悪いムシ








 ――― なんで こんなトコロに コイツがいるんだろう。



 あまりの意外さに ぽけっとしたオレに気付いたのか、コイツ――――海馬は やけに神妙なカオをして、


「城之内・・・。ドミノ高校は都立だ」
 薄めの唇を開いた。


 ――― はあ。

 そりゃ知ってるけど。
つか私立の学費なんてオレ出せないし。


「公立学校の進級には、成績よりも大事なものがある。出席だ」

 おう。
それも知ってるけど。


 つーか、コイツがオレにフツーの口調で説明してるってのがちょっと珍しいな・・・、なんて内心考えてしまう。
 でも実はコイツって わりと説明好きだよな。
オレと険悪にデュエってた時も、デュエルディスクの使い方を丁寧に (でもエラそーに)教えてくれてたし。



「俺は特別待遇で出席についてはそう厳しくない。学科授業は補講とレポートで出席のかわりにしてもらっている」

 ふーん。
確かに お前全っ然、学校来てないもんなー。成績はいいみたいだけど。
 大企業の社長サマだもんな。いそがしーんだろーな。
別に来なくてもいーんだけどさ。


「しかしそれが利かない授業がある。体育だ」


 ――― 体育じゃレポートなんてないもんな。
なんとなく、分かったよーな、分かんないよーな。




 つまり。

「このオリエンテーリングに参加しないと、どう計算しても通年の単位が足りなくなるのだ!」

 それが説明のシメだった。





 ―――――。





ぎゃっはっはっ、それで参加してんのかっ!??、なんか笑えるーっ!!!」


 オレは遠慮ナシに笑い出した。

 そんなマジメなカオして言うことかよ?!!。
学校なんかキョーミないってカンジだけど、やっぱ留年ボーズになるのはヤなんだなーコイツも。


 ハラをかかえて笑っているオレに、当たり前だが海馬はムッとして目を細める。怒り出す寸前のオーラだ。
 ちょっとかわいそうになってきたので、オレは笑うのをやめてやった。



 ――― 確かに、学校主催のこのオリエンテーリングは、一応は自由参加になってるけどホントは かなり強制参加の一面がある。
 参加すると体育出席5回と換算してもらえるからだ。出ないと評価にも響くし。
 単位がヤバイのは海馬だけじゃないよーで、みんな文句タレつつも参加する。
 オレのクラスもほとんどが参加だ。

 オレは別に体育の単位はヤバかねーけど、病弱 (ってかヒヨワ?) な獏良とか年中見学だし、そーゆーヤツラへのつきあいってことでの参加。


 オリエンテーリングってのは、
(ドミノ高校の場合)、三人一組のグループになって、地図とヒントを見ながら山中を進みチェックポイントを通過して、競って早くゴールする、というゲームだ。
 高位のグループは賞品もでるし!!ってのが、参加の もういっこの動機だったりもする。


 短気な海馬はムッとしてしまったようなので、オレはそそくさとその場を離れた。






 ここはオリエンテーリング出発地点。
比高600メートルのドミノ山の、サイクリングコースの出発点でもある。

 もう集合時間は過ぎているため、一学年ぶんくらいの人数がわらわらと群れていた。
 休日なのでみんな私服。それぞれそれなりにスポーティーなカッコをしている。学校ジャージな横着なヤツもいるが。


 今は ちょうどグループわけの発表をしているトコロなのだ。
グループくらい好きにさせろってカンジだけどな。

 なんでも 運動能力をバランスよく分けるために、グループは学校が勝手に決めるらしい。
 知らないヤツと何時間も一緒にいさせんのはキツイから、とりあえず同じクラスのヤツで編成するようなんだけど。




 遊戯たちは そのグループ発表を見に行ってんだよな。
おっと、いたいた。いつもの仲間たち。みんな固まってる。遊戯の髪型ってやっぱ目立つよなぁ。


「よぉ!!、どおだった?」
 できればコイツらと一緒がいーよな。
オレは地図とかよくわかんねーから、頭のいい杏子や獏良がいてくれたら心強いしさ。
 本田や遊戯とは一緒にいて楽しいし。御伽ともいろいろあったけど静香の件で和解したし、根は超いいヤツだからコイツもいいな。


 しかし、オレに気付いた遊戯たちは ちょっと微妙な反応だった。ハッキリ返事してくれない。



「?。オレ誰と一緒?」

 もう一回尋ねると、獏良がニッコリ、楽しそうに笑って見せた。いかにもよくできた、品のいい王子様ってカンジの笑い方だ。

 そして、答える。



「海馬くん」



「・・・・・・・・・・」

 獏良がこーゆーカオする時って、たいてい、
『城之内くん、君追試だって』
とか よくないコトが多いから、なんとなく想像ついちゃいたんだけど。


 海馬かよ。
――― やっぱヤダなぁ・・・。



「あいつ来てんのか?。こんなイベント」
 本田が太い眉をしかめつつ、フシギそうに口に出す。
オレもそー思うけど、いんだよもう。単位ほしさに(やっぱり笑える)。


 まーいーや。
「もーひとりは?」
「あ、それはボク」
 嬉しげに手をあげてくれたのは遊戯だった。

 なんだ。
考えてみりゃ三人だもんな。海馬はヤダけど、遊戯が一緒なら文句ないぜ!!。
「おー ヨロシクな!」







 他のメンバーはけっこうバラバラになったようだ。
本田と獏良は一緒。いいコンビかもな。
 杏子は女子のグループ。オリエンテーリングはコースの都合もあって男女別らしい。

 三人グループで集まって、簡易テントの受付で地図を受け取って出発する。
ゴールまでの時間を競うものなので、出発タイムをはかりながら、五分ずつの時間差を作って ひとグループごとに出るのだ。
 大体の所要時間は五時間ほど。
山登りも入るので、けっこう大変そーだ。


 さっき会った場所にいた海馬を拾って、オレ達も出発する。
五分前に出た連中の後ろ姿が遠くに見える。地図のルートは数通りあるので、ところどころの分かれ道で分岐するのだが。





 ――― しかし。


 なんつーか。
雰囲気、重くねーか?。



 ――― 出発してから、会話がない・・・。



 へ、ヘンだなー。
そりゃオレ達がわきあいあいとしてんのもヘンだけど。
 なんでこのふたり、こんなムスっとしてんの?。

 遊戯と海馬って、いろいろあって因縁の仲だけど、バトルシティでは共闘とかして 仲直りしたんじゃなかったっけ?。

 オレと海馬?。
うん、オレ達も仲がいいとはいえねーけどさ。埠頭で助けてもらってからは、以前ほどは険悪じゃなくなってたんだよな。
 今日だってふたりで世間話(?)したし(←怒らせたけど)。


 なんでここまで、重い空気になってんのかな・・・?。







 オレを挟んで、両隣にふたりが歩いてる。
海馬は少し足早に、オレよりちょっと前にいるが。

 とりあえず、沈黙は苦手だぜ!!。

「なぁ、お前ヤル気なさすぎじゃねえの?。そんなカッコで山にくんなよー」
 あんまり関わり合いにはなりたくないが、つい海馬に声をかける。
だって こいつのカッコ、ひどいんだもん。

 いつものハイネックの黒いセーターに、はためく白いロングコート。
パンツはともかく、カカトのあるハーフブーツはアウトドア向きじゃないこと瞭然で。さすがにジュラルミンケースは持ってないけどさ。

 やっぱ常識ないっつーか。



 どうせ話しかけるなら遊戯の方にすればよかったかな、なんて、すぐ後悔したりもしたんだけど。

「おかしいか?」
 ムシされるかと思いきや、振り返って答えてくれた。少しホッ。

「おかしーだろ。汚れたらどーすんだよ。白なんかで」
 けっこうルート厳しいらしいぜ?。特に男は。

「別にかまわん」
 さいですか。
どーせ洗濯とかしたことないんだろーしな。


 こいつとコミュニケーションとるのも、けっこーキツそーだわ・・・。






「なぁ遊戯、道大丈夫か?」
 出発地点で地図と磁石を受け取ったのは遊戯だったので、ちょっと確認。

「次の上り坂で右折だな」
 簡潔に答えてくれたけど。
あれ?。


「・・・・・・・・遊戯?」
 なんで、『もう一人』の方になってんだ?。
ついさっきまで、いつもの遊戯だったハズなのに。
 ムスっと無口だったナゾは解けたけど。
裏遊戯って、必要なことしかしゃべんないんだもんな。

「お前がオリエンテーリングやんの?」
「そうすることにした」


 ―――意外。
学校関係ではカオ出さねーのに。ましてこんなイベントなんて。


 そんなオレを少し目を細めて見やり、遊戯は笑った。
「・・・」
見慣れたと思ってもやっぱり慣れない。もうひとりの遊戯って、オトナっぽくて。

 落ち着かない気分になる。




「君に悪いムシがつかないようにな」
「・・・・・・・虫・・・・・?」




 ・・・確かにムシは好きじゃない。
インセクター羽蛾にはひどい目にあってるしな。
 山だから、そりゃムシとかもいるだろーけどさ。
遊戯がそれから守ってくれるってコトか?。



 内心 『?』がうずまいているオレに、わきから海馬が冷たい視線を向けた。

「くだらん。こんな負け犬に興味はない」
 吐き捨てるような口調。

「てめーっ、何いきなりオレにケンカ売ってやがるっ!!?」
 むっ、ムカつくっ。
その負け犬っての、やめろよっ!!。こっちゃぁ そのせいで悪夢まで見たんだぜ?!!。



 反論を始めたオレと、それをいなす海馬の言い合いの中で、

「興味がないとは思えない態度だから 用心せざるを得ないんだがな・・・」
 遊戯が なにやらつぶやいていた。






 遊戯のナビは正しく、オレ達はわりといいペースで第一休憩所についた。
ここでスタンプをもらって、一緒に弁当を渡される。

 昼飯を食ってからは本格的な山登りだ (ちなみに、昼食時間は決められてるので、これはタイムに加算されない)。 





「ひゃー。けっこー勾配キツイんだなー」
 わりと強かった日差しは、背の高い木々の葉に遮られ、山の中は薄暗くひんやりしている。
 涼しくて気候は文句ナシなんだけど、道は険しい。
とりあえず登山道だから歩きにくくはないのが救いだが、えんえんのぼりってのはツライ。
 体力には自信あるけど、息があがる。

「遊戯、大丈夫か?」
「ああ」
 いつもの遊戯だと、けっこー体力ないし運動も苦手なんで、心配で声をかけた。
 が、ホントに平気そうなもうひとりの遊戯。
人格変わると体力も変わんのか?、なんてどーでもいいことが気になった。


「ほかのグループとは、意外に会わねーモンなんだな・・・」
 休憩所ではふたつのグループと一緒になったが、それ以外ではとんと姿を見ていない。
 三十グループはあるはずだ。

 でも、こうして進んでいる間にも、分かれ道がいくつもあるから、ルートは多いんだろうな。


 山登りなんて、小学校の遠足以来だなー。
なつかしく思い出す。
 けっこう苦手なんだよな、山自体。だって暗いじゃん。日の光が届かなくて。
チュンチュン鳴く鳥はいいけど、動物とかフクロウとかの鳴き声って コワイしさ。

 こんなデカい山だとなんか凶暴な動物とかいそうだし (だって、『危険です。コースを外れないでください』とか書いたタテ札がアチコチにあんだもん)。

 まあ海馬はともかく、裏遊戯がいると心強いよな。
頼りになるってゆーか。





「ここが一番山の奥みたいだな」
 四つ折りにした地図を眺めて遊戯がつぶやく。
チラっと横から一瞥した海馬も位置を確認したようだ。

 なるほど、確かに暗いよな。ココ。
サイクリングコースの主道からだいぶ離れてるみたいだし。
 傾斜の厳しいところにムリに道をつくったせいか、道の両端はかなりの角度で下まで続く坂になっている。

 落ちたら大変そーだ。のわりに安全柵もないのが、ちょっと危ないカンジがする。


 地図を持ってる遊戯が先頭で、その隣にオレ。少し後ろに海馬、というカッコウで歩く。





 ――― はァー、なんかな。
スピード的にはけっこーいいセンで進んでると思うけど。
やっぱ、雰囲気はどーしても楽しくないんだよなー。

 オレ、実はこのイベント、けっこー楽しみにして来たんだけど。



 海馬とは全然会話になんないし。
頻繁に話しかけたい相手でもないし。
 遊戯もちょっといつもより機嫌悪そーだし。
話しかければ答えてくれるけどさ。
 なんで表の方出てくんねーのかな。
アイツのが、海馬とも友好的じゃんか。

 ここ、ケッコー怖いし。明るく会話でもしてたら、そんなコト考えなくて済むのによー。





 なんて内心グチってたその時、急に背後の海馬が声を出した。
「オイ、城之内!!!」

 そのまま強く腕をひっぱられて引き寄せられる。

 なんだ?!!、と思う間もなく、オレの目の前を黒い影がよぎった。
すごい勢いで。

 海馬がオレをひっぱってくれたおかげで、『それ』はオレにはぶつかんなかったんだけど。



「ぎゃああああああーっ!!!」

 とにかく驚いてしまって、
海馬の存在も忘れて、黒い影から逃げるようにオレは後退した。

「バカっ、動くなっ」
 海馬が慌てた声を出した瞬間。


「っ!!??」

 足の下にあるはずの土の感触がなくなった。
いや、感触がなにもなくなった。

 つまり、空中。
バランスをとれなくなった身体がかしぐ。



 登山道を踏み外したのだと気付いたときはもう遅くて。
オレをつかんでた海馬まで巻き込んで、絶壁といいたくなるような坂に落ち込んでしまった。





「城之内くんっ!!!」
 遊戯の声が、遠くなる。











 ――――――・・・。



「いってぇー・・・」

 もちろん、坂の途中でふみとどまれるよーなものは何もなく。
オレと海馬は一番下までおっこちていた。

 後ろ向きに落ちたんだけど、幸い、オレは目立つケガもないみたいだ。
あちこち打ってるからそりゃちょっとは痛いけど。この高さを落ちたと考えれば かなりラッキーだろう。


 落ちた時、海馬が舌打ちしながら オレを両腕で引き寄せてくれた気もしたんだけど。
 んなコトあるわけないか。一瞬のコトだしな。





 海馬は、オレから少し離れた場所にいた。
オレと同じく起き上がったところだ。その動きからはとりあえずひどいケガはないみたいだけど。


「わりっ、大丈夫か、カイ・・・」
 たちあがって、海馬へ駆け寄ろうとした時。


 ガシャン


 足元で、鈍い、歯軋りみたいにざらついた金属音がした。



「―――っ!!!」
 あまりの衝撃に身体が支えられなくて、オレはまた地面に倒れこむ。

 なっ、なんだよ・・・・っ、コレ・・・っ。



「城之内っ!!!」


 らしくなく動揺した声の海馬がオレに近づいた。
海馬の視線につられるように、オレも自分の身体に目をおとす。



 オレの右足に、ぱっくりと何かが噛みついていた。
ジーンズの上にみるみるうちに黒ずんだ染みがひろがる。


 げ。これ、血かよ?。




「動物用のワナだ・・・」
 海馬が低くつぶやく。
蒼白というのはこのことか、顔色がひどく悪い。


 地面は落ち葉が数センチもつもっていて、それで気付かなかったんだ。
鋭角的な牙を向けた、金属の道具に。

 見えてても、足元なんか注意してなかったから避けられなかったろうけど。




 『罠』・・・・・・?。
なんか、やけに現実離れした言葉だ。
 ゲームじゃよく使うけど。
今まで言葉のイメージでしかなかったそれは、どう見てもおぞましい殺人の凶器だった。




「マジかよ・・・―――っ」


 いってぇ・・・っ。
マジ痛い。


 足首をぱっくり食われたように無数の牙がかみついてる。
そこだけ大きく脈うってるみたいだ。
 血液の染みが そこを中心にどんどん広がってく。おもしろいくらいに勢いよく。





「おい!!、城之内くん、海馬!!。返事を―――」
 はるか上から遊戯の声がした。
姿は見えない。


 わ、マジで絶壁じゃん、コレ。
のぼろうと思っても、道具もナシじゃキツそーだ。まあ、今のオレの足じゃ考えるまでもないが。




 海馬が上を向き、珍しい大声で怒鳴る。
「城之内がケガをした。ここから動けん!!。助けを呼べ!!!」


 端的な説明に、遊戯はかなりビックリした様子だが、そこは冷静に返してきた。
「分かった。なにか必要なものは?」
「工具も必要だ!!。埋められた金属のビスを抜かなきゃならん」
 遊戯は承諾した。海馬が罠について補足を入れ、オレのおかれている状況が漠然とつかめたようだ。


 短いやりとりが終わった後、
「―――城之内くん、聞こえるか?」
 遊戯がオレに話しかけた。

 やべ。
オレ、遊戯にメチャクチャ心配かけてる。
カオなんか見えなくても、悲しいくらい伝わってきてしまった。

 ああ、と返事したけど、痛みをこらえてやっと出た声は小さくて、遊戯まで届いたとは思えなかった。


「すぐに助けにいくから。待っててくれ」


 ああ。
わりーな、ホント。
頼ってばっかで。













 遊戯の声がしなくなった。
山を降りて、休憩所に戻っていったんだろう。そこまで行けば教師たちと連絡がとれる。
 山内は圏外だからケータイは使えないけど、そこから車で山を降りればいい。


 助けが来るまで、どのくらいかかんのかな。




 無言でオレのそばにしゃがみこんでいた海馬が立ち上がり、足先で落ち葉を散らして場所を開けた。
 ワナが一個とは限らないもんな。やっぱこいつも冷静。ちょっと感心する。

 近くにはもう、ワナはないみたいだ。

 太い木のまわりを慎重にチェックすると、
「木にもたれてろ。少しは楽だろう」
 オレに声をかけた。



 正直いって、痛くて動きたくないけど、一番近い木だから1メートルも離れていない。
 ワナは地面に固定されているわけではなく、固定箇所から鎖でつながっているので、少しの移動猶予がある。

 立って歩くなんてとてもムリだったので、にじるように木のそばまで行って 背中を預けた。
 それだけでも足がちぎれるみたいだった。
海馬が思いがけないくらい優しい手つきで身体を支えてくれる。



 ため息がでた。


 くっそー、マジいてぇ。
熱いと思うくらい傷口が火をふいてる。
 額から汗が伝う。おいおい、脂汗ってヤツ?。カンベンしてくれ。



 海馬の様子をなんとなく見やる。
いきなりコートを脱ぎはじめたので、なんだと思ったら、荷物からナイフを出して、すぱっとそれを切り裂いたのにもっと驚いた。躊躇なくバッサリ。

 お前のトレードマークなのに。
なぜかオレが残念な気分になった。



 坂を転げ落ちたんだけど、大して汚れてもいないコートの、特にキレイなトコロを切ったそれを持ってオレに近づく。

「ガマンしろ」
 低くつぶやくと、問答無用にオレの足をつかんで布キレをぎゅっと強くしばりつけた。傷口から少し離れた箇所に。


「っ!!!!」
 悲鳴なんか死んでもあげたくない。
歯をくいしばって耐える。




 いぃってぇぇぇっ!!!。



 よく、ヒドイケガだと痛みを逆に感じなくなるとか言うけど。
やっぱいてーモンはいてーんだよ!!!。早く終わらせろ!!!。



 キレイな四角形にたたまれたハンカチをポケットから出して、海馬がオレの額をぬぐってくれた。
 泣いてなんかねーのに、目元にもハンカチをあてられると、逆に泣きたくなる。



「・・・・・・ここでは外せんな」
 どくどくと出血がとまらない傷口を見て海馬がつぶやく。難しいカオをしてる。
 ワナのことだろう、と 痛みに朦朧としてきた頭で考えた。


 キズから離れたトコロをいじられただけでこんなに痛いのに、食いつく牙をむりやり外そうとなんてしたら気絶するかもしれない。
 そう考えてゾッとした。





 しばりおわると、海馬はワナが食いついたままのオレの足をもちあげた。
「・・・・っ?!」
 そしてそのまま左肩にかけた。もちろん、海馬の肩だ。

 気を遣ってくれたらしく、えらい優しい扱い方だったが、こっちは数ミリ動かすだけでも激痛が走る状況だ。当然、その衝撃には耐え切れなくて、目に涙が浮かんだ。

 向かいあった体勢で、片足をとられて海馬の肩にのせられる。
普段だったら絶対お断りな恥ずかしいカッコだが、そんなことも考えられない。


 ワナに付属したさびた鎖が、ジャラリと耳障りな音をたてる。


 オレの足に まだ手をおいたままの海馬が言葉をついだ。
「暴れるなよ。動けば出血が増える」
 足上げさせてんのも、止血方法なのか?。
「そうだ」




 そのまま、海馬は黙った。
足に巻かれた、包帯のような白いコートも、徐々に赤く染まっていく。
 オレの足をのせてるアイツの肩も、きっと血にぬれてる。
黒い服だから目立たないけど。


 ――― 痛みはだんだんひいてきた。
慣れた、という方が近いんだろう。
 殴られんのは茶飯事だし、痛いのはけっこー平気だと今まで思ってたけど、こーゆー肉をえぐるようなキズは初めてだから、怖かった。







「あれ・・・・なんだったんだ?」
 目の前にいるのに黙られるのは不安で、オレは話しかけた。沈黙はやっぱり苦手だ。
 ホントはそーゆーコトするだけでも痛いんだけどさ。


 海馬はオレを一瞥すると、つまらなそうに、
「野生動物だろう。大きさからするとタヌキかなにかだ」
 答えてくれた。



 落下の原因になった、黒い影。
急に横切ったから、すげービックリしたんだけど。
 そんな小さかったっけ?。あの影。もっと巨大だったよーな。
ま、オレビビってたし、こいつのが正しいかもしんない。

 気付いてオレのことひっぱってくれたのに、オレ、暴れて―――。
そんで、道踏み外して、コイツごと落っこっちゃったんだっけ。


 やべ。じゃコイツ、まんま巻き添えじゃん。



「わりぃ・・・・」
 ケガで呼吸が浅いし、いつもとまるで違う弱っちい声が情けないけど、オレは謝った。
 謝っててなんだが、海馬は怒ってない。それは分かる。
怒気が全然ない。


 むしろ、無表情だけど。
多分、心配してくれてる―――――。



 目の前でケガ人がでたら、さすがのコイツも『心配する』くらいの人間的な感覚は持ち合わせてんだな。
 もっと冷たいヤツだと思ってたけど。

 自分の服切って。
血で汚れるのも構わずに身体貸してくれて。






「――― なにがだ」
 案の定、海馬はなんで謝られてるのか分からない様子だった。

「お前も引っ張りこんじまったこと・・・」
 怒ってなくても、やっぱ謝っときたいんだよ。
お前に借りばっか作ってる。やんなるな。


 少し投げやりに説明したオレに対し、海馬が向けた視線はひどく穏やかだった。
 声もおとなびた、柔らかい調子で、

「お前は、俺より遊戯の方が良かっただろうが・・・」



「――― ひとりよりは、俺でも、いた方がいいだろう?」




「・・・・・・・・・・」


 うわ。
こいつの目って、すげーキレイな色してる・・・。

 今さら気付いたわけでもないのに、その両目に釘付けになる。
もっと見ていて欲しくなる。


 ドクン、


 ドクン


 質問だ。それとも、ただのイヤミかな。
どっちにしても、なんか。
なんか答えなきゃ。


 でも、言葉が出ない。



 どーしちゃったんだろ。
何も言えない。










 海馬は、黙ってしまったオレからついと目をそらし、
「キズに響くだろう、静かにしていろ」
 同じく、穏やかな声音で告げた。



 ――― キズ、か。そうだよな。
ちょっとしゃべったり身動きするだけで血があふれだすみたいで。

 何も考えないで、じっとしてんのがいいんだろうな。



 でも。
考えずにいられない。





 お前のこと。





 ――― ケガ人には、優しいのな。
あまりにいつもと違うんで、めんくらってしょうがない。


 コイツって、モクバが言ってたけど実はコドモ好きってハナシだし・・・。
そーゆーヤツには悪いヤツはいないとも言うけど。
やっぱ、思うほどヤなヤツじゃないのかな。





『お前は、俺より遊戯の方が良かっただろうが・・・』



 ―――・・・ヘンなこと言うんだな、海馬って。

 さっきの言葉を思い出す。

 そりゃ、遊戯だったら。

 やっぱ、すぐに応急処置してくれたかな。
『痛くないか、大丈夫か』って気遣ってくれただろうし。
頼りになるよな。






 でも、遊戯だったら―――。
こんなに、ドキドキは、しなかった。






 居心地悪いよーな、怖いような、でも少しだけ嬉しいような、こんなキモチにはならなかった。











 クラクラする。

 出血が多いからかよ?。
まさか、死ぬホドのキズじゃあ、ないよな。足だし。

 慣れたとはいえ、やっぱいてぇし。
痛いうちは大丈夫、とかいうよな、確か。



 ―――でも、怖い。
よく、サビってヤバイともいわねぇ?。
 サビた釘とかでケガして、それが血の中はいるとマズイ、とか。

 このワナは、かなり古いものなのか、変色して赤茶けている。
傷口は、おびただしい血の量から分かるとおり、きっと大きい。オレからは見えねぇけど。むしろ見たくねぇけど。




「海馬、あの」
 不安でたまらなくなって、静かにしてろといわれたのに また話しかけた。
落としていた視線を上げてオレを見た海馬が、ちょっと驚いたカオ。
 よほどオレは情けない表情だったらしい。


「オレ・・・大丈夫かな」


 ――― 何言ってんだよオレ!!!。
こいつ相手に!!。

 そう内心でいさめるオレがいるけど、止められない。



「足、切断とか・・・」
 言ってて余計に怖くなる。身体が震えた。
それはきっと、オレの身体を支えてる、コイツにも伝わっちまってる。
 すげーカッコわりぃ。




「・・・早めに治療すれば大丈夫だ」
 オレの言葉尻を遮って海馬が答えた。抑揚の少ない独特のしゃべり方。


「・・・・・・・ホント、か?」
 だって、右足に感覚ねぇんだよ。
痛いけど、痛覚はあるけど、動かせないんだって。
 ヒザから下が、なくなっちまったみてぇに。


「ああ。腱にはかかってないし、おそらく後遺症も残らん」
 コドモに言い聞かせるように。
「・・・・・」


「大型獣用のワナだ。本当にひっかかっていたら、足首ごと持っていかれてもおかしくない。お前は運が悪いが・・・、悪運は強い」
「・・・・・」



「大丈夫だ」
「・・・・・」



 やべ。
泣きそう。



 なんでコイツ、こんな優しいわけ?。
今一番欲しい言葉を、コイツがくれるなんて思わなかった。





 ――― ここに、海馬がいてくれて、良かった。






 海馬は、遊戯のほうがいいだろって言ったけど。
それは、オレにもわかんねーけど。


 海馬がいてくれて、良かった。

 ちょっとだけ涙声で、そう言うと。



「・・・・・・・・」
 イヤミでも返してくるかと思ったら、海馬は黙って、横を向いた。














 遊戯は迅速に行動してくれたようで。
それからすぐに救急隊員が来て、オレは病院に運ばれた。
 一応海馬も。

 あいつは オレを悪運が強いなんて言ったけど、ホントにあいつこそ強運の持ち主だよな。
 坂を落ちた時も無傷だってんだから。

 オレはワナのほかにも とりあえず打ち身とか、スリ傷できてんだよ!、ったく。
まあ、オレのせいで落ちたんだから無傷でよかったんだけどな、ホント。





 オレがかなりビビってた、足の怪我だけど。
後から医者に聞いたら、肉をけっこーえぐり取られてて骨まで見えてたってハナシだから、マジでゾッとした。
 あの血の量だから、ムリないんだろーけど。
自分で見なくて良かった・・・。倒れてたかも。

 海馬は、そんなグロい傷口を止血した時に見てるハズなんだが。
顔色変えなかったのはさすが。

 だからホントはあいつのが、内心オレの状況を心配してたかもしんない。
『大丈夫だ』って、自信ありげに励ましてくれたけどさ。



 鉄サビってことでかなり危険ではあったんだけど、運良くそれもモンダイなく無事だったそーで。
 化膿の心配もなさそーだ。


 全治三ヶ月。
しばらくは歩けないんだけどな。

 森の獣用のワナで、かけたヤツは不明らしいけど。
山林がキケンなのは、たまに昔にかけられたワナがあるからという理由もあるのだと今回は身にしみて知ったわけだ。








 医者が帰ってったあと、入れ違いに病室にやって来たのは海馬だった。
ドアでスレ違った医者が高校生相手とは思えない、やけに丁寧な口調でアイサツする。

 めずらしく、海馬もわりときちんとしたタイドで、
「よろしくお願いする」
 なんて返してる。



 ―――・・・オレの受けた待遇から、実はちょっと予想してたけど。


 ここ、やっぱ海馬の会社とつきあいのある病院みたいだ。
だってオレ、手術終わってからいきなり豪華な個室に移されたんだもんな。

 金のこととか聞いたら、
「そのような ご心配は一切必要ありませんから」
って答えてくるしさ。



 今日は入院二日目なんだけど。
海馬と会うのは、あの日以来だ。






 ホントに驚いたことに、現れた海馬はでっかい花束を持っていた。
実に嫌そうに片手にさげている。

 いつもの白いコートじゃなくて、光沢のある青みがかった黒皮のコートを着てるのと、派手な黄色い花束もあいまって、なんか別人みたいだった。
 って、コートはオレのせいでダメにしちゃったんだけど。


 苦虫をかみつぶしたよーなカオで、海馬は花束をベッドに寝てるオレにぞんざいに投げつけた。
 寝てるとはいっても、さっきまで医者と話してたので上体は起こしたカッコウだ。なので、難なく両手でキャッチする。


 受け取った花束は、いかにも『花』ってカンジの花・・・、という印象だった。
一点の丸に放射状に細い花びらがついている。黄色やオレンジの、鮮やかな花。
 オレは花の名前は詳しくないのでなにかは分からない。


 両手で抱えてもあまるくらいの豪華な花束はオレには似合わないだろうけど、華やかで気に入った。病室ってのはやっぱり冷たいから、すぐに飾りたくなる。


「メイドがむりやり持たせたんだ」
 ――― いかにも イヤイヤ不本意ですって口調の海馬。なんかおかしい。


 ―――・・・でもお前って、けっこー こーゆーキザな役 似合うと思うぜ?。
 見舞いの相手が女だったらすげー喜ぶんじゃねぇかな。



「サンキュ。後で看護婦さんにでもいけてもらうかな」
 オレは上機嫌に答えた。
海馬って、えっと・・・とりあえず、見舞いにきてくれたんだよな?。これって。平日の昼間なんだけどな。仕事の合間とかかな。
 ならできるだけ怒らせたくないな、今日は。


 ――― さすがにまだ起きて歩くのはムリ。

 その言葉でケガを思い出したのか、海馬はベッドの上の足に目をやった。かなり厳重に白い包帯が巻かれている右足。

 海馬があの時保証してくれたとおり、神経も腱も無事だった。
今は痛み止めと少量の麻酔がきいてるから、動かせないけど痛くもない。


 医者とは顔見知りみたいだしオレの容態は既に知っているのか、それとも興味はないのか、海馬は足については尋ねてこなかった。
 そのまま黙ってしまう。



 まーな。オレとコイツで、会話が弾むハズもないんだよな。
でもここはオレがなんとかとりもたねーと。
 言わなきゃなんないこともあるし。


「あ、海馬、ここの入院費なんだけど」
 さすがに これはきちんと話つけとかないと。
『そんな心配いらない』なんて言われたって、そんなワケにゃいかねーだろ。

 しかし海馬は眉をひそめた。
なんだ?。少し不機嫌になってる。
 今日は怒らせたくない、なんて殊勝にも考えてやったというのに全くムダだったか。こいつってワケなく怒るもんな、そーいや。


「そんなことを考える必要はない」
 なワケねーだろ。
そもそもオレって、国民健康保険にすら入ってるかもよく分かんねー状態なんだけど(病院にエンがねーからなあ)。


「そのくらい俺が面倒みる」
 お前が金持ちなのは十二分に知ってるけどよ。
オレがメンドウみられる理由にはなんねーよ。

 そう返すと、ひそめられていた眉にハッキリ深いシワがよった。
ま、またさらに不機嫌になってるーっ!!。
 なんでだ?、オレ、正論言ってるハズなんだけど・・・。



「――― もしこれが遊戯だったら、お前はうなずくんだろう?」


 ――――――― は?。


 出された言葉は、すごく意外なもので。
おまけに口調も、苛立ちというより、なんか切なげでさえあって。


 な、なんだよ。
なんでそこに遊戯が出てくんだ?。
 ちなみにどっちの遊戯だ?。海馬が意識してるのっていったら、もうひとりの方か?。

 オレはなんとなく狼狽した。



「いや、別に遊戯でも おごってもらうワケにはいかねーけど・・・」

 ホントにヘンなヤツだな、コイツ。
常識的に、同級生に金出してもらうなんて おかしーだろーよ。

 まー、自腹で入院費を払うなんて、かなり厳しいんだけどな。
つーか手術費だってけっこーすんだろーし。この身体じゃ、しばらくバイトできないだろーし。


 う・・・、そーやって考えてくと、ちょっとこの先ヤバイ気が・・・。
せっかくおごってくれるってんだし、ここは素直にうなずいて、へーこら頭下げた方がいいのか?。

 いや、でも海馬にそれをやるってのは・・・。
いやいや、でも海馬も思ったよりひどいヤツじゃなさそーだと思い返したばっかではあるんだけど、でもでも今までにされたこととか考えると・・・うーん・・・。




 頭の中の天使と悪魔、もとい、プライドと現実で葛藤しているオレ。
ベッドサイドに立ったままそれを見下ろしていた海馬だが、細いあごに手をあて、しばらく逡巡したあと口を開いた。

「金の工面など考えていたら、ケガも治らんぞ」
 そりゃ、そーだけどさ。ずっとベッドの上でなごんでられる生活環境じゃねーのくらい、お前だって知ってんだろ?。

 そう返すと、海馬は浅くうなずいた。

「その足でもできるバイトを紹介してやる」
「・・・・・・・そんなんあんの?」
「ケガの療養にもいいしな」
「?」


 何言ってんだ?。
海馬を見上げた。

 茶色の髪からのぞく瞳を少し細めて、かすかに笑う海馬がいた。


 げ。
こいつって。

カッコいいのな、やっぱ。


 関係ないことが頭をよぎる。




 長身をかがめて、ベッドに座るオレに目線を合わせ、海馬はささやいた。



「うちに来い」



 海馬のカオが、近い。
オレの腕にある花束と、また違うほのかな香りがかすめた。
 それが海馬のつけた香りだと気付いた途端、びっくりするほど気恥ずかしさを覚えた。




 なんだよ、海馬のヤツ。
さっきまで不機嫌だったクセに―――。
いきなり機嫌直ってやんの。




「病院と変わらん設備がある。抜糸もそこでできる」
 家で?。すげーなぁ。

「バイトといっても、一日数時間、モクバと遊んでくれればいい。もちろん体調がよくなってからだ。数日間は絶対安静だからな」
 それって、バイトかよ?。

「完治すれば、外で遊ぶのもいいが・・・、しばらくは、そうだな、マジック&ウィザーズでもするといい。モクバはコドモだが、お前とはいい勝負になって刺激になるとも思うが―――」



 ――― なんか。
お前、必死に商品売り込みにきたセールスマンみてぇ。


 そう思ったら。
すげー楽しくなって、思わず笑ってしまった。


 お前さ、ホント、どーしちゃったワケ?。
昔のお前だったら、
「フン、そんなケガ自業自得だ!!。この負け犬めが!」
とか言いそうなもんなのに。
 セリフが浮かんじゃうオレもオレだが。



 笑いが止まらないオレに、海馬は憮然としたカオをした。
それがやけにガキじみていて、またおかしくなる。


 まいった。
オレも、どーかしてんのかも。
お前がヘンなのがうつったかな。





「じゃあ雇ってくれよ」
 黄色い花の向こうにいる海馬に向かって、言う。


「ああ」
 答えた海馬が笑うのが、こんなに嬉しいなんて。















 数日後。
「おまえさ、どーしちゃったワケ?」
 容態も落ち着いて、海馬邸へと向かう車の中でオレは尋ねた。

 いつも海馬が使ってる車はバカでかいため、後部座席はオレが足を伸ばして座っても十分な広さがある。運転してくれてる黒服のオニーサンとの距離も遠い。
 オレの隣、っつってもオレは海馬に背を向ける格好で座っているので、カオは見えない。


 聡いコイツは、前フリなしでも、オレの言いたいことを察してくれる。
最近気付いた。


「そうだな・・・」
 オレの後ろで、海馬の声。どこか楽しげに、笑いを含んでいる。珍しい。





「俺も、悪いムシだったということだな」





「・・・・・・・・・・・は?」
 あまりにイミが分からなかったので、首をめぐらせて海馬を振り返る。


 その途端、あごをつかまれて そのまま上にひっぱられた。
覆いかぶさるように触れたのは、まぎれもなく―――――、



「ぎゃああああああっー!!!!」



 なななななななななっ。


 オレの悲鳴にビックリしたであろう運転手のニーチャンが、運転中なのにギョッとして振り向いた・・・、

・・・時には、海馬は素早くオレから離れていつも通りのポーズだったけど。





「城之内さま、どうかしましたか?」
 前方とオレと、交互に見ながら尋ねてくる彼には、

「なんでもナイ、です・・・」
 ひきつった笑顔で、そう言うしかなく。



 チックショー、いきなりナニすんだよっ?!!。



 運転手が釈然としない様子で (当たり前だ)、首をかしげながらも運転に戻った後、
 文句を言おう、もしくは拳で文句を語ろうと隣の海馬を睨むと。


 この上なく嬉しそうに、そんで優しそうに微笑む海馬がいた。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



 それだけで、毒気を抜かれてしまう。


「お前・・・悪いムシなの?」
 結局出てきた言葉は、文句とはほど遠くて。


 海馬はそんなオレを見てまた笑う。貴公子然、とした笑顔は少しイジワルそーで、でも目が離せないほどひきこまれてしまう。なんなんだよ。


「そうだ」


「いつから?」
 ふと してしまった質問は、自分でもイミが分からなかったけど。
なぜか海馬の目が少し真剣そうに細められる。



「さぁ。気付いたのは最近だが・・・、ずっと前からかもしれん」




 ?。
やっぱ、わかんねー質問しちゃったな。
 遊戯もムシがどうとか言ってたけど。
こいつらって、オレにわかんねー話 よくするよな。


 まあいーや。
ムシについては、今度遊戯に詳しく聞くことにして。


 オレは、しょうこりもなく また近づいてきた新しい雇い主に、軽いエルボーを入れた。












 車が止まる。
そして、車窓から屋敷が見えた。











END



『ふたり仲良くピクニックv〜血みどろ編〜』でした。
 罠についてとか、応急処置についてとか、かなり適当ですので、さらっと流して下さいね(←ちゃんと調べろよ。でも確かサビ系はほっとかないで血を吸うとかすべきな気もすんですが・・・)。
 ただ単に海馬の肩に足乗せさせたかっただけという話だったり・・・。
 ちなみに社長の持ってた花はガーベラ。
私的に、見舞いやプレゼントでもらったら幸福度高しと思われる花。
By伊田くると






表遊戯 「悪いムシがついてしまったんだね城之内くんっ!!。あーもー なんてコトだああっ!!。君がついてながら 何してたんだよっ!!」
裏遊戯 「アクシデントで ついていられなくなったんだ!!。しかし、ちょっと目を離したあの短時間でおとすとはな・・・さすがオレの宿敵、海馬瀬人・・・」
表遊戯 「カッコつけてる場合じゃないよーっ。ボクの城之内くんがっ城之内くんがーっ」






 この話は、『負け犬愛好会』サイトの華乃サマにむりやり捧げさせていただきましたv。
01 7/10