re-start-1
「今日はさ、ちょっと面白いコトしよーよ、三井さん」
ほどよい混雑のファミレス店内。でかいメニューを手に悩んでいた年上のコイビトに話しかけると、
「なんだ?」
俺につられたのか、曖昧に、でも優しげに微笑んでくれた。
うん。カワイイ。
このヒトは俺の好みを把握してるのかもしれない。
そういえば、会ったばかりの頃はもっと粗雑でガキ大将みたいな雰囲気だったような。
答えない俺にフシギそうに少し首をかしげてから、そのうち話すと判断したんだろう、またメニューに目を戻す。こげ茶色の短い髪だとかお母さんにアイロンかけてもらってんだろーなって育ちのよさが分かる薄手のシャツだとかメニューをめくる節ばったシューターの指だとかを眺めた。
―――― うーん、やっぱちょっともったいないかな。
そう思わないでもないけど、もう約束してしまった。それに、太田の新しいカノジョはけっこうかわいくて、片手間にモデルのバイトもしてるキレイどころで。
三井さんは頼みもしないのにメニューを見るのが好きらしい。さっき腹へってないと言ってたから飲み物のトコだけチェックすれば十分なのに、なぜか重い定食のページをゆっくり読んでいる。そう、読んでるって表現がピッタリだ。メニューを開きもしないで「アイスコーヒー」のひとつ覚えの俺と正反対で、面白いような理解できないような。
入り口のドアが開いた。同時に客の訪問を知らせる電子音が鳴り、店員がすぐに駆け寄っていく。
俺の座ってる場所からは入ってきたヤツの顔が見える。待ち合わせ時間より少し早い。けど案の定、それは知り合いの姿。
そいつに分かるよう軽く手をふって見せた。
「?」
俺のしぐさに三井さんが怪訝そうに顔をあげる。
彼がなにか言おうとするより先に、俺を見つけた『ふたり』がそばにやってきた。
「お前の頭、めだつよなやっぱ」
俺のツンツン頭を見やり、大柄の男はニヤリと笑ってそう寄こしてきた。
俺の対面に座ってる三井さんにまず紹介することにする。
「三井さん、こいつ俺のクラスメートで、太田です。で、えーと・・」
そいや名前を知らないので、水を向けるようにコトバを切る。と、太田のななめ後ろに立っている女の子にしちゃかなり長身のコが、
「里奈です。よろしく。レベル高いねービックリした」
物怖じしないハッキリとした口調。それから会釈程度に頭を下げてきた。
俺と三井さんを検分するように、つりあがり気味の目が順に動く。アイメイクが派手すぎだったけど、モデルやってるってだけあって、やっぱりカワイイ。
「あ、三井です。仙道とはバスケの知り合いで」
俺の友人の前で、いつも三井さんは自分をそう説明する。不遠慮な里奈ちゃんの視線には特に何も感じなかったらしい。女の子にそういう風に見られることに慣れているんだろう。
よろしくー、と 三井さんだけなにがよろしくなのか分からない状態で初対面の挨拶をし、その日は始まった。
六人がけのテーブルに俺のとなりに里奈ちゃん、三井さんの隣に太田が座った。適当に飲み物を注文してそれが届いたところで太田が俺に笑いかける。
「俺はオッケー。お前は?」
お前、と聞かれたのは俺だったが、先に里奈ちゃんが答えた。
「わたしもいいよ」
言いながらウーロン茶をストローですする。むきだしの左肩が俺の右腕に当たった。
俺も太田にうなずいて見せる。『俺もオッケー』
グレープフルーツジュースを苦そうに飲んでた(好きじゃないならなんで頼むんだ?)三井さんだけ やりとりの意味が分からずにきょとんとしている。太田はそんな様子も楽しいらしく、機嫌はすこぶる良さそうだ。
里奈ちゃんも同様のようで、プッと吹き出した。
やはり笑いの意味の分からない三井さんの目がそっちにむこうとするのをやめさせる。
「三井さん」
呼ぶと、薄茶の視線が俺に戻った。
「今日だけさ、こーかんしよっか」
太田清吾は俺よりひとつ年上。だから三井さんと同い年だ。
といっても、本人いわく『大変な事情』、真相は単に遊びすぎの出席不足で俺と同学年である。バスケ関係以外ではあまり多くない俺の男友達のひとりで、友人というより悪友だった。
ふたりともガタイがいいから、高校生にみられない。だから遊ぶのも都合がよくて、飲みに行ったりナンパしたりとよくつるむ。太田と俺は性格が似てて意見もあった。生真面目なヤツが多い陵南バスケ部にはいないタイプだ。
秘密主義には遠いふたりだったから、異性関係もあけっぴろげだった。お互い決まったコイビトができた時に見せっこ、てのをやりだしたのはいつか、よく覚えてない。
そのコイビトを『一日だけ交換』ってのも・・・そういえばどっちが言い出したんだろう。
まあお互いに異存はなくて、カノジョを一日だけ取り替えた。もちろん、一日ってのは夜も含めて。
そんな状況はなかなか刺激的で。キライじゃない。
『よォ。そいやお前オンナできた?』
太田がそう声かけてきたのは数日前のことだ。
俺達の間で言う『オンナ』――――つまり『彼女』はセフレとかナンパしてその日だけってコじゃなくてちゃんとつきあってる相手のこと。お互い常時ストックできてるわけじゃないから、そう言い出すってことは太田に新しく恋人ができたことを意味した。
ああ、また例の遊びをやりたいんだなとすぐ分かったけど、今の俺のコイビトは三井さんだった。
『いるけどオトコなんだ』
そんでもいい?、と言外に尋ねると、
『へえ、お前がそっち行くのって初めてじゃねぇの?』
とすぐ食いついた。むしろはやく見せろと好奇心満開で、とんとん拍子に話がまとまった。
―――― そして、今にいたる。
「・・・・・・・・・」
三井さんは、相変わらず、いやさっきよりあからさまに肩を俺にすりつけている里奈ちゃんと俺を眺めた。
驚くかなと思ったのに、むしろ無表情だ。
三井さんと里奈ちゃんを、一日交換。
俺と里奈ちゃん、太田と三井さんで今日は行動。
俺の説明を三井さんは黙って聞いていた。
「ね。行こ」
藍色と水色のフレンチの爪で俺をつっつき、里奈ちゃんは早々に立ち上がった。口調やタイドからもさばけた性格が分かる。確かに太田好みだ。
里奈ちゃんは太田に「夜電話するね」と告げると、一瞬だけ三井さんを見下ろした。三井さんが相手でもいいと考えてるんだろうな。視線を向けられた本人は気づいてないようだったが。
伝票は暗黙の了解で太田もちらしい。俺もそのまま立ち上がって椅子を離れる。
里奈ちゃんのマネをして「電話しますね」と声をかけてみる。太田ごしに俺を見返した三井さんは ほんのちょっと頭を動かした。うなずいたのか首をふったのかも判別できなかった。再度確認しようとする前に、里奈ちゃんがレストランの出口前で俺を呼んだ。慌ててそっちに足を向ける。
―――― 今日はこのコが俺のコイビト。
変則的なラインのスカートからのぞく細いけど肉感的な足に、電話するのは遅くなるかも、と悪くないキモチで考えた。
★ ★ ★
結局電話はしなかった。
しようにもできなかったというのが正しい。
デートを終え、ひとり暮らしのアパートに帰宅と同時に電話が鳴った。
おお、いいタイミング、と感心したが、なんのことはない、何度もかけていたらしい。時間は午後十一時を回っていた。
相手は太田だ。
里奈ちゃんもそろそろ帰ってる頃だろうから彼女から電話があるんじゃないのか?と思ったけど、それを言い出せる雰囲気じゃなかった。
太田は怒ってた。
ひょっとして三井さんが太田になんかひどいコトでもしたんじゃないかとビビったが、太田の怒りははっきり俺に向けられていた。
越野や池上センパイにしかられるのは慣れてるけど、俺と並んでちゃらんぽらんなコイツに怒られたのはそういえば初めてだ。
「なんかあった?」
『――――五万もらった』
「・・・・は?」
五万って、五万円?。三井さんが太田に五万支払ったのか?。意味がわからない。
『金だして謝られたんだぞ!!、てめぇ、相手を選べっ!!!』
じかで会ってたらつかみかかられて殴られてたかもしれない。
そのくらい、マジでキレてるのが分かる。近くで響いた大声に耳がキーンとした。
怒鳴りまくって落ち着いたのか、太田はようやく話し出してくれた。
いや、もともと話すために電話かけてくれたんだろうけど。俺ののんきな声を聞いたらついムカっ腹がたってしまったらしい。
――――太田の話はこうだった。
俺と里奈ちゃんが出て行って、じゃあこっちの番だと三井さんを誘おうとした太田に、三井さんは謝ったという。
そして、サイフから五万円だしてテーブルに置いた。
その金はまあ詫び賃のようなもので、それで別の相手と好きにして欲しいと。自分はつきあえない、と告げられた。
『交換・・・て約束みたいだから、申し訳ねーけど』
(三井さんチは金持ちらしいが) 高校生にとって五万はデカイ。太田はさすがに驚いた。しないけど女を買ったとしてもまあオツリがくる。
そんなにするほど俺がいやなのかと太田は尋ねたが、三井さんはあわてて首をふって否定した。そういう意味じゃないんだ、と。
それから、からっぽの前の席に一度だけ目をやった。その表情に太田は責める気がなくなったと言った。
「・・・・」
玄関の電気だけで薄い闇の中、受話器を持ったまま俺は呆然とした。
返事が返せない。
『・・・あいつ、俺に頼むんだぜ。仙道に会ったら、ちゃんと一日つきあったって伝えて欲しいって』
「なんでそんなウソを・・」
太田の話だと、結局一時間ほどしか一緒にいなかったんだと思われた。大金を渡してまでつきあうのを・・・いや、ありていに言えばセックスこみのデートを拒否したのに、なんで俺にはうまくやったと伝えたがるのか、理解できない。
受話器から返ってきた声は冷ややかだった。
『お前が乱交だろーがスワッピングだろーがヘラヘラつきあってくれるコイビトが欲しいからだろ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・――――」
「わりぃ、太田。ちょっと俺、混乱してるかも・・・」
もらった情報をどう処理すればいいか分からなかった。そんなことはめったにないことで。
三井さんの行動。
太田の怒り。
嘘を言う約束をしたのに、なんで太田がそれを破って事実を俺にぶつけてくるのかも。
『里奈は・・・いーや。俺、多分別れると思う』
太田は突然話題をかえた。電話のむこうで、よく知っている男がどんなカオしてるのかも分からなかった。
なんでだよ、いい子じゃんと言おうと思ったがなんとなくやめた。
『・・・金さ、結局もらわなかったんだ』
五万なのに?。
もらえるもんはなんでももらう主義の太田の言葉とも思えない。
『――――よく考えろよ仙道。今日俺達は最初からそーゆー気だったけどさ、三井は誰に会いに来てたのか、よく考えろよ』
「・・・・・・・・・・・・・・」
五万円の詫び代と口止め料。
それの意味するものはなんだ?。
そんな金払うほどイヤなら、どうしてその場で怒って拒絶しなかったんだ?。
太田自身が嫌いなわけじゃないのに、どうしてそんなにイヤなんだ?。
どうして俺にウソついてとりつくろうとしたんだ?。
――――『お前が乱交だろーがスワッピングだろーがヘラヘラつきあってくれるコイビトが欲しいからだろ』――――
全部、全部俺のせい?。
三井さん――――
サイフに五万入ってる高校生なんてヤだなあ・・・。
ミッチーは同人界で金持ち説が有力らしいんで、つい。
伊田くると
太田 「携帯電話はまだないってコトでひとつヨロシク」
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03 11 3
現代用語の基礎知識(嘘)→『スワッピング』。
名前はなんだかカワイイが、互いのコイビトを交換するというとんでもないイミの言葉らしい。
よく知らんけど。よくお互い納得するよなぁ・・・。
少し昔の少女マンガで、どう考えてもコレだろ、としか言えない設定のものがあった。しかもその状態で同居。マジすか?!。