だからボクを許して
〜後編〜






「テメーのツラは見たくねぇな。緑頭」


 鍵のかかったドアを開けて、開口一番 ムカつく口調で 吐き捨てられた。


 ――― やっぱコイツんトコに来るんじゃなかったぜ!!。


 そう後悔しても遅い。

 それに、マミーの居場所を知っているといえばやはりコイツだ。自他ともに認めるマミーの側近ってか召使いだもんな。



 インターホンに応えた時点で、ボタンは訪問したのがオレだと知っている。玄関まで来てドアも開けてくれている。
 なのに こんな口を叩くのは、オレとコイツの間では もう通例になってしまっているからオレもキレることはない。仲が悪いのはしょうがない。仲良くする気もねぇし。



 出迎えたボタンの片手には、青い液体が半分ほど入ったグラスがあった。
まだ昼過ぎだというのに飲んでいるらしい。
 酒に強いのか量は飲んでないのか、ボタンの様子は普段と まるで変わりなかった。顔色もいつも通りだ。


「お前、記憶なくしてんだろ?」
「戻った」

「・・・」
 オレの言葉に、ボタンは確認するようにオレを正面から見上げた。

 少しして、
「―――みたいだな」
 かすかにうなずく。それから、何か考えるしぐさでアゴに手をやった。


 焦っていたオレは、それにかまわず用件を切り出した。
「マミーのいるトコ分かるか?」

 ボタンはそれには答えない。

「―――ちっとそこで待ってろ」
 そう言いのこし、さっさと廊下を歩いて行ってしまった。





 ――― 1分もしないうちに、またボタンが戻ってくる。
「マミーさんから伝言だ。『あいつはオレのこと忘れたみてーだから会いには来ねーだろ』だってさ」

「・・・・・・・」





 ――― 怒ってる・・・・・・。



 当たり前といえば当たり前だが、やっぱりな展開に、目の前が暗くなった。



 ――― 基本的にオレは、上機嫌なマミーしか知らないのだ。


 オレといるときは たいていマミーはハイテンションで、浮かれてると言っていいくらい元気で。

 気分屋だからコロコロ変わって不機嫌になったり突如キレたりもするが、オレに対してマジギレしたり、悪意をぶつけることもない。
 毎月してるケンカにしたって、憎くてやってるんじゃなくて物騒な遊びみたいなもんだから、考えてみればオレとマミーはホントのイミでのケンカをしたことがないのだった。

 だから、マミーに向かってホンキで謝罪したこともない。



 ――― これは、かなり力入れて謝んねぇと・・。


 内心で気合を入れ直した。





「記憶は戻ったって伝えろよ。っつーかマミーはどこにいんだよ?」
 返した声は動転したせいか少しだけ上ずっていた。

 ボタンはそれを察したのか、失笑に似た笑顔を見せる。もしくは、オレに多少同情したのかもしれなかった。


「伝えてやる」
 そう言い置くと、またオレを残して廊下を進んでいく。
玄関からは見えないが、リビングにつながっていると思われるドアを開けて中に入っていった。



 ――― ケータイで話でもしてんのかな。


 ケータイなぁ・・・、オレには必要ねぇもんだけど、あればマミーとも連絡つきやすくなるよな・・・。

 とりとめのないことを考える。緊張しているからだろうか。





 先ほどと同じく、ボタンはすぐに帰ってきた。
「『知るかバカ。お前の記憶なんか もーどーだっていーんだよ。せーぜー女とイチャついてろ緑虫』って、マミーさんから」


 ――― ホントに怒ってんな・・・・。


 大体『女とイチャつく』ってなんだよ?。んなこたした覚えねーぞ?。
罵倒にしても ちっと外してんじゃねぇのか?。

 まぁそれはともかく、緑虫とかワケ分からねぇが、謝んねぇとな。


「マミーはどこにいんだよ?、直接会いてーんだが」
「会いたくないって言ってる限りは教えられねぇ」

 ボタンの返答はアッサリしている。
これはヤツにとって鉄則だから、とても曲げられそうにない。マミーの意思に反する行動をこいつは決してとらないのだ。



「伝言は伝えてやる」
 それが、ヤツの妥協ラインらしかった。






 ―――マミーに拒絶されてんだよな・・・、オレ。


 ムカつく、だの、バカアホうぜぇ、くらいの雑言はいつも喰らってるから今さら なんとも思いはしないが、『会いたくない』のセリフは効いた。



 ―――『会いたくない』って思ってんのか・・・。


 ムリ、ねーよな・・・。



 ―――でも、オレは―――





「―――会って、謝りてぇんだよ。すげー悪いと思ってんだ。約束スッポかしちまったことも、お前を忘れちまったことも。もー絶対ェこんなコトしねぇ!!。約束したって絶対待たせねぇ!!。お前のこと忘れねぇ。何があってもだ。約束する。だから―――」


「長ェ」


 オレの言葉をボタンがすげなく遮った。



 いつの間にか、目の前にコイツがいたのを忘れて思い切りホンネをぶちまけていたのに気づく。
 しかも大声で。



 ――― なんなんだよオレは・・・、ホントに余裕ねぇ・・・。



 恥ずかしくなった。



「・・・・・」
 ボタンは無言でオレに背を向けた。また伝えに行ってくれたんだろう。メンドウな役目だろうに文句ひとつ寄越さない。なんだか感心する。




 少しして、ボタンが戻って来た。
今度はどんな伝言を聞かされるか、内心ビビってしまっている。

 さっきの言葉まで否定されたら、さすがにオレもヘコみそうだ。
勢いにまかせて口にしたが、思い切りの本心だったんだから。



 やって来たボタンは、指にハガキほどの大きさのメモを挟んでいた。

 オレのそばまで来ると、ひょいとそれを手渡してくる。


 薄い水色の紙片には、意外にキレイなペン字とカンタンな地図が書かれていた。ボタンが書いたのだろう。

 ブルーブラックのインクで、英単語が並んでいる。英単語の尻には矢印があって、地図の中の建物のひとつまで線がひかれていた。




「なんだコレ」

「ケーキ屋の場所」

「?」



「明日。ここでケーキ買って それからマミーさん家に行けよ。そこのケーキ持って来たって言えば、とりあえず会ってはくれるからな。そこから許してもらえるかはお前次第だな」

 ボタンは ひと息に説明してから器用に肩をすくめた。


「なんでケーキなんだ?」

 当たり前の疑問を出す。すると、あきれた目をして金髪をかきあげるボタン。


「お前ホントに記憶戻ってんのか?。この前のケンカの日・・・先月か。次のケンカの時は帰りにそこのケーキ食うって約束しただろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・した」








 ――― そうだ。
引き分けに終わった先月のケンカの日。

 あの日はシャクなことにボタンも来てたんだよな・・・なんでいたんだっけか?、まあそれはともかく。






『ハラへったな。甘いモン食いてぇ』
 ケンカの後。
急にマミーがどこそこのケーキを食いたいって口に出して。

 ボタンが
『もう店閉まってますよ』
とか あいづちを打って。


『じゃあ次は早くに待ち合わせて、ケンカ終わったらそこ行こーぜ!』

 なんて、オレを無視してハナシがまとまっていたんだった。
その『どこそこ』というのがこの店らしい。英語だったから全然聞き取れなかったのだ。








 ―――オレが記憶をなくした日。
ホントだったら、そこに行く予定だったんだ・・・・。










「買ってく」
 ボソッというと、ボタンは当たり前だ、というしぐさでうなずいた。


「言っとくけど高いからな。せいぜい奮発しろよ」
「―――マミーは何がスキなんだ?」

 尋ねてみる。
ボタンはメモを指差した。


「そこに書いてあるからよ。店員に見せろ。言ってもお前じゃ覚えらんねーよーなんばっかだからな」



 意外に至れり尽くせりなヤツだったらしい。

 確かにオレはケーキの名前なんか、ショートケーキとかチーズケーキくらいしか分からない。こんな、(おそらく)気取った店のケーキなんか、実際に見てもどれがなんだか分からないだろう。

 ボタンの言い方はいちいちイヤミがこもっていたが、それはこいつの性格なんだろう。








 ―――― このケーキを持っていけば、マミーは記憶が戻ったんだと分かってくれるよな。

 別にケーキなんかなくても、いつもみたいにケンカすれば一発でオレだってことは分かると思うが。





 ――― 信じらんねぇな。
このオレが、アイツの機嫌をとりたいって考えてる。


 記憶が戻ったことだけじゃなくて、マミーに伝えたいキモチってやつがあって。


 ―――マミーを怒らせたくなくて。






「助かった」
 自然に出た言葉に、ボタンの方が驚いて目を丸くした。


 ボタンはオレのことを敵視してると思ってたから、こんなに協力してくれるとは正直意外だ。ホントはいいヤツなのかも知れない。







 結局、玄関先までしかあがらなかったボタン宅を去る時、


「ま。たまには塩を送ってやるよ」

 ―――塩?。

 苦笑したボタンのつぶやきは、オレにはイミが分からず。
聞き返したら思い切り「バーカ」と返されたので、頭に来て乱暴にドアを閉めた。










 とりあえず。
明日は、朝一番でケーキ屋に行こう。







END








〜おまけ〜

「マミーさん?。ボンチューのヤツ、帰りましたよ」

 玄関の鍵を閉め、廊下を通ってすぐのリビングへ。
中央のテーブルを囲むように並べたソファのひとつに、だらしなく身を横たえた赤い髪の男がカオを上げた。

「あんだよ。根性ねぇな」

「明日また来ますよ」


 ――― 今度はマミーさんの家の方だと思いますけど。


 と 付け加えて、ボタンはボンチューとの対話の間にカラになっていたマミーのグラスに新しくワインを注いだ。


「マミーさんがすごい怒ってるんじゃないかってビビってましたよ」
 話しながら、少なくなった つまみも補充する。


 さっそく出されたチーズに手をつけたマミーは、それを聞いて目を細めて笑った。



「―――まぁ怒ってたけどよ」



 そして、たえきれなくなって ふき出す。


「あんな情けねぇ声聞いたら、ムカついてたのがアホらしくなっちまった」


 ホントに記憶戻ってたのかァ?、とケラケラ笑うマミー。
酔いも手伝って上機嫌だ。



 ――― そう。



 メッセンジャーとして ボタンにしゃべっていたボンチューだったが。


 いつの間にか大きくなっていた怒鳴り声の『伝言』は、リビングにいたマミーにも届いていたのだ。



『―――会って、謝りてぇんだよ。すげー悪いと思ってんだ。約束スッポかしちまったことも、お前を忘れちまったことも。もー絶対ェこんなコトしねぇ!!。約束したって絶対待たせねぇ!!。お前のこと忘れねぇ。何があってもだ。約束する。だから―――』



「・・・・・」

 だから――― の後、なんて言おうとしたのだろうか。
ふと考えて、マミーは首をひねった。


 しかし、まあいいか、とすぐにアッサリ忘れて、新しいワインに口をつける。




 実は意識的にボンチューの告白を遮ったボタンは、なんとなく苦笑しながら空き瓶を片付けはじめた。








 とりあえず、明日は自分お気に入りの店のケーキづくしが食べられる。

 マミーは記憶の中の緑の髪の『ガキ』に向けてささやいた。



「許してやるよ、ボンチュー」




 ―――『伝言』じゃなくて、ケーキに免じて、だからな?。








 立場はいつでもマミが上。すごく上(笑)。
なんかそんなマミーが好きです。私が書くと、トニマミでもボタマミでも(←これはまあそれで普通だな(笑))そーなりそう。

 ボンチューとボタンって、仲悪そうなんですけど。あの初詣のシーンから、そう決め付けてる私。ケンカってより、イヤミ言い合ってそう。


ボタン 「『敵に塩を送る』、は正々堂々戦うために敵の窮地を手助けをすることを言う格言だぜ、ボンチュー」
マミー 「・・・まぁ小1には難しいんじゃねぇか?」

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