あなたたちは、あとちょっとでゲームクリアなんだから。本当、あとちょっとですよー。おめでとう』


 パチパチパチ


 西園寺に追従するように割れたいくつかの拍手の音が響く。ふざけてる。

 三上がちょっと口角をあげた。失笑ってやつらしい。そんな皮肉めいた顔、変に似合う。


『でも時間も残り少なくなってしまったし。なので、提案します。最後は直接対決なんてどうかしら』



「・・・・・・っ」
 提案なんて。

 あんたらがするのは命令だろう。


 また俺達に、理不尽に、勝手に、ひどいことを押し付ける。



『実は、三上くんと水野くんは一緒に行動してるのよね、翼。これはあなたには不利なことよ』

「・・・っ」
 急に、優しげに。穏やかな姉だった頃のように、心配する優しさを含んだ声。それにも腹がたった。

 静かに平和に最後の時を待つなんて、この島じゃムリな話だったか。そういうことなんだ。



『教えてあげるわ。三上くんと水野くん。ふたりは今、<G-7>にいます』


「・・・・・・・・・・・!!!」

 俺と三上は思わず顔を見合わせた。
西園寺の声は、はっきりと、今俺達の居場所を宣告した。

 地図のG列と7列の交差したブロック。
椎名は今、ここに○をつけただろうか。そこへ向かうルートを計算し出しただろうか。



 そしてさらに、

『三上くん。探知機の電源を切って今すぐ捨てなさい』

「・・・・な・・・!」
 絶句した。隣の三上も目をぎゅっと細めた。


『あなた相当に武器運がよかったわね。正直、あなたみたいなタイプが探知機なんて持っちゃうと、ゲームバランスが崩れるのよね』

 そのおかげで、大損をしてしまった人たちがたくさん、なんて、どうでもいいことをぺらぺらしゃべる。
 俺達の勝敗を呑気に賭けて酒飲んでるヤツがいる。とっくに知ってても苛立ちが生まれる。


『といっても、快進撃は初日だけかしら。今日は星ゼロよ。期待してたのに、先生ちょっと残念』

「・・・」
 ついさっき教え子が減ってしまって残念と言った口で、正反対のことをさらりと言ってのけて、笑う。


『とにかく。これからは逃げるのもだめよ。逃げ切ったってあなたたち、「ふたり」でしょう。わかるわね?』

 ふたり。

 俺と、三上。
ふたりが生き残ることなどないのだと暗にからかってくる。
そんなの、とっくにわかってる。


 今、三上の右手に握られた黒い四角形。一度だけ三上の指がそれの形を確かめるように力が込められた。これのおかげで、三上は無傷でこの島を歩いてきたのに。



『これからはフェアプレイで、ね』


「・・・っわかったよ!」
 三上は舌打ちすると、指示通り探知機の電源を切った。
そして、なぜかいつの間にかバッグから取り出していた彼のものらしい携帯電話を壁に力まかせに投げつけた。ガシャ、と電話は嫌な音をたて、いくつかの部品が無残に飛び散る。

「・・・・・?」

『OK。いい子ね』
 スムーズに事が運んで、どこかにいる西園寺は薄く笑ったようだった。


 三上は人差し指を唇に当て俺に合図すると、音をたてずに電源を落とした探知機をバッグにしまった。
そして、地図の端にすばやく何かを書きつけると俺に見せた。

くびわ とうちょうされてる

 鉛筆を持ったまま人差し指で自分の首を指す。

 それと、とつぶやき、

上からえい星でとられてる
ここは見えない


 たぶんな、とかすかにあごをひいて見せた。

「・・・・・・ああ」
 盗聴と監視。いかにもだ。



 洞窟の入り口から数メートルも奥に来ているので、上は岩で覆われている。入り口から凝視でもしなければ俺達は見えないだろう。できるだけ自然に見えるように木々で偽装もしてあるのだし。

 三上が聞かせたのは機械が壊れる音。探知機でなく携帯だけど・・・それは向こうには判断できない。


もってろ いちどはつかえる
ひつようなとき 上からみえないように
つかうときは注意する


 メッセージと一緒に俺の胸に押し当てられた探知機いりのバッグ。


「・・・・なんで・・・っ」

「聞いたとおりだ。最後まで踊れってよ」


 放送は、俺達の居場所だけを告げたあと、じゃあがんばってと無責任な激励で終わった。椎名がどこにいるか俺達には分からない。離れているとは言ってたか。
 2対1、そして探知機というアドバンテージを抜きに、モニター越しにお客様方と最後の賭けでも行うってわけだろう。

 優勝者は?。どうなる?。

 最後まで。そうだ俺達は最後まで見世物だ。そのための舞台で、状況で、みんな命を懸けて。


 生き残るために。


「・・・」
 ここにはいられない。椎名はここに来る。

 奴はきっとためらわない。サッカーでも、ほんとにいいディフェンダーだし。攻撃より守備の方が一手一手の行動の責任が重く、その決断は瞬時に、的確でなきゃならない。
 
 椎名は分析に優れ、またいざって時には飛び出す決断力にも秀でていた。フォワードも、キーパーだってできたろう。サイズで劣るのに彼のスタメンに誰も文句を言わないのは、運動能力以外の部分でみんなに評価されていたからだ。


 椎名は動く。


 俺達も。


 どうする?とか、明確な意思はなかったが三上を見上げた俺に、目を合わせた彼は少し笑った。

「お前連れてっても足手まといだからな。おとなしくしてろよ」
 荷物を俺に渡して身軽になった三上は長銃だけを肩にかかえる。もう慣れた動作だった。


 そして立ち上がる。


「お坊ちゃんは、」


「戦おうとかすんなよ」


「ここで待ってろ。で、もし、俺が戻らなかったら」

 指がバッグを指した。探知機を使えといいたいんだろう。無言のメッセージ。


「逃げることだけ考えろ」


「・・・・・みかみ」
 呆然と見上げて、相手が何を言っているのか、正確に把握しようとした。けど、






「俺が殺してやる」


 三上が背を入り口へと向けた。
 足を一歩踏み出そうとする。






 バッグと。


 探知機と。


 食料と。


 俺を残して。



 生き残るための全てを、残して。





2010/10/27

残り3人





















 俺の両腕にあるのは、三上の持つ銃をのぞけば、俺達のもののすべてだった。
それに気づくと、貧血になったみたいに血が下がる。


「みかみ・・・っ」

 呼んでも、厳しい横顔は、もう俺を振り返らない。


「やだオイ!!、馬鹿、行くなよっ」

 頭がぐらぐらした。すぐ目の前の相手に、ヒステリーじみた声で怒鳴った。荷物を地面に投げ捨て、両手で三上のシャツをつかんで止めた。外へ行かせたくない。

 三上が俺に残そうとしてくれたすべて、なくても良かった。


「行くなよ・・・」


 三上に、行かないで欲しかった。





 俺達のいる地点が椎名にバレた。このままではいられないことは分かってる。けど。


「あと、3時間じゃんか・・・」



「最後まで・・・」



 なんとなく、最後まで、一緒にいると思ってたのに。

 三上は俺を殺さないし、俺も誰も殺さない。だから俺達は優勝なんてできないんだろうけど、でもこの島の誰より穏やかな時間を過ごせてきた。


 あと数時間のことだとしても。



 あたたかな風呂の中みたいに。
あの優しい場所から、もう、出たくない。



 離れたくない。


 驚くくらい汚れていない武蔵森のシャツをぎゅっとにぎった。

 あんたのことは苦手だった。
それがもうわからないくらい昔のことで、この1日ちょっとの時間のほうがずっと大きい。

 もっと強くシャツをにぎって、にぎりしめて、自分の方へ引き寄せた。自然 身体が近くなって、そのまま、もたれるように額を肩にくっつけた。


「・・・・・」
 何してるんだ、俺。
でもいい。今三上を引き止めるためならなんだってするんだ。
なんだって。

 すがったって泣いたって、もういない人には会えないし、ゲームも終わらないし。三上も、俺を笑わない。


 がくり、と地面が揺れた気がして、すこしだけ驚いたけど、三上がかくんと力が抜けたように座り込んだからだとわかった。くっついてたから、俺も一緒になってぺたりと落ちる。三上の左肩に額をのせた俺の後ろ頭に、力強い指先が触れた。

 頭の形を確かめるように、たどり、なで、髪をなでられる。
シャツ越しに三上の体温と、とくとくと鳴る心音が分かって、なんだか幸せな気持ちになる。




「ここに来てから・・・あいつのことをよく考えた」
 静かな声だ。

 すごく近くにいるから、三上の言葉が響いて聞こえた。
俺が少し身じろいだせいで、そばの銃がかちりとかたい音をたてる。


「死ぬ前は、あいつのことなんて全然気にもとめてなかったけど」


 あいつ、――――きっと、彼女だ。
三上の、従姉妹。

 彼女も俺達と同じに殺された。三上は、彼女のお墓を作った。

 きっと彼女は、三上のことが好きだった。
三上はそこへ俺を連れて行った。


 あの時。あの短い時間で。
確かに、俺の中の『三上』は変わっていた。

 病院帰りで学校を遅刻していた俺が、普段使わない駅で三上と会った。
それはただの偶然だけれど、そうして彼の目の前に立ったのが自分だった。それで良かったんだと思う。

 茜色に染まった三上の顔や、長い影や。俺が会ったことのない、もういない女の子のことを話す声。





「俺があいつだったら」


「死ぬ前に、何がしたいんだろう、とか」


 三上はそこで言葉を止めた。



 彼の腕から逃れ出て、その間近にある顔を見つめた。

 三上も俺を見て、
「・・・・・」

 何か言おうと口を開きかけて、やめた。


 それから、地図になにかを書きつけ。
少し躊躇したあと、俺に見せた。




人生さいごの3日間なら おれはおまえにあいたい












「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ――――人生最後の3日間なら、俺はお前に会いたい


 誰にも聞かせたくないから、文にして贈られたメッセージ。
俺にだけ三上が伝えたかった、言葉。

 地図の上には前のいくつかの筆談の跡があって、それと変わりないような、短いメッセージ。意外と大人っぽくて、筆圧が強い、ちょっと一字一字がくっついてて見にくい、三上の字。



「みかみ・・・・」



 そっか。

 探してたのか。


 眠らないで、ひとりで、広範囲を動いてたのは。

 狩りじゃなくて、勝つためじゃなくて、ゲームにのったんじゃなくて。



 探してたんだ。

 俺のこと。




 だから診療所で俺と会って、そこで三上は、ゲームをやめた。







 いつも桐原と俺を呼んでいた。
俺のこと嫌いなくせに、邪魔なくせに、武蔵森に来いなんて誘った。


 大事な人との思い出の場所に俺を連れて行った。







「みかみ・・・」



 何を、まず、何を、言えばいいんだろう。





 分からなくてまた肩に抱きついた。胸がいっぱいだった。
椎名のこと、時間のこと、ゲームのこと、西園寺のこと。


 全部、吹っ飛んだ。



 ただ分かったのは、俺の体を抱きしめてくれる腕の温度だけで。










2010/11/15

残り3人













「水野」












 三上がぽつり、と落とした言葉に。
思わず驚いて顔を上げた。



 俺の顔を面白そうに見て、三上は確かに笑った。


 その姿が近くなって、俺は驚いた顔のまま、三上を見ていた。







 また視認できる近さに戻った三上は、


「またな」




 と言って、銃だけ拾って、そのままのしぐさで立ち上がり、歩いて、背を向けて、今度こそ本当に背を向けて、




 いなくなった。





 入り口は明るい。
 すぐ、三上は見えなくなった。








「みかみ」

 ここには、探知機も、残った武器も。いらないけど手錠も。
携帯食料も、タオルも、一瞬だけ触れた熱さも、なんでもある。




 あんたの、言葉が書かれた、地図もだ。






 なんでも置いて、行ってしまった。







 地図を拾った。両手の指が震えていた。
三上の言葉、いや、三上の気持ちが書かれた地図。これだけはなくしたくない。
小さく折って、制服の胸ポケットにしまう。


 ここを出たら、三上に会えないかもしれない。
三上が戻ってきて、ここに俺がいなかったら悲しむだろう。もう探知機を持ってないから、俺を探すこともできない。

 ここを出ず三上を待つのが、あいつの望みだ。

 帰ってくる三上を待つ。それだけ。


 けど。


 危険も、命も、手を汚すことも。
全部、三上は自分だけで引き受けてしまった。
俺に会うために、人を殺して。今も、俺の残りの数時間のためにすべてかけている。


 ――――なんで俺に。

 シゲにも、真田にも思った。

 不思議で、俺はそんな価値ないんだと叫びたくなる。
理由なんてあいつらにもわからないのかもしれない。

 俺も、わからないけど。



「――――」
 ゆっくり、立ち上がる。


 もう、何もしないのは、やめよう。

 誰も殺さないって誓った。
その気持ちは変わらない。



 それでも、あとほんの数時間のためなら、なんでもしてやる。
ふたりで、残りの時間を生きる。
そのための一分のためだって、俺は。



 自然と胸に落ちたその覚悟だって、嘘じゃないんだ。




















 洞窟を出て、走る。


 今日歩いた道。

 いつの間にか日は落ちかかり、やけにでかい夕日が赤く島を照らしていた。島のすべてが赤く染まる。

 田んぼと、まばらな民家。荒れ放題の空き地。

 人がいない以外は普通の光景で、でもたまに誰かが戦った後や、血が残されていたりする。そんなすべてが夕日で同じ色に変えられていく。


 知らない町を三上とふたりで歩いた、墓参りの帰り道。風景は全然違うのに、とても似ている気がする。三上の髪も目も、赤く光を受けていて、俺の中の三上の色も変わっていった。


 伸びる俺の影が長い。


 世界の終わりが近い。



 三上に会いたい。




 隠し持った探知機には動く反応がない。


 放送の前だと低地なので視界がきいたのに、もう全部赤くてよく見えない。


 いまが何時で、ここがどこかもわからない。



「三上・・・・」
 どこまで・・・。


 いったん振り向いて、周囲に視線を泳がせたとき、







 長く、悲鳴のように鳴く銃声が聞こえた。




 バタバタと空へ逃げる鳥の羽音。



「っ・・・!、三上っ」


 また銃声。




「みかみ・・・っ」


 俺は走った。




 いつの間にか、三上が俺に残してくれた食料も、ナイフも、探知機も、どこかに放ってしまったようだった。走るのに邪魔で、やまない銃声にむかってただ走った。俺だけ。


 禁止区域かも気にならなかった。


 ぐいぐい進む。


 ここは草原だ。


 まるでピッチのように感じられてきた。


 ただ、走る。


 走るのは嫌いじゃない。



 ピッチを抜けるときは味方の位置や距離や、相手がどう出るか、いろんなことを考える。でも、本当は考える、なんてほどまとまった思考じゃなくて、反射のようにいろんな情報がよぎって、パッと方向が決まる。


 それがスパッて綺麗に決まることがある。


 思い通りに、ボールも、味方も、敵も動いた。そんな時。


 俺にとっては、自分の打ったシュートが決まるよりも、そうやって、ピッチ全部が、時間が、全部が自分に向かって開かれたような、そんな感覚が好きだった。



 もうサッカーをすることはないだろう。



 父さんとも、母さんとも。家族にも会えないだろう。




 みんなとも。




 もうたくさんは望まない。たくさん失ったから、もう贅沢なんていわない。



「終わりまで・・・っ」


 あと少し。




 シゲ。


 最期に、望むのは。


 恐怖して感情が麻痺して、理性が切れて。残るのは本当の気もちだけだって、言った。




 シゲ、俺、ひとつだけある。



「俺と、」


 終わりまで。



「みかみ・・・っ」


 会いたい。



 生きて、会いたい。




 もう残りはいくらもないと分かってる。
けど、会いたい。



 あれが最後なんて、嫌なんだ。







 草原から山道に入って、ろくに下も見ないでただ走ったから、何度も転んで、手足は砂と血で汚れた。
進んでる方向が正しいかも分からなくなる。

 銃声のした方向。三上のいる場所。


 ピーッ


 シゲ。

 賭けはお前の勝ちだ。


 ピーッ ピーッ


 生きたいよ俺。
三上と、生きたい。


 最後まで、三上と生きたい。


 ピーッ ピーッ ピーッ


 人生最後の3日間でも、あと少しの時間でも、俺は生きたい。


 生きたい。






















 そして、島に響くクラシック音楽。


 ピーッ ピーッ ピーッ


 激しく打つ心臓の音と、大きい電子音。それに奇妙に混じって聞こえる、女の声。


『最後の放送になりました』


 ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ



『ただ今をもって、ゲーム終了とします』


 ひざから力が抜けて、人形みたいに落下した。

 周囲は暗い。



 最初、闇に放り出された始まりの日のように。



 ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ


 何も、みえない。


『死亡者を発表します。なんてね、もう分かってるでしょうけど、これも形式だから』




『椎名翼くん』



『三上、亮くん』


 ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 神様、なんかこの世にいなくて。



『禁止区域はすべて解除されます』


 ピーッ ピッ――――



 音がやんだ。

 ああ、俺の首輪から、音、してたんだ・・・・。

 気づかなかった。区域に入ってたんだ。もうあることさえ忘れていた、冷たい材質の首輪に触れた。


 ゲーム・・・・終わった・・・・・。




 俺は、ただ怖くて、逃げて、泣いてばかりで。









『優勝者・水野竜也』














 守られてばかりで。何もできなくて。



『おめでとう、水野くん』




 何も返せなくて。






 シゲが

 真田が、


 三上が





 くれたもの、何も、返せなくて。




『優勝、おめでとう』




『おめでとう』






 島にあふれる拍手。
生きているのは、大人と、俺だけ。










 その結末に、涙も出なかった。












2011/09/12

優勝・水野竜也

















つづく















(BACK)








By 伊田くると

2010/10/27 〜2011/09/12