認めたくはないが 認めざるをえない感情に。 勝手にどんどん大きくなってくるその感情に。 とうとう、押し負かされる形で。 俺は奴に想いを告げる決心をした。 今君に伝えたい そこには、若くして死んでしまった、かつて とてもとても想った相手の存在があったのだと思う。 恋愛に うつつを抜かしている人生ではない。血と剣と、戦いの道を俺は選んだのだ。 だから、彼女のこともあきらめると決めた。 好きだったけれど伝えるつもりはなく、彼女の手をつかまずに、彼女を残し。ただひとりの弟も奪って遠く離れた。 そんな己を後悔はしたくない。 とてもとても想った相手だったけれど。 それは、墓場まで持っていこうと覚悟していた思慕だったのだ。 が、相手が本当に墓に入ってしまったら。 口にできなかった想いは、尚のこと行き場をなくしてしまって。伝えるべきことを伝えずじまいだったことは、俺の中に苦い苦いしこりを残し。 強く強く、とても後悔という言葉では足りぬほどの激烈な悔いだった。 ―――― 「奴」への思いも。 胸にずっとあったけれど、言うはずもない、言えるはずもない、とずっと思っていたのだ。 彼女の時と同じように。胸にしまっておくものだと。 あいつへの、執着や強い独占欲を伴った想いと、彼女への淡く優しい想いは平行したものではなく、そして同じ種類のものでもなかったが、どちらも大切な気持ちだった。鬼と評される俺にそぐわないほど、人らしい、あたたかな熱を持った気持ちだった。 想いを自覚する前もしてからも、あいつは、当たり前のように俺のテリトリー近くで生きていたけれど。 彼女と違い、だらけてぴんぴんして、ゴキブリみたいにしぶとく、簡単に くたばるような男ではないのであろうが。 それでも。 今 動かなければ。 伝えなければ。 後悔する。 と思う。 手を離すのは、もうやめなければと。 ちゃんとつかまえて、そばにいたい。 もうつかめない細い手を思い、俺は決心した。 ―――― 坂田銀時。 初めて見た、<銀色>の髪した侍。 男だし、美男子でもないし、女っぽいでも もちろんない。 どうしてこんな男に。 とは、数えきれないほど自問した。懊悩した。 けれど、それでも俺の心には認めたくはないが認めざるをえない感情が、大きく大きく、場所を陣取っていた。色恋沙汰に顔色変えたことがないのかと江戸の女に心配された俺が、ガキみたいに、本気で、強く強く。
「・・・」 ため息をつく。 たえまないごみごみした雑踏。いつもの巡回とは違う直進ルートでかぶき町に入り、そこへ向かう。 すれ違う連中の声も何も耳に入らない。いつもは、不愉快な喧騒にうんざりするのに。 足を交互に前に出し、左手には隊士の一人に聞いた、評判のいい専門店の菓子袋を下げ、ただ歩いているだけなのに、心臓は限界まで弾み揺れている。 夏でもないのに。 着物の背に汗が伝わる。 脈がどんどん高ぶって。 破裂しそうだ。 ぱーん 、て。 銀ちゃん助けて ・・・って何だっけコレ、ああ、あのチャイナ娘が屯所で逆さに吊るされてるとき言ってたんだった。ほんとやることがSだね総悟の野郎。 俺こそピンチだ。 お前のぱーんより俺のがぱーんだよ。もうやだ、帰りたい。 なんか今日じゃなくてもいい気がしてきた。明日とかでもいい気がしてきた。汗びっしょりすぎて、会いに行く男にうわぁってヒカれそうだし。 さわらなくても分かる、顔も風邪かってくらい火照って熱を持っている。 きっと真っ赤だ。シラフと思ってもらえないかも。俺、本気で告白しに行くのに。 非番なのに、すごい緊張して早起きしちまって。なんたら星占いまで食い入るように見てしまったのに。そして占いが意外によくて、信じちゃいないのにヨシ! と思ってにまっとしてしまったのを山崎に見られて記憶が飛びますようにと祈りを込めて しこたまぶん殴ったのに。 視野が狭い。 足元しか見えない。 ひざが笑ってがくっとよろけた。あわてて、なんとか菓子の入った袋を守って踏みとどまる。 どんだけテンパってんだよ俺は―――― ホッとため息をつく。ため息ばかりだ。 きっと、俺に色好い返事をくれただろう彼女と違い、・・・・・・・・相手が悪い。悪すぎる。 あまりに絶望的な思いだ。 伝えたい。黙るのはもうやめたい。 そしてできるなら互いに手を取って、共に歩いていきたい。 けれどそれを、お前は ―――― お前は ―――― 「・・・・・・・」 やっぱり・・・・・・・・帰ろう・・・かな。 「だいじょーぶですかぁ?」 「・・・・・!!!」 後ろから。 ゆったり。 抑揚のない声が降ってきた。 全然「大丈夫?」なんて思ってないだろ、という声。 万事屋まで あと500メートルほどもある。のに、予期もしないところで (しかも反転して撤退しようと思い始めていた矢先に) 当の本人と全く違わないそれを耳にしてしまって。 俺は ガチコンとかたまった。 薄い茶色の髪をした、はかなげな女の笑顔がふいに脳裏をよぎる。 ―――― ミツバ・・・・・ ―――― どうしよう・・・・ どうしようじゃねーよ、と草葉の陰で赤いせんべい食いながら彼女は思ったかもしれない。 「なんかふらふらしてない?」 その声は彼女でなく、いつものカッコの、眠い目をした男。 「・・・あ、・・・・よ」 よ、は多分「よぅ」、か「万事屋」って言いたかったんだと思う。 言えなかったけど。 かろうじて ちょっと出てきた声はひどくかすれ、裏返った。 いつの間にか俺を追い抜いて正面に回り込んでいた奴の顔が目の前にある。そして とろんとした目を少しまたたかせ、 「あ。トッシー?」 と口にし、そしてニッと口角をあげた。 「トッシーだろ。いつものカッコしてねーからわかんなかったぜ。なに、休み?。アキバでも行くの?」 けっこう久しぶりだなあ、とか笑ってる。 見ないから、成仏しちゃったかと思った。元気?。なんて言ってる。 おしゃべりな男の声で緊張に凍っていた間がもって、聞いているうちに少し気持ちが落ち着いてきた。 「ひとりかよ?。そんなカッコでふらふらしてんのか?。・・・んー、トッシーのあの変なカッコもうないのか?。お前のツラって有名なんだよなぁ一部で。あ、女子じゃなくてね、ムサいテロリストの間でね。恨み買ってるからねえ」 万事屋―――― 本人を前にすると屋号でしか呼べないが、心では いつも銀時と呼んでるので以下銀時にしようと思います―――― は懐にしまっていた利き手を あごにあて、ちょっと考えている。 「アキバはなんかしんねぇけど、攘夷志士が多いし、ちょっと心配だな」 私服の着流し姿の俺を上から下まで一瞥し、ひとつ うなずいた。 口調はダルそうでいつものままだが、ひそめられた眉に、本当に俺の身を案じているのだと分かる。 ―――― 何かコイツトッシーに優しくね ?。 さっきの俺への「だいじょーぶですかぁ?」と、「心配だな」の違いといったら。 「・・・・」 ぱーん となりそうなドキドキから、胃にくるようなムカムカに変わってくる。煙が吸いたい。そういえば緊張のあまりライターを忘れて屯所を出てしまったので吸ってなかったのだ。銀時が俺をトッシーと判断したのは それもあったのだろう。 それにしても。 そりゃトッシーは ただのひきこもったオタクの魂だから、銀時の言葉もよく分かるけれど。 俺、土方十四郎は、お前、坂田銀時に告白しにいくつもりだったのに。 何だか ぱしーんと出端をくじかれた気分だ (いや、フラれる恐怖に負け、情けなくも もう引きかえしちゃいたいと あきらめかけてはいたのだけども)。 「なんか買いたいモンあんのか?」 聞かれ、つい、としか言えないが反射的にうなずいてしまう。アキバならではの買い物など もちろんないんだが。 銀時は ぱちりとまばたきをした後、 「じゃ 俺もつきあってやるよ。そんかし夕飯おごって。な? トッシー」 な? トッシー と わざわざ少し身を屈めて顔を俺に近づけ、のぞきこむようでいて、それでも見上げるような。何だソレ!! と思わず叫びたくなるようなしぐさで笑いかける。 何だソレ! おねだりか ! かわいこぶりやがって ! 超かわいいんですけど !!? 悔しくも当然ながら、この俺に こんなそぶりをして見せたことなどない。 トッシー時の記憶はないので (おぞましい伝聞情報と財布に残る高額レシートのみだ)、俺の中にいたオタクの悪霊と銀時がどんな関係だったのかなど分からない。 が、銀時は俺には非常にレアな笑顔を惜しみなく出して、俺とのそれより はるかにスペースも縮めて会話をする。びびる。焦る。心臓がうるさすぎる。 近くにいる銀時。 すぐ手が届く距離。 ―――― 友達の距離、かな。 これ。 今この男のいる距離は。 そういえば、いつも連れている従業員の子供達とは、もう少し近い気がする。あれは、家族の距離か。 俺は、こいつとは、もう敵とは互いにそりゃ言わないだろうけれど、ケンカ仲間? というか知人というか。長椅子に並んで座っていても、冴えないマダオに「仲の悪いお二人さん」なんて評されるような、なんかそんなんでしかないのだ。 その距離を今思い知って、少し切なくなった。同時にトッシーだからこそ 近づけた距離に幸せも感じた。 俺は。 いつからかは もう分からないけれど。 江戸にのぼり生活が一変して、思い出すことも少なくなったが、俺はずっと、残してきたミツバを想っていて。 けれど、最初は印象最悪だった銀髪の男 (テロリストの一味かも?) と出会い、嫌いで憎くて勝てなくて だらしなくてダメ人間で、けれど偶然でしか会えない相手の姿を見ると心が浮き立つようになったのは、 いつからかは もう分からないけれど。 俺は。 この男が、好きで。 彼女のように手の届かない所に行って欲しくなくて。言葉も届かない所に行って欲しくなくて。 届くなら。 言いたい言葉があって。 言わなきゃいけない気持ちがあって。 今日、お前の所に 行こうとしていたんだ。 「でも あーゆうのって高いよなあ。高いよなあ?。俺 オタクじゃなくてよかったわ。金ねーもん。あ、女子アナのフィギュアとかは ちょっと欲しいけどね。お前はいいよなあ、気づけば いつも財布にたっぷり金入ってんだもんなあ」 いや、それは俺が身を粉にして働いてるからこその金だぞ。 と つっこみたかったが、今更トッシーじゃないとも言い出せない。 どうしようかとあっけにとられたり困惑しつつも、曖昧な相槌しか打てない俺をあまり気にせず、銀時は荷物を持っていない俺の右腕を ひょいとつかんで歩き出した。あわてて俺も もつれそうな足を前に出す。 着物の上からでも。 つかむ指の強さを感じて、また心臓が がつがつとはねだす。 ケンカした時も思ったが、あまり体温が高くないのか指先から熱は伝わらない。けれど、ケンカで瞬間的に触れ合う (どつきあう) のと違い ずっとつかまれているその場所。 そこが俺と銀時の温度が じょじょにまじわって、同じになっていくのかと思うと、もういい歳になってセックスも特別なことじゃなくなっているのに、こんなことで動転する部分が自分に残っていることにあきれるやら感動するやらな複雑な心境だ。 銀時は、俺の左手がふさがっているのが気になったのか、ひょいと身を乗り出した。 「何もってんだ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 忘れていた。 こいつへの手土産だ。 「あ、それ帝国ピネールヨロイエルメンのだ。ケーキ? ケーキか?。うわーいいなあ、もらいもん?」 袋だけで何語?みたいな店名を当てられる。ちょっと驚いた。 大江戸デパートの地下にしか入ってない。 ミルクチョコトルテは日に30個しか売らないので開店前に行って並ばないと手に入らない。 お値段もおえらく、なかなか手が出ない。 保冷剤入りのバッグまで高い。 銀時が語尾をのばした口調で つらつらしゃべる内容は、隊士が力説していたのとほぼ同じだった。やはり有名なところだったらしい。食いつきが良かったのですごくホッとした。 俺が買ったのは その30個限定のやつではないのだろうが、 「・・・チョコのやつ」 と言うと、すぐにまた不思議な横文字を言ってきた。多分ケーキの名前なのだろう。手が出ないと言うわりに詳しいのは、やっぱりこいつもオタクなのだろうか。 袋を持ち上げて そのままずいと銀時の方へ向け差し出した。自然 足が止まる。 銀時の目が不思議そうに袋に落ちた。 もう一度 袋を奴に押し付ける。ヤツの胸に袋が当たり、抵抗が持ち手に返ってきて、直接触れたわけでもないのに少し動揺した。 「トッシー、まさかこれ、くれんのか?」 「・・・」 うなずく。 「もらいもんじゃないの?。土方くんのなんじゃないの?」 首を横にふって否定してから、いや、俺のなんだよな、と思ったが、もう俺は今トッシーなので仕方ない。 どちらにしろ、トッシーの状態じゃ告白はできないのだし。 「・・・・・・・・・・・・・・いいのか?」 「アキバに付き合ってもらう礼だ。・・・・でござる」 アブねえ !!。ござるござるナリナリだった。あと早口。なんか高音で早口。 銀時はぱーっと顔を輝かせ 「マジで ?!。トッシーありがとなっ !!!」 つかんでた腕にぎゅっ、と力をいれ、さらに こちらに半歩近づき、 ゴン と額を俺の頭に当てた。 痛くはないが側頭部に当たったのが銀時の頭だということ、頬や耳にくるくる爆発した毛先がふれて くすぐったかったことに。 全身に火がついたような錯覚を覚えた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ !!!」 ま、まずい。 ぱーん する。 ぱーんって。 銀ちゃん助けて。 とりあえず今日は告白しないことになって ちょっと落ち着きを戻したと思ったのに、銀時の常と違う態度に 俺はやっぱり尋常でなく緊張状態を強いられた。 え、友達の距離だと こういうふれあいもありなの?。近藤さんが肩組んできたり 腰バンバン叩いてくる感じ?。あれの仲間?。頭突きの優しいのみたいな。あれなに。俺の頭を破裂させる攻撃か?。 いや、トッシーには ああいうの普通にするわけ?。 「・・・・」 なんか・・・ 俺がこいつに告白するより、トッシーがした方がうまくいくような気がしてきた・・・・・。
その後の俺は、情けない・・・本当に士道にあるまじき情けなさであるのだけれども。 時々、成仏した悪霊・トッシーのフリをして銀時とデート (アキバ→メシ→帰宅ルート) をしていた。 落ち着きさえすれば、トッシーのマネもお手の物だった。一時期なりすましてたしな。 デート中は禁煙だが、それも気にならなかった。ずっと銀時といれば俺は禁煙できるのかもしれない。 告白しなきゃな、したいなと思いつつ、けれどトッシーとしての銀時との時間があまりに魅力的で、なかなか踏ん切りがつかずにいた。 しかし。 以前山崎が、 トッシーが現世への悔いをなくし、無事 成仏したこと。 屯所の庭に彼の墓を作ったこと。 の話を銀時にしていたことで、俺の嘘など とうにバレていたというのは。 やっとのことで俺が勇気を出せて、無様ながらも、土方十四郎として想いを告げて。 あいつがそれに、笑ってくれた日のことで。 告白の際、騙していたことを詫びた俺に、 「とっくに知ってたけどな」 と食えないツラして、いたずらっぽく赤目を細めたのだった。 山崎から聞いていたことと。 それに、 「トッシーは俺に手土産なんかくれねぇよ」 それで まず気づいたらしい。 「あいつ 金はみんなオタ関係に使いたがるからなー。あ、前にダブったとか言って食玩はもらったことあっけど」 「人気店のスイーツなんて気のきいたのムリムリムリムリ !!」 「・・・・・・!!?」 快調に、楽しげに ひとりでしゃべる銀時。 俺が告白したのは とりあえず嫌がられてないみたいだけれど。とうに嘘がバレてたという事態にまだ動転しまくっていて、ろくに言葉も出なかったのもあるが。ただ唖然と、想い人を見つめるしかできない。 そんな俺を ほぼ変わらない高さから まっすぐに見つめ返し、銀時は茶化すのでない、真剣な瞳をした。 「だから俺はトッシーじゃなくて、土方くんとデートしてるって知ってたよ。面白くて黙ってたけど」 「ま、でも次はさ。俺達らしいデート、しようか」 「よろしくお願いします」 ひとりぺらぺらしゃべって、ふざけるように ちょろっとお辞儀の真似をして、顔をあげた銀時が、あんまり甘く、やわらかく、楽しそうに笑うので。 そしてその距離が、トッシーと同じくらい、いや ひょっとしたらより近いものだったので。 「・・・・・・・・・・・おう」 面白くて黙ってたってテメェ・・・とか、なんだか俺の方が騙されていたような気持ちにもなっていたのだけれど。そんなもの踏み潰すくらいに圧倒的な幸せ、が、この世の全てになった気がして。 銀時が ごつんとでこを俺のでこに当ててきた、その感触が夢のように思えた。 かつて。 俺を慕ってくれた、俺にはもったいないような女性。 ミツバがあきれたように笑って、でも俺を祝福してくれてるような気がして。 想いが通じて、本当に嬉しくて、幸せで。笑いたいのに、 なぜだか泣けた。 彼女にも。 伝えたかった。 でも きっと、彼女は俺よりずっと上手で、俺のことなんて全部分かってたんだと思う。 それでも、言いたかった。俺が言ってやりたかった。 もう後悔はしたくない。 手をとってつかまえて、一緒に、飽きるほど一緒に生きたい。生きていきたい。 俺からも一回、でこを押し当てた。ふわっふわの髪と、冷たい額を感じて、 想いが通じて、本当に嬉しくて、幸せで。笑いたいのに、 やっぱり、なぜだか泣けた。
銀時とのアキバデートで買った (適当に買った。なにか買って帰らないといけなかったので) フィギュアだのゲームソフトだのは、使わないし いらないけれど、思い出がくっついてしまっているので処分できず。欲しがる総悟にも もちろんやらず。 今も、俺の部屋にある。 終わり ヘタレすぎる土方さんでした。 ミツバさんも ちょっと出してみました。空知先生の描かれる女性キャラは みんなかわいいですねー。ミツバさん、意外に長身なんですよね。 沖田くんが欲しがったのはアクションゲームかなんかでしょう。 |
|