re-start-2





 午後六時前といっても日が高いから、空はちょうど夕焼け模様だ。
普段来ない方面の電車に乗って、道を確かめつつ歩く。途中すれ違う制服は きっと湘北高校のものだろう。他校生の俺を少し物珍しげな目が追ってくる。その中のひとりに高校の場所を尋ねると「このまままっすぐ」と とても簡単だった。迷いそうもない。





 ―――― あれから3日たってた。





 太田に言われて、俺は日頃バスケ以外で使わない脳みそを精一杯酷使した。
すべて俺のせいみたいだということは分かったが、それでもハッキリ答えはでなくて。ただ、ここは謝るところらしいというのはさすがに痛感している。






 道なりに進んで駅から10分。白というより灰色の校舎と赤い屋根の体育館が見えた。体育館、いっこしかないみたいに見えるけど。まぁ県立はこんなもんだよな。

 俺は部活をサボって来てるから、きっとバスケ部は練習真っ最中だろう。
体育館につくと、予想通りのドリブル音とバッシュが床を蹴る独特の馴染んだ効果音が耳に届いた。


 ―――― 桜木とかうるさそーだなぁ。でも上達したかな。

 三井さん以外の湘北メンバーとは久しぶりに会うことになる。






 開放された体育館の出入り口には数人のギャラリーが立っていて、楽しげに雑談しつつ練習風景を眺めていた。
 その中のひとり、気配を感じたのかすぐにこっちを振り向いた男が、俺を見て目をみはる。
「陵南の・・」
「ども」

 ギャラリーをしてるだけあってバスケに詳しいのか、そいつは俺を知ってるみたいだった。黒髪をあげたおとなびた印象で、ちょっと見た目ヤンキーっぽいけど、雰囲気は落ち着いている。
 そいつの近くにいた連中も俺を振り返った。

「誰かに用スか」
 尋ねられて、すぐに言ってもよかったけど、興味をそそられて練習風景を見てみたくなった。けど、そんなことしてたら桜木に見つかりそうだ。

 黒髪リーゼントは笑った。そうすると年相応に見える。
ああ、以前試合に応援で来てて、桜木と一緒にいたヤツだ、と思い出す。名前は知らない。

「こっからだったら見えにくいスよ。花道 今キソでスミにいるし」
 出入り口のはじを空けてもらう。カラダはほとんど隠して、顔だけちょっと出せということらしい。向こうから見えにくいということは俺からも見にくかったけど、まあガマンだ。


 コートの中に、紺色のTシャツを着た三井さんを見つけた。ディフェンスをくぐって、シュート・・・はフェイクか、ぷ、あの宮城がだまされてる。シュートでなくパスで、それは1年ルーキー・流川へのものだった。そのままシュート。きれいなパスラインだ。

 そこでいったん練習の流れが止まる。
次にうつるまでの少しの空き時間、みんなつったったまま呼吸を整えていた。三井さんはシャツのすそをもちあげて汗をぬぐっている。白い腹が見えた。

「ミッチー!! 自分で打て!! ルカワにまわすな!!!」
 引き続きスミでダムダムやってるらしい(よく見えない) 桜木が大声を出した。三井さんが直接打っても入ってたろうが、より確実でいい判断だったというのに、なんで桜木は流川が嫌いなんだろう。なにか深い因縁でもあるのか?。なさそう。

 桜木の批判に、
「バカヤロ、俺さまのナイスパスにケチつけんじゃねぇ!!!。大体味方にパス回さねーでどーすんだ」
 三井さんも大声で返してる。腰に手をあてていばりくさったタイドは、でもあまり先輩らしくない。

 いつの間にか三井さんの近くに来てた流川が、
「こいつは別」
 と指差した。指は桜木の方をむいている。こいつは味方じゃないと言いたいらしい。
無口なイメージがあるけど、ケンカを売るのとイヤミには口がまわるようだ。ホント、いい性格のルーキーだな。

 三井さんはウケていた。桜木は当然怒っていた。
そんな桜木の反応に、またゲラゲラと笑った三井さんは、それから流川の方に向き直り、後輩の肩と胸の間の辺りをドンと叩いてなにかを言った。俺の方までは聞こえなかったけど、これは流川へのイヤミ(?)だったらしい。流川がムッとスネたみたいだ。
 たえきれなそうに三井さんが笑う。


 そんな光景を、俺はぼんやり見ていた。




「三井さんて・・・」



「あんな笑うヒトなんだ・・?」



 俺のひとりごとを聞きとがめた黒髪リーゼントが、
「?。花道と一番バカやってるけど。なんかガキっぽいつーか。年上なんだけどね」
 フシギそうに返してくる。


「・・・・・・・・」
 そういや。

 会ったばかりの頃はもっと粗雑でガキ大将みたいな雰囲気だったような――――。




 過去の三井さんをたどろうと思考をさぐっていると、

「ぬっ、センドー!!!?」

 大声で名前をさけばれた。もちろん桜木に。




 結局、流川と乱闘になってコートに出てきた桜木が、野生のカンなのかすぐに俺に目を止めた、という顛末らしい。
 他校のバスケ関係者が突然来たことに、みんな驚いている。三井さんを見ると、さっきまでのバカ笑いをひっこめて、無表情と困惑の間みたいになっていた。眉がひそめられている。

 俺のせいで笑顔を消してしまった気がした。そして多分それは間違ってない。



 ―――― 謝んなきゃな。



 そのために来たんだ。



「三井さん」












 三井さんは宮城になにか告げてから、ゆっくりこっちに歩いてきた。桜木がわめいてて、流川も低気圧をまとって俺をにらんでいた。ほかの面々も「なんなんだ?」みたいなカオで、体育館中の注目を集めてしまっている。俺はともかく、三井さんは居心地悪そうだ。


 4日前に別れて、それから電話もできなくて (そいやするって言ったのに)、急に来てしまった。そのことも怒ってるかもしれない。謝ることが山積みだ。

「仙道」
 目の前まで来た三井さんからは、怒気は感じられない。

「部活、どうしたんだ?、休みなのか?」
 むしろにこやかだった。

 あの休日の出来事がなかったみたいに。


「・・・」
 そう考えてから気づく。
そうだ、三井さんの中ではアレは『無事に終わったなんでもないこと』なんだよな―――― 俺が太田に嘘を教えられてると思ってるんだから。



 ――――実際は太田は激怒してその約束をやぶり、俺を責めたてたわけだけど。



「休みでもないんですけどね」

「?」
 ちょっとフシギそうに俺を見上げ、曖昧に笑う。

 俺の隣にいる黒髪リーゼントが、いぶかるように目を細めてそんな三井さんを見やった。


「のどかわいたからなんか買いに行く。つきあえよ」
 三井さんはそう言って靴をとりに部室に行った。

 その後を追おうとする。
と、小さな声が俺を止めた。



「ミッチーにあんなカオさせないでやってくれます?」



 思わず振り返る。

 落ち着いた、でも鋭い視線が向けられていた。にこやかに席を譲ってくれたときと まるで別人みたいだった。

「あんな・・・って?」
 確かに、俺に向けた笑顔がさっきの、桜木たちと笑い合ってたものとなにかが違うのは俺にもわかったけど。

 でも目の前の1年らしいこの男は、それがどんな種類のものなのか、俺よりきちんと見えている気がした。



「つらそうだ。アンタにおびえてる」


「――――――――」






「仙道?」
 後ろから聞きなれた声がかかった。思わず肩が震えた。


 黒髪リーゼントは冷えていた表情をぱっと元に戻し、
「ミッチー、俺コーヒーがいい。無糖の」
 俺の後ろにいる三井さんに軽口をきいた。

「ったく、後で桜木から徴収すっからな、水戸」
 大体オマエはコーヒーより牛乳だ、とかつぶやいて、靴にはきかえた三井さんがまた俺を呼んだ。

 あいつ、ミトっていうのか―――― そう思いつつ、そのミトの視線に送られて俺達は体育館を出た。










 カラダを冷やさないようにか、三井さんは薄手のパーカーをはおっていた。彼本人のものじゃないらしく少しでかい。左足につけたままのサポーターがちょっと気になった。普段まったく意識しないけど、やっぱり爆弾なんだろうか。


 初めて会ったのは試合会場だ。
肌から浮いた派手な色のそのサポーターにまず目がいった。

 それから、きれいなシュートフォームに。それから、男っぽいのに男好きする顔立ちに。




 興味をひかれて誘ったらすぐにオーケーをくれた。
なんてことのない始まりだった。










 彼の隣を歩く。

 来るときにも通った学校近くのコンビニに向かってるらしい。湘北生御用達なんだろう。中途半端な時間で、もう下校生徒の姿もなく、あたりは静かだ。

 薄い闇と、車のエンジン音。
どっかで踏み切りの警告音。
そしてノロノロした俺達の足音だけ。


 誰もいないからいいや、と三井さんの腕をとってみた。俺より小さくて骨っぽいその手のつくりがスキだ。
 右手の五本の指で包むように彼の左手を抱きしめる。学校近くで手をつなぐなんてと嫌がられるかと思ったけど、三井さんは抵抗しなかった。今まで、抵抗されたことなんて何もなかった―――― そういえば。


「すみません」
 謝った。


 ―――― 俺が最低なのは、分かってないのに謝ってるところだと自嘲する。



 太田が責めたように、ミトが忠告したように、俺が悪いのは分かるけど、なにをどうしたらいいかは見当もつかない。

「なにが?」
「太田のこと・・・・聞きました」

「あ・・・バレちった?」
 三井さんは瞬間泣きそうなカオをした後、照れたように笑った。

「ごめんな。お前怒られた?」
 そりゃ怒られた。あいつにしちゃありえないくらい真剣に。

 しかし三井さんが言いたいのは俺とはまるで違う意味らしかった。
「悪りぃ・・・交換するって約束だったのに」

「え」

 交換するって約束だったのに。
『太田とちゃんとつきあわなかったこと』を三井さんは俺に謝っている。

 『俺の言ったとおり』に、太田とちゃんとつきあわなかったことを三井さんは俺に謝っている。



「・・・・・・・・」
 さすがにそれは違うだろ、とうすら寒いものを感じた。
間違ってる。いつからだ?。
三井さんも俺も・・・。俺達はどっかで・・・間違ってるんじゃないのか?。



 ――――「つらそうだ。アンタにおびえてる」――――



 ミトのセリフがよみがえる。
俺に向けられた三井さんの笑顔に、ミトが見せた違和感。仲間とはあんなに楽しそうだったのに。

 何が違ってたんだ?。

 三井さんが俺に見せるそれはとても曖昧で、優しげで。
でも、俺の機嫌をうかがうような必死さもどこかに含んでなかったか?。



 分かりかけてきた気がする。気づくきっかけはいろんなトコロにあったはずだ。
思い出せ。ちゃんと探せ。



 俺より少し背の低い彼を見つめる。
なにかを隠すように、とりつくろうように、俺の前でこのヒトは表情をなくしていたんだ。


 反応を引き出したくて、俺は言葉を重ねる。



「――――太田とつきあうの、ヤでしたか?」
「そんなことねぇ」
 探せ。このヒトの、感情を見つけなきゃ。



「俺のトモダチなんです。今までもあーやって交換して遊んでた」
「・・へぇ」
 興味なさそうに。どうでもいいことのようなあいづち。



「太田がまたやりたいって言ったからオーケーしたんです。俺 里奈ちゃん気に入ってたし」
「・・・・・・・・・・・そっか、良かったじゃん」
 適当な返事。でも、つないだ手の指先が、かすかに震えた。



「太田悪いヤツじゃないから、三井さんもヤじゃないと思ったんだけど」
「・・・・・・・・・・・そか」
 無表情。
整ったその顔が好きだったのに、桜木達に見せたさっきの笑顔と比べようもなかった。



「―――― 嫌だったんですか。大金を払うくらい、逃げたかったんでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・たまたま、気分がのらなくて。悪かったって」
 目を合わせない。薄い茶色の目は下を見ている。
反応が欲しい。もどかしい。その一心で言葉を重ねる。



「俺、あの日 里奈ちゃんとずっと一緒でした」
「・・・・・おう」
 彼女の名前に、また指先が震えた。拒否反応みたいに。



「最初少し買い物とかしたけど、結局すぐホテル行って」
「・・・・・」
 もうあいづちもない。唇が堪えるように結ばれている。



「そのまま、ヤって終わっちゃいました。三井さんのことはあんまり・・・思い出しもしなくて」
「・・・・・・・・・・」
 ああ。



「里奈ちゃんと、『あいつらも今頃ホテルかな』とか、話にでてきたくらいで」
「・・・・・・・・っ」


 俺はバカだ。



 今までも。
もっとよく見てれば。
もっと気遣ってたら。
もっと意識をちゃんと向けてたら。




 きっとこのヒトが出してた、無意識のSOSが、俺に気づけたはずなのに。




「・・・・・・っ」
 つないでない、あいた細い右手が持ち上がって、三井さんの顔をかくした。

「・・・・・っ・・・・・っ」
 こらえきれない小さな嗚咽がもれる。俺から逃れるように顔をそらして、手でかくして、泣き方を知らないコドモみたいに泣いている。泣いたら怒られると怯えてる。




 俺まで泣きたくなった。
俺がつかまえてる左手を離したら、このヒトは両手で顔を覆って泣き出して、そして俺から離れて行ってしまう気がした。







「・・・だめ・・・なんだ・・・」
 顔を抑えたままの三井さんから小さな声。このヒトの軟派っぽい甘い声を俺は気に入ってたが、今はそれが涙声に変わっていた。


「ごめんな。俺・・・だめなんだ。お前が・・・そーゆーつきあいできるヤツって俺のこと思ってたの、知ってたけどよ」

 耐えられないんだ、とは続かなかった。でもそれが伝わってくる。




 ――――  だめなんだ  ――――



 とうとう言ってしまった、というコトバに思えた。それだけ、ガマンの末にとうとう出てしまった本音なんだ。このコトバは。





 俺が思ってる『三井さん』になれないと。なりたかったけどダメなんだ、そう言っている。






 俺の思ってた三井さんって誰なんだろう。

 目の前の、耐え切れずに泣き出したこのひとは、俺の思っていた三井さんじゃなかったんだろうか。





『そーゆーつきあいできるヤツ』


『お前が乱交だろーがスワッピングだろーがヘラヘラつきあってくれるコイビトが欲しいからだろ』







「・・・・・・・・・・・――――」


 元ヤンだって聞いてた。女だけじゃなく男までひっぱられるような容姿だと思った。
そもそも俺がこの上なく軽く誘ったのにすぐにオーケーをよこしたぐらいだから、遊び慣れてるんだろうと判断した第一印象が、もう間違っていたらしい。


 恋人を一日交換して互いに楽しむなんて、俺はよく、とまでは言わないがたまにやってたし、相手もそれに文句をつけてきたことはない。むしろ今までの彼女たちは積極的に楽しんでいた・・はずだ。

 三井さんはどうだった?。俺がそれを切り出したとき、―――― そうだ、何も言わなかった。感情の読めないポーカーフェイス。平然としてるように見えるほど。
 でもきっと、呆然としていたんだ。ショックに固まっていたんだ。俺の言ったことが信じられなくて。


 あの日は、俺が会いたいって言って急に呼び出したんだ。自分の都合オンリーな約束のとりつけもいつものことだった。三井さんは3年生だし部活もまだやってるし、時間がありあまってるはずがない。なのにいつも了承していた。



 そうだ、あの日 三井さんは俺に会いに来てた。



 友人のカノジョに腕をとられて出て行く俺を、どんな思いで見送ったのか、想像できなかった。







 俺に文句を言ってこなかったのは。
太田に金を払って嘘をついてまで とりつくろうとしたのは。

 目の前での恋人の交換ぐらい なんてことないキャラクターであろうとしたのは。






 全部俺のためで。


 全部俺のせいだった。












 パーカーのすそを持ち上げて三井さんは涙をふいた。そででふけばいいのに、服のすそでやるのは彼のクセらしい。そんなことも今日気づいた。

 それから、つないだままだった手がゆっくりとほどかれる。三井さんの手が離れていく。
 熱が奪われた気がした。指先が冷える。




「ごめん。短かったけど楽しかったぜ」

 泣いたばかりの赤い目で、でも優しく微笑んだ。いつも俺に見せる、甘やかすような優しい笑顔だ。



「・・・・・・っ」
 ―――― 嘘だ。


 楽しかったわけがない。このヒトはきっとずっと傷ついていた。









 俺は三井さんとつきあうことが決まってからも そういう『女トモダチ』と全くきれてなかったし、それを別段隠しもしてなかった。吹聴してもいないが、気づかないほどおめでたいはずがない。


 デート中、別の女から電話がかかってきて、適当ないいわけをしてそのまま帰ったこともある。
 三井さんはその次の日練習試合だって言ってたから今日はヤらせてもらえないなぁと思ったからだ。だったらヤれるコといた方がいいと、単純に判断した。なんの罪悪感も持たなかった。





 ひとつ年上の恋人は素直で聞き分けよくて詮索も嫉妬もしない。セックスでもつきあいがよくてサービス心もあって。言えばなんだってしてくれた。
 とても『いいヒト』だと重宝して、俺達ってきっと相性いいんじゃないかな、長続きしそうだ、なんてのんきに喜んだ。でもそれは完全に彼の忍耐で成り立っていたのだ。

 湘北で、チームメイトとじゃれてる三井さんは楽しそうだった。
俺の前でもよく笑うけど、楽しそうではなかった。笑顔はとてもキレイで俺の好みで欲もそそられたけど、楽しくてつい笑ってしまうような、そんなカンジじゃなかった。




 楽しかったわけがない。このヒトはきっとずっと傷ついていた。

 俺の隣で、きっとずっと傷ついてた。














 ―――― 今までの恋人たちは。

 きっと、俺だけじゃなかったと思う。ほかにも遊び友達がいて、俺とも遊んで。太田が言ったように複数でヤったりスワッピングしたりした。三井さんもそうだと思ってた。





 ―――― 俺以外とは嫌だと言う相手なんか知らない。


 ―――― 泣くほどつらいのに、俺のそばにいつづけたいと思ってくれた相手なんか知らない。










「コンビニ・・・ひとりで行けるから」
 もう一度すそで顔をふいて、三井さんは一歩後ろにさがった。俺から離れた。

 俺の望む『三井さん』でないとバレて、このヒトは俺にフラれると思っている。フラれたと思っている。



 間違ってる。俺がまず間違えて、三井さんはそれを正そうとせずにそれに合わせようとした。自己犠牲的精神で。

 だからどんどん俺達は間違って、それは膨らんでこんな形で破裂してしまった。




 鋭角的な輪郭。
こげ茶色のやわらかい髪。
スポーツ選手のわりに肉のついてない体のラインと、左ひざのサポーター。


 三井さんだ。


 初めて彼を見た気がした。





 彼が離れた分、俺は一歩前に出た。彼の一歩より俺の一歩のが長くて、さっきより近づく。


 三井さんが俺を見上げた。

「・・・・・・・・」
 ミトの言う通りだ。薄い色の瞳は俺に怯えて、そしていつも とてもつらそうだった。












 ああ、バスケのカミサマ。

 俺が最初に間違ったけど、でも、三井さんがいなくなるより前に気づけてよかった。





「三井さん」

 勇気を出して口を開く。
相手になにかを伝えることに、こんなに緊張したのは、こんなに真剣になったのは、多分はじめてだ。


「前に言ったの、取り消します」
 ほどかれた手のひらをもう一度つかまえた。



「もう一回、最初から」



「あなたと離れたくない。きっと俺、三井さんが好きになる」

















 ―――― 湘北のシューターのヒトだよね。どーも。

 ―――― 陵南の・・・仙道か。なんだ?


 ―――― 今からさ、遊ばない?。面白いコトしよーよ、ミツイさん。

 ―――― 遊ぶって?、バスケすんのか?


 ―――― そーじゃなくて。つきあいません? 俺と。

 ―――― ・・・・・・・・・・・・・・いーぜ。










 誠意のカケラもない始まりを消して。
誠意のカケラもない俺を消して。
もう一度、はじめから。


 そしたら、きっと彼を取り戻せる。






「俺の許せないトコ、ちゃんと言ってください」


「どうしたいか、どうして欲しいか、ちゃんと伝えてください」


「俺にあわせようとしないで」


「ちゃんと、あなたを見るから」


「離れないで」


「もう一度だけ、チャンスください」













「・・・・・・っ・・・・っ」

 また泣かせてしまった。


 パーカーのすそを押し上げて、しゃくりあげるその姿がたまらなく愛しくてそのまま抱きしめた。

 過去のコイビトにも里奈ちゃんにも、ほかのどんな女友達にも感じたことがない、肉親への情にすら似た深い深いキモチ。


 すそをもってた指が、きゅっと俺のシャツをつかんだ。離さないでくれというように。どれだけ不安だったか、絶望させてたか、どうして俺は気づけなかったんだろう。


「つらい思いさせて、ごめんね」


 何も分かってないまま適当によそ見ばかりの俺は、すべてを俺に向けてたこの人を、どれだけ傷つけてたんだろう。
















「・・・・・モテるヤツ好きになったら苦労が多いって、鉄男が言ってたからな」

 返事はないかと思ったのに、ぴょこっと顔をあげた三井さんは照れたように笑った。


 それは、湘北でチームメイトとじゃれてた三井さんみたいで。楽しくて、嬉しくてつい笑ってしまうような、そんなカンジで。



「だから、平気だ」


 それは、湘北でチームメイトとじゃれてた三井さんみたいで。楽しくて、嬉しくてつい笑ってしまうような、そんなカンジで。




「・・・・」

 ―――― 平気じゃなかっただろうけど、でも平気なんだ。
矛盾してるけど、それが分かった。



 今日、俺がちゃんと三井さんを見たから。初めてホンキで向き合ったから。それだけで。


 今までのもチャラになるくらい、平気なんだ。







「・・・・」

 殴られたみたいな衝撃だ。
つかまった、と思った。
初めての感覚。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・もう苦労させません」





 こんな俺を、どうしてこんな優しいヒトが好きになってくれたのか、世界中の人間が不公平だ不相応だとわめいてきそうだ。

 テツオってなんだろ。学者さんかなにかかな?。まあともかく。






 俺は今日、はじめてホントに『恋人』と呼べる年上のひとを抱きしめた。






















end

















 後日。



「ま、どうしよーもねぇ遊び人てのは、最後はたいてい純真無垢なお嬢ちゃんにつかまっちまうもんなんだよな」
 わけしり顔で偉そうにのたまった太田に、

「お前も早く三井さんみたいなヒト見つけろよ。ま、いないだろうけど」
 言ってやった時のホンキで悔しそうだったアイツに、



 やべ。俺って世界一幸せなのかも。

 とさらに殴られそうなことを考えた。
















ミッチー泣いてる話ばっか書いてるなあ・・・。
伊田くると



※どこそこAサマに投稿させていただきましたvありがとうございました!。





水戸 「ミッチー見る目ないから。俺のがお買い得なんだけどね」
(back)






03 12 17