ピアスしましょ★




「なんだソレ?」
 マミーが急に声を上げた。


 横に並んで歩いていたので、その声はちょうど真横から聞こえる。

 何に驚いているのかとマミーにカオを向けると、日本人には珍しい、赤っぽいヤツの両目がまっすぐオレを見ていた。


 マミーは歩まで止めてオレを凝視している。
そんなに改まって じっと見つめられたことなどない。なぜか分からないが、鼓動のスピードが上がる。


「な、なんだよ」
 いつもの口調で答えようとしたのに、ちょっとドモってしまった。


 見つめ返すなんてできるワケもなく、やましいコトなどないのにマミーから視線をそらす。

 気配では、マミーはまだオレを見ているようだった。身長がほとんど変わらないから、まさに正面からじーっと視線が突き刺さる感覚がある。


 ―――居心地が悪い。


 などと考えていると、いきなりマミーの右手の指がオレの耳に触れた。
今度こそマジで心臓がハネた。



 ――― さ、さ、触ってるーっ!!!!?。



 オレの体温が高いのかマミーが低いのか知らないが、ヤツの指先はひどく冷たく感じられた。ひとさし指と中指で耳朶をやんわりとはさまれる。

 耳なんて他人に触れられる場所じゃないせいか、くすぐったいような、変な気持ちだ。

 あまりにおかしなマミーの反応に、オレもいつもの対応ができない。
タイミングも逸してしまったため、「離せよ」ともいえず、無言のまま突っ立っているだけだ。


 こんな所をあんどれかんどれ だとかリーダーズのやつらに見られようモンなら、記憶が飛ぶほど痛めつけなきゃならないが (ひどっ)、幸い、曇天の昼間の土手沿いの道にはオレたちのほかに人影はなかった。









 ――― 今日は、毎月恒例となっているマミーとのケンカの日、ではなく、ただなんとなく会っている日、だ。

 もっと言うと、オレからマミーんとこに押しかけたんだが。
イミなんてねぇけど。

 ただ、オレから行かねぇとホントに一ヶ月に一度しか会えねぇし・・・。

 ファミリーの連中と なんかバカ騒ぎやる時は たまに呼んでくれたりもすんだけどな (そーいうのはあんまスキじゃねぇけど)。
 大体 マミーのヤツ、ヒマだヒマだってゴネるんだったらもっとオレんトコ来ても・・・・・・・・、まぁそれはともかく!!。



 そんな回想してる場合じゃねぇ。

 とりあえず、やはりヒマなマミーを連れてメシを食って、腹ごなしに歩いている所で、さっきのマミーの珍行動となったわけだ。




 興味が失せたのか、マミーは唐突に指を離した。
どーでもいいが、こいつがいきなり力をいれたら耳くらい軽くちぎるよな・・・・ちっと怖ェなそりゃ。悪魔の手首だってねじ切ってたしよ・・・。

 まあいくら退屈でも、オレにそんなコトはしねぇだろう・・・・・・多分 (でも どこかやりかねない キレたトコロがあんのも否定しきれないが)。



「ピアスホールかと思ったぜ。なにそれ?」
 マミーはフシギそうに目を細めて尋ねてきた。
下ろされた右腕はすでにポケットの中だ。ほんの少し、物足りない気分になる。


 マミーがしげしげと眺めていたのは俺の耳だったらしい。だから触ってきたのか。

 
 問われて思い出した。
ついこの間、あんどれかんどれにもツッコまれてヤナ思いをしたんだが・・・(しかもアイツら、よく分かんねぇ勘違いしてやがったし・・・、なんなんだ)。



 ――― オレの左耳たぶには現在、数多い中途半端な穴が開いている。



 マミーの言葉通り、それはピアスホール・・・・・・になる予定だったものだ。



「貫通してねぇじゃん」

「・・・・・・・・・」


 ――― そうだよ!!。


 あんどれかんどれは『ためらい傷』とかなんとか言ってたが、その通り、ホールになってない ただの傷だ。


 あまり追及されたくない。
オレは、何気なく (全然なにげなくないが) また歩くのを再開した。




 ――― 話題を変えたい。なんか、なんかねーかな・・・えーと・・・。


 底意地が悪く、そしてヘンな所で鋭いマミーはオレの様子から察してしまったらしい。
 歩き出したオレの肩に手を置き、揶揄の視線を向けてきた。

「怖くなってやめちまったんだろー。カッカッカッ、コドモ― !!!!」


 そのままゲラゲラ笑っている。


 
―――ムカーっ!!。


 一番言われたくないセリフを、一番言われたくないヤツに言われた・・・!!!。



 ――― なんなんだよ、コイツ・・・!!!。



 オレが、お前より、トニーよりボタンより・・・お前の周りにいる連中より年下なこと、気にしてるって知ってやがるクセに!!!。




 怒りに震えるオレはムシして、マミーは上機嫌にしゃべり続ける。


「そんな痛くもねーぜぇ?。オレに肩肉えぐられても笑ってたクセに、そんなちっちゃな傷が怖ェなんてなー」
「あーそーか。ピアスって自分で開けるもんな、自分で自分にキズつける度胸がねーってコトだな。んな怖ェなら病院でやりゃいーのに」
「オレなんか けっこースキだけどな開けんの。むしろキモチいーとまで思ったし」



 よく回る口だ。機嫌のいい証拠だが。
言われっぱなしではいられないので、オレはなんとか体勢を整えて反論した。

「ケッ、マゾかよそりゃ。だから毎月オレに殴られに来んのか?」
 いつもなら、こー言えば「あぁ?!!、ダレがお前に殴られたってんだぁ?!!!」と すぐに好戦的に切り返してくるハズ。そしたら話題のすりかえ、もしくはケンカになだれこめるぜ!!。




 ――― が、今日のマミーは違った。


 本当に機嫌がいいらしい。
それにプラスして、オレの思惑もばっちり分かってくれちゃってるため、むしろわざとケンカを買わなかったらしい。

 それは、オレに向けられた笑顔から十分伝わった。
トニーやボタンをいじめる時のカオだ。マゾなわけねぇな、コイツ・・・完全サドだ。


 余談だが、喜んでいじめられてるあの二人はマゾなんだろーな・・・・・きっと。






「途中でヤメた方が痛いぜ?。こーゆーのはイッキにいった方がいーんだって」
 またマミーの指がオレの耳朶に触れる。キズはもともと ごく小さなものだし、既にふさがっているので全然痛くはない。



 ――― そーいや。

 と、マミーの両耳を見る。


 赤い髪が耳の半ばほどまで覆っているが、見えるだけで右に三コ、左に二コもしている。
 耳たぶだけがホールを通す場所じゃないから、きっと上にもいくつか開けているのだろう。

 シルバーのリングがふたつ、後はよく分からない水色の石と骸骨の形のピアス。
 別になにも飾る必要はないと思うが、両耳の飾りはヤツによく似合っていた。



「昔は鼻と口と眉にも開けてたんだけどなー。それはボタンがイヤがったんだよな」
 マミーは少し上を見上げてつぶやく。
なにかを思い出しているんだろう。

 そんなところまで穴を開けたがったというなら、やっぱりコイツはピアスが好きなんだな。ピアス自体より、穴を開けるのが好きなのかも知れねぇが。


 ともあれ、マミーの口からあの金髪の名前が出るのはスキじゃない。
我知らず、眉間にシワが寄ったのが分かった。
「・・・なんでイヤがんだよ?。アイツにはカンケーねぇだろ」
 声も尖ってしまう。

 オレのキモチに気づいているのかいないのか、たまにからかわれているんじゃと疑ってしまうほど、マミーの調子はまるで変わらない。

「特に鼻のヤツな。さぁ?、理由は知らねぇよ。オレはイケてると思ってたしよー。まぁあんまり言うからヤメてやったけど」



 ―――コイツ!!。


 ひねくれてやがるクセに、なんでそーゆー時だけスナオに言うこと聞いてやんだよ?!!、あの金髪がますます図に乗るじゃねーかよ!!。


 ―――まあ、鼻ピアスをイヤがったキモチはオレにも分からないではないな・・・。
 オレもあまりスキじゃない。

 そいや魔黒に行く時はつけてたな・・・ボタン死んでたからなー、あの時・・・。





「鎖骨んトコと、ヘソにもつけてぇなー。舌はちょっとな。食う時ジャマそうじゃねぇ?。でもキスすっ時すげーイイらしいけど」

 いつの間にピアス談義になってたのか分からないが、マミーは話しながらその箇所をいちいち指差した。

 マミーの上半身裸は何度も見たことがあるが、そこにピアスをつけたい、なんて言われると、なんだかすごく いかがわしいカンジがして、平静に聞いていられない。


 ―――― おまけに舌?!!。そんなトコまでピアスって開けられんのか?!!。


 マミーはんべっと舌を出した。
舌の先の辺りを指差している。

「この辺な」
「そんなトコにピアスなんかすんなよ!!」


 ――― 大体、キスって、キスってダレとするつもりなんだよ?!!、金髪か?!、あの金髪ヤローか?!!!。

 いや、でもアイツ童貞だって言ってたよな・・・、でもでも、まさか生き返った喜びでマミーもあっさり身体を許したりとか・・・。






「おい?!!、おいボンチュー?!!」
 マミーの両腕が乱暴に肩をゆすぶった。
ハッと我に返る。

「大丈夫かよお前・・・トリップしてたぞ?。そんなに怖ェのか?、ピアス・・・」
 マミーはどうも舌に穴を開けるという行為にオレがビビったと考えたらしい。
まあ確かに初耳で、驚いたんだけどよ・・・。




「ったく舌くらいで・・・。ピアスって、けっこーいろんなトコにできんだぞ?。それこそとんでもないトコにもな」

「!?」


 ――― とんでもないトコ!???。


 マミーは赤い目を細めた。
イジワルそうにニヤリと笑う。

 オレの驚いてるカオがおかしいんだろう。それは分かってるが、マミーは実際、オレの知らないことばっか知ってるから、いちいちビックリしてしまうのも しょうがないと思う。
 それはマミーがオレより年上だからなのか、それともマミーがムダな知識ばっか持ってんのか、気になるトコロだ。


「とんでもねートコって・・・」

「そりゃもちろんXXXXとか」

 ビックリするほどあっけらかんと言われた。




 
――― なっっ、なんだとぉぉぉぉぉーっ?!!!。




「XXXの真ん中のXXXXXXとかもできるらしーし。かなりXXXXXXXなんだけど、痛いらしーぜ。これは絶対専門のトコじゃねーとな。麻酔必要だし。でもそんなトコいきなり他人に見せんのもちょっとなぁー。XXXでもしちゃったら困るよなーハハハ。あと、XXXXXとかって、XXXXするときXXXXXになるから、クセになるらしーぜ。XXXとかって、別に自分でも触らねーじゃん?。見えねーしなぁ・・・・。オレ思うに、あれってきっと開けんのがキモチいーんじゃねーかな。もー飾るとかじゃねーもんなぁ、XXXにピアスつけても。カッカッカ」


 マミーのコトバは半分以上、いやそれ以上意味不明だった。
それでも、オレはなんとなく血の気が引いた。



 
―――そんなおそろしい連中が この世には いるのかーっ!!!。



 耳の穴ひとつに あんなに恐れおののいてたオレなんか、そいつらからみりゃチンカスみてーなもんだろう。
 ちょっと情けねぇ・・・さすがに。









 でも、でもとりあえず。

「お前は耳と鎖骨とヘソまでにしろよ!!」

 オレにとっても非常に大事なことなので、ちゃんと釘はさしておいた。


「なにボタンみてーなこと言ってやがんだか」
 と、またムカつく返事をされたが、XXXXだの、XXXだの、オレが見る前に医者(か?、やっぱ)に見せるなんて許せねぇ!!!。絶対ェそいつらブッ殺す!!。









 ―――ハー、しかしなんつーか・・・・ちっと萎えたな・・・。
もーピアスとか、シャレっ気とか、どーでもいい気になってきた・・・。


 そう思って、まだグロイ (としか思えない) 話題を続けているマミーを横目に ため息をつく。



 ―――オレはいーや、もう・・・。










 しかし別れ際、

「そーだ。お前があけたら、俺のヤツ何個かやるよ」

 そう言って、笑って自分の左耳を指差したヤツを見て。







 心機一転。

 今度こそ、絶対にピアス (とーぜん耳だ!!) をあける決心をした。








END



 どこもボンマミじゃないなぁ。ギリギリ ボン→マミかな?。
XXXには、そりゃーもう、アレなコトバが入るんでしょうね。マミーはそーゆーのハッキリ言えちゃうタイプな気がする。

 魔黒に行く直前、マミー鼻ピアスしてたよね?。あれピアスだよね?。一瞬で黒スーツにコスプレしちゃったんで私服はほんの少ししか拝めなかったけど。
 なんとなく、耳でやめるヒトはオシャレ(ってか飾り)でピアスしてて、耳で終わらないヒトはピアスマニアな気がする・・・(どんな偏見だよ。まあ眉・ヘソ辺りは全然フツーか?)。
 しかしカッコ悪いボンチューだな・・・。

By.伊田くると


ボンチュー 「マミーのピアス・・・。絶対いただくぜ!!」
ボタン 「バーカ。オレだって何個ももらってるっつーの。交換したことだってあるし」
ボンチュー 「なっなにぃぃっ?!!。(うらやましい!)」

マミー 「プレゼントはたいてい酒かピアスなんだよな。余ってんだよ」


  02.1.26