しんすけが甘いのをくれた。


 手を出せっていうから、パーにした手を出したら、それをとって、俺の両手を おわんみたいな形にして。

 こぼすなよ、って命令して、たもとに入れていた小さな袋を さかさまにして、ぱらぱらと きれいな色のものをこぼした。


 それは以前にも しんすけが俺にくれたもので、甘かったので、とても好きだった。たぶん そのとき俺がとても喜んで、先生に教わったとおり ちゃんとお礼も言えたから、しんすけは またくれたんだと思う。


わあ


 と声を出して 色のきれいなそれを眺めた。食べてしまうのがもったいなかった。

 しんすけは袋のやつ全部俺の手に出してくれた。手からあふれてしまいそうだった。


「虫歯になるから 一気に食べるなよ」
 先生でもないくせに、しんすけがえらそうに注意をしてきた。



 しんすけがくれたもの。

 それはあめだまだった。


 俺にとって、幸せのおかし。

 ほかの甘いものよりおいしい時間が長くて、とても得した気持ちになれるし、見た目もきれいでおいしそうだし、しんすけはこれがそんなに好きじゃないみたいで、とてもたくさん俺にくれるのだ。



 両方の手がふさがってるから口に入れられない。いますぐ食べたいのに。困って足を交互にバタバタした。
しんすけ。しんすけ。呼ぶみたいに。

 しんすけを見ると ちょっと笑って俺の手からひとつとって、紙をきれいにはがして、俺の口にひとつぶ入れてくれた。

 とたんに広がる甘い、やさしい、楽しい味。

 噛んでしまうと味がとても濃くなるけどすぐなくなってしまうから、俺はゆっくり舌でなめた。

 自然とにんまりしてしまう。


 あ、しんすけにお礼を言ってない。
お礼を言わないと、もうくれないかもしれない。
 でもどうしよう。手は大事なアメを持ってるから動かせないし、口もアメが入ってるからしゃべれない。

 困ったな。

 手が自由にならないから、また 足をばたばた足踏みした。
「どうした?」
 アメの催促じゃないのは分かったみたいで、しんすけは首をかしげて、俺をわかろうとするようにカオを近づけた。

 しんすけにお礼を言いたいんだよ。でも足バタバタじゃ伝わらない。さっきはしんすけは分かってくれたのに。俺にアメ食べさせてくれたのに。

 しんすけの顔がとても近かったので、俺は頭をしんすけにぐりぐりおしつけた。
 しんすけのがちょっと俺より大きかったので、しんすけのほっぺのあたり。
まっくろな髪の毛はさらさらだし ほっぺはつるつるしていて、とても楽しくて。もっとおしつけた。

「なにすんだよ銀時」
 しんすけはちょっとびっくりして俺を見て、でも押しのけたりしなかったので、肩にもぐりぐりした。
 おでこに着物の感触と、しんすけの細い骨ばった肩を感じて、とても楽しかった。

 しんすけも面白くなってきたのか笑っていた。
「お礼してるつもりなのか?。変なヤツだなお前。ケモノみてぇ」

 違うよ。ちゃんと言葉で言えるよ。
でもまだ、アメが大きいから しゃべれないし。しゃべったらアメがなくなっちゃいそうで恐いから口をつぐんでいるのだ。

 でもしんすけに伝わって、嬉しかった。しんすけは俺のことをとてもわかってくれる。わかろうとしてくれる。

 それがとても珍しくて幸せなことだって、俺は先生に教わらなくても、それはとても分かってるんだ。





 しんすけ、しんすけ。ありがとう。





 しんすけに ぐりぐりすりすりして、アメも甘くて口の中も心の中も楽しくてたまらない。

 しんすけもわらって俺の真似しておでこをぶつけてきたので、ふたりでぐりぐりして、もっとわらった。しんすけは声に出して。俺はアメが入ってるから口だけにまにました。




 しんすけはそれからも、家 (とてもりっぱな家らしい) からお菓子を持ってきてくれて、俺にくれることがあったけど。俺も先生の教えてくれる通り、頭を下げてありがとうって言えるようになっていたけど。


 なんだかふたりともクセになってしまって、嬉しいときやありがとうの時、ケンカしてごめんねの時、先生に褒められた時、先生に怒られた時、いろんな時。



 たがいのおでこをぶつけて合わせて、笑った。







◇   ◇   ◇   ◇   ◆   ◇   ◇   ◇   ◇






 懐かしい夢だった。


 身を起こし布団から出て、窓へ歩み寄る。
「・・・」
 江戸の空は今日はくもりで、空には天人の艦がいくつもいきかっていた。


 あいつは今どの空の下にいるのかな、とぼんやり思った。京都? てヅラが言ってたかな、確か。


 遠いな、京都か。


 起き抜けの頭は夢の余韻を引きずって、幸せだった少年時代をただ追想してしまう。



 ―――― あれはふたりの大事な儀式だった。

 ヅラだって、先生だって知らなかった。


 俺があれをするのはあいつにだけで、あいつだって平素 外面良く行儀良くつくろって見せる子供だったから、俺にしかあんな子供じみた真似はしなかっただろう。子供だけど。


 ―――― もう二度と、
あいつに頭を寄せることなんて、ないのだろうか。


 それはとても悲しい想像だった。



ねたましいほど すんなりとした黒髪。
骨っぽい痩せた身体。
男のくせにきれいな肌。


 子供の頃と、きっと変わらないのに。




「―――― しんすけ」


 あの頃のように。

 その名を呼んでみた。



 今。
あいつに会って。

 何も言わなくても、
あいつが、

 こつん、
と額をぶつけてきたら。



 もうそれだけで。
俺はあいつのためになんでもしてやりたいような、そんな気持ちになるのだろうなと思う。


 どんなに色んなことが変わってしまっても。



 甘く優しい、ゆるやかな時代があったから、あいつを、今も敵とは思えない。
 なんの見返りもなく、俺に愛をくれたあいつを覚えているから。











好きな人にでこをゴンするのは銀さんのクセ。という話。なんかかゆい。
<今君に伝えたい>話と ほんのちょっとリンクしてます。


イダクルト
2010/03/13


モドル