ひでぇヤツ。
やっぱり、おまえのこと、大キライだ。
over
ビニール製の容器に水を注ぐ。
すぐに水でいっぱいになった小さいバッグ型の容器は、なんだか不安定なカンジがしてつい慎重に手に持った。
そのまま、ゆっくりめに歩き出す。
時刻は昼過ぎ。
さしこんでくる日ざしは ちょうど心地よいくらいだった。
――― それにしても。
トニーの奴、絵ヘタクソでやんの。
思い出すだけで楽しくなってくる。
いや、オレもヒトのことは全然いえねぇんだけど。
でも、あの、あのトニーがだぜ?。
『年齢ごまかしてんじゃねぇのか疑惑』の濃厚な、あのパーフェクトでオトナで完璧なトニーが、あんなヘタな絵を・・・。
あれ見たら、トニーのこと近寄りがたいとか思ってるヤツも親近感わくよな。うわー、見せてやりてぇ。
タリィタリィと思ってた写生だけど、こんな発見があったから よしとするか。
あとは適当に色ぬっちまえばいいんだし。水彩ってのがまたメンドいけどな・・・、クレヨンでガーッといっちまえばいいのによ。
そう、今オレが運んでるのは水彩用の水容器だ。
トニーの分もあるから、両手に2個。
公園の水道から写生していた土手までは そう遠くないから、すぐにオレはトニーのいた場所に向かう。
道路から土手へとおりる階段に一歩踏み出す。
が、その足が止まった。
トニーの隣。
さっきまでオレとトニーしかいなかった土手に、新しい訪問者がいた。
遠目にも忘れようのない、鮮やかな赤い髪。
オレの記憶の中よりも、それはずっと短くなっていたが。
「・・・・」
―――マミー・・・。
なんとなく、次の一歩を踏み出せなくなった。
久し振りに見たマミーは、なんだか意外なカッコウをしていた。
オレの中のヤツのイメージが、あの倉庫での一件しかないせいかも知れないが、それにしても意外なカッコウだ。
まっ黄色のTシャツ。胸と背中には どうも数字が入っているようだ。
俺のいる位置からはヤツの左半身しか見えないのでよく分からない (あとで見たら、1番と書いてあった)。
トニーに至っては ほぼ後ろ姿で、たまに横顔がちらりとうかがえるくらい。
つまりふたりはオレに背を向けているわけだ。
土手は見渡しが良く 遮るものがないから、こっちを向かれたら一発で見つかってしまうんだが。
ともあれ、その黄色のシャツは野球のユニフォームなのだった。
ひじまであるアンダーシャツは黒。
少しダボッとしたハーフパンツには、ベルトとポケットにじゃらじゃらと飾りがついているようで、太陽光に反射して たまにキラリと光る。
足には、なぜか野球にはそぐわない迷彩柄のゴツイ アーミーブーツ。
使い込んでないピンクのグローブと、『M』とロゴの入った帽子を通したバットを肩にかけていた。
――― ホント、ハデなヤツだな・・・。
あまり他人の服装なんかに興味はないが、ついしげしげと観察してしまった。
しかし よく似合っている。
トニーよりは いくらか低いが、バランスのとれた長身のせいもあるだろう。
オレもあのくらいは背が欲しい。
今でも同級のヤツらなんかよりずっと高いけど、ボンチューやあいつらがうらやましくなる時がある。
笑い声が流れてきた。
マミーが笑っている。
なにを話しているのかは聞き取れないが、バットを持っていない右手でジェスチャーしたり、盛り上がっているみたいだ。
聞き役のトニーも楽しげに微笑んでいるらしい。
その様子は、保育園のガキがトニーに自慢話を披露しに来る いつもの風景に似ていた。
――― ふぅん・・・ホントに仲がいいんだな・・・。
ますます出て行きにくくなった。
両手に水満載のバケツを持ったまま立ち尽くす。
トニーの後ろ姿を見ていてもつまらないので、まだ顔のうかがえるマミーに自然と視線は向いた。
刀傷の残る横顔。
朱色に近い、明るい赤の髪。
――― トニーが、この男の作ったファミリーを抜けてから、しばらくたつ。
この男とのエンは切れたハズだった。もともと、傷心のトニーをこの男が (悪の道に) ひきずりこんだ形の始まりだったというし。
オレは、そう思っていたんだが。
トニーとマミーの関係は、いまひとつよく分からない。
ナンバー2までつとめていたファミリーを抜けるという時も、ふたりは なんのいさかいも起こさなかったらしい。
そして、エンが切れたハズの今も、ふたりの間では別に何も変わっていないらしい。
――― それは、ひどく自然に笑い合う様子から瞭然だった。
トニーは信じられないくらいキレイな心の持ち主なのに。
あんな卑劣なヤツと、どうして笑いあってるんだろう。
マミーは持っているバットを指差し、またなにかをしゃべりだした。
ひっきりなしに口が動いている。おしゃべりらしい。野球の話題だろうか。
少年野球とかやってんのか?、あいつ・・・。そんな健全なコトされてもな・・・。
組織のボスらしく、後ろに部下を従えて黒皮のソファにふんぞりかえっていた時は、むしろ落ち着いたイメージと威圧感すらあったんだが、こうして見ると まるでただのガキだ(年上だけど)。
「よぉ!!、京介じゃねーか!!」
肩にかけたバットを持ち替える時に視界にうつったらしい。
結局、出ていけないままだったオレは、マミーにあっさり見つかってしまった。
トニーもゆっくりと振り返る。
「ありがとう」
なにを言ってるのかと思ったが、オレの運んできた水の礼だと気づいた。
しぶしぶと ふたりのもとへ寄る。やはり ぐにゃぐにゃと不安定なビニールバケツはすぐに地面に置いた。多少水がこぼれたが気にしない。
マミーはやけに上機嫌な様子でオレに笑いかけた。
「カッカッカッ、見たぞお前のーっ。お前もすげーヘッタクソな!!!」
笑顔はびっくりするほど無邪気で幼かったが、発せられたセリフは辛辣だった。
トニーの隣、地面に置いてあったオレの下描き段階の絵も、当然見られていたらしい。
『も』、というコトは、トニーはすでに出会い頭にバカにされまくったのだろう。
トニーは『困ったな』、と言いたげな苦笑を浮かべている。
いつかトニーに、「ヘタだな」と言ってやりたい気がしていたが、オレが告げる前にマミーがハッキリと罵倒したようだ。さすがに遠慮のない男だ。
「悪かったな、見てんじゃねーよ」
自分もトニーとどっこいでヘタクソなのは分かってるから、反論にちょっとチカラがなくなる。
しかしホントムカつくな。コイツ。
「見ずにいられるかよ。いーモン見せてもらったぜ。な?」
トニーのがっしりとした肩に、マミーはヒジをかけて同意を求めにトニーを見上げた。その体勢だから、当然ヤツの顔はトニーのすぐ近くにあるわけで、まるでイチャついてるかのような光景に見えた。
マミーは薄く笑っている。
微笑んだまま、トニーからオレに視線を向ける。
そのヒトをおちょくった笑い方が、過去には殺したいほど憎悪を覚えたというのに、なぜか今は反発の前に、心臓がドキリと強く鳴った。
髪よりも薄い、でも赤の混じった変わった色の瞳が、オレの焦点にはっきりとかち合ったから。
「・・・・っ!」
思わず、息をのんだ。
ひじかけにされたままのトニーも、らしくなく慌てた表情になる。
「あ、ああ・・・。あ、いや、違うぞマミー。ひとの一生懸命やったものをだな・・・」
すごい狼狽している。ほんの少しだけど赤くなっていた。
「・・・・」
――― ら、らしくねぇ・・・。
なんだか少しあきれてしまう。
オレの一瞬の様子のおかしさには気づかないでくれたようなのはラッキーだったけど。
――― トニーって、ちょっとこいつに弱すぎねぇ?。
パーフェクト超人じゃねぇってことは、今日の下描きの技術で分かったんだけどさ・・・(色を塗って完成させたところで大差ないだろう)。
そうロコツにマミーに弱いトコ見せられると、
「アンタはそんなじゃダメだろーっ!!」みたいな、ヘンな気分になる。
とりあえず、オレの目標としてる強い男が。
あからさまに骨抜きにされてるってのは、どーかなぁ・・・。
実は、けっこう前から気づいてたんだよな。
トニーがマミーをどう思ってるかってのは。
ダテに、えんチョーの次につきあい長いわけじゃない。
終始変わらず、マジメで穏やかな表情のトニーだけど、その中で微妙に変化する感情を、ある程度は くみとれると思ってる。
だから、違和感はバリバリあったけど 気づいてはいたんだよな。
―――マミーのこと、『大事』なんだなってのは。
―――エンを切りたいなんて、トニーは微塵も思ってないとか。
マミーは突き放すように、トニーに触れていた腕を外した。
まるで頓着のないその様子は、本当に ただのひじかけとでも思っていたみたいで、思わず眉をひそめてしまう。
――― マミーは。
――― トニーをどう思っているんだろう。
ふいに疑問がわきおこった。
トニーにとって、マミーは恩人で、それを抜きにしても大事な存在らしい。
マミーはどうなんだよ。
トニーほどのヤツに想われてるって、ちゃんと分かってんのかな。
「そーニラむなよ」
楽しくてしょうがないといったカンジに唇をつりあげて、マミーは笑った。
知らないうちに、マミーを凝視してしまっていたらしい。
(ボンチューほどじゃないが)目つきが悪いのは自覚している。ニラんだと思われても仕方ねぇけど。
否定しようと口を開きかけたが、それよりマミーの方が早かった。
「別に もーとんねーからよ」
「あ?」
イミが分からない。
アホ面で聞き返したオレ。
マミーはバットに通していた帽子を乱暴にひっぱって抜き取ると、ポンとオレに投げてよこした。
そして、
「もーいらねーから」
幾分低い声でつぶやく。
そのまま歩き出してしまう。オレのそばに近づき、同じ速度で通り過ぎて。
「じゃーな」
後ろ姿になったマミーがひらひらと軽薄に手をふってよこす。
トニーが、
「ああ」
と抑揚のない声音で答えた。
階段を上って、土手からいなくなってしまうまで、オレとトニーは無言でその赤い髪を眺めていた。
「イミ、わかんねぇ・・・」
なんとなく受け取ってしまった帽子に目をおとす。
真新しい野球帽。
正面に刺繍された『M』というのは、マミーファミリーの『M』だろうか。ケンカチームから野球チームに更正したとは思えなかったが。
なんでこの帽子をよこしたんだろう。
「もういらない」と言っていた。
困惑しているオレに、トニーは小さく笑った。
「マミーは停滞しない」
「え?」
「オレはもう、あいつにとって過去になったということだろう」
「・・・・・」
――― トニーが。
マミーをどう思ってるのか、オレはよく分かってた。納得はあまりしてなかったが。
だから。
マミーがトニーをどう思ってるのか、気になっていた。
――― 過去なのか。
『もーいらねーから』
――― 帽子じゃなくて、トニーのことを言ったのか・・・?。
『別にもーとんねーからよ』
――― トニーのことを言ったのか・・・?。
なんだか視界が暗くなった。
日は高くのぼってるのに。
寒くなった気さえした。
暑苦しい赤い頭が消えたからか。
「京介?」
心配そうに、トニーがオレのカオをのぞきこんでくる。
分かっていたんだろう。トニーはマミーのセリフに驚いてはいなかった。
寂しさは感じたかもしれないけど。
「――― ひでぇヤツ」
あんなに楽しげに笑いあってたのに。
ファミリーをぬけても、なにも変わってないんだとオレは思ったのに。
――― なんでオレがこんなにショックなんだよ、分かんねー。
「――― ひでぇヤツ」
トニーになんて言ったら分からなくて、結局また同じ言葉を繰り返した。
腕の中で、強く握られた野球帽が悲鳴をあげた。
END
初の『たけし!』SSです。読んで下さった方ありがとーございますーv。
アホアホ明るい話の多い私にはちょい珍しい系統かも。
そのうち、↑なボンマミやボタマミも書きたいデス。
とりあえずマミーさんはみんなのアイドル!!!。
By,伊田くると 01 9/13
トニー 「帽子がいらないと見せかけて、本当にいらないのはオレ・・・暗喩だな。さすがマミー・・・」
マミー 「??。いや、ホントに単にボーシがいらなかっただけなんだけどよ。いっぱい作ったし」
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