「お前、武蔵森こいよ」
三上亮のことを考える時。
いつも浮かぶ、その場面。
「行けなくなったな」
「そーだな」
あの日なんとなく言い交わしたそれは・・・かたい約束なんかじゃないけど。
最近は、そうなってもいいなって思ってた。
こいつのこと嫌いだし、親父のことも嫌いだけど。
そーなってもいいな、って。少しだけ。
三上が俺がいてもいいって言うなら、行ってやってもいいかな、って。
結果、最悪というか、ふたりともがプログラムにひっかかってこんなトコにいるわけだけどな。
武蔵森で、一緒にプレーしてる未来もあったんだ。
同じ目的を持って、同じユニフォームで、同じところを見て。
そんな。
そんな未来もあったのか。
「ま、今会えたから、いーか」
「・・・・」
三上の、こいつの口から出たとは信じられない言葉に、思わず耳を疑う。
そんな楽天的なこと言うなんて。
どころか、俺と今会えたから、まあいいやなんて。
「・・・あんた、偽者じゃないだろうな」
つい じとっとニラんでいぶかった俺の頭を、銃口がどついた。
君へ 10
〜君へ〜
三上が8時過ぎには出発すると決めていたのは勿論わけがあった。
移動せざるを得ない理由―――― 禁止区域にひっかかったのだ。
9時からの禁止区域。
もうゲームも終盤なので、西園寺は禁止区域を相当に増やすつもりらしい、と三上は告げた。もともと一度の放送で言い渡される区域の数はランダムだったのだが、増加傾向にある、と。
生徒同士が会わないままゲームオーバー、という結末は避けたいのだという。
「BR法ってのは非常時の人間の行動パターンを調べるのが本来の目的だからな。それに、勝敗をめぐって政府高官が賭けをしてるってハナシだし、盛り上がってくれた方が嬉しいんだろう」
地図に×はどんどん増えていく。移動可能ラインを細く狭められていた。確かに、もう いつでくわしてもおかしくない。
「禁止区域にかからなくても、いずれ出るつもりではあったけどな。囲まれて移動できないなんてコトになったら笑えねえ」
灯台は島の北端にある。端すぎて ここを目指す者も少ないだろう。根城にするなら集落や寺など建物はほかにもある。こ実際人が暮らしていた場所なんだから。
三上がここを選んだ意図は分からないが、地理的にはそう良い場所ではない。端ゆえのキケンだ。角に追い込まれたら ただ死を待つことに なりかねなかった。
俺達は食事後 荷物をまとめて出発した。
俺に荷物はもうなかったが、ショットガンと、灯台の台所にあった小さい鞘つきのナイフをベルトにひっかけて。使うつもりはないけど、持っているだけでいいから持っていろと三上が強く言うから、という理由だ。片手が空くので探知機は俺が預かっている。
三上はディパックと長銃。バッグの中身はくわしくは知らない。食料はパンの残りと水。あと救急箱にあった包帯と傷薬を少し。走っている時ガサゴソと大きな音がでないよう、布にくるんでしまっていた。
白い灯台が遠くなっていく。
ゆっくりと振り返ると、もう棒のように見えた。
無人の塔だ。このプログラムが終わるまで 誰もここには来ないだろう。寂寥感なのか、去りがたいキモチを覚えた。
単に、屋根のある場所から追われる悲しさだろうか。
「もっといたかったよな」
俺の思いを代弁した言葉が隣から聞こえて、驚いて三上を見つめる。
相手は居心地悪そうに眉根を寄せ、
「なんだよ」
「いや・・俺もそう思ったから」
「・・そーかよ」
目がそらされた。怒ったのでなく照れてるらしかった。
なんだかこっちまで困る。
「金髪のとこに」
「戻りたいのかと思ってた」
視線をそらして前方を見たまま、静かに告げられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
すぐに返事が出なかった。
そうだ。そうだな。
昨日はそう言ってわめいていたのに。
あの灯台での時間は、決して、嫌なものじゃなかったんだ。
去りがたいと思うほど。
シゲ。
これは信頼なのかな。
なんの根拠もない。
どころか。相手は「狩り」に出てる人間だ。
けど。
三上が俺を殺すとは―――― 思えなかった。
「探知機」
言われて、持っていたそれを差し出す。
受け取った三上は それを銃を抱えていた指にはさむと、空けた手で俺の手首をぎゅっ、とつかんだ。
そのまま無言で歩き出す。
手。
放せよと言う気にはならなかった。
迷子の子供をセンターに連行する大人みたいに、腕をひっぱられる。
ブレザーの袖からのぞく日に焼けた手の甲。意外に繊細な長い指。
昨夜、この腕と俺の腕をつなぐ手錠をかけたのは。
俺を殺さないためだったんだな。
納得した。
昨夜の俺は、衝動にかられてシゲの元に行こうとしたかもしれなかった。
三上は俺が死なないように俺を拘束した。理由は分からないけど。そのおかげで俺は今日生きている。
三上は言わない。けど、きっと。
俺を生かしたいと、思っている。
なにかの気まぐれだとしても。
だから今は。
あと10時間。
たった、かもしれない。これが最後の朝だ。けど。
お前もそれを望んでいるんなら。
生きてみようと、
思った。
「・・・・・・・・・・」
なんだかおかしい。
俺、お前に弱いのかもな。
お前が嫌じゃないなら、武蔵森に行こうかと思ってた。
今も。
お前が望むなら、なんて。
空は晴れていた。太陽の光が三上の銃に反射する。
俺より拳ひとつ高い位置にある男の顔が、ふとこっちを見、ほんのかすかに、笑った。
きれいだ。
終わったと思ってた世界が、
なんでこんなにきれいにみえるんだろう。
なあ
あんたが望むんなら。
あと10時間。
生きてみようと
思った。
07 11/9
残り8人
明日がないというのは、とても寂しいことだ。
でも、明日がないなら、せめて。今日だけでも。
これが最後の朝。
これが最後の太陽。
ゆっくり、じりじりと昇る太陽にすら何か特別なものを感じる。
最初は手首をつかまれていたはずなのに、いつのまにか互いの手を握っていた。俺よりひとまわりくらい大きな手の平は今は同じ温度になっていて、元から同じものだったみたいだった。
こうして手をつないでいるから、三上は銃を使えない。使おうともしてない。
探知機も、誰かとの遭遇を避けるためだけに見ている。
時折画面に目を落とす表情は穏やかだった。
昨日まで、こいつは『狩り』に出ていたはずなのに。
ぴたりとやめてしまった。
たくさんのブロックを渡っていたはずなのに。
それもやめて、ただゆっくり、散歩みたいに歩いている。
禁止区域を避けて、俺達以外の人を避けて。
この島にはあと8人 (たった8人、が正しいんだけど)、俺達のほかにいるはずだけど。
今、このきれいな世界はふたりだけな気がした。
灯台を追われて、新しい家を探すみたいに、俺たちは歩いて、ちょうどいい奥まった場所を見つけるとそこで休憩をした。ペットボトルの水を分けて、三上の食べ物をもらった。
気づきたくなくても、歩いた場所のそこここに戦闘の跡があり、誰かの死の跡があった。
俺達はいつの間にか今ここにあるものや見えるものの話はしなくなって、部室でするみたいな、練習帰りに駅へ向かう途中みたいな、軽く上滑りな、のん気な話をした。
武蔵森のこと、サッカー部ばかりの寮のこと。宿題の量についてまで。
俺は母親とたくましすぎる伯母と叔母のこととか、大事な犬のこととか話してみた。あと、好きな本のこととか。今まで選抜の練習でも合宿でも、こんな風にしたことなんかなかったけど、不思議としっくりして、なつかしかった。
離れがたくて、離してはいけない気がして、手を握り合って。
太陽が真上に来た昼の放送では、また生徒の名前が呼ばれた。
ゲーム終了まで、残り6時間。必死にあがいているだろう かつてのチームメイト達を思う。それは誰という形のあるイメージじゃなくて、漠然としていた。俺達を探してる奴もいるだろう。減らさなくては優勝できない。
三上はそんなのはもうどうでもいいようだった。
殺し合いなんてよそのことみたいに、狩りからおりて違うところにいるようだった。
「・・・・」
不安になる。
俺はそれでいい。
誰も傷つけないと決めた俺は、このまま時間切れか、または誰か優勝者になる奴に殺されるんだと思っているから。
でも三上は銃も探知機も持っていて、武器もあって、ケガもなくて、生き残るスキルだって持っているのに。
もったいない、みたいな気持ちなんだろうか。
変だけど、そう思う。
この中で誰かひとりしか生きられないなら、それは今手をつないだ相手であって欲しいと強く感じる。
「三上・・・」
「なんだ」
「なんで――――」
灯台へ向かったのはどうしてなんだ。
そこを離れるとき残念だったのは。
俺を拾って、今日最後の一日を、俺達はただ歩いて、話して、一緒にいて。
それで6時になったら(もしくはなる前に)死んで、それで―――― 三上は、いいのか?。
目的があるって言ったのに。
それで、いいの?。
『みんな、お疲れ様。と言っても、そろそろみんなというには人数が少なくなってきましたね』
「・・っ」
こっちの都合も気持ちもおかまいなしの放送が始まった。割れたクラシック曲。西園寺の声。会話が自然に途切れる。
『この放送を聞いてくれる子が少なくなってしまって、ちょっと残念です』
ふざけた彼女のセリフに、怒りより飽きたような倦んだ思いを感じたのに自分でも驚く。人っていうのは図太い。
けど、隣にいた三上は眉をしかめた。
「時間が早い」
「え」
三上は探知機の画面に目を落とし、すぐに
「戻るぞ」
短く言って歩き出した。
慌ててついて行きながら時計をみる。空もまだ明るい。定時放送の時間じゃない。
こんなことは初めてだった。
地上で何が起こっても何の痛みもない西園寺達 <大人>は、奴らのルールを曲げたことがなかった。放送は6時間ごと。ずっとそうだった。
けれど、彼らがその気になればそんなもの簡単に破ることができる。ルールを作るのが彼らだからだ。
三上は進むのをやめて安全だった来た道を戻ることにしたらしい。少し前に休憩した、視界の悪い藪の中の洞窟のような穴場。
そこに戻ろうとしているらしい。
厳しくなった三上の横顔を見ながら早足に進む間にも、正午からさらに増えた死亡者の名前が読み上げられていった。
定時放送と変わらない。
三上は名簿を取り出さない。もう書いて覚えなければならないほど残っていないということだ。桜上水のメンバーももういない。三上の、武蔵森も。前の放送時点で、みんないなくなってしまった。
放送の間も、もうそうするのが当たり前みたいに、三上の手が俺の手をつかんでいた。
名前だけの葬式の間、互いの存在を確かめるように、ずっと。
10 07/17
残り?人
つづく
By 伊田くると
07 11/9〜10/7/17