―――― 初めて見たんだ、そんなカオ。





 君と、もうひとりのボクが一緒にいる時は、できるだけ意識の中に閉じこもるようにしてたから。
 シャーディーはそこを『心の部屋』とか呼んでたけど。
もうひとりのボクとは一緒の身体を共有してるけど、この部屋だけは別々だから。

 ここから出ると、外の声も聞こえるんだ。
もうひとりのボクが今何を見てるのか、とか、何を考えてるのかも、よほど隠そうとしない限り伝わってくる。


 でも、もうひとりのボクが城之内くんと一緒にいる時、それはやっちゃいけない気がしてた。


 ―――― なんとなく。


 もうひとりのボクがそうしろ、なんて言ったわけじゃなく、自分で判断して心の部屋のドアを閉めたんだ。
 この部屋はボクの心らしく、たくさんゲームがおいてあるからけっこう楽しいし。


 もうひとりのボクが城之内くんと別れるまで、ずっとそこにいるんだ。

 外界から離れた、心の部屋に。







 だから、初めて見たんだ、そんなカオ。




窓の外







 「あっ!!」

 手からすべり落ちたキットのカケラがころころと床を転がっていった。
心の部屋にあった、まだ作ってないゾンバイアのガレージキット。

 つい夢中で組み立ててたんだけど。
腕のパーツは丸みを帯びているので、勢いよく転がっていってしまった。

 辺りを見回すけどみつからない。



 それもそのはずで、汚いんだよなー、ボクの心の部屋って。
そこら中、ありとあらゆるゲームがびっしり散らばっててさ。

 うーん、中途半端はヤだから今日中に仕上げちゃいたいぜ。
ボクはカンタンにあきらめずに 近くのオモチャをどけつつ、腕パーツを探しはじめた。

 心の部屋で作ったものは当然、現実世界には持ってけないんだけどね。





 ―――― そして、いろんなものをひっくり返しているうちに、本当になんの気もなく、ドアを開けてしまったのだ。


 普段はかたく閉めていた、外界へと続くボクの部屋のドアを。










☆☆☆☆☆











「ずいぶんウデを上げたな、城之内くん」


 少し遠くから聞こえてきたのは、ボクの声。肉声だ。
今は、もうひとりのボクがしゃべってる。

 同じ声なんだけど、しゃべり方が変わると印象も変わるよね。
こんな自信たっぷりなカンジ、ボクじゃないみたいだ。やっぱ エジプトのエライ人だからなのかな?。


「へっへー。マジ?。けっこー魔法カードの使いどころとか考えたんだぜ!!」
 褒められて嬉しそうな城之内くんの声。

 きっと笑ってるんだろうな。
笑顔が見たくなって、つい扉のスキマからカオを出した。



 とたんに視界が外界とつながる。
もうひとりのボクの目から見た映像として、学生服の城之内くんが映った。
 けっこうアップだ。
近くでボクと向かい合ってるみたいだ。

 城之内くんの背景は・・・ボクの部屋だ。見慣れた壁紙と本棚が見える。
入れ替わったのは帰り道だったから、そのままウチまで来たんだな。

 心の部屋にとじこもると、自分の身体がなにしてるのかも分かんないから。
だから最初の頃は、記憶のない時間があったりして、ひょっとして夢遊病なんじゃないかとか心配したりもしたんだけど。


 なんて、ちょっとなつかしく思い出している間も、ふたりは相変わらず会話していた。
 もうひとりのボクが城之内くんのデッキをパラパラと見ている。

 城之内くんお気に入りのレッドアイズのカードも もちろん組み込まれているデッキだ。



 ―――― あれ、城之内くん、カードの並び変えたんだな。


 もうひとりのボクが言うように、ずいぶん改良されてる。
こーゆーコトってけっこうあったけど、もうひとりのボクにアドバイスもらったりもしてたんだ。



「ああ、力押しじゃなくなってきたね。注意されるとすぐに直る。知ってたけど、成長が早いな」
「センセーの教えがいいからな!!」
 元気な城之内くんの声。


 ――――・・・なーんだ。


 つい笑いたくなった。




 ボクってば、深読みしすぎてたのかな。
これって、ホントにただ仲良くカードゲームの練習やってただけ・・・みたい。


 そーいえば、城之内くんと会ってるとき、ボクが隠れてるのに気付いたもうひとりのボクは、

『そんなことしなくていいのに』
って フシギそーに言ってたんだよね。


 ――――ムダに気、回しちゃってたのかなぁ・・・。

 だってなんとなく、もうひとりのボクが城之内くんのこと、好きなのかな、って思ってて・・・。



 ―――って、ヤバイよ、見ちゃダメって自分で決めたのにっ!!。
なんでもないことみたいだけど、やっぱりプライバシーってモンだよねっこれはっ!!!。

 ボクはあわてて扉にかけた手に力を入れて閉めようとした。



 けど。
思わず、固まった。




「オレはキミの先生なのかい?。生徒が城之内くんか。そーゆーのも悪くないな」
 笑いを含んだもうひとりのボクの声。ボクの姿は見えない。
だってこれは『ボク』から見た視点だから。


 でも、正面に映る城之内くんのアゴに手をかけたのがボクの手であることは、理屈抜きにわかる。
 自分の手なんだから。

 アゴから頬に、輪郭をなぞるように触れられても城之内くんはまるで抵抗しない。
 ただ少し赤くなって、ボクから居心地悪そうに目をそらした。



 ―――― そんなキミは、初めて見る。




「そーゆーってなんだよ・・・、『ゲームの先生』だからな?、ロクでもねーこと考えてんじゃ・・・」
 赤面しながら文句をボヤく城之内くんのカオが近くなる。





 そして。
もうひとりのボクが、キスしたんだと気付いたのは、唇が離れて少したってから。





「ロクでもないことなんて考えないよ。城之内くんこそ何考えてたんだ?」
「・・・っ!!」

 城之内くんがますます赤くなる。
そこにボクの笑い声が重なる。
クールな性格の彼には珍しい。




 ―――― 根負けしたのか、城之内くんがため息をついた。まだ少し頬が赤い。


「ハイハイ、確かにそっちでもお前はオレのセンセーだよ。ったく、いつもオレで遊んでよー」
「城之内くんの反応がかわいすぎてつい、ね」

 よほどもうひとりのボクは楽しそうなカオをしていたらしい。
ボクを見て、城之内くんもつられたように笑った。



いつもの、元気に笑い飛ばすカンジじゃなくて。
色の薄い瞳を細めて、
唇を笑みの形にして。





「なら、生徒はオレだけだからな?」





 挑発するような、誘うような。


 ―――― 初めて見たんだ、そんなカオ。
 



 別人かと、思った・・・・・・・・・――――。


















☆☆☆☆☆















『相棒?』




 ノックと一緒に、声がした。
相手はもちろん分かっている。

 ドアを開けると、ボクと全く同じカオの、けれど別人格の彼がいた。


『また部屋にいたのか?』
 心の部屋のドアを閉じていたボクに、少し困ったカンジの彼の表情。

 なんで困るんだろう。
ボクに見られた方が、よっぽど困ることしてたくせに。

 なんだかイジワルなキモチがこみあげてくる。


「うん!!、ゾンバイアのガレキ作ってたんだ!」
 でもそれは口に出さないで、ボクはいつもどおりのボクを演じた。

 ほぼ完成のガレージキットに目を止めて、もうひとりのボクが笑う。
彼はゲームは好きだけど、プラモデルとかキットにはあまり興味がない。


『あと少しだな』

 そういえば、まだ手のパーツ見つかってないんだった。
ふと思い出す。
 同時に、さっきのふたりのやり取りも、忘れようとしてたのにパッと頭に浮かんでしまう。


 ヤバイなぁ。
心には壁がない。
 よほどきちんと隠そうとしないと、もうひとりのボクには漠然と伝わってしまう。


 ボクは話題を変えた。
「どーかした?」
『ああ、じーちゃんが夕飯だって呼んでるぞ。こんな時間まで身体を借りてて悪かったな』

 あ、もう夕飯くらいなんだ。
家族の前では、さすがに別人格でいるわけにもいかない。
ボクはうなずくと部屋から出た。













 パッと視界が開けた感覚。全身が少し重くなったように感じる。身体の主導権がボクに移った証だった。
 場所は変わらず、ボクの部屋だ。小さくため息をつく。



「よぉ遊戯」


 突然後ろから声がした。
「城之内くん!!」
 思わずドキリと心臓がはねる。

 帰ったんじゃなかったのか。
もうひとりのボクが何も言ってなかったから、別れた後だと思ったんだけど。


「行こーぜ。今日シチューだってさ !。おばさんの作るシチューうまいよなー」
 一緒に夕飯を食べていく予定みたいだ。
もうひとりのボクか家族が誘ったんだろう。

 夕飯のことを楽しげに話す城之内くん。
いつもの、明るくて元気な城之内くん。

 ボクから見た城之内くんと、もうひとりのボクが見る城之内くんは、まるで別人みたいだった。




 そうじゃない、逆だ。
ボクに見せる城之内くんと、もうひとりのボクに見せる城之内くんが、あまりにも違うんだ―――。





 城之内くんを加えた夕飯が始まっても、ボクの心はなんだか晴れなかった。
この感情をなんていえばいいのか、自分でもわからない。

 けっしてプラスの感情じゃないのだけは分かるんだ。
だって、いつもなら楽しくあいづちの打てる城之内くんの話も、うわの空でしか聞こえないし。

 なんだかモヤモヤして、ゴハンもおいしくない。
あの時ドアを開けなきゃよかった、なんて思ってしまう。




 そうだ。
見なければ、よかった。


 ボクの見られない笑顔なんて、垣間見なければよかった。


























 城之内くんが帰った後も、ボクはまだ名前のつけられないキモチに鬱々としていた。
 明日までの宿題があるのに、ノートを開いたままちっとも進んでいない。



 ――――城之内くん・・・。



『相棒、どうかしたのか』

 ぼんやりとしていたところに急に声をかけられて、シャーペンを思わず取り落としてしまった。

「なっなにっ?!!」
 あわてて返事をする。


『・・・・・・少し様子がおかしいみたいだ。なにかあったのか?』
「・・・・・・・・・」
 もうひとりのボクの声は、いつも通り淡々としていたけど、そこに心配がこもっているのが伝わってきた。


「・・・・・・」
 ギスギスしていた心があたたかくなる。



 そーいえば、なんでこんなにイヤな気分になってるんだろう、ボク。

 ボクが杏子を好きなように、もうひとりのボクが城之内くんを好きなのかな、って、ずっと前から思ってた。
 だから、ふたりでいる時間を増やしてあげようって考えて、ジャマしないように部屋にこもってた。


 今日はたまたま見てしまったけど、ふたりはボクが思ってた以上に親密で・・・。
 ホントは、喜んでていいハズなのに。


 大事なボクの『相棒』の想いがかなったこと。
自分のことみたいに嬉しく思うハズなのに。




「――― なにもないよ」
『そうか』
「ただちょっと杏子のコト考えてたんだ」

 明るく言ってみる。案外ウソはカンタンにつけるものなんだな、とヘンに感心してしまった。
 もうひとりのボクの雰囲気も軽くなる。
ホッとしたんだろう。

『デートに誘う口実でも考えてたのか?』
「キミも考えてよ」
『オレはそーいうのは苦手だな』



 ―――― なら どうやって城之内くんをおとしたの?。

 ―――― 恋愛なんかに一番うとそうな城之内くんが、キミにだけはあんなカオをしてみせた。





『ああ、でもこないだゲーセンでダンスのゲームを楽しそうにやってたな』
 思い出したように提案してくれるもうひとりのボク。
こないだ、というのはバトルシティの大会の少し前の杏子とのデートのことだろう。

「そーなんだ。ボクあれやったことないんだよね、キミはその時やったの?」
『オレは見てただけだったな。ギャラリーがたくさんいたぞ』
「へぇ〜。でもボク運痴だから杏子にバカにされそーだなぁ〜」


 明るく会話する。
心の中に生まれてしまったこの感情を、キミに気付かれたくない。





 ボクは杏子が好きなんだ。
幼馴染みで、気が強くてイジワルなトコもあるけど、しっかりしてる杏子。

 そうだよ。
杏子のことを考えてれば、そのうちこんなキモチ忘れられるハズだ。


 あの、笑顔と一緒に。







 このキモチの名前はなんだろう?。
ホントは気付いてるけど、気付いちゃいけないし、知られてもいけないキモチ。


 だから、ボクの心の部屋の隅にしまっておこう。



 もうひとりのボク、キミにも見つからない場所に。
ボクにも見えない場所に。













 その日から。


 オモチャだらけのボクの部屋に、
一箇所、触れられない場所ができた。












END








 
特にコメントできないよーな短文・・・。読んで下さった方、ありがとうございますv。
一番最初にアップしたカップリングが表→城之内なのは自分的にはすごく意外。
でもコレは闇×城ですね、ホントは。
 

 By.伊田くると










裏遊戯 「相棒の心の部屋は、ゲームが多くて少しうらやましいな」
城之内 「・・・お前んトコはどーなってんだ?」
裏遊戯 「迷宮だ。ワナも多いから気をつけてくれ」
城之内 「・・・・・・・・・・・・・」

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