きみとであってから
アーカムビル 東京支部にて。
「聞いたことはあるだろ、優。ライカンスロープの名を」
デスクの上に散乱しているプリントを手際よくまとめながら、山本さんは俺の方を見ずに話しかけてきた。
「ああ・・・古代人が戦闘用に作ったって生物兵器だろ?。現在するとも聞いたけど・・・」
仕事がら詳しくなる話題だ。ライカンスロープという名称は確かに記憶にあった。
地球上に ごくわずかしか生存していないといわれる、ライカンスロープ―― 獣人―― とよばれる 一族。
ま、知ってはいるけど、ちょっとウサン臭いな、というのが俺の感想だった。
普段からスプリガンとして、トンデモな超常現象や先人の遺産に触れているけど、獣に変身する人間なんて、どうにも想像がつかないというか (厳密には『ニンゲン』じゃないんだろーけど)。
俺の口調から察したらしい山本さんは、ようやくこちらに視線を向け、いたずらっぽく笑った。
「今、スプリガンにひとりいるんだ」
「・・・・・・・・・・・・マジ?」
ライカンスロープがか?!。
驚きに、つい声が裏返ってしまった。
いろいろあって、自分から志願してスプリガンになって けっこうたつ。
けど、俺は自身のいまだ直らない『問題』のせいか単独での任務が多く、見知ったスプリガン連中は実は少数だったりする。
スプリガンが複数駆り出されるほど重大なミッションにまだ遭遇していないというのもあるだろうが。
面識があるのなんて、師匠の朧とか、ボーマン教官とか、『魔女』ことティア・フラットくらい、だ。
だからほかの『妖精』連中が なにをやってるのか、総勢何人なのかとか。そもそもどんなヤツらなのかなんて、興味はあってもあまり具体的に考えたこともなかったんだが・・・。
驚く俺の反応が楽しいようで、山本さんはまた笑う。
そして、書類の山から一枚のレポートを取り出し俺に さしだした。
「まぎれもない獣人だよ」
ペラいレポート用紙には、白黒の画像がプリントされていた。
画像はあまり鮮明ではないが、映っているのが人間とは大きく かけはなれたものであるのは瞭然だ。
毛に覆われているかたそうな皮膚。その下の骨格はまぎれもなく獣のものだ。
二本の足で危なげなく立っているのが、一般の獣とはかけ離れているが。
「名前はジャン・ジャックモンド」
こんな写真を見せられて、ジャンも太郎もないよな、と思いつつ、俺は一応うなずく。
「この先、組むこともあるかも知れないからな、先に紹介しておく」
「組むの?、俺こいつと」
ゲッソリして写真の中の獣をまた見やった。
―――― 言葉が通じそうもない。
動物は苦手じゃないが、どう見ても凶暴そうだし。っつーか現に写真は敵の工作員を荒々しく倒してる姿だから凶暴そうどころではない。
「今回は顔あわせってことで。仲良くしてくれよ」
「??」
世間話のためだけに、学校に連絡が入ってアーカムビルに呼びつけられることはない。
その日も、もちろん任務の要請だった。
以前に青森県から出土した遺跡をニューヨークまで運ぶのが仕事内容。
奪取を企む連中が現れたら排除する・・・のが役目だ。
ニューヨークの空港で連絡人のエージェントにそれを渡して任務は終了。
遺跡自体軍事に転用できるような類でもなく、移送に関しては極秘に計画が進められているそうなので、今回は敵が現れる可能性も少ないと山本さんは説明した。万一の有事に備えてのことらしい。アーカムが動くというだけで過敏反応するやつらがいるからな。
ニューヨークのアーカム支部までじゃなくていいのかと思ったが、空港からは別のスプリガンが移送を引き継ぐことになっていると説明をうけた。
そして、その相手が、山本さんの脈絡のない世間話と思っていた、ライカンスロープだという。
「うーん、想像つかねぇなあ」
専用ジェット機から空港に降り立った俺は、片手に例の遺産の入ったカバンを抱えひとりごちた。
空港からほど近い、大通りの喫茶店という指定の場所に、引き継ぎ役のライカンスロープが待機していると連絡を受けたのだが・・・。
最初、喫茶店に あんなんがいていいのか?!、とマジで思ったが、そいや普段は人間の姿なんだったよな、と思い出した。
「ま、やっぱゴリラみたいな大男なんだろーな・・・」
変身しても大して変わんなかったりしたら笑えるなぁ、などと くだらないことを考えつつ、喫茶店の扉に手をかけた。
相手の顔も分からないで大事な遺跡の取引ができるか?!、と もちろん提言したが、山本さんは『向こうはお前の顔を知ってるから』てアッサリ返すだけだったんだよな。
「・・・・・・・・」
そいや、『見たら驚くぞ』とも言ってたな。
まあとにかく、向こうから俺を見つけてくれるんだろう。
「ハイ、いらっしゃい」
店内に入ると、近場のウエイトレスが声をかけてきた。
円形のテーブルが所狭しと多く並べられていて、それぞれに客がおさまっている。昼食時ということもあり、なかなか盛況だ。
さて、と。
ウワサの獣人はどこにいるのやら。
自分に注意を向ける気配を探そうと、周囲をみまわす。
すると、窓際の席で俺に背を向けていた人間が、俺の視線に気付いたようなタイミングでこっちを振り返った。
「よぉ」
ウエイトレスと対照的に、愛想もクソもない調子で声がかけられる。間違いなく、俺に。
ビックリするほど色の薄い青い瞳がこちらを見上げていた。
「・・・・・・」
俺はそのまま数歩そいつに近づいた。
「ジャン・ジャックモンドだ」
椅子にふんぞり返ったままでそいつは言った。
こいつがライカンスロープ・・・?。
あまりに予想と違う男の出現に、俺は戸惑いを隠せない。
返す言葉がすぐに見つからなかった。
ただ、アホみたいにそいつを見つめる。
肩ほどまでのプラチナブロンドの髪を後ろで結んでいる。白人らしく、色素の少ない薄い肌。鋭角的な顔の輪郭の上には、モデルといって皆が納得するような整ったパーツが配置されていた。
年は俺よりちょっと上、くらいか。
黒皮のジャケットと、細身のブラックジーンズ。ごついハーフブーツといういでたちで、よく似あっている。
甘さやかわいさなどとは縁のない、氷に似た美貌だった。
冷えている。でも、とびきりの、だ。
少なくとも、俺が男に見惚れたなんて、初めてのことだった。
・・・・・・山本さん・・・。
確かに、見たら、驚いたよ。
顎をしゃくって、ジャン・ジャックモンドはテーブルの向こうに座れと指示してきた。
おとなしく従う。
ケースは自分の隣の椅子に置いた。
なにかあっても対応できるように、だ。別に目の前の獣人を疑っているわけではない。そんな気は起きなかった。なんというか、こいつからはなんの欲も感じない。俺の荷物にも一瞬確認するように目をやっただけだったし。(なのに俺がついそうしてしまったのは職業病ってやつかも。)
疑うといえば、こいつがホントにあの写真の獣と同一人物なのかという疑問は大いに残ったが。
ゴリラじゃないじゃん。サギだ。
注文をとりにきたウェイターに、俺はコーヒーと適当に答える。事務的なそのウェイターが去ってから、ジャン・ジャックモンドは単刀直入に切り出した。
「ここからの移送を担当することになってる」
英語はそれほど流暢ではない。母国語ではないようだ。
それだけで、どこの国出身か当てられるほど俺は語学に堪能ではないのだが。
声は低音というほどでもなく、高めというほどでもない。
顔立ちよりは よほど甘めの声で、少しギャップを感じてしまう。
「聞いてる。えーと俺は」
「優・御神苗だろ。リストを見た」
俺の言葉はそっけなく遮られた。
「東洋人は若く見えると聞いたが、本当にガキだな」
「よく言われるよ」
事実、まだ十六歳だもんなぁ。
ジャンの言葉に皮肉が若干込められていたのに気づかなかったワケじゃないが、慣れてるし腹はたたなかった。
でも、そう言った本人だって、ずいぶん若そうなんだけどな。
雰囲気だって、カタギというには隙がなく冷えてるけど傭兵ってホドやさぐれたカンジでもないし。
しかし・・・うーんなんだ?、機嫌が悪いみたいだな。
そっちの方が気になる。
初対面の人間(俺)に警戒している様子ではない、愛想が悪いのは まあ生来のものかも知れないが。
とにかくイライラしているようだ。頬杖をついた姿勢でずっと眉をひそめている。
俺より少し早くここについていたらしく、まだ温かそうな湯気をあげているコーヒーには まったく手がつけられていなかった。
「じゃ、寄越せ」
ジャンはコーヒーカップをテーブルのはじに寄せた。
飲む気は やはりないらしい。
俺はジュラルミンの小型ケースが中に入っている一見なんの変哲もないカバンを渡した。
近づいてきた指が、男のわりに細くて白いのに気付く。スプリガンなんてやってるはずが、その手指にはキズひとつ見当たらない。
ケガを負ったことがないわけでなく脅威の回復力の恩恵なのだが、その時はそんなことを知らなかった俺は、手触りがよさそうなその肌に、なんとなく触れてみたい気になった。
「じゃあな」
受け取ったカバンを軽々と肩にかけると、ジャンはあっさりと俺に背を向けた。
そのまま早足で喫茶店出口へ向かっていこうとする。
そっけないにもホドがある。
もう注文しちゃったんだから、任務中とはいえ茶一杯の時間くらいつきあうのがフツーじゃねぇの?。
ジャケットの背を見ながら、あきれと怒りと、あと何か今までに感じたことのない感情がこみあげてきた。
俺は急いで立ち上がると、カウンターで多めの料金を払って店を出た。
つまり、彼を追いかけた。
「待てって!」
俺の気配に気付いていたらしいジャンは、やはり機嫌悪そうに振り向いた。
「まだなんか用か」
辛辣な視線。
「や、用ってホドじゃないけどさ。せっかく同業者に会ったんだし、話くらいいいだろ」
山本さんがこの先組むことがあるかも、と言っていた。
そのための顔合わせなら、もう少し友好的になっておいて損はない・・・と、心の中で理屈を並べる。
―――― このまま日本に帰ったら、未練が残りそうだ。
もう少し、
もう少しくらい、
もう少し、なんなんだろう。
それは分からないが、初めて目にしたライカンスロープに興味がある。
それは間違いない。
「アーカムビルまでついてくる気か?」
呆れたカオでジャンは、高い目線から俺を見下ろした。
げ。
俺のが背低いでやんの。
任務で出会う敵も味方も、俺よりゴツくてデカいヤツばっかりなのに、それを気にしたことはなかった。
なのに、この男に当たり前のように見下ろされたことに、プライドがうずく。くっそー、でも俺はまだ伸び盛りなんだよ。覚えてろ。
内心の葛藤は顔に出さず、俺はつとめて冷静に言い返してやった。
「スプリガンが二人もついてりゃ安全だろ」
ま、行きも何事もなかったんだけどね。
俺の言葉に、ジャンは『ひとりで十分だよ、バーカ』と言いたげなカオをしたが、何も言ってこなかった。
けっこう無口なのか。
しゃべって欲しい気もするが、帰れと言わないんだから同行してもいいだろう。
俺はそう判断して、ジャンの隣に並んだ。
ニューヨーク支部なら、そーいや秋葉ねーちゃんも勤めてるはずだし、マジでビルまでついていこうと決める。
あれ?、でも・・・。
「バス乗ってかねーの?」
ジャンは喫茶店を出てからずっと歩いている。
ここは大通りだから、さっきからタクシーも多くそばを通っているし、すぐそこはバス停だ。
アーカムビルへは、ここから出るバスで楽に行ける。
ジャンは一巡首を振った。
『乗らない』ということか。
喫茶店から少し入り組んだ有料駐車場に、彼所有のものらしい4WDがとめられていた。
「ったく、そんなに俺が珍しいかよ。わりーがそんな面白くもねーぞ」
十分ほど特に会話もなく (俺はけっこう話しかけてたんだけど) 進んだところで、ようやくジャンが助手席に注意を向けた。
飽きもせずついてくる俺に嫌気がさしたらしい。
「珍しい?。ああ、獣人だからか」
ジャンは、俺の態度をライカンスロープゆえと判断していたようだ。
確かに珍しいっつーかそこらにはいない。
それは確実だが・・・・・・。
「確かに俺はあんたに興味があるけど・・・獣人だから、でもない気がするな」
だって、俺、自分で言うのもなんだが、あんまり人に自分から近寄ってくタイプじゃないんだ。俺自身、今の俺を珍しいと思ってるんだよな。
それは目の前の男がスプリガン――――めったに会わない同業者だからなのか。それとも、やっぱりジャンの言うとおり獣人だからなのか。
「ハァ?」
「まー俺にもよく分かんねーや。ホラ、道こっちだろ」
「・・・・・・・・???」
呆れ顔で、ライカンスロープの末裔は首をかしげた。強引にハンドルを切りつつ、ジャパニーズは分からんなんてつぶやいたのが聞こえて、その普通の人間ぽい独り言が少しおかしい。
そんなちぐはぐなドライブの後、この国には珍しくはないが、高層ビル郡の中でも ひときわにょっきりと背の高いアーカムビルが近づいてきた。
さりげなく警戒の厳しい入り口からエレベーターの方に向かうと、そこには見覚えのある姿があった。
背のなかばほどまであるきつくソバーシュのかかったつややかな黒髪。
動きやすそうなコートのポケットに両手をつっこんで立っている。
通り名は『魔女』だが、その容貌だけなら『女神』のが近いかな、とひそかに思っているのは本人には言えないが。
「ティア!!」
ティア・フラット。
ベテランのスプリガンだ。
「予想通りあなたもきたのね」
通例のアイサツの前に、ティアは俺を見て、軽く微笑み からかいの声をよこした。確かに、引き渡しが終了した時点で俺の任務は終わりなんだけど。
「まー、すぐ日本にUターンするのもつまらないしね」
「学校は?」
痛いところをついてきてくれる。確かにすぐに戻れば、ただでさえ少ない出席日数に空ける穴を少なく出来る、が。
思わず言葉につまったところをまた笑われた。
「あんたが来てたのか。これはあんたに渡していいのか?」
ジャンはやはり不機嫌なトーンを隠さないまま、カバンを指差してティアを見た。
ふたりは知り合いなのか。なんだよ、ティアのヤツ、仲間にライカンスロープがいるなんて、今まで言わなかったじゃないか。
「かまわないわ。ふたりとも任務ご苦労様」
ジャンから手荷物を受け取って、俺たちをねぎらってくれる。
「任務ってホドかよ。こんなんで呼びつけるなよな」
軽く肩をすくめてジャンがため息をついた。
確かに、空港からビルまでの距離を考えれば、お使いくらいのものだ。
運ばれる遺跡が重要なものだとしても、彼にしてみれば不本意な任務かもしれない。
そうなんだよな、そもそもこの距離なら、俺ひとりでビルまで届けりゃいいってハナシだよな・・・。
つい考え込む。
そこに、ティアは俺の思考を読み取ったように、
「まあね。任務というより、あなたたちを引き合わせておきたかったの」
「・・・どういうことだ?」
「そのままよ。総合的に相性がいいんじゃないかと思ってね。スプリガンにもいろいろいるから」
ティアの説明はなんだか漠然としていたが、山本さんの言う『顔合わせ』は案外本当だったのだと納得した。事実組ませるつもりらしい。
ジャンは面白くなさそうな目でティアを軽く睨んだ。
その視線を受けた彼女が、俺からジャンに目をやる。
「今日はずいぶん機嫌が悪いのね」
「・・・・・・・・」
問いかけには無言。
仲悪いのか?ふたり。
はたで見ていた俺は、ついふたりを見比べる。
確かにジャンは俺と会ってからずっと不機嫌モードだったと俺も思っていたが、いつもそうなわけではないらしい。
そうすると、俺のせい??。
俺が興味しんしんでついてきたりしたから、獣人の機嫌をそこねたんだろうか。
「・・・・・・・・・・」
ティアは気を悪くしたようでもなくジャンを見つめていたが、ふと微笑んだ。
そして、そのまま笑い出す。
「ごめんなさいジャン、こんな時に仕事を頼んで」
楽しげに目を細め、子供を見るような表情をしてライカンスロープへ手を伸ばす。
ジャンと同じく、戦闘なんか知らなそうな白い指が彼の左頬にふれた。
恋人のするしぐさみたいだったけど、ふたりの雰囲気は母親と子供みたいだった。黙ったままのジャンはふてくされたガキそのものだ。
「なんなの?」
俺が口を挟むと、ティアは俺を一瞥して微笑んだ。
「虫歯なの、この人」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
むしば。
「言うなよ、ティアっ」
「ひどくなる前にアーカムの医師に見せなさいって言ったのに」
「俺の身体を調べない約束でスプリガンになってやったんだ!!」
「口の中には興味ないわよ学者たちも。ていうか見せないと虫歯治せないわよ」
むしば。
出会った瞬間からの不機嫌な応対も、冷たい表情も、全部虫歯のせいだったっていうのか・・・・。そういや飲み物に手をつけてなかったけど。
ていうか虫歯になんかなるの?獣人なのに。
なぜかティアは俺の心を勝手に読み取ったようで、返事をくれた。
「普通野生動物って、甘いものそんな食べないから虫歯にならないんだけどね」
「お前の魔法で治せよ」
「虫歯なんか治せないわ。連れてってあげるからいらっしゃい」
むしば。
ちゃんとした医者を紹介してあげるから、となだめられるのを偉そうにむっつりしてる姿は、獣人どころかもはやスプリガンにすら見えない。
貴重なものを見た。
これを予感して なんだかんだビルまでついてってたのかも、俺。
ナイス直感だ。
「・・・・ハハ」
これなら、いずれ組まされるとしても抵抗ねーな。
思わず声に出して笑うと、バカにされたと思ったのかジャンがキッとにらんできた。まーまー、ととりなしてみると よけいに不機嫌な顔になった。
やりとりを見てティアが微笑む。
『かわいい人でしょ』
日本語で俺に告げた。
『いつか組むことになると思うから、お互い仲良くしてね』
『もちろん。仲良くなれそーだよ』
やりとりの分からないジャンがまた不機嫌になるのが分かったので、俺は青い目の獣人にまた、まーまー、と言ってみた。
END
けっこう昔に書きかけたまま放置していた話。
当時考えていた終わり方と違う気がするけどもう思い出せない・・・・
どのジャンルでも、まずなれそめや出会いを書くクセがあるんですよね私。
伊田くると
06.11/19
でもふたりの初対面はもっと殺伐とした場所じゃないかと思う・・・